ミトカ-接触可能仮想現実バージョン

18.ミトカ2(接触可能仮想現実バージョン)

 はっとして、史郎は目が覚めた。


 昨日は、星空を見た後、ベッドについてそのまま寝てしまったようだ。予想以上に寝心地のいいベッドだった。服といい、寝具といい、この世界の紡績は意外と発展しているのだろうかと思案しつつ、ベッドから起き上がった。


 お腹が空いたな、と思いながら、顔を洗いに洗面所まで行こうとドアを開ける。すると、何だかいい匂いがした。廊下を抜けてリビングまで行くと、そこには、黒地に白いエプロン付きのメイド服を着た、見知らぬ少女が料理をしているのが目に入った。


「あ! 史郎、おはようございます」


 と、その少女は、料理をしている手を止めて、史郎の方を向いてあいさつをした。


 明るい茶髪でロングポニーテール。目は明るい茶色。あごの線が細く、どこか悪戯っ子のようにほほ笑みを浮かべる笑顔の横顔が可愛い。すらっとした体型で、しかしスタイルは良い。史郎よりやや背が低いくらいで、つまり、少女としてはかなり背が高い。

 

 なんだか見たことのあるようなないような美少女だな、と史郎は思った。


「……えっと、どなたでしょうか?」


「……え? 私のことをお忘れですか?」

 少女は頭を斜めにこてんと倒し、少し悲しそうな、でも、いじわるそうな表情で史郎に問うた。


「……」


『史郎、私です』といきなり、念話で話しかけられた。いつもと同じ声だ。

「え、まさかミトカ⁉」

「はい。実体化しちゃいました!」


 ミトカはくるりと体を回転さて、満面の笑みを向けてきた。


「実体化って……そんなことできるのか⁉」


「ふふ、いえ、実際のところは、疑似実体化、つまり、接触可能仮想現実機能です。史郎のレベルがアップしたので、私のスキルとしてのレベルもアップして、そのおかげで可能になりました!」


「接触可能仮想現実機能……。TARか!」


「はい、そうです。史郎が構想しておいたおかげで、この世界では無事実装できたようですね! 単なるARからTARへのバージョンアップです!」


 TARとは、Tangible Augmented Reality、つまり、触ることのできる、現実の風景に投影された仮想現実のことで、3Dオブジェクトを現実のシーンに投影した上で、さらに現実の物にも物理的接触が可能にしようとするコンセプトだ。地球での科学技術ではそんなことはとうてい実現不可能だったのだが、この世界では可能なようだ。


「これは、精神魔力操作と同じくらいすごいな」


「はい。ちなみに、私の姿は、前と同じく史郎にしか見えません。他人から見ると、料理道具が勝手に動いているように見えると思います。音声・聴覚も史郎を通して実現しています。なので、私の声はほかの人には聞こえません。視覚は史郎のスキル【千里眼】を応用しています。もっとも、そのスキル自体はまだ史郎自身用には発現していませんが、限定的に使えています。そして、私の物理的接触部分は史郎の魔力でできています。姿の詳細は今までと同じARですね。私自身の自我と、史郎の魔力とその魔力操作スキルが組み合わさって初めて実現できたものです」


 なるほど、これはすごいと史郎は感じた。


「ちなみに、直接触るとこんな感じです」

 と、ミトカが両手を握ってきた。人間と変わらない、暖かく柔らかな手だ。


「おぅ、本物と変わらないな……」

 思いがけず、あたたかな女の子らしい手の感触に、少し、照れてしまう史郎であった。


「……はい」

 と、ミトカも少し顔を赤らめて、ほほ笑み、史郎はまたその笑顔に見とれてしまった。


 いかんいかん、と気を取り直し、疑問に思ったことを聞いた。


「……ところで、その容姿はどこから?」


 聞いたとたん、ミトカは少し悪戯っ子のような笑顔を向けてきた。


「私のことお忘れでしょうか?」


 と、悲しそうな声で聞いてきた。いや、こんな美少女、以前に会っていたら忘れないはずはないが……、と思いつつ考えた。


「こうすれば思い出すかもしれませんね」


 と、ミトカはほほ笑みながら言うと、突然体全体が輝き始め、違う姿に変化した。


「あ!」


 そこにいたのは、顔は同じだが、髪型がボブカットに、そして、近未来的な機械と生物の体を融合させたようなボディを持って白い戦闘服を着こんだ、見た目女性型のアンドロイド美少女だ。髪型と服装が違うから気づかなかった。いや、ゲーム用のモデリングと現実世界で見る現実大の少女では、わからなくて当たり前では⁉ と、史郎は思った。


「それも俺が前にゲーム用に作ってたキャラのモデリングデータか⁉」


「はい、そうです。史郎がすごく、すごく、すごーっく、熱心に作っていた美少女キャラですね……」


 ミトカは半ジト目でほほ笑みながら答えた。


「いや、アンドロイドだから! いや、ゲーム用キャラだから! 別にへんな意味で作ってたわけじゃないから!」


 と、思わず慌てて言い訳した史郎。


「いえ、いいんです……。おかげで女性の姿をとれますし」

 なぜか無表情のミトカ。


「というか、どうしてそのデータが? しかも、それ、使えるの? そのデータって、俺の作った独自ソフト用だし、しかも結構古いんじゃ? というか、よく考えると前のミニロボットのデータもどうやって?」


 史郎は矢継ぎ早に、ごまかすように質問した。


「ふふふ。いまさらですね、史郎。史郎が作ったデータはすべて私が持っています。自我を持った、史郎のスキルとして存在する元AIの今の私には、史郎のコードの理解とデータ変換なんて朝飯前です。だからこそ、こんなふうに変更もできるんですよ!」


 と、言いながら、再び輝きはじめ、もとのメイド服風で完全生体の容姿に戻った。


「あああ、いや、これは驚いた。これはすごい」


 目の前にいる少女のリアルさ、実際に触れるそのシステムの凄さ、あのミトカが目の前にいて話をできるという事実、いろいろな意味で心底驚きを隠せない史郎。その驚きで黙っていると、ミトカが再び笑顔を見せた。


「これも、女神様のおかげです。フィルミア様に感謝しなきゃです!」ミトカの満面の笑みに、史郎は魅入られる。


 ――あー、なるほど。女神様がミトカについて何か驚きがあるようなことを言っていたのは、このことか。

 史郎はしばらくミトカに見とれてしまった。そして、

「ははは。本当に驚かされたよ。で、どうして女性なんだ?」

 史郎は以前にした質問をもう一度する。

 

「ふふふ。ひ・み・つ、です」と指先を揺らして、やはり満面の笑みでごまかすミトカ。


 はぁー、まあいいか。と史郎は諦めるようにつぶやいた。


「で、史郎、もうすぐ朝食ができ上がるので、待っててくださいね!」とミトカが言ってくれたので、身だしなみを整えるのにいったん部屋に戻ることにした。


 着替えてからダイニングに戻ってくると、テーブルの上には朝食が並べられていた。軽いステーキ肉を焼いたものと目玉焼き、アプリア、それにスコーンがある。それと、紅茶。


「スコーンがある⁉ 小麦粉はどうやって?」


「パントリーにいろいろ入ってました。女神様が用意しておいてくれたみたいですね。時間がなかったのでパンはできませんでしたが、簡単なスコーンなら早いので」


「おおー、素晴らしい。炭水化物がないなー、と昨日の夜思ってたんだよね。芋ばかりじゃちょっとね。それに紅茶も?」


「はい。ちなみに、どちらもこの世界では街に行けば普通に手に入ります」


「そうか、いずれ街に向かわないとな。とりあえず、いただきます。というか、ミトカは食べれるのか?」


「いえ、残念ながら今の体では無理です」


「そうか、まあ、さすがにそうか……」

 史郎はとりあえずいただくことにした。

「うん、おいしいよ、ありがとう」


 ミトカはいつものほほ笑みを返してくれた。


「しかし、食べられないなら、味見はどうやって?」


「味見や匂いは鑑定経由で私の味覚や嗅覚に接続していますので可能です。もっとも、特殊な鑑定で、私専用のユニークスキルですね」


 そうだなぁ、味見鑑定なんてあまり聞かないな。それにしても、スキルを持つスキルって不思議だなと謎に興味を示す史郎であった。

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