17.星空の向こうの君を思う
史郎が小屋の内部をひととおりチェックしていると、
「史郎、この小屋の設備は魔石で動く魔導具となっています。なので、魔石が必要です」
と、ミトカが魔導具について説明した。
「魔石? ああ、魔導具か。ホーン・ラビットから取れたやつが使えるのかな?」
「はい、使えると思います。どこかに魔石を設置する箱があるはずなので、探してみてください」
電池室みたいなものだな、と考えながら、史郎が小屋の中を探すと、キッチン横の壁に箱があり、そこに魔石を置くようになっているので、ホーン・ラビットの魔石を置いた。
「具体的には、何の設備が魔導具なんだ?」
「ライトと魔導コンロ、換気扇、水道、冷蔵庫、あとは浄化槽ですね」
「えらくいい設備だな? この世界は中世ヨーロッパ程度のはずだったが?」
と、感心した史郎。
「そうです。この世界では、これらの設備はまだ存在しません。ここにある魔導具は試作品というところでしょうか。史郎の魔導具の設計をもとに実装したようですね」
「というか、俺の設計でもまだ構想段階で完成していないはずなんだけど」
「はい。その未完成部分はこの世界に合わせて神界で詳細設計を終わらせたようです」
「ほー、それはいい。あとでじっくり調べさせてもらおうか。で、風呂も魔導具?」
「いえ、残念ながら風呂
「うーん、川から水を汲んでくるか……? それはそれで大変だな」
と考えたところで、史郎はふと気づき、
「俺の物質化で水生成すればいいかも? 自分が入る分には、自家用だよね?」と聞いた。
「……はい、そうですね。可能です」
ミトカは複雑な表情で答える。
よし、風呂だ! と、史郎は意気込み、まずはベッドのある部屋に行き
「おぉ、やはりあった。さすが女神様」
と、史郎はほほ笑んだ。
着替えの服が何着か用意されており、寝巻きのようなものもあるので、とりあえずそれらを持って風呂場へ行くことにする史郎。風呂場の脱衣場にはタオルなんかも用意されており、必要なものはすべてあるようだ。
史郎は、まずは水をためてお湯を沸かすことにした。
「この風呂桶の量の水を生成するのは大変そうだな……」
直径1メートルくらいのウォーターボールでよさそうかな(?)と史郎は思いながら水を生成し風呂桶に入れた。もう一つ要りそうだ。
水を張った後は、水の温度を上げる必要があるな……。水生成でお湯にしておくのを忘れたよ、と史郎は少し後悔した。
「火魔法? いや、水自体の温度を上げたいから、分子運動制御だな?」と史郎は考えた。
「史郎、分子運動制御は意志力140で、魔力の電磁波状への相転移が必要ですね。水素と酸素による火魔法で間接的に温める方法もありですが」
と、ミトカが説明した。
「なるほど、火魔法のほうが簡単そうだが、ここは練習を兼ねて分子運動制御を試してみようか」
と史郎は考えた。そして、
「よし、まずは魔力操作で水全体を選択・包み込むようにして、分子運動制御で温度が上がるようにイメージしてと……【加熱】!」
――『【加熱】レベル1 を取得しました』
史郎は魔術で5秒ほど加熱を継続し、いったん止めた。
「あー、今何度になってるか分からん」と史郎は戸惑った。
「鑑定で、温度が分かります」とミトカ。
「え、そうなのか? よし、【鑑定】!」
史郎が風呂桶の水を鑑定すると、確かに温度が表示されていた。温度はセ氏30度だった。
「なるほど、あの魔力量を込めて、この水量で、5秒で10度ほど上昇か?」
と、史郎は観察しながら、もう一度5秒ほど加熱をかけて、水に手を入れた。
「うん、いい感じかな?」と史郎はうれしくなった。
史郎はお湯につかりながら、今日一日を振り返った。
ミトカは史郎の前方でお湯につかって浮いている。全身をバスタオルで巻いて入るという凝りようだ。お湯につかった様子が見事にレンダリングされている。史郎はそのことに感心しながらも、小さいながらも美少女が風呂に入っている様子をついじっと見てしまう。
「史郎、何を見ているんです?」ミトカがジト目で史郎を見つめ返した。
「え? いや、レンダリングがすごいなぁっと……」
思わず顔を赤くして返答しながらごまかす史郎。そして、ゴホンと咳払いし、
「ミトカ、今日は一日サポートありがとう」と言った。
「史郎、いえ、どういたしまして。無事、いえ、まあ、いろいろありましたが、何とかなってよかったです」
ミトカはほっとしたような笑顔を浮かべた。
「まあ、いったん死んだけれど、今生きているから良しとしようか!」
史郎は過ぎたことをくよくよしないと気を取り直して、これからのことを考えることにした。
「しかし、明日からは引き続いていろいろと検証が必要だな。まだ、何ができて何ができないかも良く分かってないし。戦闘力もつけないといけないし……」
なんだか、今日一日だけでいろいろあったし、考えるのが疲れたので今日はもう寝てしまおう、と史郎は思うのであった。
夜半になぜか目が覚めた史郎は、ふと外に出て、空を見上げた。
「おお、これは……」
圧倒的な星の大河に見とれてしまう。地球での暗い場所で見上げる天の川というレベルではない。まるでひとつひとつが繊細に鋭く明るく輝く砂を大量にちりばめたような星の川なのだ。全天を見ても、圧倒的に明るい星の数が多い。
地球では、1等星の数は20くらいだったか? この世界、1等星レベルは数百個ありそうだ。この星のある位置がより銀河中心に近いのであろうか。銀河中心方向と思われる当たりの輝きは、月明かりに匹敵するのではないかというほどだ。
「この星空は圧巻だな」と史郎は声を上げた。
史郎の肩に座っているミトカが解説する。
「史郎、フィルディアーナのある星系は銀河中心方面にやや近く、銀河の腕の中に近い場所にあります。なので、この輝く満天の星はそのおかげですね」
そこで、史郎はふと気になって質問した。
「これだけ近くて、宇宙放射線とかは大丈夫なのか?」
「えーっと……、高度上空にあるマナの層が宇宙放射線や紫外線などの有害放射線をカットしているようですね」とミトカが答えた。
「ふーん……。妙に設定がSFチックで詳細だな……。何かファンタジーっぽくないのは気のせいか? いや、これが現実ということか? でも、そもそもマナは直接物理と干渉しないはずでは……? いやいや、これはそういう仕様か……?」
などと、史郎は妙なところで悩んで、ぶつぶつとつぶやくのであった。
しばらく夜空を見上げていた史郎は、ふと思った。
「うん、これはいつか琴音に見せてあげたいな」
そう、ふと、琴音のことを思い出した。琴音とは、隣の家に住んでいて、小さいときから面倒をよく見ていた少女だ。一応幼馴染みというべきであろう。中学・高校と同じ学校で、天文クラブでの後輩にも当たる。よく話が弾んだことを思い出す。
彼女は、天の川を眺めるのが好きだった。そういえば、俺のことを「先輩」と呼ぶときの優しく、なぜか、儚げな笑顔が印象に残っている。
彼女が俺を見つめるひとみは、いつも悲しみと喜びが交錯したような、見とれてしまうような、目をそらしてしまうようなまなざしなのだ。彼女を見ると、いつもひそかに胸がドキドキしていたのは内緒だ。
しばらく会っていないが、元気にしているのだろうか……史郎は少し地球のことを思い出し、感傷にふけるのであった。
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