51.出発

 三人は史郎の家に数日滞在し、訓練の結果それなりの魔術の向上を達成することができた。装備もそろえたことだし、いよいよシェスティアたちが住んでいる街に向かうことになった。


 史郎は、女神様が用意してくれていた旅装束を着込む。黒いコートで、ファンタジーか、どちらかというとスチームパンク風だ。

 そして、ミトカも戦闘服モードだ。

 ちなみにシェスティア達も、偶然か何かわからないが、黒系統の衣装だ。


「シロウ、かっこいい」とシェスティが、史郎を見るなり、褒めた。

「ああ、有り難う。ちょっと恥ずかしいな、この格好は」と史郎は照れた。



「とりあえず、川沿いに西へ向かって、草原まで行く、でいいんだよな?」と史郎は聞く。

「ええ、それでいいわ」とアリア。


「じゃあ、行こうか。みんな準備はいいか?」と史郎が聞く。すると、

「ええ、いいわ。ところで、史郎、あなた荷物は?」とアリアが聞く。


「荷物? 持ったよ。ああ、それにこの家も持っていこうか」と史郎は言うと、家をインベントリに格納した。

 一瞬で消えた家に三人は唖然とした。


「え⁉ 家を丸ごと⁉ いったいどんなマジックバッグなのよ。 というか、シロウ何も持ってないじゃない!」

 とアリアが叫んだ。最近のアリアは、史郎が何かをすると叫ぶことが多い。


 ――あ、しまった! と史郎は思い、確かライブラリに鞄があったことを思い出し、鞄を出す。

「いや、ほら、ここに鞄が」と史郎。


「いや、それ今出したでしょう?」とつっこむアリアだった。


「アリア姉、最近、性格変わった?」とシェスティア。

「……いえ、あまりにも理不尽に、ツッコミせざるを得ないことが増えたというか……」とアリアは少し顔を赤くして言葉を濁した。そして、「というか、あなたたちは、何も思わないの?」と聞く。


「シロウのやること、全部凄いけど、当然」とシェスティア。

「俺はまあ、開き直ったな」とアルバート。

「……そうね。聞いた私がバカだったわ」とアリアは諦めたように言ったのだった。


「ところでアリア、お前がそんなキャラだとは知らなかったよ。いつもの誰でも切り捨てるような鋭さは一体どこへ行ったんだ?」とアルバート。「……でも、それもいいな……」とアルバートは誰にも聞こえないような小声でつぶやいた

「……」アリアは無言を貫いた。




「ということで、街まで戻るにあたって、まずは走っていくことにしよう」

 と史郎が提案した。


「「「走る?」」」

 三人ともきょとんとした顔で聞き返した。


「ああ、気力纏と魔力纏の身体強化をかけて走るんだ。といっても、シェスティアとアリアは無理そうだから、俺とアルバートが抱えて走る。ミトカは問題ないな」

 と史郎。

「史郎……まあ、いいです」とミトカは何だか不満そうに返事した。

「じゃあ、行こうか」というなり、史郎はシェスティアを抱えると、つまり、お姫様抱っこして、走り出す。

 ミトカは、その後をついていった。


「「え⁉」」


 突然の行動に、残されたアルバートとアリアは茫然とする。

「え、ちょっと……」アリアは思考が停止したが、はっと気づいたアルバートは、一瞬躊躇したものの、「行くぞ」と声をかけ、アリアをお姫様抱っこして、走り出したのだった。


「え⁉ ちょっとまってぇーーーーー」とアリアの声が聖域に響くのであった。




 聖域から東へ約50キロ連なる道は、川沿いで比較的平地として開けていて、特に問題なく走って行けた。一時間半ほど走ってそろそろ森に入る手前まで来ると、史郎は止まった。

 30分ほどすると、アリアを抱えたアルバートが追い付いてきた。


「おい、シロウ。これ以上は無理だ」とアルバートは死にそうな顔で史郎に話しかける。

 アリアも疲れ切った顔で、地面に突っ伏した。


「ああ、この方法はここまでだな」と史郎。

 ちなみにシェスティアは、シロウに抱っこされたまま眠っている。


 顔を上げてそれを見たアリアは「シェスって、いったい、どうやったらその状態で眠れるわけ……?」とあきれていた。




 史郎は本当はずっと走っていきたかったのだが、この先は森に入ることになる。アルバートには少し厳しそうなので、ほかの方法を考えるのであった。


「史郎、どうしてそんなに急いで走って行きたかったんですか?」とミトカが不思議そうに聞いてくる。


「そうだな、なんでだろう……?」史郎はふと考えた。何か早く行かないといけないという焦燥感というか、危機感をおぼえたのだが、史郎にもわからない。


 そして、ふと視界の端に光るものが見える。

「あれは?」とつぶやき、指を指す史郎。


 ミトカとアルバートがそちらを向くと、河原のあたりに光って動いている何かの群れが見える。

「ああ、あれは、シルバー・ファイアフライの群れだな。こんなところで珍しいな。夜に見るときれいだぞ」とアルバートが答えた。


「シルバー・ファイアフライ……」史郎がつぶやく。

「史郎、あれが何か?」

「いや、わからん……。ちょっと見てくる」と史郎は答えた。

「史郎、私も行きます」とミトカ。

 史郎はシェスティアを地面におろし、河原のほうへ近づく。


 史郎に降ろされたシェスティアは目を覚まし、アリアとアルバートとともに史郎達に近づいてきた。


「ふぁーあ、シルバー・ファイアフライがどうかした?」とシェスティアが目を擦りながら聞いた。

「いや、ちょっと気になってな……。あれって結構大きいんだな。40センチくらいか? あの光は不思議な色だな?」


 シルバー・ファイアフライ、つまり蛍の一種で、銀の反射光のような色を発するのでそう呼ばれている。一応魔獣なのだが、特に襲ってくることもなく、光って飛び回る群れが夜間だと美しいので、一般にはそのまま受け入れられている珍しい昆虫の魔獣だ。


 史郎はふとスキルとして得た【電磁スペクトル視】を思い出し、見てみた。


「紫外線域に偏った光か……波長はかなり短い方に偏っているな」


 史郎はそう思ったが、それ以上特に何も思いつかず、しばらく観察した。


 しばらくすると、ファイフライの群れはどこかへ飛んでいった。


 史郎は、その様子を見送り、広場のようになっている広い場所に戻って、「あぁ、いったん休憩だな」と家を取り出すのであった。

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