8-3. ちょっとした昔話

 俺とカナちゃんが出会ったのは、小学生の時だ。確か、九歳だった気がする。

 その日、三村奏は事故に遭いかけた。たまたま暴走した乗用車が突っ込んできたのだ。そこで、三村奏は願った。たぶん、きっと、無意識に。

『車が自分にぶつかりませんように』

 三村奏は助かった。車は、見えない何かにぶつかったかのように途中で方向を変え、勢い余って近くの店に突っ込んだ。

「三人が死んだよ」

 車には子供一人とその親が乗っていて、全員が即死だった。

 カナちゃんの願いで、人が死んだ。

「カナちゃんはさぁ、力のせいでそれまでもいろんなものを失ってきた。母親はカナちゃんを疎んで、施設に預けたんだ」

 しかしそこでまた人を死なせてしまった。

 なんで、なんで。こんな力望んでいないのに。こんな力欲しくないのに。人に疎まれて、人を傷つけて。また、人を失ってしまう。

「だから、願ったんだ。なかったことにしようとしたんだ。あの、事故を」

 施設はカナちゃんに、事故の犠牲者のことを教えた。そしてカナちゃんは願った。だけど少しだけ、願い方を間違えた。事故がなかったように、じゃなくて、死んだ人が戻ってくるように、願った。

「具体的にどう願ったと思う?」

「分かんない」

「あのね」

 ふふ、と笑顔が零れる。

「堺ミツが、戻ってきますように」

 カナちゃんは、そう願ったんだ。だから今、俺はここにいる。

「え?……えぇ?」

 椎名ちゃんがパシパシと瞬きをする。戸惑った様子。気持ちは分かる。しかし本当のことだから仕方ない。

「つまり、堺ミツはカナちゃんに殺されたってこと」

「おまえそのテンションで言うことかよ」

 諦めたように飛んでくる、カナちゃんの声。

 うんうん、諦めは大切だよ。にっこり笑って、話の先を考える。ああでも、勘違いはしないでほしい。嘘は一つもついていないから。

「堺ミツが戻ってきたはいいけど、カナちゃんが堺ミツ限定で願ったものだから、生涯孤独の身だったわけ。で、始めのうちはカナちゃんと一緒に施設にいた」

 中学に入って二人で施設を出て暮らし始めて、その頃から、いろんな人の願いを叶え始めた。

「いつから三村くんと堺くんの力が変わったの?」

「あ、そうだ、忘れてたねー」

 椎名ちゃんの指摘で思い出し、ついでに話の方向が変わったことに安心する。よかった、なんでここに来たの、とか言われなくて。

「カナちゃんの力を俺がもらったのは、戻ってきてすぐ、だよ」

 そうだよね?とカナちゃんに同意を求めると、顔を顰めつつ頷いてくれた。

「あぁ。俺の力に興味を持った、とか言って」

 続きはカナちゃんが話してくれるみたいだから任せることにする。

「興味?ご両親が亡くなったのに?」

「これの考えることは昔からよく分かんねぇんだよ」

 ひどいなカナちゃん。これって、まるで物みたいに。それに。

「やだなぁ、俺だって悲しかったよ?だから、言ったんじゃん」

「……あれは、俺に願わせようとしただけだろ」

「あは、どうだろうね」

 俺とカナちゃんが初めて交わした会話。

『ごめんなさい』

 そう繰り返すカナちゃんに、俺は寂しいと言った。両親二人に会えなくなって悲しいと。確かにそう言って。

『ねぇ、あんたもそう思わない?』

 カナちゃんに同意を求めた。

 尋ねれば簡単に、施設は俺にカナちゃんの境遇を教えてくれた。カナちゃんもその悲しさに共感すると分かっていて、だから同意を求めた。

『ね、死んじゃった人に自分がまた会えたらって、思わない?』

『……思う』

 カナちゃんが同意した瞬間、それは願いとして働いて、カナちゃんはソレが見えるようになった。存在しないモノ。ここにあって、ないモノ。

 見えるようになって、だけどそのことに本人が気付く前に、俺はカナちゃんにもう二つ願わせた。

『あんた、その力いらないの?』

『……いらない』

『なら、おれにちょーだい』

『え、でも』

『だめ?』

『だめっていうか、こんなのあっても幸せじゃない』

『どんなふうに?』

『願いたくないことも願っちゃう』

『あはは、なーんだ、そんな簡単なこと。それなら』

 あんたがおれのストッパーになってよ。

『ほら、願って。堺ミツの力が、自分の前では無効化されますようにーって』

『……怖くないの?』

『怖い?なんで?あは、それはあんたの方でしょー?あんたにとっておれは、一回死んだ存在だよ』

 それも、あんたが殺した。

『そんな相手が自分の前にいる。怖くないの?』

 しばし、沈黙。ほら、俺はよく分かんないけれど、カナちゃんにとって俺は恨みで蘇った死者にも等しいわけで。

『怖くは、ない』

『なら、おれも怖くないよ』

 にこり。笑いかければ、カナちゃんの頬も緩む。

 さぁ、願って?カナちゃん。

『堺ミツの力が、自分の前で無効化されますように』

『うん。それから、あんたの能力をおれにちょーだい』

『おれの力が、堺ミツに移りますように』

 こうして俺は、カナちゃんの力をもらった。

「だからね、この能力にはいくつか条件があるんだ」

 カナちゃんの近くでは使えない、とか。同じ『叶える』力同士がぶつかったときは、強い方が優先される、とか。本当は他にも条件はあるんだけど、それはまだ秘密。

 にっこり笑って言えば、カナちゃんがあからさまに顔を顰める。

「おまえ、あの頃の方がまだまともだったんじゃねぇの。少なくともこんなヘラヘラはしてなかっただろ」

「そぉ?」

 そう言うカナちゃんは、昔の方がまだ可愛げがあった気がするけれど。自分の力を恐れたり、自分の罪を責めたり。それがいつからこんなに大きくなって怖い顔になっちゃったんだか。

「でも、考え方とかそんなに変わってないはずなんだけどなー、俺」

「まあ、あの頃は性格歪んでいる感じが前面に出てたからな。今みたいに外見で騙していないだけマシだろ」

「えっと、ありがとう?」

「今のは外見を褒めたわけじゃねぇ」

「そなの?残念」

 漕いでいたブランコを勢いよく飛び出して、椎名ちゃんのベンチの目の前に着地。そのまましゃがみこんで、上目遣いで椎名ちゃんを見上げた。

「椎名ちゃん、これが俺たちの事情だよ?どっから蘇ったかも分からない堺ミツと、願いで人を傷つけてきた三村奏」

 叶える人と、見える人。

「だからね、椎名ちゃん」

 俺たちは、きみたちみたいな普通はよく分からない。考え方を理解することだって、できない。相容れないんだ。

「その上で、椎名ちゃんは俺たちのことをどう思った?」

 一緒にいて楽しいと、何かの過程を一緒に楽しみたい相手だと、そう思えるのか。

「……すごいと思う」

 椎名ちゃんが言う。

 あぁ。ため息。そんな便利な言葉。自分の意識での判断を放置し、すごい、その一言で片づける。そんな、ずるい言葉。

 でも、仕方がないか。混乱するのは当たり前だ。世間一般で言う、超能力とかそういう類の話。すぐに信じろという方が無理な話だ。

「あはは、じゃあ、そういうことでー」

 笑う。

 だからまあいいか。もしも俺たちのことを嫌だと思ったら、これから離れていけばいい。とりあえず今すぐに拒否されなかったことで、カナちゃんも少しは救われたんだろうし。

「さてと!」

 立ち上がって、制服の裾についた土をパンパンと叩く。

 昔話は、今はこんなところにしておこう。日も暮れてきているし、そろそろ黒猫を探さなくちゃ。

「にゃーんこ、出ておいで?」

 なんとなく声に出して適当な草むらに呼びかけてみると、にゃーん、というお返事。これはもしかしてビンゴだったりしちゃう感じ?草むらの近くにしゃがみこんでチチチ、と舌を鳴らす。

「にゃんこ、おいでってー。ほら、出てきて?」

 ガサ。音がして草むらが動く。そこからギラギラとしたオレンジの目が覗いて。

 ……あれ、何か間違えた?

「ちょ、タンマタンマっ!」

 飛び出してきたのは大きな白のブチ猫だった。驚いて思わず後ろにコテンと尻餅を着く。迫ってくる猫。いや、俺猫好きだけど。確かに好きなんだけど!

「え、ちょ、カナちゃんヘルプ!」

 重い重い重い重い!え、なんで俺の上に乗っかってゴロゴロ言っちゃってんの。なんでそんな満足げに目ぇ細めて欠伸とかしちゃってんの。

「カナちゃ……なんで笑ってんのー」

 珍しい笑顔をこんな場面で見せないで欲しかった。そして椎名ちゃんも今カナちゃんに見惚れないで!あ、足動かさないでお願い。肋骨、そこ肋骨だから!痛い、爪刺さってる!

 ガサ。もう一度、草むらが揺れる。え、もう一匹とか俺全然嬉しくない。

「ちょ、カナちゃん!そいつこっち来させないで!俺そんな体力無いから!もう絶え絶えだから」

 カナちゃんが俺の声に振り返り、そこでピタリと固まる。

「はぁー……」

 なぜかとてつもなく長いため息を吐かれた。

「おい、起きろ」

「え?」

「見つけた。戻るぞ」

 見上げれば、カナちゃんが黒猫の首根っこを掴んで持ち上げている。ぷらーんと揺れる黒猫。……って、うわぁ。

「椎名ちゃん、黒にゃんこ救出して!そしてついでに俺のことも助けて!」

 慌てて椎名ちゃんに助けを求める。

「はい、退こうね。……大丈夫?堺くん土だらけになっちゃってる」

「ぷはぁー。息止まるかと思った。ありがと椎名ちゃん」

 カナちゃんから黒猫を受け取った椎名ちゃんが、俺の上にのさばっていたブチ猫も追い払ってくれて、ようやく立ち上がれた。まだ名残惜しそうに俺の方を見ているブチ猫を一睨みし、カナちゃんを振り向く。

「その猫で合ってるの?」

「あぁ、間違いない」

 自信満々な返事。カナちゃんが猫を見分けられるとは思えないけれど、カナちゃんがそう言うってことは確かなんだろう。

「じゃあ、椎名ちゃんも戻ろっか。にゃんこお願いしといてもいーい?」

「うん。分かった」

 ついでに、と黒猫に近づいてそっと頭を撫でてやると、にゃーんと小さく鳴いてくれた。うぁ、かーぁいー。

 さっきカナちゃんに掴まれていた首を何気なくチェックするが、たいしたことはないみたいで安心する。まったく。生き物の扱いも荒いんだから。

「にしても、何が何だかちっとも分からないんだけど。今回俺、昔話しただけみたいになってない?」

「まぁ、後で分かる」

「んもー、本当に探偵さんみたいなこと言っちゃって」

 バシバシ、とカナちゃんの肩を叩けば、うざったそうに避けられた。

「ここじゃ説明のしようがねんだよ。好きでやってんじゃねぇ」

 似合っていると思うんだけど、まあそういうことにしておいてあげよう。

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