4-2. ガールズトーク
***
「あれ、もしかして堺先輩ですか?」
「え、嘘、堺さん?」
聞き込みといっても後輩だし、正直当てがない。もしやと思って覗き込んだ一年の教室で、残って駄弁っている女の子たちを見つけてひょこっと顔を出してみた。その瞬間、声をかけられる。
「あ、どもーこんちはー」
へにゃりと笑ってご挨拶。こういう時、転入生ってすごく便利だ。いい意味でも悪い意味でも目立つから。
「なんの話してたの?」
「ガールズトークですよ、ガールズトーク」
「えー。俺も混ざりたーい」
「堺さんが?」
「いいじゃん。ね、ダメ?」
首を横に傾けると、笑って招き入れてくれた。いいね、ガールズトーク。勉強になりそう。
「で、どんな話してたのー?」
女の子たちのそばにあった椅子を引っ張り、背もたれを前にして座る。促せばすぐに始まる会話。キャピキャピしていて、ふとしたことで零れる笑い声。青春ぽくてほっこりする。
そんなこんなで女の子たちと会話を始めて三十分。携帯が震えた。女の子たちにバレないようにそっとメッセージを開くと、カナちゃんからの短い文章。
『ちゃんと働いてるんだろうな?』
「あ」
零れかけた声を堪えて、密かに苦笑い。そうだ、忘れていた。俺聞き込みのためにここに来たんだった。あーあ、せっかく楽しんでいたのに。一気に現実に引き戻された。
「あ、ねえ、そういえば一年に久美ちゃんっているよね?苗字は分かんないけど」
仕方なしに、不自然だと思いながらも尋ねてみる。
「くみ?どんな字ですか?」
「久しいに美しい」
「あ、久美か。……あぁ、はい。いますよ」
「その子と仲良い女の子って知ってる?」
ちらり。意味ありげな女の子同士の目配せ。
「久美、特別仲良い子っていないと思いますよ」
「えー?そなの?」
あの口ぶりからしたら、死にたがるという女の子とは最近よく一緒にいるんじゃないかと思ったんだけれど。だってそうでもしなければ、毎回死にたがるのを止められないでしょ。
そう考えてふと思いつく。そうか、逆っていう可能性もあるんだ。
「じゃあさ、定期的に一緒に行動している子っていないかな」
そう尋ねれば、一人の女の子がおずおずと口を開いた。
「私、たまにあの子と一緒に帰ってます」
「お、そーなの?えーっと」
「千春です」
「千春ちゃんね。一緒に帰ってるっていうのは?」
「委員会が一緒なんです。それで会議があるときは帰りも同じになって」
つまり仲がいいわけでもないけれど、必然的に一緒に行動しているわけだ。
ふむふむと千春ちゃんを観察してみる。普通に会話にも参加しているし、暗くもない。どうにも、死にたがっているとは思えないんだけどな。
「ふーん、そっかぁ」
まあ久美ちゃん自身、死にたがっている子は直前まで変わった様子も何もないって言っていたから不思議ではないのかもしれない。
「他にはいない?定期的に一緒にいる子」
「さあ?久美、一定の子と仲良くするタイプじゃないですから」
「んーじゃあ千春ちゃん、あとでちょっとお話したいかなーなんて」
言えば、きゃあと上がる悲鳴。いやいや、さすがにこんなに人がたくさんいるところで、きみたちが期待するようなことの宣言なんてしないから。なんて、苦笑いを浮かべた。
本当は、ここで久美ちゃんの依頼について心当たりがないか聞き出しても良いけれど、本人も他の子も気づいていないみたいだし。何より、あの女の子たちの視線が気になった。死にたがりは千春ちゃんが濃厚だけど、これは久美ちゃんの立ち位置にも関わるから。俺はそう簡単には手出しができない。
「分かりました。今からですか?」
「うーん、いや」
少し考えて否定する。
「もう少しここにいるよ。そんで、一緒に帰っちゃおうか」
久美ちゃんと千春ちゃんが一緒にいるのは、下校時だ。だったら、原因となる何かはそこにあるのかもしれない。前回もそうだったし。なんて。
「俺まだみんなと話していたいし」
こっちの方が本音だったりして。
笑いかければ、千春ちゃんも納得してくれたみたいで、再び会話が再開された。
それから約三十分話し続けて、一人が帰ると言ったのをきっかけに、俺たちも解散となった。他の子たちと手を振って別れ、千春ちゃんと並んで歩く。
「で、久美ちゃんってどんな子なのー?」
話しているうちにだいぶ日が傾いていたらしく、地面に伸びる影が長い。なんだか楽しくなって影で狐を作ってみる。それにクスリと笑って、千春ちゃんが口を開いた。
「どんな子って?」
「うーんと、久美ちゃんとはどの程度仲がいいの?」
高校一年でクラスは別々。委員会が一緒だからと言って、一緒に帰るほどの仲になるだろうか。しかも千春ちゃんは久美ちゃんに、友人が死んだ、なんて打ち明けている。
「私とあの子、中学が同じで。一回だけ同じクラスになったことがあるんです」
「あーなるほど。それで仲がいいんだ?」
「それが、ちょっと違うんです」
「違う?」
ちょっと困ったような笑顔。聞き返す。
「はい。私たち三人グループだったんです」
「三人……」
「どちらかというと、私が二人のところに入っていった、みたいな感じで。あの子は私よりも、もう一人との方が仲は良かったです」
「あれ、そなの?」
でも女の子たちの話では、久美ちゃんには特に仲のいい子はいないみたいだったけれど。
「じゃ、その子は別の高校とか?」
尋ねれば、ふるふると頭を振られる。
どういうことだろう。首を傾げれば、すぐに答えを返してくれた。
「急に転校しちゃったんです。私も詳しいことは知らないんですけど」
そう言って、首を竦める。
「それからは二人で行動してたの?」
「えーっと、いえ。その頃からあの子も学校に来なくなっちゃって」
「不登校ってこと?」
「はい。学年が上がってからまた来るようになったらしいですけど、同じクラスじゃなくなってしまったので、それ以降のことは分かりません」
「じゃあ、高校に入って委員会で久美ちゃんと再会したんだ?」
「そうです」
考えることはカナちゃんに任せると丸投げして、自分が気になるところだけ問いかける。
「ぶっちゃけ、千春ちゃんから見て久美ちゃんってどんな子?」
「……分からないです」
「分からない?」
聞き返すと、こくりと頷く。
「ほら、言ったじゃないですか。私が彼女たちの仲に入っていったって」
あぁ、と相槌を打って、続きを促す。
「私もどちらかといえば仲良かったのはもう一人の子の方ですから」
「そゆことねー」
だけどそれなら、千春ちゃんが久美ちゃんに秘密を話したりとかしなさそうなんだけど。
「じゃあ、その三人グループの中心は、もう一人の子だったんだ?」
「まあ、そうですね」
「その子は今どこにいるの?」
「分かりません。転校してから先のことは何も」
「気にならないの?」
「なりますよ。でも担任に、連絡はするなって言われて」
担任?首を傾げる。どうしてここで、教師が出てくるんだろう。考えて、思いつくことがある。その予想を口に出してみる。
「その子、転校の挨拶とかした?」
「いえ、なかったです。本当に、突然」
「その頃授業減ったりしなかった?」
「え?」
「その頃先生たち会議増えなかった?」
「え、あの」
「親だけが集められたりしなかった?」
「先輩」
「その頃変な噂とか流れなかった?」
「あの、どうして知ってるんですか?」
やっぱり。ふふ、と笑いが漏れてしまう。
なんとなく、久美ちゃんの依頼の意味が分かってきた気がする。それが正しいのだとしたら、カナちゃんはきっと久美ちゃんに何かを見たのだろう。
それじゃあ最後の質問を。
「千春ちゃんさ」
「はい?」
「友達を亡くしたことってあったりする?」
あからさまな質問に、何かを察したように千春ちゃんが唇を噛んだ。目が一瞬泳いで、それから首を横に振った。
「……知らないです」
「うん、ありがと」
知らない。でもそれは、分からない、ではない。そしてその事実は、当時流れた噂通りだ。お礼を言って、頭をポンポンと撫でてあげる。
きっと、仕方がないことなんだ。千春ちゃんには何の問題もない。問題があるとしたら、それは久美ちゃんの方だろう。はあ、とため息を漏らす。正直少し面倒くさい。カナちゃんに怒られるから言わないけれど。とりあえず。
「今度から、久美ちゃんと一緒に帰るのはやめた方がいいかもね」
「え?」
「どうしてもっていうときは、俺のこと呼んで?いつでも行ったげるからさ」
「え、あ、はい」
カナちゃんが依頼を受けるって言うから従っているけれど、俺は俺なりに予防線を張らせてもらう。依頼のためには二人一緒に行動させた方がいいんだろうけど、それで危険が及ぶなら、その危険な役目は俺が引き受けてあげる。
髪をクシャっと握って、手を離す。あぁ、なんだかキャラになく真面目になってしまった。やだやだ、そんなのは俺に似合わないのに。誤魔化すように笑って、千春ちゃんを呼び止めた。
「じゃあ、帰ろうか」
「へ?」
「へ、じゃないでしょ。俺に気ぃ使わなくてもいーのに。ほら、もう家通り過ぎてるでしょう?」
笑いかければ、困ったような表情。
「言ってくれれば、家の近くまでで辞めるよ?今日会ったばっかの俺に家教えんの怖いよね」
「別に、そんなことは」
「どっちでもいーよ。とにかく今日は帰ろ」
戸惑ったように固まったままの千春ちゃんの腕を引っ張り、来た道を引き返す。五分くらい歩いて、千春ちゃんが立ち止まった。
「ここでいいです。ありがとうございました」
「いーえ、こちらこそ。お話できて楽しかったよ」
そろそろ俺も戻らなければ。これ、カナちゃんのお使いだったし。
最後に千春ちゃんに手を振ろうと、曲がり角まで歩いてから立ち止まる。振り返って、千春ちゃんと目が合って。
「あの、送ってくれて、ありがとうございました!」
満面の笑顔。手を大きく振って応えてあげる。
うん、やっぱり、女の子は笑っているときが一番可愛い。
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