47.訓練2・酒

 引き続き三人に気力纏と魔力纏による身体強化を教える。同じように人形を表示して、魔力を体の表面に沿って纏わせることを教えた。


「その纏った状態で攻撃を弾くように意識してみて」と史郎は言いながら、三人を順番に棒で軽くつつく。


 さすがにすぐにはできないので、お互いにつつきあいをすることにした。


「うーん、纏はやっぱり難しいか」と史郎はつぶやく。

「史郎、本来纏は魔術レベル3ですね。簡単にはいかないですね」とミトカが解説した。

「そうだな。まあとりあえずはこの練習方法を続けさせるか」と史郎は思った。




「アルバートは気術纏を試すか」と史郎は言った。

「その気術とは何なのだ?」とアルバートは聞き返す。


「あー、魔術についてだが、本当は三種類あるんだよ。本来は神魔術と言って、魔術、気術、神術から成り立っている。この世界にあるいわゆる魔法ってのは、魔術だな。そして、武術をある程度のレベルに達したものが無意識に使っている力が気術だ」と史郎は説明する。


「アルバート、さっき俺が素振りをするように言った時に、素振りをしながら体を包む何かを感じなかったか?」


「ん? そうだな……」とアルバートは思案して、


「そういえば、ある程度集中して剣を撃ち合ったりしたときに、何か体の中からあふれ出す力みたいなものが感じられるが……。あれは気のせいじゃなかったのか?」


「ははは。そう、気のせいじゃなくて、実際力が発生しているんだよ」と史郎は笑って答えた。そして、

「アルバート、気力は魔力の時とは違った少し冷たい感じの物が流れるのを感じればいいから、魔力と同じような要領で感じてみろ。ちなみに気力の発生源は丹田、このあたりだな」と史郎は腹のあたりを指しながら説明した。


「わかった」とアルバートは答え、集中して何かを感じ取ろうとするのであった。




 その後、もともと無意識にできていたこともあり、魔力視・気力視で史郎がフィードバックとアドバイスをしたおかげで、アルバートは意外と簡単に気力纏、魔力纏を使えるようになった。


「うん、アルバートの武の才能はすごいな。気術をこんなにあっさり覚えるとは」と史郎は感心した。

「ええ、そうね、彼は武術の天才よ」とアリアはほほ笑ましいようにアルバートの事を見つめながら、少し自慢げにうなずくのであった。その目に含まれる感情に、史郎は気づかなかったが。




「アルバート! 気力纏は体の中から力が湧いて助けてくれるイメージだ。そして、魔力纏は、体の外から力を補助してくれるイメージだ。そうすれば筋力強化や、持久力強化とかいろいろ応用できるはずだ」と史郎はアルバートにさらにアドバイスを送る。


「なるほど。わかった!」 アルバートはうなずくと、走ったり、パンチしたり、演舞したり、といろいろ試し、新しい力を身につけていった。




「さて、最後はシールドだな」と史郎は言う。

「シールドって、ウォールやバリアとは違うの?」とアリアが聞く。

「ああ、ウォールやバリアが使えるのか? それって属性のやつだよな?」

「そうよ。私はファイア・ウォールが使えるわ」とアリア。

「わたしはアイス・バリアができる」とシェスティアが胸を張る。

「俺はないな」とアルバート。


 なお、ウォール系は初級魔術、バリア系は中級魔術だ。


「わかった。今から教えるのは属性無しの魔力操作を応用したシールドだ」と史郎は言い、実演して見せる。


 再び、半透明の人形を出し、赤い魔力を手の前に集め、直径50センチメートルくらいの円盤状にする。そして、透明の薄く輝くガラスのようにして、シールドと唱える。


「こんな感じで攻撃を弾くイメージで作るんだ。ちょっと突いてみて」と史郎は言う。

 アルバートが剣で突く。「おぅ、硬いな。まるで透明の石を突いているみたいだな」


「じゃ、やってみて。ちなみに、円盤は自分が思ったように動かせるように、最初は小さな円盤から始めるといいよ」

 と、史郎が説明すると、各自魔力を動かして努力するのであった。


 史郎とミトカのアドバイスもあり、一時間ほどで三人ともそれなりのシールドを出すことに成功した。


「おぉ、三人ともすごいな。あっさりとできたな」と史郎は感心する。


「頑張った。ほめて」とシェスティアがまた史郎に寄ってきた。史郎はよくやったと頭を撫でる。それをアリアがほほ笑ましく見つめていた。

 ちなみに、ふと史郎がミトカのほうを見ると、ミトカは無表情、いや少しだけにやりと笑っている気がしたが、気のせいだろうと史郎は思うことにした。


「アルバート、そのシールドをもっと早く、発現・停止できるように練習して、かつ、そのシールドが地面に対して固定されてイメージで、そして、それを、足元に直径0.5メテルくらいで出せるようになったら、こんなこともできるぞ」

 史郎はそういうと、連続してシールド出し、階段を上るように上空に昇っていく。


「おお、なるほど。助けてくれた時に空に昇って行ったのはその方法か?」とアルバートは感心して聞いてきた。


「ああ、まあ、これはその一部だな」と史郎は答えた。



     ◇



「あれ? この女神の箱って何だ?」

 ある夜、ふと史郎がライブラリを確認していると、記憶にないアイテムがあるのに気づいた。

 その箱を実体化してみてみると、中に食料が入っている。チーズ、サラミ、クラッカー、ワインの瓶が入っていた。

「……これは女神様からの差し入れかな?」と史郎。

「……そのようですね。物の転送ができるようになったということでしょうかね?」とミトカは首を可愛らしく傾げて答える。

「……かもしれないな。まあ、ここにあるんだから有り難くいただこう」

 不意のミトカの可愛らし気な仕草に動揺しつつ、と史郎は箱をダイニングへ持っていくのであった。




「たまには酒でもどうだ?」と史郎がみんなに声をかける。


「おっと、シェスティアにはまだ早いか?」と史郎が聞くと、


「この国では15歳で飲酒が許可されている。だから問題ない」とシェスティアは答えた。


「えーっと、ということは、シェスティアって今……」と史郎は年齢を聞こうとしたが、少し躊躇われて、言葉に詰まる。


「15歳」とシェスティアは笑顔で答える。


「ちなみに、兄様は26歳、アリア姉は25歳ね」

 と、シェスティアは皆の年齢を暴露した。


「あぁ、ありがとう」と史郎は返した。アリアもアルバートも、別に気にすることではないと笑顔で答えた。




「で、それは、ワイン?」とアリア。

「ああ、俺が元いた世界のワインだ。赤いのと白いのがあるんだ。赤い方はピノ・ノワール、口当たりが良く飲みやすいワインだな。白い方はリースリングといって、少し甘いワインだから、シェスティアにはいいかもな。どうだ?」

「ああ、いただくわ」とアリア。

「俺も貰おう」とアルバート。

「わたしも」とシェスティアは笑顔で答えた。



 こんなにおいしい物、食べたことないと、三人は無言で食べては飲む。

「こんなの、王都でも食べられないわよ! このワインも、なんて洗練されて芳醇な香りなの!」とアリアは興奮を隠しきれない様子だ。


 史郎は、苦笑しながらも、しばらくは黙っていた。ミトカは食べない。いや、食べられないので、皆の様子を、ほほ笑みを浮かべて見守りながら、そのほかのいろいろな食べ物を甲斐甲斐しく用意するのであった。



「ところで、三人はどういう関係なんだ? いや、冒険者パーティーで、シェスティアとアルバートは兄妹だとして、アリアは?」と史郎が聞いた。


「この兄弟の祖母が有名な賢者で魔術師なのよ。で、私はその弟子ね」

 とアリアが答えた。そして続ける。

「小さいころからの付き合いだから、良く知っていて、気心が知れてるってわけ。ずーっといっしょに訓練とかしてたしね」とアリアは兄妹に向けるような笑みを二人に向けた。


「アリア姉には、私が小さいころから面倒を見てもらってる。だから、本当の姉みたいなもの」とシェスティア。

「腐れ縁だな」とアルバートが憎まれ口をたたくと、

「ふん、小さい頃は泣きながら良くくっついてきてたくせに。あなたの方が年上のくせして」とアリアが返した。

 その目に含まれる、慈しむようなほほ笑みに、シェスティアもほほ笑んでいる。史郎も、ああ、と何となくわかった気がした。

 当の本人はまったく分かっていなくて、

「そんな昔の事は知らん。今は俺の方が強い」とアリアをにらんだ。

「はいはい」とアリアは軽く返した。




「ここにはエリクサー? の原料を探しに来たとか言ってたけど?」と史郎は聞いた。


「私の両親が昔の戦闘の結果、ある事情で封印されていて、それを何とかするための可能性の手段の一つ。実際はシロウを探しに来ただけ」とシェスティアは答えた。


「ああ、そうか、そうだったな。すまない、つらいことを聞いて」と史郎は返す。


「別に大丈夫。それで、ここ数年は、兄様とアリア姉が親代わりだった」とシェスティアは少しだけ悲しそう、しかし少しうれしそうに言った。




「それで、ずっと冒険者を?」と史郎が聞く。

「うーん、そうね。実際に冒険者として活動しているのは……あー、もう10年近いかも」

 とアリアは自分で言っていて驚いた。


「そうか、そんなに経つか……」とアルバートも少し驚きながらうなずく。


「私はまだ3年くらい。でも、ランクA」とシェスティアは自慢げに胸を張る。


「まあ、シェスはある意味天才だから」とアリアは可愛い妹を見るような目でほほ笑んだ。




「で、史郎はどうなのよ? この世界に来る前は何をしてたの?」とアリアが聞いてきた。

「ああ、俺か? 俺はプログラマーと言って、コンピューターの……」と言いかけて、史郎は口をつぐむ。この世界にはコンピューターがない。当然、プログラミングと言っても通じないだろう。もっとも、地球でも、プログラマーと言ってもわからない人も大勢いるが。


「ぷろぐらまー? って、聞いたことない」と案の定、アリアもシェスティアも、何それという顔をした。


「まあ、そうだな……。たとえば、魔法を使うのに詠唱をするだろ? その詠唱はある程度決まった言葉で組み立てられているよな? そういうふうに、特定のルールに則って命令を記述して、ある機械に、ああ、魔法の場合は精霊か、に、ある仕事を実行してもらう、というのがプログラミングっというんだ。で、その命令をたくさん書く仕事が、プログラマーだな」

 と、史郎は何とかこの世界の概念を使って説明した。


「へー、じゃあ、史郎は魔術式を書けるわけね? あー、だから、そんな非常識な魔法の使い方ができるのね」とアリアは納得した様子で返事した。

「あー、まあ、そんなとこかな?」と史郎はごまかした。



 この日は夜遅くまで飲み食い、語り明かす五人であった。

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