15.バーベキュー
石舞台まで戻ってくると、史郎は、突然空腹感が襲ってきたことを感じた。
死闘のあとでようやく戻ってきたため、緊張感が薄れ、体の欲求が突然感じられたのだ。時間を確認すると、夕方6時くらい。夕食の時間だな、と史郎は思った。
「あー、お腹空いたな」
史郎は、とりあえず料理の準備をすることにした。料理といっても、ここでできるのはバーベキューみたいな野外料理だ。史郎が地球にいた時は、結構キャンプとかに行っていたので基本的な知識はある。
「うーん、食材は、採ってきた芋、ホーン・ラビットの肉、そして、食用葉っぱのサラダかな?」
まずは、ホーン・ラビットの解体だが、と考えたところで、史郎ははたと気付いた。
「さすがに解体なんてしたことないから、やり方が分からないんだが……?」
地球でのキャンプでも、普通はさすがに狩りまではしない。動物の解体なんて普通は誰も知らないだろう。ましてや、魔獣の解体(?)と、史郎が考えにふけりそうになったところで、
「史郎、インベントリとエンティティ分解の組み合わせで可能かもしれません」とミトカが提案してきた。
「なるほど」と感心する史郎。
史郎は、まずインベントリからホーン・ラビットを取り出すことをイメージする。
実際には取り出さず、そのまま、インベントリ内のホーン・ラビットを認識して、それがエンティティの集合であることを意識し、食用の肉部分、素材などだけをフィルターして分離することをイメージする。
しばらくイメージの明確にすることに集中し、ある程度イメージが確定したところで、史郎が「解体」と唱えると、インベントリ内で、肉と素材が分離され、別アイテムになることが感じられた。
ちなみに、ホーン・ラビットの素材は、ホーンと毛皮だ。それと魔石もある。
――『【インベントリ::解体】レベル1 を取得しました』
「うん、うまくいったぞ。この解体はインベントリのメソッドなんだな」
「そうですね。魔獣や動物をナイフで解体するスキルが別にあります。それは、実際に解体作業を経験・練習することによって得られるはずです」
「そうだね、普通はそうなるよな。インベントリとこのスキルのおかげで手をまったく汚さずに解体できるなんて、なんて便利なんだ!」
と、史郎はテンションが上がった。
さて、無事解体ができたところで、肉だけをインベントリから取り出そう、と史郎は思い、そこで直前に思いとどまった。よく考えると大きさが半端ない。三百キログラムくらいあるのではないかと。
「あー、まずは切り分けないといけないか。包丁とまな板がいるな。というか、机とか椅子とかいるな。物質化でできるかな?」
「史郎、机や椅子の大きさだと物質化では非効率です。すでにある素材、その辺の岩でいいと思いますが、それを錬成と形成で作る方が早いですね」
無から有を魔術で行うよりも、既存の物を魔術で変更するほうが消費魔力や難易度は低いのだ。
「よし、その辺にある岩を使って……」
周辺にあるある程度の大きさの岩を選び、魔力を全体に浸透させることをイメージし、さらに岩が粘土のように変形できることをイメージする。
しばらくそのイメージを保つこと、数分。できそうな感覚を覚えたので「錬成」と唱えた。すると、岩が少し輝き変形できることが感覚的に分かった。
――『【錬成】レベル1 を取得しました』
「よし!」と史郎は思わず声を出した。
そのまま、1メートル×2メートルくらいのテーブルのイメージを思い浮かべ、その形になるように変形する。頭の中でイメージするのと同じ要領で、思っただけで粘土のように岩の形を変えることができる。これは便利だ感心しつつ、今回はシンプルに天板と四角い足だけの簡単なテーブルにしようと考え、形を決めた。
そして、ある程度形が整ったところで「形成」と唱えると、その形の状態で実体化されて状態が固定された。
――『【形成】レベル1 を取得しました』
「おー、できた!」
「これは便利だな。材料さえあればなんでも作れそうだ。触った感じ強度も十分ありそうだな」
と、便利なスキルを見つけて史郎はうれしそうな顔をした。
史郎はその後、同じ要領で椅子も作った。
「座り心地は、まあ、硬いな。何かクッションにできるといいんだが、今は我慢か」
とつぶやく史郎。
包丁は小さく、このあたりには鉄鉱石とかないので、物質化でさっと作りだした。
「まな板はまあなくてもいいか。木を伐採して板を加工してもいいんだが、今それをするにはちょっと大がかりだから、別の機会だな」
と、だんだん投げやりになってきた史郎。
史郎は、さっそく作った机にホーン・ラビットの肉をインベントリから取り出した。
「でかいな」
体長3メートル近くあったから、それなりの分量がある。史郎は、とりあえず1キロほどの塊を目分量で切り取り、残りをインベントリに戻した。
次に、史郎は、芋はベイクドポテトみたいにしたいと思い、物質化でアルミ箔を作ることに挑戦した。薄い板をイメージすればいいはずと考え、薄さは確か50ミクロンくらいだったかと思いつつ、史郎は、頑張って薄く薄く魔力を広げて試してみた。
最初は1ミリくらいの厚みがあったので、失敗した。次は500ミクロンくらいか? と、半分の厚さにはなった。
もう一度試す。次はその半分くらいの厚さ。それを繰り返すこと20回くらい。
失敗しつつも、史郎は、50ミクロンくらいの薄さまでできるようになるのであった。
――『【精密魔力操作】レベル1 を取得しました』
「ほぉ、細かい魔力操作は、別スキルか?」
と、史郎は少し驚いた。
「史郎、ミクロン単位の操作は別スキルです。普通そんな操作はできません」
と、あきれるミトカ。
「ははは……。まあ、俺は細かい芸が好きだからな」と史郎は自嘲気味に苦笑した。
スキル取得後は、比較的簡単にイメージできるようになったので、50センチ四方くらいの物を、練習がてら20枚ほど作っておいた。
さて、実際のバーベキューだな、と史郎は思案する。
まずは、ある程度の大きさの石を集めて、円く焚き火用のかまどを作った。キャストアイアンの網(脚付き)をイメージして物質化で作成、かまどの上に設置した。
途中で拾ってきた木を火魔法と風魔法の組み合わせで乾燥魔法を作り、乾燥させる。それを適度な大きさにカットし、まきとして火を付ける。火魔法は便利だなぁと思う史郎であった。
まきがある程度燃えて、炭ができるくらいになるまで待ち、1センチ厚ほどにスライスした肉と、アルミ箔で包んだ芋を網に乗せて焼けるのを待つ。
待っている間に、ナイフとフォークをステンレスの物質化で、皿は錬成・形成でサクッと作成した史郎。
「肉をとるトングがいるな……」と史郎は思ったが、面倒くさいので大きくて鋭いバーベキュー用フォークを作ってそれを使って肉を焼いた。
物質化で塩化ナトリウムは簡単に生成できたので、塩は余裕で取得できた史郎である。
ある程度焼けたところで、史郎はさっそく食べてみた。
「これはうまい」と史郎は感動の声を上げた。
ブラック・ホーン・ラビットの肉は、うまく焼けたせいか、思ったよりジューシーで柔らかい。肉の臭みはほとんどない。
胡椒やハーブが欲しいところだが、とりあえずは塩だけで十分食べられるなと史郎は思いながら、蓋つきのバーベキューグリルでステーキを焼きたくなったから今度作ろうとひそかに計画を思いつくのであった。
サラダ用にと採取した食用葉っぱの類は、水魔法で作り出した水球でサクッと洗い、風魔法で回転脱水して用意した。そのままドレッシングがなくても十分おいしい。しばらくしてから芋の様子を見る。物質化で針金を作り出し、刺して硬さを見た。
「うん、中まで柔らかくなったみたいだな」
アルミ箔をとり、ナイフでカット、フォークで芋を取り出して食べた。
「うん、適度に甘くてほくほくしておいしいな。これは意外といける。バターがないのが残念」
デザート代わりにアプリアの実を食べて、史郎は食事を終えた。
総じて、普通に食べられる食材であった。とりあえずは当面の食料は何とかなりそうだと一安心する史郎であった。
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