42.シェスティア2

 史郎は上空から降りてきて結界を解除し三人に近づいた。いちばん年長の女性が何かを言いたそうにして声をかけようとした瞬間、


「シロウ! やっと会えた!」


 と、少女は言うなり史郎に抱き着いてきた。中高生くらいの年齢、いや少し幼い感じの美少女だ。


 突然の事にしばらく抱き着かれた後、戸惑った史郎はそっとその少女の肩を掴んで押す。

 少女は体を離し、顔が見えるようになった。


 金色のショートボブ。透き通るような翡翠の目を持っている。離れ離れになっていてようやく会えたという感じの喜びを表しつつ、しかしなぜか今にも泣きそうな複雑な表情をしている。

 そして、その美少女らしい顔に似合わず、そして泣きそうな表情にもかかわらず、その眼光は鋭いことに史郎は気づいた。


「えーっと、初めまして、かな?」

 史郎は戸惑いながら、少女に話しかけた。


 ――この感じ……。この子結構強いな……。しかも、何だかどこかで会ったことがあるような懐かしいような気がするが、気のせいだろうか? いや、こんなファンタジー感あふれる美少女なんて、地球ではありえないな。それにこの世界では初めて人に会うし。

 史郎はそう考える。

 そこで突然の殺気を感じ、後方からの叫び声を聞いた。


「おい、貴様、いつまでそうしているんだ? いい加減、我が妹から離れろ!」

 少女の後方に立っていた男が距離を詰めると同時に、いきなり刀を突きだしてきた。


「うぉっと、危ない」


 史郎はとっさに男の前に障壁を展開し、刀を弾いた。


「おいおい、いきなりそれはないだろう。 いやまあ、突然女性に抱き着かれてそのままの俺も悪いが……。というか、不可抗力じゃないかと……」と史郎はぼやいた。


 ちなみにミトカは半ジト目で見ているが、少しほほ笑んでおり怒っているというわけではなさそうだ。


「兄様!」

 と、シェスティアは男のことをにらみつけた。

 シェスティアの周りから冷気が漂っているような気がする。


 ――この男はこの少女の兄なのか? と、史郎は少し驚いた。


 少女の兄? と思われる男は、いかにも武術が強そうな、細身で背が高くがっしりした体格だ。

 黒くて少し長い髪。赤目が鋭いイケメンだ。さすが兄妹、二人ともイケメンだ。姿かたちは人族だが、エルフか? と思うほどイケメンだ。何回も言おう。イケメン兄妹だ。


「アル、いい加減になさい。助けてもらった方に対して失礼でしょう」

 と、もう一人の女性が男に向かって叫んだ。

 二十代と思われる、こちらも美女だ。白いぼさっとした感じの短い髪。薄緑色の鋭い目つき。スタイルのいい、引き締まった、出るところは出て、引っ込むところは引っ込む体つきをしている。

 三人の中でお姉さん役といった感じの表情だ。


「まったく、シェスティアのことになるとすぐ見境をなくすんだから……。まずは、そこの方々、助けていただいて有り難うございます。私、アリアといいます。その子はシェスティア、その失礼な男はシェスティアの兄のアルバートと言います」

 と、アリアが自己紹介をした。


「あぁ、どういたしまして。危ない所でしたね。俺は史郎と言います。そして、こっちの女性は……」

「私はミトカといいます。えっと、こんにちは、シェスティア

 と、史郎達は簡単にあいさつをした。


「まずは、アリアさん、その腕のけがを治療しましょう」

 と、史郎は言うと、アリアの手を取り、怪我の場所に手当のように手を近づけて【ヒール】と唱える。すると、あっという間に傷が治った。


「えっ、無詠唱であっという間に……? あぁ、……ありがとう」

 アリアは再び茫然としながら史郎にお礼を言った。


「で、シェスティアさんでしたっけ? 初めて会ったと思うんだけど、俺のこと知っているのかな?」


「はい。いいえ……」とシェスティアは答えかけて、「この世界で会うのは初めて」と小さくつぶやいた。そして、


「でも、シロウの事は女神フィルミア様から聞いている。そして、見た瞬間シロウという名前を思い出した」


 と、シェスティアは、いきなり重大発言をした。顔は真剣だ。そして、会ったこともないのに思い出す? 史郎はシェスティアの言葉に少し戸惑った。が、


「え⁉ フィルミア様に会ったことがあるのか?」

 史郎は思わず叫んだ。


「え⁉ そんな話初めて聞いたけど?」

 アリアも驚いて、シェスティアを見た。


「うん、いいえ、直接会ったことはない。夢、というか神託をもらった。アリア姉さん、黙っていてごめんなさい」

 と、シェスティアは答え、アリアに謝った。


「神託? じゃあ、巫女か加護持ちということですね?」

 ミトカが話に割り込んできた。


「え! そう。よくわかったね……?」


 と、シェスティアがミトカのほうを向いて答える。


 シェスティアがミトカを見た瞬間、はっとして、そして、少しうれしそうな、驚いたような笑顔を一瞬したのを史郎は見逃さなかったが、特にかける言葉は何も言葉は出てこなかった。


 ミトカも何かうれしそうなほほ笑みを浮かべているが、なぜだろうと史郎は心の片隅で考えていた。


「シェス、ここへはエリクサー……だったっけ? 何かのポーションの材料を探しに来たんじゃないの? シェリナ様とアルティア様の封印を何とかする方法がここにあるかもしれないからって……」

 と、アリアが聞いた。


「アリア姉さん、そのとおり。ただ、もう一つ理由があった。そして、そちらが本当の理由。フィルミア様からの神託で、ここに、いや、このあたりにある聖域に行くと、私たちの状況を解決してくれる人に出会うことができるからと。その神託は何か漠然としたものだったので、さすがに自信がなくて、黙ってた」

 と、申し訳なさそうな顔をしつつ、シェスティアが答えた。


 すると、ミトカが話に入ってくる。

「シェスティアさん、じゃあ史郎がどういう存在かも知っていると?」

「はい。シロウはフィルミア様の使徒」

 と、シェスティアはうれしそうに笑顔で答えた。


「え、使徒?」と驚くアリア。

 しかし、アルバートは特に動揺した様子はない。

「アルバートは知ってたの?」と尋ねるアリア。

「いや、知らん。しかし、シェスティアのためならどこに行くのであろうと、手伝うのには変わらん」との返事。


 ――こいつはシスコンか? と、史郎はアルバートの返事を聞いて、思う。


「シェス、じゃあ、本当は、使徒であるシロウさんを探すためにここまで来たってことなのね?」


「そう。探して案内するというのが、フィルミア様からの神託。封印を何とかする方法というのが、おそらくシロウの事だと思う」

 と、笑顔とともに自信満々に答えるシェスティア。


「シェス、あなたのその話と様子、この人に以前に会ったことあるの?」

 と、いぶかし気に聞くアリア。


「いいえ。実際にあったことはない。でも、何度も夢の中で見た。会った瞬間解った、私はきっとどこかでシロウに会ったことがあるのだと。そして再び会う運命だったのだと」


 シェスティアはどこか遠くを見るような目で、しかし自信のある様子で、笑顔を無理やり作りそう答えた。


「話は分かりました。とりあえず、俺の住んでいる場所まで案内します。こんなところで立ち話も何ですから」

 と、史郎はみんなをいったん小屋まで案内することに決めたのだった。

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