5. 捨てられる話

5-1. 靄がひらり

「あー、カナちゃんおはよ」

 部室のドアが開く音に顔を上げて手を振れば、カナちゃんに顔を顰められた。どうやら今日はご機嫌斜めらしい。

「……何やってんだ、おまえ」

「えー?」

 お昼寝?疑問符をつけて、ゴロンと寝っ転がったままカナちゃんを見上げて笑う。ため息を吐かれた。

「俺昨日から寝不足でさあ」

「知るかよ。んなことより、そこどけ」

「えー、俺からベッドを奪おうっていうの」

「……机だろ」

「カナちゃんつーめーたーいー」

 まあ確かに机なんだけど。

 何を隠そう、三つ繋げた机の上に大きなタオルを敷いて自分の上着をかけただけの即席ベッド。正直普通に体痛いし、全然眠れないけど。

 仕方ないなあと起き上がって、机を返す。タオルを畳もうとわさっと広げて、

「おい、なんか落ちたぞ」

「ん?なんだろ」

 ヒラリと何かが床に落ちた。紙みたいに折り畳まれたそれを拾って開いてみる。

「あー……」

 思い出した。そういえば、と苦笑い。カナちゃんをちらりと見れば、面倒臭そうに肩を竦めている。

「そういやこれ預かったんだった」

 てへ、と笑ってみせるけど、眉を顰められただけだった。当たり前だ、俺がやって可愛かったらそれこそ問題だし、俺自身複雑だ。

「依頼か?」

「うん、そんな感じ」

 それでも話を聞いてくれるカナちゃん。やっぱり長年一緒にいると耐性が付くものなのかなあ。それにしてもカナちゃん優しい。俺なら何年かかっても、俺みたいな人相手になんかできないもの。

 ふむふむと一人で頷いていると、カナちゃんが俺の手の中にあった紙を取り上げた。

「写真か?」

「そぉみたい」

 隣のクラスの女の子に渡されたその写真を、顔を寄せて覗き込む。その中では、今よりも少し幼い女の子が顰め面で写っている。俺から見たらただの家族写真で、何もおかしいところは見当たらない。けれど、渡されたからには何かあるわけで。

「カナちゃん、何か分かる?」

「依頼してきた奴は、どう言ってたんだ」

「えっとねー、……あ」

 答えかけ、依頼してきた子の説明を全くしていなかったことに気が付いた。

「依頼してきたのは、隣のクラスの女の子。秋山椎名ちゃん」

「あぁ」

「で、この写真なんだけど、その子が言うには、ヘンなものが写ってるって」

 女の子の顰め面。ただの家族写真。そこが、おかしいらしい。

「椎名ちゃん、この写真では笑ってたはずなんだって」

 だけど今、俺が見る写真に写る彼女は明らかに顔を顰めている。写真が変わってしまったのだと、そう言っていた。

 カナちゃんが考えるようにその写真に指を這わす。ピタリ、と一緒に写る男の人の顔の上で指を止める。

「これは?」

「椎名ちゃんのお父さんじゃない?隣がお母さん」

「おまえは、この写真を見て何とも思わねぇのか?」

「んー、だって俺霊感とかねーもん。その分野はカナちゃんでしょ」

 眉がピクリと動いたけど、どうやら耐えたみたい。えらいえらい。

「おまえにはこの写真、どう見える?」

「どうって、ただの家族写真?」

「その女の表情は?」

「顰め面だけど……カナちゃん、俺の話聞いてた?俺霊感とかないんだってば」

「この写真の変なところは、そこじゃねぇな」

 かなりスムーズに無視された。仕方ないからそのまま話を預ける。

「じゃ、何がおかしいの?」

 カナちゃんには、何が見えてるの。

 口を開く。それと同時に指を動かす。

「俺には、こいつらの顔が見えない」

 指したのは、先ほどと同じくご両親。二人の顔の上に指を置き、とんとん、と叩く。

「見えないってどういうこと?」

「ぼやけてるっつーか、靄がかってるっつーか。とにかく、この写真の中ではっきり写ってんのはこの女だけだ」

「表情は?」

「泣きそうだな」

「……うわぁお」

 カナちゃんの口から、泣きそう、なんて。予想外すぎてしばしばと瞬きをすれば、あ?と睨まれた。怖い。でもそう言われてみれば確かに、顔を顰めているというよりは泣くのを堪えているようにも見えてくる。

「その靄の人たち、他にヘンなとこはない?」

「写真だからな。よく分かんねぇ」

「それもそっか」

 俺にはそんな靄見えないしぼやけてもないけれど、カナちゃんがそうだと言うのならばそうなのだろう。カナちゃんが見るものは、正しい。

 それで問題は、だからどうするかという話。そういえば椎名ちゃんのお願い、ちゃんと聞いていなかったんだよね。

「おい」

「なあにカナちゃん」

「この女のこと調べたのか?」

「んー、軽ーくねぇ」

 でもまだ、言わない。ちゃんと理由を聞いて、『椎名ちゃんがどうしたい』のかを聞いてからじゃなければ。

 にっこり笑えば、諦めたように首を振られた。

「そもそもおまえがちゃんと聞いて来なかったのが悪いんだろうが」

 正論過ぎて、何も言えなくなった。

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