14.巻き戻し、または『現在』の意味

「あれ?」


 一瞬、何が起こったのか解らない状態で、混乱した史郎。今いる場所は、ウサギたちから約百メートル離れた岩の影の場所だ。

 急いで体を触るが何ともない。


「俺、死んだはずじゃ?」

 と、呆気にとられる史郎。

「史郎、無事で何よりです。いえ、無事ではなかったですが、今は無事です」

 ミトカが焦燥した表情で言った。

「どうなったんだ?」

「史郎の持つ【即死耐性】が自動発動しました。通常の【即死耐性】だと、死なないように自動治癒・再生なんですが、史郎の場合、「使徒」の称号とスキルレベルがマックスだったために、即死耐性の最大効果【巻き戻し】が発動したようです」


「えー、それって、あれか?」

「はい、あれです」


 驚くと、つい夫婦の「あれ」会話になってしまう二人だが、それほどの静かな驚きだということだ。


 【巻き戻し】は、いわゆる時間の巻き戻しであり、時間のパラドックス物の話でよく出てくるコンセプトだ。何らかのきっかけで世界の時間が過去に戻るというやつだ。


 それが、実際に起こって体験するとなると、史郎には複雑な感情が巻き起こった。


 史郎の頭に浮かんだのは、まずは、またまた「最強?」

 次に「パラドックスはどうなる?」

 そして最後に「もしかして、俺の設計どおりの実装か?」だ。


 史郎は時間移動物のSFが大好きなので、当然フィルディ・システムの世界を設計する際にも時間の概念についてはかなり力を入れて設計した。


 そして、彼が最終的に考案・採用したアルゴリズムは、「現在」とは特定の観察者が見ている時間であり、システムが「現在」とマークした時間とすること。


 さらに、各ループでのデータを丸ごと保存することによる「過去」の実装。そして、世界の処理の簡易先行処理による、近未来の予想。さらに、巻き戻しが起こった場合に、それまでにバックアップされたデータを利用することによる「予知」の実装。


 はっきり言って力業だが、その点はハードウェアなどのリソースが比較的安価になったことを活用し、リソースの制限を考えない「富豪的プログラミング」信奉である史郎のプログラミング・スタイルには合ってはいる。


 もっとも、この方法だと遠い未来はないし、現在を認識できるのは一部の限られた者に限られる。つまり、時間軸上において過去も未来も現在も同時に存在するわけではない。神の見る「現在」のみが存在し、その「現在」のみに「意識」が存在するのである。


 そもそも「現在」とは何かという解決不能の命題があって、それの問題に一生費やすわけにはいかない。なので、せっかく「神」というコンセプトを是とした世界システムなのだから、神が見ている時間が現在でいいのでは、という安易なアルゴリズムではあるが、史郎はそれでよしとした。


 世界が「巻き戻し」された場合、すべての存在は過去のアーカイブからリストアされる。いや、「現在」を指すポインターが、アーカイブの一点に戻るので、巻き戻ったという事実は誰にも認識できない。巻き戻った際、すでに起こった未来は、予知や予感スキルのための情報として利用されるのだけだ。


 例外は、世界の外に存在する神か超記憶を持つ者のみだ。


「この様子だと、最初に一回死んだときに超記憶スキルを得て、今回二度目は記憶が継続しているということか?」


「そのようですね……いえ、それでは史郎の超記憶のレベルが高いことの説明はできませんが。とにかく、肉体、つまり、存在オブジェクトは元に戻っています。なので、負傷などは残っていません。魂、つまり、記憶は継続・保持されています」


「そうか……。女神様には感謝しないといけないな。調査を引き受けて、この世界に来ていきなり何もしないで終了じゃ、申し訳ないし恥ずかしい」


 史郎はそう思って少し沈みかけたが、まだ始まったばかりなのだから、まだまだこれからだと気を取り直すことにした。


「しかしまあ、生き返って(?)良かったとして、しかしどういうことだ、ミトカ? あの作戦で大丈夫だったはずでは?」と史郎はミトカを問いただした。


「史郎。申し訳ないです。持っている情報に照らし合わせて、実際に起こった事態はおかしいですね。なにか異常です」

 ミトカは申し訳ないというような顔をして答えた。

「うーん、異常ね。つまり、これが女神様の言っていたこの世界の『問題』、もしくは、『バグ』か?」

 史郎はそうつぶやいた。


「そうですね。鑑定結果の情報と、データベース情報でのブラック・ホーン・ラビットの情報、両方照らし合わせても、史郎の魔術で十分仕留めることができたはずです。というか、横から突っ込んできたラビットの動きが分からなかったのが異常事態です。

 あの速さは、ブラック・ホーン・ラビットが持っている【縮地】スキルのスピードではありません」とミトカは指摘した。


「なるほど。何らかの異常で本来のスキルの性能以上の効果が出ているわけか」

 史郎は初めての手掛かりに少し興味が出てきた。


「しかも、史郎のレベルマックスの隠密スキルが破られるはずはないのです」


 そういえばそうだな、と思い出した史郎。

「五感による感覚も、魔術による気配も、理論上探知できないはず……」

「です。なので、考えられるのは、史郎が魔術を発動した瞬間、発現した場所に向かって突進してきた可能性ですね。それも異常な速度で」


「なるほど。とりあえずデバッグだな。イデアを起動してインスペクションで確認だ」


 史郎はイデアを起動して、インスペクションで3体のブラック・ホーン・ラビットをそれぞれ鑑定した。すると、いちばん右の一体のステータス値がおかしいことに気づいた。

 ほか2体のレベルは20前後、敏捷性が150~200前後なのに対して、その個体は、レベルが50、敏捷性が10000なのだ。


「なんであんなにレベルと敏捷性が高いんだ?」

「やはり、おかしいですね。ほかの2体はブラック・ホーン・ラビットの普通の値です」

「レベルとステータス値の異常を引き起こすバグか? いや、これだけの情報では原因はわからんな。ステータス値やレベルの書き換えは可能なのか?」


「いえ、ステータス値は、エンティティ・オブジェクトの能力や状態を数値化して表現しているだけなので、数値の書き換えはできません。逆に言うと、その能力を上昇させる何か、通常はスキルですが、それがあるはずなのですが、それといったスキルは持ってないように見えますね」とミトカは説明した。


「そうか。とりあえず、あの個体は討伐しておこうか。なんとなくだが、ほっておくとまずいような気がする」

 史郎はそう言いながら、対抗策を考えることにした。



 さて、あれと敵対するには、こちらも高速移動が必要だな、ということで少し考えてから史郎は思いつきを口に出す。


「よし、高速移動ナーブス補完でいこう!」

「……何ですか、それは?」と呆気にとられたミトカ。


「フフフ、今思いついた」と史郎はニヤリとする。ミトカが呆気にとられるなんてあまりないので、史郎は得意げになった。


「気配係数が書き換えられるということは、エンティティの位置情報も書き換え可能だろう。なら、思念による3次元位置把握で移動ポイントを計測、ナーブス補完、いや、スプライン補完でもいいか、で途中のポイントを計算して、自身の位置情報を高速で書き換えれば、3次元高速移動が可能では?」

 と、史郎はミトカに説明して聞いてみた。


「……はぁ、なるほど。一応可能ですね」と史郎のアイデアに少しあきれたミトカ。それでも感心した表情を浮かべる。


「よし! 自身の方向ベクトルも書き換えないとな!」


 うれしそうな史郎に対し、ミトカは冷静にその手段を分析し史郎に説明しだした。


「史郎、すべてイメージでの初期設定で、発動により移動できます。術の途中のキャンセルも可能なので、敵の動きによって、その都度移動のパスを再設定・再発動というふうに使って組みてください」


「なるほど。魔術の途中キャンセル・再発動は考えていなかったな。しかし練習しなくて大丈夫かな?」

 と、自分で言いだしていながら、史郎は少し不安になるのであった。

「大丈夫ですよ」

 なぜかミトカはすました顔でそう言った。

 


 一応作戦を立て直してから、史郎は、前回と同じく30メートル程まで隠密スキル全開で近づいた。

 ストーン・ボールを射出後、すぐさま足から上空へ跳躍する。


 頭が下になるようになりながら体は上空へ飛びあがり、直後、自分がいた場所へ、例のブラック・ホーン・ラビットが突進してきたのを見た。


 タイミング的には思ったよりもぎりぎりだった。かなりの速さなのだ。


 それは、史郎がいなくなったためそのまま突進し、数メートルほど行き過ぎた場所で急停止した。


 それを狙って、史郎は上空からストーン・ボールを打ち放ち、見事に命中した。


 しかし、最初に狙ったホーン・ラビットも、例のホーン・ラビットもまだ仕留めるには至らない。


 史郎は、いったん、50メートルほど離れた場所へ瞬間で移動し、そこから一匹目のラビット近くまで再び瞬間で移動、2発目のストーン・ボールを射出した。


 ラビットの首にあたり、「ピキー」という声を出したかと思うと、首が折れたようになりラビットは倒れた。


 史郎はそれを見届けた瞬間、例のラビットから20メートルほどの距離まで同じように高速で移動し、ストーン・ボールを頭に向かって打ち込んだ。


 少し遅れてもう一発撃ち込んだ。念のためだ。


「ピキャ」という声を出しつつ、巨体が倒れ、ピクリとも動かなくなった。


 史郎は百メートル後ろまで移動後、様子を見守ってから鑑定すると、2匹とも絶命しているのを確認した。三匹目のラビットはどこかへ逃げたようで、見当たらない。


「はー、何とか仕留めたな」と史郎は安堵の息を吐いた。


「史郎、見事です」とミトカは史郎の周りを飛びながら、笑顔で感心しながら褒めた。


 ――『【立体機動】レベル1 を取得しました』

 ――『ステータスレベルがレベル17になりました』


「え、一挙に17?」

 と、史郎は上がったレベルの大きさに驚いた。


「史郎の場合、レベルがまだ1だったので、相手とのレベル差が大きく、得られる経験値からのレベルが大きくなります。この異常個体のレベルが高かったのが大きいですね。あとは使徒の称号のせいで成長率が大きいですね」

 と、ミトカが説明した。


 史郎は、とりあえずラビットの死体を丸ごとインベントリに入れて、石舞台まで戻るのであった。


 

 ==ステータス確認==

 神川 史郎 人族(?) 男性 17歳

 レベル:17

 職業:エスエー

 生命力:100/1001

 魔力:100/142

 気力:100/185

 物理攻撃力:429

 物理防御力:429

 魔法攻撃力:1076

 魔法防御力:429

 器用:590

 敏捷性:914

 運:100

 状態:超健康

 属性:無

 称号:【女神フィルミアの使徒】

 プラグイン:【初級魔術精霊】

 ユニークスキル:【イデア】レベル1、【ミトカ】レベル1、【即死耐性】レベルMAX


 スキル:【魔術】レベル3、【魔力感知】レベル3、【魔力操作】レベル3、【超記憶】レベル4、【概念言語】、【物質化】レベル2、【探査】レベル1、【鑑定】レベル1、【インベントリ】レベル1、【透明化】レベルMAX、【隠密】レベルMAX、【魔力制御】レベル1、【土魔法】レベル1、【水魔法】レベル1、【氷魔法】レベル1、【風魔法】レベル1、【火魔法】レベル1、【雷魔法】レベル1、【障壁】レベル1、【直観】レベル1、【予感】レベル1、【立体機動】レベル1

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