4-3. 言葉の綾とかいうやつ
***
「……早いだろ」
「いいの!俺は早くこの件から降りたいんだって」
「それにしても」
「ああもう、カナちゃんうるさい」
渋るカナちゃんの背中をバシバシと叩く。俺的には結構力を入れたつもりなのにカナちゃんにはノーダメージで、なんだかすごく悔しい。はいはい、俺はどうせひ弱ですよ。むくれてみたが、カナちゃんは見向きもせずに考え込んでいる。
千春ちゃんと接触して四日。明日は一週間に一度の委員会会議があるらしい。実はこの四日間で一度、委員会の作業が久美ちゃんと被ったことがあったみたいだが、理由をつけて帰ったのだという。
だけど、さあ。
「何回も同じようにして帰ったら、さすがに久美ちゃんだって不審に思うでしょ」
避けてる、なんて思ったら、今度は千春ちゃん、死にたがりなんかじゃ済まないかもしれない。だったら、明日俺が一緒に帰って様子を見ればいい。
「それにしてもまだ何も分からなすぎるだろ」
「嘘つき。カナちゃん、見えたはずだよ」
「見えたって……」
「だから分かるでしょ?今の状態で放置しておくのはマズいんだって」
言えば、黙り込む。半ばはったりだったけれど、やはり何か見えていたようだ。
久美ちゃんと千春ちゃんは中学で同じクラスになる。だけどそれは三人組で、その中心はもう一人の子だった。その子が転校した理由は不明で、連絡さえもつかない。久美ちゃん曰く、千春ちゃんの友達が亡くなったらしくて。
「だけど解決法がないだろ」
「俺が願えばいいじゃん」
「おまえ、一人で行く気なのかよ」
「カナちゃんが言ったんだよ?願っとけって」
今まで聞いたことをまとめれば、だいたいどういうことなのかは分かってしまう。
「本当に明日やんのか?」
「うん」
はぁー、なんて長い溜息をつかれる。
「分かった」
「お、いーの?」
「ただし俺も一緒に行く」
「え、それはだめ」
カナちゃんが来たら意味がなくなってしまう。ていうか。
「尾行はストーカーですよ、奏さん」
「なんでそうなんだよ。俺は下校路の途中で待機。それでいいかよ?だから、それまでに何とかしろ。できれば願う以外で、な」
知らず、口角が上がる。
「いえす、マスター」
***
『で、おまえはどう思ってんだよ』
『どうって?』
『今回の原因』
『え、そりゃ、久美ちゃんでしょ』
違うの?とカナちゃんを伺えば、まあそうだろうけどな、と肩を竦められた。その後カナちゃんの考えを聞いて、俺の考えを言って。
それが、昨日の話。
「お、来た来た。久美ちゃん千春ちゃお久しぶりー」
ようやく委員会が終わったらしく、鞄を持って校舎から出てきた二人に声をかける。二人とも驚いた顔をして一瞬固まった。どちらにも言ってないから無理もない。
「一緒に帰ろうかなって思ってさ」
二人一緒にいるあたり、千春ちゃんはやっぱり断れなかったらしい。
「一緒にって、えぇ?」
「うん?この前千春ちゃんとお友達になったから、せっかくだし二人と一緒に帰ってみようかなって」
にこーっと笑って、返事も聞かずに歩き出す。今回は観察目的だから二人と話す必要もないし、とりあえず視界に二人が入ってればいい。
俺に話を聞く気がないのが分かったのか、諦めて二人で並んでついてくる。会話の内容に違和感はなく、今のところは至って普通だった。さてさて、これからどうなるか。
『久美ちゃんには何が見えたの?』
『……何って』
『誤魔化しとかいらないよー?久美ちゃんに何か憑いてたんでしょ?』
『いや、違げぇ』
『えー?だから、誤魔化さないでってば』
『憑いてたんじゃねぇ。あいつから出ていた』
昨日の会話でカナちゃんはそんなこと言っていたけれど、どうなんだろう。
久美ちゃんは、一緒に帰るときいつも、と言っていて、それはつまり頻繁に死にたがっているのだと思っていた。でも、その逆だとしたら。発想の転換。千春ちゃんは、久美ちゃんと帰っているときに、死にたがるのかもしれない。
そうだとすると、久美ちゃんの言っていた『千春ちゃんの友達』は、中学時代のもう一人の友達だろう。もともと久美ちゃんの方がその子と仲が良かったのなら、あとからグループに入ってきた千春ちゃんに対して何か思うところがあってもおかしくない。
とりあえず、千春ちゃんと久美ちゃんを今一緒にいさせるのはたぶん危ない。
「ま、それだけでもないんだけど」
「え?何か言いました?」
「ううん、なんでも」
心の中で呟いたつもりが声に出ていたらしい。聞き返されたから、笑って誤魔化しておいた。
それから歩いて数分。相変わらず後方では何の変哲もない普通の会話が続く。途中の本屋でカナちゃんらしき人を見かけたけれど、見なかったふりでスルーして。
「歩道橋、ねぇ」
ここでも死にたがったことがあると、久美ちゃんが言っていた気がする。ちらりと千春ちゃんを見ても、特に変わった様子はない。それでも用心するに越したことはないから、カナちゃん宛に携帯でメッセージを作成しておく。
「あ、千春ちゃんたち先歩いて?」
様子を見るために二人を先に歩かせ、自分は後ろから二人を観察。久美ちゃんが千春ちゃんに話しかけ、それに千春ちゃんが答える。顔を見合わせて笑う。
まあ、そうだろう。もともと同じグループにいたわけだし、特に仲が悪いというわけでもない。何も知らない千春ちゃんからすれば、避ける理由もないし、ただの昔の友達なのだろう。
そんなことを思っているうちに、歩道橋を渡り終えた。よかった、何も起こらないようだ。息を吐く。その瞬間。
「……千春?」
久美ちゃんが怪訝そうな声を出した。ハッとして、それでも見守ってみる。
「千春?どうしたの?」
無言のまま、ゆらり、揺れる体。弛緩した腕がゆっくりと動き、顔を覆う。無音。
「ちょっと、千春?……堺先輩」
伺うように、久美ちゃんが俺を見る。それに肩を竦めて見せて、観察を続ける。
すとん、と落ちた指の隙間から、呆然とした表情が覗く。頭を振り、目がとろんと恍惚に染まる。魅せられるように一歩、踏み出す。先には、道路。惹かれているのはきっと、そこだ。
それを見た瞬間、さっと久美ちゃんの顔色が変わった。
「千春!千春、止まって!ねぇ」
腕を引く。さっきまで力の抜けていた腕がくっと曲がる。筋が浮かぶ。久美ちゃんの手を外そうともがき、腕を捩じる。
「……あらら」
ごめんカナちゃん、もう限界かも。お願いさせてもらうね。
頭の中でため息を吐いて、指に力を込める。携帯に、『メッセージを送信しました』の文字。カナちゃん、あとはよろしく。
「久美ちゃん」
そっと近づいて久美ちゃんの肩に手を置く。振り返った彼女に問いかける。
「ねぇ、きみはどうしたいの?」
辞めさせそうとはする。依頼しに来たとき、久美ちゃんはそう言っていた。でも、引き留めはしない。
「……知りたい」
前にも、カナちゃんが同じことを聞いた。返ってきたのは、同じ答え。
だけど、普通死にたがっている子がいたのなら引き留めようとするものじゃないだろうか。どうしたいと聞かれたら、助けたいと言うものじゃないだろうか。
始めに感じた違和感。この子は最初から、千春ちゃんを助けようなんて思っていない。
「知りたい?なんで死にたがるのか?」
「はい」
こくりと頷く。
「違うよね、きみが本当に望んでいることは」
知りたいなんて、よく言う。思わず笑い声が漏れてしまう。クッという音。人間て、不自由だ。他人はもちろん、自分でさえも簡単に騙せてしまう。
「私が望んでいること?」
「うん。きみは分かっているはずだよ」
千春ちゃんが死にたがるのは久美ちゃんといるときだけ。そのとき彼女は助けようとはしない。カナちゃんは、彼女から出る何かを見た。
ねぇ久美ちゃん。千春ちゃんは、亡くなった友達に惹かれているわけでも、得体の知れない何かに憑かれているわけでもない。
「千春ちゃんが死にたがるのは、きみのせいだ」
「え」
久美ちゃんのキョトンとした顔。本当に、嘘は怖い。
「どういう状況できみのお友達が死んじゃったのかは知らないよ?でも、それで千春ちゃんを恨むのは違うんじゃないかな。って言っても、自分さえも騙しているから自覚もないか」
グッと拳が握られる。
「ねえ、どうなの、久美ちゃ……」
キキ――――!
前方で、車のブレーキ音。止まった車。道路の千春ちゃん。握られた久美ちゃんの拳が、力の入りすぎで白くなっている。
「止めなくていーの?」
尋ねるけれど、返事はない。はぁーと今度は声に出してため息。振り返れば、止まらない対向車線。そちらに近づく千春ちゃん。
「じゃあ、俺が止めちゃってもいいかなぁ?」
依頼は、理由を知ること。それはもう果たしたはずだ。ならばもう、俺がどうしようと勝手ということで。
ごめんカナちゃん、お願いしちゃうね。だから、なるべく早く来てくれると嬉しいかな。
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