5-2. 食い違い

***


「しーいなちゃん」

「堺くん」

 昨日ぶりー、と手を振ると笑って振り返してくれる。

 放課後、隣のクラスの扉の前で俺と並んで立っていたカナちゃんを見て、椎名ちゃんがキャ、と声を上げた。

「あ、こっちがもう一人の部員の三村奏ね。通称カナちゃん」

「おい、やめろ」

「私、秋山椎名。よろしくね。……カナちゃん」

 プッと吹き出しながら言う。この前写真を渡された時にも思ったけれど、この子かなりノリがいい。うん、今回の依頼はなかなかに楽しめそうだ。

「ここじゃなんだし、部室行くー?」

「そうだね、堺くんたちすごく目立つから、そうしてくれると嬉しいかも」

「おっけー。じゃあ行くよカナちゃん」

 それにしても、やっぱり俺たちは目立つらしい。そんなに変人認定されてるのか、と少し複雑な気分になった。

「俺たちそんなヘンかなぁ」

 ポツリと呟いてみれば、思いがけず椎名ちゃんが拾ってくれた。

「変っていうか、物好きだよね」

「どこらへんが?」

「だって、二人ともかっこいいでしょ?」

「ありがとー」

「なのに一人はチャラチャラだし、もう一人は不愛想だし。それでもメジャーな部活に入ればいいものを、謎の部活作っちゃうし。そのくせ、誰かの反感を買うわけでもないじゃん」

 かなりズバズバ言われた。そんなに俺、チャラチャラしているかな。確かにカナちゃんの不愛想はその通りだと思うけれど。

「二人で部活やってるから仲良いのかと思いきや、教室ではそんなに一緒にいないし」

「教室ではって、椎名ちゃん隣のクラスでしょ?」

「だから、二人とも噂すごいんだって。堺くんが女の子と話してるとまたかーって言われて、三村くんだと怖いってなって、二人一緒だと部活かな、ってなる」

「あーうん、なるほどね」

 じゃあさっき廊下で話していたのは、椎名ちゃんが依頼しましたよーって言っているようなものだったのか。反省。これからは、教室でもカナちゃんと仲良くしよう。

「で、依頼聞いてくれるのはそっちのカナちゃん、だっけ」

「……カナちゃんはやめろ」

「いいじゃない、可愛いし。カナちゃん」

「やめろ」

「堺くんはいいのに、私はダメなの?」

「こいつは聞かねぇからな」

「仕方ないなぁ。じゃあ三村くん」

 カナちゃんが押されている。あぁ本当に、椎名ちゃんとはいいお友達になれそうだ。

「どこまで知ってるか分からないけど、一応説明するね」

「頼む」

「この前堺くんに渡した写真は、小学生の頃に家族で撮った写真。お父さんとお母さんと私。撮った時は何ともなくてね、みんな笑ってていい写真だなって思ってたよ」

「あぁ」

「中学に入って、いきなり祖父母のところに預けられたの。それからは祖父母に育てられた。今は一人暮らしなんだけど、ね」

 話し始めた椎名ちゃんの言葉に、俺も相槌を挟む。

「一人?」

「うん。高校一年の時に祖母が、二年で祖父が亡くなって」

「えーと、ご愁傷さま?」

「ありがと」

 首を傾げて声をかければ、ふふ、と笑って言う。

「でね、祖母が亡くなるときにすごく謝られたの。あんなものに頼って悪かった、って」

 あんなもの?疑問を浮かべて見ると、首を振られた。

「なんだかは分からない。でも、本当に申し訳なさそうだった」

 そこから先を、カナちゃんに引き継がれる。

「それで、どうこの写真と繋がるんだ?」

「この写真はね、祖父が亡くなってから祖父の荷物から出てきたの。正直、それまで存在すら忘れてた」

「表情がおかしいと聞いたんだが」

「うん。この写真撮ったのは母の誕生日だった。だから、絶対にみんな笑って写ってたはずなんだ。絶対に、こんな風に顰め面なんてしてなかった」

 きっぱりと言い切る。カナちゃんが眉を寄せた。

「お前から見て、この写真のおかしい点はそこだけか?」

「そうだけど……何かあるの?」

「いや、なんでもない」

 考え込むようにゆっくり瞬き。

 カナちゃんは、両親二人の顔が靄で見えないと言っていた。だけど写真だけじゃそれ以上は分からない、と。

 確かに、椎名ちゃんから聞いた話だけで状況を把握するのは難しいかもしれない。昨日少しフライングしてクラスの子に聞いて、ちょっと気になる情報を発見してしまっただけで、別に何か分かっているわけじゃないけれど。

 ふふ、と笑えば、カナちゃんが何かを悟ったような顔で肩を竦める。椎名ちゃんに向き直って、一言。

「おまえは、どうしたい?」

 いつもの言葉。迷う様子なく、椎名ちゃんが息を吸い込む。

「両親がいなくなった理由が知りたい」

 少し意外で、カナちゃんをちらりと盗み見る。写真を持ち出しているわけだから、そっちの方かと思ったんだけど。その気持ちはカナちゃんも同じらしく、慎重に口を開く。

「写真のことじゃなくて、か?」

「うん。写真はあくまで参考程度だよ。そんなことより私は祖父の言葉の方が気になる」

 あんなものに頼って悪かった。椎名ちゃんの祖父は、確かにそう言った。きっとそれは、両親がいなくなったことに関係しているし、その写真の理由と繋がっているかもしれない。

「だから私が知りたいのは、二人がどうしていなくなってしまったのか」

 言い切る椎名ちゃんに笑ってみせる。そんなにはっきり言われちゃあ、答えなんて一つに決まっている。

「分かった。引き受ける」

 俺も頷いて、答えたカナちゃんと目を合わせる。その視線が物言いたげに歪んで、肩を竦めた。きっと、さっき言っていた気になる情報を知りたくて仕方がないのだろう。

「ありがとう」

「カナちゃんに任せとけば大丈夫だよー」

「おまえも働け」

「気が向いたら、ね」

 カナちゃんを軽くあしらい、これからどうしようかと視線で尋ねる。カナちゃんが頷いて、口を開いた。

「おまえ、一人暮らしだって言ってたよな?」

「うん」

「家に仏壇はあるか?」

「えっと、それは祖父母の?」

「そうだ」

「ううん、ない」

 申し訳なさそうに眉を寄せる。

「一人じゃ、置いてあってもご挨拶とか忘れちゃいそうだから。だったらちゃんとお墓にいてもらって、一年に一回確実に挨拶しに行った方がいいなって。私の家、親戚同士仲良いから一緒に行ってくれるし」

「そこは、ここから遠いのか?」

「お墓?ううん、二人ともここの出身だから。そんな遠くないよ」

「なら、今度連れて行って欲しい」

「別にいいけど……」

 椎名ちゃんが頷いたところで、スケジュール帳を出して予定を合わせる。なんて言っても、俺たちは特に予定もない暇人だから、椎名ちゃんの暇な日を聞いただけになったけれど。

「じゃあ、来週末案内するね」

「あぁ」

「椎名ちゃんよろしく」

 しっかり予定を書き込んだのを見届けて、椎名ちゃんを部室から送り出す。

 すぐにカナちゃんがくるりと振り返って、視線がぶつかった。せっかちだなあ。

「焦らなくても、ちゃんと話すのに」

「お前の言葉は信用できない」

「あ。ひっどい」

 仕方ないと首を振って、ポンと紙の束を手渡す。カナちゃんが眉を顰める。

「……なんだ、これ」

「ん?俺の鞄に入ってたプリント類」

 授業で配られたプリントとか、道を歩いていてもらったチラシとか。この中のどこかに、調べたことが書いてある紙が二、三枚紛れているはずなんだけど。鞄に入れていたら混ざっちゃったみたいだ。だから。

「探してー?」

 無言で頭を殴られた。痛い。それでも結局探し始めるから、やっぱりお人好しだ。

「……あった」

「お疲れさまー」

 それから十分後。紙を三枚掴み、げっそりとため息を吐くカナちゃん。我ながら三枚ともバラバラに出てきたのには驚いたけど、ちゃんと見つかって良かった。

「そんなことより、中身読んでよ」

「誰のせいだよ、誰の」

「あはは、誰だろ?」

「おまえだ」

 言い合いつつ、カナちゃんが書類に目を通して。

「……は?」

固まる。

 そうだ、その反応。期待していた通りで満足する。

「おい、これは本当か?」

「情報源は確かだよ」

「でも、さっきのやつは……」

「椎名ちゃんね、椎名ちゃん」

 女の子の名前くらい覚えようよ、と口を尖らせてみせる。

 だけどまあ、衝撃は受けるよね。俺は先にこの情報を知っていたから椎名ちゃんの話の違和感を楽しめたけれど。

「つまり、これは」

「うん、そういうことなんじゃない?」

 言いかけたカナちゃんに、頷く。きっと、カナちゃんの考えは俺と同じだ。

「でさ、それを踏まえて。カナちゃんはどうするの?」

 尋ねれば、すぐに笑みを浮かべる。

「……確かめるまでだろ」

「やっぱ、そうだよね」

 へにゃりと笑い返してみせる。

「じゃあ、次椎名ちゃんに会う来週末で解決できるのかなぁ」

「俺に変な期待すんなよ」

「またまたぁ。今更否定されてもね」

「おまえは本当に……まあいい。それより、おまえのその情報源はどこなんだ」

 あーそれ聞いちゃう?と肩を竦める。こういうのって、謎に包まれている方が面白い気がするんだけど。

「俺から遠くて、カナちゃんに近い人、かなあ」

 まったく納得していない顔で、カナちゃんが鼻を鳴らした。

「なあにカナちゃん。そんな見つめないでよー」

「……情報が正しいなら、それでいいか」

「うん、そこは信頼して大丈夫だよ」

 それでも誤魔化し続ければ、諦めたように視線を逸らした。

 でも、情報源についてはもう少し待ってほしい。情報は確かに、正しいんだから。

「確かに、椎名ちゃんのご両親は行方不明だよ。……椎名ちゃんが中学校に上がるよりずっと前から、ね」

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