5-4. 家族写真

***


「カーナちゃんっ」

「あ?……なんだ、おまえか」

 お墓の前で手を合わせていたカナちゃんに声をかければ、一瞬慌てたように立ち上がり、すぐにため息をついた。

「なーにカナちゃん。俺じゃご不満?」

「気色悪りぃこと言うな」

「ノリ悪ーい」

 プクーと膨れてみせれば、頬を押して潰された。ちえ、と口の中で舌を鳴らす。

「あの二人とは話してきたのか」

「二人?……あぁ、叔父さんと叔母さんね。うん、話したよ」

「収穫は」

「まあ、思った通りといいますか」

 ついでにさらによく分からないことが浮上しちゃったりして、ねぇ。なんて、それは説明するのが面倒だから、まだ教えない。

 カナちゃんが視線を逸らして、お墓を見る。

「カナちゃんは?」

 呼ばれた。そう言ってここに来て、何か分かった?

「椎名ちゃんのお祖父ちゃんとお話でもしてた?」

「だから、俺にはそんな能力ねぇよ」

「じゃ、何してたの」

「……見てた」

 ポツリ零れた言葉に、は?と聞き返す。クシャ、と髪を握り、カナちゃんが視線を落とした。

「あいつの」

「椎名ちゃんね」

「……親がいなくなってからのことを」

「どうやって?」

「分かんね」

 見てたっていうよりは見せられてた、のかな。なら、俺がさっき言わなかった『さらによく分からないこと』も、もう知っているのかもしれない。

「それで、見た光景はどうだった?」

 ぐっと、一度唾を飲み込み、カナちゃんが口を開く。

「紙が、置いてあった」

「紙?」

「家を出ていくと書かれた紙だ。あいつの親が置いていった」

「あぁ、うん」

「それを祖父母が見つけた。それで、あいつには隠して、願った」

「……願った」

「あぁ。椎名が悲しまなくて済むように」

 そう。彼らは願った。そして、アレが生まれた。

 顔のない存在。椎名ちゃんの親をしていたモノ。小学生の数年間、椎名ちゃんの親であり続けたモノ。椎名ちゃんが悲しまないよう、中学に上がった頃に不意に消えた。

「椎名ちゃんの親をしていたのは、何?」

 その質問に、叔父も叔母も答えなかった。静かに首を振るだけだった。分かるのは、アレは祖父母の願いが具現化したモノだってこと。そう、つまり。

「おい」

「なあに」

 カナちゃんが視線を上げる。その瞳に俺は写っていなくて、そんな彼にニコリと笑いかけてあげる。

「おまえじゃ、ねぇだろうな」

「何が?」

「ばっくれんな」

 舌打ち。ひどいな、カナちゃんは。

「あいつの祖父母には、何かを呼び出す力なんてねぇ。だから何かに願ったんだ。悲しませたくないってな。だったら、その願いを叶えたやつがいるはずだろ」

 だから、もう一度聞く。

「おまえなのか?」

 ひどいなぁ、カナちゃんは。ねぇほら、カナちゃんは今、誰に話しかけているの。俺のことなんか見ていないくせに。

「違うよ」

「じゃあ、どういうことだよ」

「さぁー?俺以外にも願いを叶える人がいた。それだけの話じゃねーの」

「あ?お前の能力はもともとは……」

「カナちゃん」

 話しかけて、クスリと笑う。

「それ知って、どうすんの」

 椎名ちゃんの願いは、両親がいなくなった理由を知ること。それはもう、分かったはずだ。それともカナちゃん。

「椎名ちゃんに同情でもしてるの」

「あ?何言って……」

「三村くん、堺くん知らな……あ、なんだ、ここにいたんだ?」

 椎名ちゃんの登場によって、カナちゃんの言葉が途切れる。カナちゃんが眉をひそめたのを見て、思わず笑ってしまう。

「あ、ごめーん椎名ちゃん。叔父さんたちに先行ってるって伝言頼んだつもりだったけど、伝わってなかったみたい」

「ううん、大丈夫。だけどよくここ分かったね」

「俺は叔父さんに教えてもらったからね」

 そうなんだ、と納得した様子の椎名ちゃんは、どこかそわそわして落ち着かない。その視線が俺とカナちゃんを行ったり来たりしているから、そういうことかと小さく頷いた。カナちゃんを振り返って、一言。

「カナちゃーん、依頼人が結果を聞きたがってるよ」

 あんたの仕事でしょ、と咄嗟に反応できていないカナちゃんを椎名ちゃんの方に押しやりながら、耳元で囁く。

「……傷の舐め合いでもして来ればー?」

 俺は別に口は挟まねーし、優しい言葉で椎名ちゃんと自分を慰めればいいと思うんだ。

 口元に笑顔を浮かべれば、カナちゃんの心底嫌そうな顔。それにヒラヒラと手を振る。カナちゃんがため息を吐いて、椎名ちゃんに向き合う。

「三村くん、何か分かった?」

「まあ、な」

 躊躇うように、一呼吸。

「だけど、おまえは知らない方がいいかもしれない」

「三村くん」

 椎名ちゃん不安そうに、だけど自分に言い聞かせるようにはっきりと、言う。

「私の願いは、知ること。それは答えがどんなものであれ変わらないよ」

「分かった」

 カナちゃんがため息交じりに吐き出す。

「おまえの親は、おまえを捨てた。……おまえが思ってるよりずっと前に」

 カナちゃんが見た光景の紙には、出ていくことしか書かれていなかったのだという言う。謝罪も理由も、何もなし。叔父は言っていた。両親が出ていく前に電話を受けた、と。やはり理由は言われず、ただ、あとはよろしく、そう言われたらしい。

 理由は分からない。何かどうしようもない事情があったのかもしれない。それでも、二人は小学生にもならない椎名ちゃんを置いて姿を消した。

「……捨てた?」

「あぁ」

 椎名ちゃんのいない生活を選んだ。

「じゃあ、私が小学生の時一緒にいた二人は?あの写真に写っている二人は?なんでいないはずの二人がいるの?」

「それは、おまえの祖父母が願ったからだ」

 椎名ちゃんに言葉を伝えるカナちゃん。その横顔に問いかける。

 ねえ、あんたは今、何を見ている?昔の自分を見てんじゃないの?

「おまえが悲しまないように。そのために、アレは生まれた。その役目が終わったから、アレは消えた。それだけのことだ」

「じゃあなんで、今この写真の私はこんな顔してるの?」

「アレが消えたから、写真からおまえの笑顔も消えたんじゃねぇの」

「でも」

「落ち着け」

 混乱したように言葉を紡ぐ椎名ちゃんを、カナちゃんが止める。

「おまえが知りたかったことはなんだ?」

「……両親がどうしていなくなったのか」

「そうだ。それは分かっただろ」

「分かったから、何なの。自分は捨てられてました。それをどう受け入れろっていうの」

 ちらり。カナちゃんの視線がこちらを掠める。

「俺はおまえじゃない。だから、同情なんてできねぇ。今おまえが抱いている感情は他の誰のものでもねぇし、おまえ以外の誰もどうすることもできねぇ。だけど、おまえが願ったんだろ」

 知りたい、と。おまえがそう願ったはずだ。

 ふっと、息を吐く。声のトーンが落ちる。

「同じだよ」

「え?」

「俺も、ガキの頃に捨てられた。おまえみたいに置いて行かれたんじゃなくて、俺は追い出された」

 なんであんたみたいな子がいるの。気色悪い。はっきりとした言葉が、カナちゃんの記憶の中に残っている。

「別に、俺の方がおまえより不幸だなんて言わねぇよ。俺よりずっと恵まれない環境に叩き込まれた奴だっているしな。だけど、そんな奴の方が飄々と生きていたりもする。本人次第で、どうとでもなんだよ。本人以外に、どうともできねぇんだよ」

「……そっか」

 それだけ言うと、椎名ちゃんはお墓に向かい手を合わせた。その背中に、カナちゃんが口を開く。

「ショックか?」

 尋ねる。

「知らなかった方がよかったって思っているか?」

 線香を立て椎名ちゃんが振り返る。ふわりと漂う線香の煙。香り、風に吹かれ、もみ消され。

「まさか」

 椎名ちゃんが笑った。

「私を傷つけないために、わざわざ生まれてくれた。六年間も一緒にいてくれた。あの写真はね、正真正銘の、家族写真だよ」


***


 椎名ちゃんを見送って、カナちゃんが振り返る。

「お疲れさまーカナちゃん」

 お見事でした、とふざけた口調で言えば眉を寄せられる。

「だけどさぁ、途中のアレ、俺のこと勝手に持ち出さないでくれるかなぁ」

「……気のせいだろ」

「あれ、そなの?てっきり俺のことだと思っちゃった」

 カナちゃん、ずっと俺に負い目あるみたいだから。

「なーんだ、勘違いだっ……」

「ミツ」

「なぁに、奏」

 久しぶりに呼ばれた名前に、呼んだ名前に、思わず笑顔が消えかかる。

「あんま見くびんなよ」

 うわ、カナちゃん怖い。心の中でだけ呟いて、クスリと笑う。

「やめてよカナちゃん。俺見くびってなんかないよ?ただ、カナちゃんみたいな人ばっかじゃないって知ってるからね」

 自分のことは自分で何とかするしかない。そう考えられる人ばかりじゃない。だから。

「世界って、カナちゃんが思うほど綺麗じゃないよ」

 自分でどうにかするって考えもつかなくて、人を犠牲にしてまで自分を助けようとする。それを当たり前だと思う人がいる。そう考える人を受け入れてしまう人たちがいる。

 俺は、そいつらのために生まれた。

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