8. 再会する話

8-1. 見えない人の猫探し

 陽ざしが熱い。暑いんじゃなくて、熱い。本当に焼けてしまいそう。

 これは、アイス買いに来て正解だ。あのままだったら俺、部室で絶対溶けちゃってた。

「アイスぅ」

 ウキウキしながら手に持ったビニール袋を振り回す。中に入った三つの袋がガサガサ音を立てる。もちろん俺と椎名ちゃん、カナちゃんの分だ。ちなみに俺は現在進行形で食べているから、二つ食べる計算。

 まあとりあえず。

「夏休みさいこー!」

 ついでにアイス最高、冷房入る部屋最高!やっぱり町田センセにかけあって部室作ってよかった。この時期にどこか暑いところにいなきゃいけないとか、俺もう生きていけない。

 ブンブンと袋を振りながら部室のドアを開ける。……と。

「あっれ、お客さん?」

 椅子に座ったカナちゃん。目の前の机には缶コーヒーが置かれている。そして、それを遠巻きに眺める椎名ちゃん。ええと、どういう状況?

 椎名ちゃんの近くに寄り、小声で尋ねる。

「それが、私にもよく分かんなくって」

「依頼かなぁ」

 あまり状況が掴めないけれど頷いておく。まあ、カナちゃんがすぐに暇にならなそうなのは分かったから。

「椎名ちゃんアイス食べちゃお?」

「あ、食べる食べる!」

 部室に冷凍庫とかないし、カナちゃんの話が終わるのを待っていたら冷房入っているとはいえアイスは溶けてしまう。アイスだって、溶かされるよりは同じ人にでも食べられた方が幸せだろう。あー、バニラ美味しい。二個目だけど。

「椎名ちゃんは何アイスが好き?」

「うーん、無難にバニラかな。抹茶も美味しいけど」

「あ、俺も俺も。あとラムレーズンとかあったら絶対買っちゃう」

 なぜかカナちゃんには止められるけれど。確かにラムレーズン食べた次の日、記憶が抜けていることも多いけど、そんなに必死で止めなくてもねぇ。

「あ、てか、バニラ好きならこれも食べる?」

「でもこれ三村くんのじゃ……」

「だってカナちゃん、長話になりそうなんだもん。溶けちゃうよりはマシでしょ」

 どうせカナちゃんだって気にしやしない。たぶん。

「ね、関係ないんだけど、この部屋ってなんでこんなに散らかってるの?」

「えーそうかなぁ。ちょっと前よりは綺麗な方だよ?」

「これで?」

「椎名ちゃんひどい。これでも昨日片付けてもらったのに」

 潔癖だった谷口はそれが消えてからも片付けは得意らしく、頼んでみたら本当に片付けに来てくれた。だから、今は比較的綺麗なはずなんだけどなぁ。

「だいたい物が多すぎるんだって、ここ」

「ほとんど俺の物だけどね」

「え、あのイヤホンもヘッドホンも?」

「うん?……うん」

 だって気分によって使いたい物って変わるでしょう?寝るときはイヤホンがいいけど大音量のときはヘッドホンがいい、みたいな。そう考えるとどっちも手放せない。

「このペンたちは?」

「あ、これ?俺のお気に入りのデザインのやつ。優先順位付けらんなくていろいろ使っているから、なかなか無くなんないの」

 ペンって自分で買わないけど溜まるよね。軽く笑って答えると、やれやれと首を振られた。うわぁ何その反応、カナちゃんと一緒。

「まあいいや。堺くん変わってるもんね」

「またそれー?……あ、てか、アイス溶ける溶ける」

 慌ててアイスに噛り付く。やっぱり誰かと話しながらのアイスはいいな、とまったりしていると、ようやく話が終わったらしいカナちゃんが疲れた顔をしてこちらにやってきた。

「カナちゃんお疲れ。それからただいま」

「……俺のアイスは」

「そんなのないよ?え、まさかカナちゃん食べたかった?」

「んだよその、予想外、みたいな反応。俺が食っちゃ悪いかよ」

 あからさまに不機嫌になる。それもそうか、依頼も一方的だったみたいだし。

「依頼はどうだった?」

 尋ねてみると、椎名ちゃんが戸惑ったように瞬きする。

「あ?……あぁ。猫を探して欲しいんだと」

「猫?どんなの?」

「黒猫っつってたな」

「黒猫かぁ」

 記憶に新しすぎるというかなんというか。トシユキくんの家の周りを回っているときにも何度か黒猫に会ったけれど、そいつかな。

「この町って黒猫いっぱいいるんだね」

「は?俺は一度も見たことねぇけど」

「それは、カナちゃんの注意力が散漫なだけ」

「んだと」

 試しに聞いてみたら、想像以上に食い付かれた。やだなあカナちゃんたら、ムキになっちゃって。自分が気付けなかったからって俺を責めないで欲しい。

 カナちゃんと言い合いをしていると、椎名ちゃんが声をかけてきた。

「なあに、椎名ちゃん」

「依頼って?」

 何も知らない椎名ちゃんが、首を傾げる。その気持ちは分かるけれど、今は依頼優先だ。しかも今回は、今までと違って人……じゃなくて猫探し。人員は多いに越したことはない。

「まあまあ、それはちょっと置いといて。椎名ちゃん、今日まだ時間ある?」

「あるよ」

「じゃ、にゃんこ探し、一緒にやろうよ」

「え、でも私何もできないんだけど」

「大丈夫。にゃんこ探すだけなんだから」

 自分で言っておいてなんだけど、男の声でにゃんこはないな。カナちゃんも顔を顰めていて、それに苦笑いを返す。

「じゃあ行こっか」

 パーカーを掴み、カナちゃんと椎名ちゃんに呼びかける。二人がついてくるのを確認して、パーカーを羽織った。さっきアイス食べたからね、俺ちょっと今元気なの。

「……なあ、暑くねぇの、それ」

 しばらく黙ってついてきていたカナちゃんが、校舎から出るタイミングでため息混じりに言う。それ、とはきっとパーカーのことだろう。

「んー?平気だよ」

 首を傾げて否定すると、眉を顰められた。見た目が暑苦しいとか思っているんだろうけれど。仕方がないじゃない、暑さよりも陽ざしの熱さの方が苦手なんだから。

「んで、依頼のこともうちょい詳しく話して?」

 とりあえず当てもなく歩きながら、カナちゃんに尋ねる。黒猫を探す、という情報だけではさすがに探しようがない。

「あー、何も内容とかねぇけど。……依頼してきたのは女。たぶん高校一年」

「名前は?」

「知らねぇ」

「えー、さんざん俺に言っといて、カナちゃんも聞かないんじゃん」

 願いをちゃんと聞いて来いだのなんだの言うけれど、名前の方が根本的なことだと思う。

「仕方ねぇだろ。向こうが名乗らなかったんだから」

 そういうものだろうか。よく分からないけれど、話が進まないから納得したことにして先を促す。

「今まで一緒にいた黒猫がいなくなったから探して欲しいって」

「オトナ?コドモ?」

「大人。迷子になるはずないのに、と言っていた」

「いなくなったのはいつ?」

「二年前」

「にっ!え、二年前?」

 言い辛いけど、それは見つからないんじゃないだろうか。だって二年だ。生きてたとしてもとっくに野生化している。

「それで、引き受けたの」

「ああ」

「うぇー」

 思わず脱力。

 え、何、どう探せと?二年前の猫を?黒猫っていうヒントだけで?ああもう本当に、カナちゃんはお人好しなんだから。ため息を吐く。

「んだよ、文句あんのかよ」

「なんでそんなに好戦的なんだかなぁ。じゃなくて、何か当てでもあるの」

「ねぇけど」

「あのさ、三村くん堺くん」

 言い合いに、椎名ちゃんの声が挟まる。カナちゃんと同時に視線を移し、ん?と首を傾げてみせた。

「とりあえず、堺くんが見たっていう黒猫を探してみたら?」

「あー、うーん、……うん、そだねぇ。そうするしかないかもねー」

「なんでそんなに曖昧なの」

「いや、そもそも見つけたところでどうしたらいいのかなって」

「そんなの」

「そんなの?」

「見つけてから考えればいいじゃない!」

「……さいですか」

 なかなかに豪快なことを言う。

 でも実際に、黒猫の当てもないから仕方がない。方針が決まったところで、カナちゃんを振り返って先を促す。視線が合えば、首を竦めて歩き出した。

「……おまえが見たっつー黒猫探すにして、どこ探すんだよ」

「うーん、路地裏?」

「どこのだよ」

 歩きながらカナちゃんがぼやく。どこって言われると、どこだろう。トシユキくんの家の周り、かな。どう答えようか迷っていると、再び椎名ちゃんの声。なんだか今日は、活発だ。

「いいじゃない。適当に歩こう」

 呆れて椎名ちゃんを振り返る。満面の笑み。呆気にとられる。

「楽しいよ、きっと」

 あぁ、そうだった。この子は普通の子なんだっけ。存在しないモノに育てられはしたが、その生活は一般の女の子たちと同じで。

「三村くんも堺くんも、目的考えすぎだよ。もっと過程を楽しんだっていいじゃない。ね、楽しいよ、きっと」

「……椎名ちゃん」

 笑う椎名ちゃんに思わず声を漏らす。あぁ、これが普通の考え方か。そんな呑気なことしていられないんだよな、俺。

 だけど、まあ。

「んじゃ、まずはアイス買いに行こ」

「は?え、……は?あ、おい。ちょっと待て」

「俺今気分いいから、カナちゃんの分も買ってあげる。さっき食べ損なったでしょ?」

「さっきのやつも俺の金だろ」

 コンビニが見えたから、パッと走り出す。後ろから追いかけてくるカナちゃんの声。軽く笑ってコンビニの自動ドアに体を滑り込ませた。

「アイスアイスっとー、あ、ラムレーズン」

「辞めとけ」

 アイスを覗き込んで、見つけたラムレーズンに感動していたら、後ろから伸びてきた手に阻止された。振り返れば、追いついたらしいカナちゃんが立っている。椎名ちゃんはお菓子のコーナーを物色している。

「えー、俺ラムレーズン好きなのに」

「今は辞めとけ」

「なんで。夏にラムレーズン売ってるの珍しいんだよ?これは買うしか!」

「いい加減アルコールに弱いの自覚しろ」

「えーじゃあ二つ買う」

「腹壊しても知んねぇ」

 迷いに迷って、アイスを選ぶ。食べたことのあるやつが少ないから、逆に迷う。

 ようやく決めて、カゴにバニラと抹茶のアイスを放り込んだ。お菓子コーナーから飲み物のコーナーへと移動した椎名ちゃんの方に向かいかけ、

「……何かなぁ、カナちゃん」

 カナちゃんに掴まれた腕をやんわりと引き離す。

「なんであいつを追い出さない」

 視線が、椎名ちゃんを捉えている。

「おまえ、さっきみたいな考え方好きじゃねぇだろ」

「そうだね」

「なら、なんで」

 カナちゃんの言うことはもっともだけれど、ちょっと不満で口を尖らせる。別に椎名ちゃんに絆されてここにいるわけじゃないし、考え方が相容れなくとも彼女自身は嫌いじゃない。

「別に。気分?暑かったし。アイス食べたかったし」

「……そういう」

「あは、カナちゃん考えすぎだよ。そんな深い考えなんてねーのに」

 呆れ顔でため息。

 だってあのまま話していたら、黒猫探すどころか方針で揉めている間に暑さで倒れていた自信がある。コンビニが見えたし、暑いし、いい具合に椎名ちゃんが船出してくれるし、あれはもう乗るしかなかった。

「買ってくる」

「あ、いいのー?やった」

 カナちゃんが、俺の持っていたカゴを取り上げて、レジに向かう。途中でちゃんと椎名ちゃんのところにも寄る。さっき俺にあんなことを言っておきながら、やっぱりカナちゃんはお人好しだ。

「……なんちゃって」

 舌を出して、笑う。

 過程も楽しむ。椎名ちゃんはそう言った。普通はそうだろう。例えば体育祭で、優勝どうこうではなくクラスみんなでワイワイするのが楽しい、みたいな。だからきっと、椎名ちゃんだってそうなんだ。

 これから何をするにしても、椎名ちゃんはカナちゃんと一緒にいられてきっと楽しい。俺が椎名ちゃんの話に乗ることで彼女は楽しむことができる。なら、そうしてあげてもいいかなって。人助けって、俺結構好きなんだ。

「カーナちゃん!ほら、アイスあげる」

「あ?それおまえのじゃねぇの」

「んー、俺今日バニラばっか食べてるから、このバニラはカナちゃんにプレゼント。んで、この抹茶は椎名ちゃんねー」

 会計を済ませて自動ドアの外で待っているカナちゃんと椎名ちゃんに、ん、とアイスを差し出す。

 椎名ちゃんは人助けという動く理由をくれたから、ご褒美。絆されたわけでは、断じてない。

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