44.使徒
「俺はこの世界とは違う世界から来ました」
史郎は、そう切り出した。
「違う世界? 違う国ってこと?」
と、アリアが聞いた。
「いや、国も違うが、そもそもの今居る星、いや、居る世界が……」
と説明しかけて、異世界の概念自体の説明が難しいことに史郎は気づいた。
「ああ、まあ、遠くて普通ではいけない国だと思ってくれていいです。それこそ女神フィルミア様の助けがないと移動できないような場所です」
史郎はそう説明した。
「なるほど。なんとなくだけど、わかるような気がするわ」
と、アリア。ほかの二人もうなずく。
「そして、この世界へ来た理由ですが、女神フィルミア様からの依頼なんです。今この世界で発生している異常事態の調査と、できればそれを解決してほしいという依頼ですね」
と、史郎は簡単に説明した。
「異常事態……魔獣の異常発生の事かしら? 女神様はちゃんと私たちの事を見守ってくれているのね……」
アリアはうれしそうにつぶやいた。アルバートは真剣な顔をしている。シェスティアはほほ笑みを浮かべていた。
「まあ、それで俺は一月ほど前にこの場所に転移してきました。それ以来、魔術と武術の検証と訓練をしていたのですが、そろそろ街へ、と思った時に、君たちと出会ったというわけですね」
と、史郎は言った。
「とりあえず数日ここに滞在して、全員の戦闘能力を確認しあってから街へ向かうってことでもいいですか?」
と、史郎が聞いた。
「ええ、それでいいわ。二人ともそれで問題ないわよね?」
と、アリアが答えた。
シェスティアもアルバートもうなずいた。
「ああ、それと、話し方だけど、別に丁寧に話さなくていいわよ……。この国の冒険者たちはそんな話し方普通しないから。それに、その話し方だと女性みたいね」とアリアが指摘した。
「え、そうなんですか? そうです……そうか。そうだな、その方が助かる」と史郎は答えた。
ちなみに、言語モジュールは、発言者の気持ちや思考を反映して、その言語と文化的背景に基づいて、インストールされた、話そうとする言語に自動変換される。「翻訳」や「通訳」ではない。脳内の思考から、直接適切な言語に変換されるのだ。なので、読み書きに関して、ネイティブの言語を話しているかのように脳では認識される。
史郎のこの状況での場合、脳内での思考が日本語での思考に影響され、その影響が、丁寧な言葉遣いに変換されてしまったのだが、この地の文化的な背景だと成人男性の話し方ではなく、そのため不自然さが生じたのだ。
「しばらく滞在するのなら部屋が要るな。じゃあちょっと拡張しようか」
と、史郎が話題を変えて話し出した。
「拡張?」
三人は不思議そうに聞いた。
まずは全員外に出て、史郎は玄関と反対側の壁の方に回った。
史郎は「うーん、部屋は全部まとめて、風呂はいちばん外側にしようか」とつぶやき、部屋や風呂のモジュールをいったんインベントリに入れた。
「「「え!」」」
三人は消えた部屋に驚いた。
そして、史郎は、ライブラリから「部屋拡張::廊下」と「拡張部屋::ベッドルーム」を三つ出して接続。最後に風呂モジュールとトイレモジュールを接続し直す。
女神様の部屋はモジュラー式になっていて拡張できる。電車のように連結できるようになっているのだ。廊下をまず追加、そこへ部屋を接続するようになっている。
史郎は最初、その仕組みを見て女神様もなかなか実用的な考え方だなと思ったものだ。
元の風呂なども連結されたものだったので、史郎はいったんそれらの連結を外し、リビング、部屋、部屋、風呂、トイレというふうにつなぎ変えたのだ。
史郎の作業の様子を見ていた三人は、茫然とした表情で、無言で見つめるだけであった。
「よし、完成だな。中に入ろう」
と、史郎が声をかけた。三人はハッとして気を取り直し、急いで家の中に入る。
「えーっと、入ってすぐ手前の右の部屋が俺の部屋なので、あとは適当に割り振って使ってくれていいから。いちばん奥の左が風呂、右がトイレだな」
と、史郎が説明した。
「え、風呂があるの!」「風呂入る」
とアリアが叫ぶ。シェスティアも速攻で笑顔を見せて主張した。
「あ、あぁ、自由に使っていいよ」
と、その勢いに驚いた史郎が言うと、
「すぐに入るわ!」
と言って、アリアとシェスティアが風呂場の様子を見に行った。が、すぐに戻ってきて「お湯はどうやって?」と、聞いてきた。
「あー、ごめん。今入れるよ」
史郎は答えると、風呂場へ行き、お湯を魔術で作る。
「え! そんな量の水を? しかも熱い⁉」
三人は驚いたのであった。
ちなみに質のいい石鹸やらシャンプーやらを説明すると、満面の笑みで喜んでいた。
なお、この世界には普通に風呂や石鹸はある。
女性陣二人が風呂へ行っている間、史郎とミトカ、アルバートでリビングのテーブルについた。男性二人はどちらとも黙り込む。
アルバートは話し出す様子はないので、史郎は何かないかと思案し、
「ところで、三人とも荷物が少ないけど、やっぱり魔法の鞄みたいなものを?」
ふと気が付いたことを質問した。
「ああ、俺たちはマジックバッグを持っている」とアルバート。
「マジックバッグ?」史郎が聞き返すと、
「ああ、これだ」
と、アルバートは腰に付けている、ポーチのような鞄を、手でポンポンとたたいた。
「マジックバッグというのは、ダンジョン内の宝箱でたまに出るアーティファクトだな。これはそれなりの容量、そうだな、簡易テントくらいなら入るか、それくらいの容量の鞄だ」
と、アルバートは意外と気軽に話し始めた。
「もっとも、お前のように部屋を丸ごと出し入れなんてできないが」と苦笑した。
すると、ミトカが説明する。
「ダンジョン産のマジックバッグで、時空魔術が施された魔導具ですね。見かけより多くの物が入るよう、空間が拡張されたタイプです。インターフェースは単純で、普通に手で出し入れします。存在自体は良く知られていますが、実際に存在する数はそれほどでもなく、高価で取り引きされています」
「へー、ミトカよく知ってるな」と思わず史郎は感心した。
「当然です」とミトカはほほ笑んだ。
この日はミトカが作った夕飯をみんなで食べ、早々に寝ることになった。
「ところで、ミトカはどこで寝るの?」と突然シェスティアが聞いた。
「もちろん史郎の部屋です」とミトカは答えた。なぜか満面の挑戦的な笑顔だ。
その瞬間、シェスティアから冷気が溢れる。家全体の温度が下がった気がした史郎。シェスティアは笑顔だが、目が笑っていない。
「おい、ちょっと待て、ミトカ。お前、どうせ消え……「史郎!」」と史郎は慌てて説明しようと言いかけたところで、ミトカが割って入った。
「はぁ、史郎……。シェスティアちゃん、今日からはいっしょの部屋で寝ましょう」とミトカは突然言い出した。何か浮かべているほほ笑みが怖いなと史郎は感じたが黙り込んだ。
「オッケー。よい」とシェスティアは、冷気を収めて、笑顔で答えたのだった。
『史郎、当面私を普通の人間扱いでいいですか? 実体化の話はややこしくなるので、いつか機会ができてからが、いいような気がします』とミトカ。
(わかった。ミトカに任せるよ)と、史郎はその件についてはミトカに任せることにしたのだった。
なお、ミトカに頼まれたので予備のベッドをシェスティアの部屋に置いた。ベッドを二つ置くくらいの大きさはあるのだ。ベッドまで用意されているライブラリに史郎が感謝したのは言うまでもない。
その後、アリア、シェスティア、アルバートの三人は、魔の大樹海を旅してきた疲れがどっと出たのか、急に風呂に入って立派な夕食を食べたので気が抜けたのか、それぞれ部屋へはいると、そのまますぐに眠りにつくのであった。
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