5-3. 呼ばれる

***


「……で、何がどうしてこうなった」

「この前電話した時にポロっと、お墓に行くことを漏らしたら、どうせならみんなでって話になって」

 あはー、と椎名ちゃんが笑う。

 週末、椎名ちゃんの隣には人のよさそうな一組の夫婦が立っていて。話を聞いてみれば、どうやら椎名ちゃんの叔父と叔母らしい。毎年お墓参りに来ている日が今年は都合が悪いらしく、ちょうどいいから今日で済ませてしまおう、という話になったそうだ。

 少し予想外だけど、俺にとっては問題ない。むしろ親族のお話聞けるしプラスかな。

「まあ、いい」

「ほんとごめん」

 カナちゃんは困るみたいだけど。確かに、事情を知っている二人といるのと、知らない人たちも一緒にいるのとでは勝手は違うだろうし。カナちゃんの気持ちも分からなくもない。

「じゃあそろそろ行こっか」

「うん、今日はよろしくね、椎名ちゃん」

「私の方こそよろしくね」

 椎名ちゃんに促され、歩き出す。自然とカナちゃんが椎名ちゃんの横に並び、俺はその後ろで耳を澄ます。

「本当に仲がいいんだな、親族同士で」

「でしょ。恵まれてるよね、私」

 カナちゃんが椎名ちゃんの返答に目を細める。

「なら、おまえが祖父母に引き取られたのはどうしてだ?」

「そういえば何でなんだろう。もともと懐いていたから、とかかな。気が付いたら両親以外に祖父母がいることも多かったし」

「おまえが知っている限りで、おまえを誰が引き取るか話し合っていたことはあるか?」

「ないよ。私が祖父母のところに入り浸ってたまま、今度は住み着いちゃった感じだから」

「なるほど」

 墓地の入り口。椎名ちゃんが一瞬足を止め、すぐにまた歩き始める。足元の小石がカラコロと立てる音。風がザァッと吹き、頬を擦る。独特な雰囲気。カナちゃんが顔を顰めた。

「どーしたの、カナちゃん」

 カナちゃんのすぐ後ろに歩み寄り、囁くように尋ねてみる。ポツリ、返ってくる小さな声。

「……呼ばれた」

「呼ばれたって?」

「さぁな」

 肩を竦めてため息。今度は視線を椎名ちゃんに向ける。

「悪い、先に一人で挨拶させてもらっていいか?」

「え、でも場所……」

「大丈夫。カナちゃんには分かるから、ね?」

 引き留めようとする椎名ちゃんを説得し、離れ始めた後姿に心の中で問いかける。カナちゃんには、何が聞こえる?何が見える?

「堺くん何か言った?」

「んーん、なんも?空耳じゃない?そんなことより、俺、叔父さん叔母さんとお話してもいーい?」

「え、三村くん追いかけなくていいの?」

「俺はお話がしたいかなぁ」

「……いいけど」

 戸惑ったように言う椎名ちゃんの頭に、ポン、と手を置いてゆっくりと撫でてあげる。ごめんね、今はカナちゃんの邪魔はしたくないんだ。

 撫でていた手を取られ、そっと離される。

「二人に聞いてくるね、ちょっと待ってて」

「ありがとー」

 笑いかけられて、ため息。勘が良すぎるのも、考え物だよね。

 それからすぐに椎名ちゃんは二人を連れてきてくれて、自分は飲み物を買ってくると言って立ち去った。

「えっとー、俺、堺ミツです。椎名ちゃんの同級生」

「ああ、話は聞いているよ」

 二人に向かい合って、まずは自己紹介。対応は叔父さんの方で、叔母さんは不安そうに視線を揺らしている。無理もない、接点のない人が突然お墓参りなんかに来たら、警戒するに決まっている。どう弁解しようか悩んでいると、意外にも向こうから口を開いた。

「椎名の願いは、両親がいなくなった理由を知ることだと、そう聞いたよ」

「うん、俺たちもそう頼まれ、ました」

「それを、きみたちは知ることができるのかな?」

「大体のあたりは付いてる、んですけど」

 使い慣れない敬語を無理して使っているせいで、すごいカタコトになっている気がする。疲れたし、逆にカタコトの方がヘンだから、と割り切ってみる。

「ね、叔父さん叔母さん。一つ聞いてもいーい?」

「何かな」

「椎名ちゃんの親が失踪したのって、いつのこと?」

「椎名は……」

「椎名ちゃんは、中学に入ってからだって言ってた。でも、違うよね?本当は」

 叔父が、驚いたように黙り込んだ。なんで赤の他人がそんなことを知っているんだって感じだろう。しかも、子供である椎名ちゃんすら知らないことを。

「ごめんね、俺ちょっとした伝手があって、椎名ちゃんに頼まれたから調べちゃった」

「椎名には」

「言ってないよ、まだ。でも知りたいって本人が願う以上、俺は伝えるつもり」

 目を伏せる。その様子だと、二人とも知っていたんだね、親が失踪してからのこと。

 椎名ちゃんの親が実際に行方不明になってから椎名ちゃん自身が自覚するまで、かなりの時間差がある。その間、椎名ちゃんはずっと自分の親と過ごしてきたと思っているわけで。つまり椎名ちゃんにとっての親は確かに存在していたということだ。

「小学校の間、椎名ちゃんの親をしていたのは、誰?」

 少し考えて、言葉を選び間違えた、と言い直す。

「椎名ちゃんの親をしていたのは、何?」

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