4. 騙す話

4-1. 死にたがり少女

 放課後。いつものように部室に行こうとしたら、そのドアの前に人影が見えた。こんなところに人が来ることなんてほとんどないし、カナちゃんだろうと決めつけてぶつかってみる。

「ズドーン!」

「えっ?へ?……うわぁ!」

 すごい反応を返された。見れば、明らかにカナちゃんじゃない。

「えっとー。どうしたの、こんなところで」

「どうしたのって、……あ」

 首を傾げて尋ねると、その女の子が振り返って驚いたように目を見開いた。見覚えのない顔だ。

「きみ、ここら辺に何か用でもあるの?」

「あ、あの。もしかして三村先輩ですか?」

 センパイ?ということは、この子は後輩なのか。よく分からないけれど、カナちゃんと間違えられるのは心外甚だしい。

「ざんねーん。俺は堺センパイの方でしたー」

「あ、堺ミツ先輩ですか?」

「そっ。三村センパイは怖い方、堺センパイはフレンドリーな方って覚えてね」

 で、何の用?と尋ねれば、ハッとしたように瞬きをする。

「あの、先輩たちにお願いしたいことがあって」

「えっとぉ、それは依頼ってことでいいのかな?」

「はい、お願いします」

 食いつきっぷりからして、切羽詰まった印象を受ける。こういう依頼にいい記憶がないから、部室に誘い入れるか躊躇してしまう。と、部室のドアが開いて、

「おまえらこんなところで何してんだ」

「あ、カナちゃん」

 登場したカナちゃんによって、部室に招き入れることになった。

「で、こいつは誰なんだ」

「えっとねー、……誰だっけ?きみ」

 後輩らしき女の子を椅子に座らせ、向かい合う。向こうはこちらのこと知っているみたいだけど、俺たちは彼女のことを何も知らないわけで。それってちょっと不公平だよね。

「私、浅田久美です。今一年です」

 久美ちゃんね、久美ちゃん。やっぱり年下だったか。ふむふむと相槌を打ちながら聞き、ふと尋ねる。

「そういえば、俺たちのことなんで知ってんの?」

「なんでって、先輩たちいろんな意味で有名ですよ。人気あるのに結構な変わり者だって」

「……あー。なるほどねー」

 トシユキくんから聞いた噂と大差ないらしい。実際否定できないからどうしようもない。

「それで、どういうご依頼で?」

 尋ねてからカナちゃんを見る。ここから先はカナちゃんの出番だ、という宣言のつもり。毎度の如くため息を吐かれたけれど気にしない。

「話を聞く」

「お願い、します」

 そう言ってぺこりと頭を下げる。その瞬間に、カナちゃんが顔を顰めた気がした。

「えっと、友達が死にたがるんです」

「死にたがる?」

「はい。普段は元気で悩んでいる風でもないのに、時々ふっと死のうとするんです」

 カナちゃんの目が細く歪む。じっと探るように久美ちゃんを見つめて、面倒くさそうに眼を逸らした。

「……例えば?」

「例えば、車の前に飛び出したり、歩道橋から飛び降りようとしたり。その前まで普通に笑って話してるのに、急にそうなるんです。……まるで、あの子の後を追おうとしているみたいに」

「あの子?」

「私の友達には仲の良い女の子がいて、その子が亡くなったんです」

「おまえの友達の死にたがりが始まったのって、そいつが死んでからなのか?」

「すぐにってわけじゃないですけど」

 でも他に考えらないんです。他に彼女に負担になるような出来事ってないはずですし。そう訴える久美ちゃん。

「死にたがるって、具体的にどんな感じなんだ」

「ほんとにいきなり」

「そうじゃなくて、引き留めたときの反応とか」

「引き留める?」

 キョトンとした顔。

「引き留めないのか?」

「やめさせようとはしますけど」

「……そうか」

 よく分からない返事。引き留めるのとやめさせようとするのと、何がどう違うんだろう。カナちゃんには、この言葉の違い、分かるのかな。

「やめさせようとして、やめるのか?」

 カナちゃんが質問を変える。

「いえ、抵抗します。すごい暴れて。でもしばらくすると元に戻るんです。それまでのことなんてなかったみたいに、普段の彼女に戻るんです」

「おまえはそれを見て、どう思ってんだ?」

「どうって」

 言いにくそうに視線を逸らす。もごもごと動いた口が、想像通りの言葉を吐いた。

「……何かに憑かれたみたいだなって」

 突然おかしくなって、憑き物が落ちたように突然元に戻る。憑かれた。確かにそんな印象があるかもしれない。

 だけどどこか釈然としない。最初は後追い、今度は憑かれている、なんて。その二つは全く違う種類の印象のはずだ。

「で、おまえはどうしたい?」

 カナちゃんお決まりのセリフ。案の定返事はすぐに返ってきた。

「どうしてなのか、知りたい」

 さっきの言葉の違いが分かった。どうにも俺は、この子のことが理解できないらしい。


***


「カナちゃん、さっきの子の依頼受けるのー?」

 久美ちゃんを送り出してからカナちゃんを振り返ると、不審そうに眉を寄せられた。怖い顔。

「あ?そのつもりだが、悪いか?」

「いやぁ?悪くはないよ?」

「じゃあなんだ」

「俺はなるべく関わりたくないかな、なんて」

 そう言ってにっこり笑えば、意外そうに瞬き。今までは俺の方が積極的に依頼を探しに行ってたからだろう。でもなんか、嫌な感じがするんだよね、あの子。考え方も特殊だし。

「……気持ちは分かるが」

 視線を合わせてまじまじと見つめる。もしかして、久美ちゃんに何か見えたんだろうか。思いがけず肯定したカナちゃんに、その理由を尋ねてみる。

「久美ちゃん、何か憑いてた?」

「いや、ちょっと違うな」

「ふぅん」

 何か見えたにしろ見えなかったにしろ、依頼を受けるつもりには変わりがないらしい。それなら俺はなるべく傍観者でいたいかなと思って身を引こうとすると、カナちゃんに睨まれて。

「……働け助手」

 ペチッと頭を叩かれた。

「カナちゃん鬼畜ぅ」

「つべこべ言わず働け」

「大変なことになっても知らないよ?」

「そういう時は願っとけ」

「カナちゃんに言われてもなぁ」

 さてと。雑談はこのくらいにして、働かなくちゃ。カナちゃんの頼みだし、カナちゃん怖いし。

「では指示を、マスター」

「……その死にたがりとやらを調べてこい」

 すごく気持ちよさそうな顔をされた。この人ドエスだ。そういう俺もそっち側だけど。人のこといじるのは面白いし好きだけど、自分で遊ばれるのは大嫌い。だから、嘘つかれたりとか好きじゃない。

「りょーかい。じゃ、ちょっくら調べてくるね」

 パタパタと手を振って、部室を後にする。

 カナちゃんにはあんなミッション出されたけれど、どうしよう。やっぱり基本情報って大切だし。

「まずは聞き込み調査といきますか」

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