10.採取・インベントリ

 その後、しばらくツールでいろいろ試して遊んでいると、あっという間に時間がたち、史郎は空腹を感じ始めた。


「そろそろ昼か?」

「そうですね。地球時間で、昼の1時くらいです。現地時間5.4時です」

「うーん、何か食べたいなー。といっても、アプリアしかないか?」

「史郎、この聖域には食用の作物が植わっています。探査スキルを試してみては?」

「そうだな。スキル習得と食べ物ゲットで一石二鳥か! 探査は、魔力を放射してシーングラフの検索でできるのかな?」

 少しテンションが上がる史郎。


「そうです。意志力170で電磁波をイメージして、全方向へ放射をイメージですね」とミトカが補足する。

「結構集中力が必要なんだな」

 とたんにテンションが下がった史郎。


「ですね。そして、シーングラフ検索後、食料フラグでフィルター、検索結果出力方法はどれでもいいですが、3Dビジュアル表示か思念出力でいいかと」

 ミトカがさらにアドバイスした。

 

「了解。とにかく集中!」

 史郎は気合いを入れ、探査スキルを発動しようとする。

 魔力が電磁波状に相転移するまで少し時間がかかる。ちなみに本当に電磁波になるわけではなく、魔力を「波」の性質になるようにイメージすることが重要だ。


 そして、それが全方向を照らすようにイメージし、その波と物体が交差した時に鑑定のように情報を得ることをイメージすることが「シーングラフ検索」ということになるのだ。


「とりあえず結界内半径五百メートル、地上20メートル、地下1メートル程度の領域で検索してみてください」


 探索スキルを発動した途端、大量の情報が頭に流れた。全エンティティヒットだと、情報量が多すぎるのだ。突然発生した情報量に、史郎は思わず唸った。


 なんとか食用植物のみでフィルターし、食材の有用性でソート、名前と場所情報を思念出力するように試行錯誤する史郎。


 すると、史郎の頭の中に情報が記憶を思い出すような感じで出てきた。


 ――『【探査】レベル1 を取得しました』


〔北東400メートル、ジャイアントポテの群生地〕

〔北西300メートル、コノアの群生地〕

〔南西500メートル、セサマムの群生地〕

〔南西400メートル、食用葉の群生地〕

〔北東500メートル、岩塩〕

 ……


「なお、ポテはジャガイモ、コノアはトウモロコシ、セサマムはゴマですね」

 ミトカは史郎を見ながら言う。彼女は史郎の思考も読めるので、探査結果が分かるのだ。


「なるほど。意外とたくさん育っているんだな。とりあえず、ジャガイモと菜種、岩塩採取ってとこかな? というか、物質化で食塩は生成できるのか?」


「史郎、物質化でもできます。食用で少量ならそれでいいと思います。大量に必要なら採掘のほうが効率的ですね」


「なるほど。じゃあ、とりあえずは、ジャガイモ、いや、ポテ、か? を採りに行こうか」

 ということで、史郎は、出力された記憶をもとにジャガイモの群生地まで行くことにした。



 ジャガイモ群生地まで来た史郎とミトカは、辺りを見回した。

「うん、結構育っているな」と史郎は言い、さて、いざ収穫しようかと思うと、何も道具がないことに気づいた。


「はー、しかし、何もない状態から始めるというのは結構大変なんだな。とりあえずはスコップと入れ物が必要か?」


 史郎はモデリングと物質化で、スコップとバケツを作成した。


 材質はステンレスにしようか、と史郎は考えた。

 ミトカの保持する情報によると、鉄に対して、質量パーセントで炭素1%、ニッケル8%、クロム18%を添加するのだ。

 物質化の際に、成分が均一に混ざるようにイメージするのがポイントだな、と得意げに考えた史郎。実は、合金が趣味だ。


 道具さえできれば、あとはサクサクと収穫。個々のジャガイモはひとつひとつのサイズが大きい。長さ30センチ、直径15センチほどの巨大ジャガイモだ。10個ほど掘り起こしたところで、とてもバケツに入りきれないことに史郎は気づいた。


「ミトカ、インベントリってもう使えるんだっけ?」


「はい、使えると思います。ただ、使うには、まず【鑑定】スキルを、そして【インベントリ】のスキル取得が必要です」

「了解」


 鑑定のスキルは、【イデア】の【インスペクション】と同じなので、史郎はまずそれを試すことにした。


 まずは、魔力操作でレーザーポインターのような選択ツールをイメージし、エンティティ選択をイメージ、さらに、その情報を引き出すことをイメージする。属性変換や魔力制御は無し。インターフェースはとりあえず思念記憶方式でいいかと考える史郎。


 ――『【鑑定】レベル1 を取得しました』


 意外と簡単だなと史郎は素直に喜んだ。


「さて、インベントリの設計は史郎の考えたものと同じです。まず史郎の体内に魔力操作でリンク起点を作る必要があります」


「なるほど、設計は同じか」と安心した史郎。


 実際に使うには、やはり思念魔力操作か? と、考え、

「えーっと、体内に常駐する座標軸付きの箱をイメージでいいのかな?」と尋ねた。


「はい、それでOKです」


 ということで、史郎はイメージを固めながら集中した。


「心臓の下あたりで持続するイメージだな……」


「ある程度イメージが固まって、持続できるようになったら、『インベントリ取得:初期化、インターフェース:全、時間係数:ゼロ、リンク数:無制限、インデックス:自動、拡張:イデア・ライブラリ統合』と唱えてください」


 ミトカが指示したとおりに唱えると、


 ――『【インベントリ】レベル1 を取得しました』


「おぉ、できた!」と、史郎は興奮した。


「それで、インベントリへの出し入れですが、鑑定スキルを使って物を選択しながら触ります。そしてインベントリ取り込みを詠唱、もしくは、イメージすると、対象エンティティの親リンクが、体内のリンク起点への書き換えが起こります」


「なるほど。思念インターフェース様様だな」

 と史郎は何度目かわからないくらい感心した。


 この世界のインベントリは史郎が設計したものと同じだが、これは、エンティティベースの世界だから可能な方法である。すべての「物」はエンティティと呼ばれるオブジェクトで成り立っていおり、その存在は、この現実世界とリンクしている。そのリンク先を別の物に書き換えることによって、存在を移動できるのだ。


 魔術によるリンク起点オブジェクトは特殊なオブジェクトで、それ自身一つの世界に匹敵する概念属性を持つ。ゆえに、ありとあらゆる「物」の親リンクとなることができるのである。親リンクの書き換えによって、その物体の存在が、この「世界」から「史郎のインベントリ」へ移動することになる。


 ファンタジー物でよくある「亜空間」、いわゆる時空間をイメージしたものとはまったく違う概念である。それはそれでこの世界でも実現は可能なのだが。


 なお、リンク起点オブジェクト下にあるエンティティは、個別に時間の進み具合を指定できる、というふうに初期化できる。この世界では、「時間」の最小単位は、世界全体のオブジェクトの処理をする処理ループの一回であり、世界全体の処理の際に、オブジェクトに対してどれだけの処理をするのかというのが時間係数。


 ゼロというのは、処理をまったく行わないという意味であり、つまり、それはその物体の時間が進まないということである。ゲームエンジンのメインループを考えればだいたい合っている。並行処理と分散処理の度合いがまったく違うが。


 さらに、取り込んだ物の管理は、UIモジュールを使うことになる。たとえば【2Dスクリーンリスト表示】、【音声】、【記憶出力】、【想像出力】などだ。


 いちばん簡単なのは2Dスクリーンリスト表示だろう。ステータス表示と同じく半透明ディスプレイでの、視覚インターフェースだ。いちばん動作が速いのは【想像入出力】で、思念インターフェースによる、想像による取り込み、取り出しになる。よく使う、覚えている物の出し入れは思い浮かべるだけでできるのだ。


 ということで、インベントリもできたことだし、さくさくとジャガイモをインベントリに取り込む史郎だった。




 史郎は、次には南西の方向へ行き、食べられそうな葉っぱやハーブ類、ちょうど時期がよかったセサマムを収穫した。


「ミトカ、このセサマムの種から油は抽出できるか?」

「はい、できます。でも採取した分からはそれほどの量は精製できませんね」


 うーん、やはりそうか。と史郎は残念がった。


「じゃあ、直接物質化で植物油を合成できるか?」と史郎は聞いた。

「はい。オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、パルミチン酸、ステアリン酸の混合ですね」とミトカが得意げに答える。そして、

「具体的には、キャノーラ油もどきだと、それぞれ60%、15%、10%、10%、5%でいいと思います。そのうえで、セサマムから抽出した油を混ぜて風味をつけるといいと思います」


「おぉ、やっぱり物質化は万能だな」

 と、史郎は物質化の便利さに興奮気味だ。


 そして、入れ物がないから、料理の時に合成すればいいか、と考えながら、とりあえず石舞台まで戻ることにするのであった。




 なお、途中、料理用のまきが必要なことに気付き、そのまきを採って切るために斧をモデリングと物質化で作った。50センチくらいの長さの手斧で、材質は史郎得意のステンレス。

 結界内の森の木はそれほど大きくはないので、落ちている枝も手ごろな大きさで適当にまきになりそうな木の枝を拾いつつ行く。

 それでも足らないので、一つの木を切り倒してインベントリにまるごと収納し、史郎は石舞台まで戻ってきたのであった。

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