8-2. そういう力

***


「本当にここなのかよ」

 アイスを食して黒猫捜索を始めてから四十分。カナちゃんの不本意そうな声。どうにかこうにか思い出して、前に猫を見かけたところまでやってきたはいいけれど。

「いないよねぇ」

 生き物が都合よく現れるわけもなく。

「いねぇな」

「いないね」

 その通りで、成す術もなく立ち尽くす。

 これからどうすればいいんだっけ。そもそも黒猫を見つけてどうするつもりだったっけ。露呈する計画性の無さに苦笑いを浮かべる。

「うーん、ここで待っててもあれだし、どこかで休憩する?」

 とりあえず俺、足疲れた。ほら、誰かさんみたいに体力無いから。確かこの近くに公園があった気がするし、とにかくどこかで座りたい。

「は、なんでだよ、歩いただけだ……」

「じゃあそうしようか」

「わーい、椎名ちゃん優しい!」

 カナちゃんの言葉を遮った椎名ちゃんにバンザイしてみせる。

 カナちゃんには好きなコーヒーを買ってあげると約束して、渋々公園へ行くことを了承させた。

「……なあに、その怖い顔」

「うっせ」

 ベンチに腰掛けるカナちゃんはすごい顰め面。その顔にその髪にその態度って、本当に公園と合わない。後日公園に怖い人が出たって噂にならないといいけれど。

「そんなに早く終わらせたいの?」

「当たり前だろ」

「でもほら、椎名ちゃんも言ってたじゃない。過程も楽しもうって」

 引用すれば、きつく睨まれた。そんなに気に入らないかな、と首を傾げる。でも仕方がないんだって。椎名ちゃんは普通の女の子なんだから。

「ねぇ、その普通普通じゃないって、どういうこと?」

 椎名ちゃんからの質問。

 その様子だと、俺がトシユキくんたちに漏らしたことは広まっていないらしい。ここに来る前にカナちゃんと暮らしていたこと、施設にいたこと。まあ、トシユキくんは不登校だし、幼馴染のミカちゃんだって一人じゃそんな噂流せないか。

 一人で納得して、チラッとカナちゃんを盗み見る。相変わらずの顰め面。何を言っても聞かなそうだから、もういいかと一人で勝手に決めてしまう。

「椎名ちゃん」

 昔話をしようか。

「は?おい、やめ……」

「カナちゃんは黙ってようね」

 慌てたように声を上げたカナちゃんに笑顔を向け、黙らせる。

 だって不公平じゃないか。俺たちは椎名ちゃんの事情を知っている。その上で、椎名ちゃんに対する印象を持って発言できる。だけど椎名ちゃんは、俺たちの事情なんて少しも知らない。その状態で、俺たちと話さないといけない。それって、不公平だ。

 だから教えてあげる。少しだけ見せてあげる。その上で椎名ちゃんがどう思って俺たちに何を言うか分からないと、俺たちが椎名ちゃんを判断することなんてできない。カナちゃんはどうか知らないけれど俺はそう思うから、だから、昔話をしよう。

 三村奏と堺ミツの、昔話。

「椎名ちゃん。俺たちがこの部活やってて、依頼した人に必ず聞くことがあるんだけど、何か分かる?」

 フラフラと後退して、ベンチと向き合う形に設置されたブランコに腰掛ける。古びたそれが、キーと耳障りな音を立てて少し揺れた。

「……どうしたいか?」

 カナちゃんの隣のベンチに腰掛け、椎名ちゃんが尋ねる。さすが、カナちゃん大好きな椎名ちゃん。心の中で感嘆し、頷いてみせた。

「そっ。相手がどうしたいか。それが、カナちゃんの聞く言葉。つまり俺たちは依頼した人の願いを叶えているわけ」

 そんなことを、俺たちはここに来る前もやっていた。

「話を聞いて、願いを聞いて、それを叶える。俺たちはそれができちゃうからね」

 ちらりとカナちゃんを伺えば、眉間に皺を寄せたままピクリとも動かない。そんなに嫌かな、この話。

「椎名ちゃんが信じてくれるかどうかは分かんないけど、俺たちにはそういう力があるんだよ」

「そういう?」

「うん。カナちゃんには存在しないモノが見える。俺は願いを叶えられる」

 なぜだか、カナちゃんはそのことを否定するけれど。

「あ、じゃあ、この前三村くんが言ってたのって」

「んー、それはちょこっと違うお話」

 そういえばカナちゃん、椎名ちゃんを慰めるとき自分の話をしていたっけ。あの話とカナちゃんの力のことを聞けば、その力のせいで親に疎まれてたって思うのは当然かもしれない。……不正解、だけど。

「確かにカナちゃんが親に疎まれた理由は普通じゃない力があったからだけど、それは見える力じゃないんだよね」

「他にも何か……?」

「他にもっていうか、当時はカナちゃん、見る力とかなかったから」

 なんて言いながら、俺は当時のカナちゃんを知らないんだけれど。まだその頃は出会っていないからね。出会うのはもう少し先だ。

「俺の力、どんなのか覚えてる?」

「願いを叶える?」

「そっ。その力、椎名ちゃんはどう思う?」

 羨ましい?幸福だと思う?自分にもあったらいいなって?

「どうって、……すごいなって思うけど」

「あはは、椎名ちゃん。それって感想に入るの」

 少しずれた椎名ちゃんの返事に思わず笑う。だけど、羨ましいって言われなくてよかった、なんて安心したりして。

 首を振って、考えを断ち切る。やめた、柄じゃないもの。

「願いを叶えられるってさ、良いように言えば不可能を可能にするけど、悪く言えば不可能な事実を捻じ曲げるってことなんだよね」

 羨ましい。そんな力が自分にもあれば。力を知った人はよくそう言う。そうして、群がってくる人たちの願いを叶えてきた。

 そう、叶えてきたんだ。一つの例外もなく。

「叶えられちゃうんだ、椎名ちゃん」

「うん」

「無欲な人なんていないよ。人はいつだって、少なからず願いを持っている。その願いは綺麗なものばかりじゃない。……それは、俺もカナちゃんも同じ」

 カナちゃん、俺はね、別に責めてなんていないんだ。

 にこり。椎名ちゃんに向かって笑顔を浮かべる。隣のベンチでカナちゃんがかすかに身動きする。

「俺の力はね、もとはカナちゃんのものだったんだ」

 強張った肩を見つめる。だから、責めてないと言っているのに。

「無欲な人間なんていない。人間、命の危険があれば尚更。必ず自分が助かりたいと願う」

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