3-4. 無意識に焼きつく

***


 そうして同じことを一週間ほど放課後に繰り返し、ようやくすべての円に辿り着いた。二年間も溜まっていた場所を一週間で行き尽くしたんだから、すごく頑張ったんだと思う。そんなことを思って、部室の机にグデーと突っ伏す。あぁ疲れた。そして眠い。一つ、欠伸。

「で、分かったことは何かあんのか?」

 部室に入ってきたカナちゃんが、面倒くさそうに俺を一瞥して尋ねる。

「いや?さっぱり」

 考えるのはカナちゃんの仕事なんだってば、と唇を尖らせる。

 俺は考えたくないの。面倒だし、疲れるし。だから俺は誘導役。答えを見つけるのはカナちゃんで、そのために頼まれたことならば全力を尽くそう。

「じゃ、質問に答えろ」

「答えられる範囲でいいなら、どうぞー」

 ニコリと笑えば、物言いたげな視線。無視して促す。

「円のところに向かう間、複数回目撃したものはなんだ?」

「んーと」

 笑顔を引っ込めて、頭の中を探る。

「フェンス、廃墟、線路。あと鉄塔も、かな」

「円の色とで関係のありそうなものは?」

 円の色、つまり、トシユキくんがどこまで行けるかという条件だ。

 カナちゃんが知りたいことがだいたい分かって、ふふ、と笑う。どこに行くとき、何が見えたか。そこへ行くには何通りの行き方があるか。そこへ行く条件は何か。そこの条件の色に当てはめたとき、共通する事柄は何か。頭の中で当てはめていく。

 フェンス。入り組んだ路地裏。緑の円。廃墟。鉄塔。赤の円。遠くの線路の音。青の円。直接見えた線路。大通り。黒猫……は関係ないか。

 頭の中をザーッと流れるデータをぼんやりと眺め、必要なところを捕まえる。そして。

「……あ」

 ふと声を漏らす。顔をあげれば、カナちゃんと視線がぶつかった。

「なんだ?」

「んー、一個あったかも」

 分かったは分かったけれど、面倒なことになりそうな予感。肩を竦めて短く答える。

「廃墟」

 カナちゃんの眉間に皺が寄った。

「それって前行ったところか?」

「そんなたくさん廃墟あったらたまったもんじゃないでしょ。それもうゴーストタウンだよ」

「意味ちげぇよ」

「そだっけ」

 冗談を言ったら否定された。やだなあもう。カナちゃん頭いいから、ヘンに知ったかしない方がいいな。笑って誤魔化して、カナちゃんを伺う。

「で、廃墟がどう繋がるんだ」

「円の色だよ」

「は?」

「つまりね、絶対に行けないところへの道では必ず廃墟が見えるの。逆に、絶対に行ける場所への道ではうまい具合に隠れている」

「行けたり行けなかったりするところは、違う道を使えば見ないで辿り着けることもあるってことか」

「そゆこと」

 さすがカナちゃん。

 それにしても疲れた。あれだけの場所を回っておきながら、全部に共通する点を探せとか、カナちゃん鬼畜ぅ。

「で、どうするの」

「あ?」

「それが分かって、カナちゃんは次何するの」

「あぁ」

 少し考えて、唇に笑みを浮かべる。滅多に見ない笑顔に、背中にぞくりと嫌な予感がよぎる。

「一つ、確認していない場所があったな」

「それってもしかして、ここだったり……」

「ここだな」

「うん、ここだよね」

「あの男子の家からこの学校まで、考えられる道全部歩いてこい」

 思った通りだった。さんざんいろんなところ歩いておいて、解決しなきゃいけないここまでの道、検証していないんだもの。俺体力ないから、そういうのちょっと遠慮したいんだけど。

 ちらりとカナちゃんを伺うけれど、問答無用な笑顔を向けられ、顔を背ける。なんだあの笑顔。圧力しか感じない。

「うわぁ、カナちゃん悪党面」

「黙れ」

「でもその間カナちゃんどうしてんの?俺だけ動くとか不公平でしょ」

「俺はこの学校回る」

 言葉を聞いて、ふと思い当たる。そういえば、トシユキくんは学校に来てから動けなくなることもあったんだっけ。今までの話から考えると、通学路では廃墟を見ず、学校について初めて廃墟を見た、というパターンだろう。

 だけどさ、俺、一つ思うんだ。

「俺とカナちゃんの仕事を交換するっていう選択肢は……」

「ねぇな」

 今のだと俺だけめっちゃ歩くし、カナちゃんずるくない?

「なんで!」

「おまえに校内任せたら、女と話して仕事しないだろうが」

「うわ、否定できない」

「そこは否定しろよ」

「えームリ」

 イラッとした様子のカナちゃんから慌てて距離を取る。仕方ないから、おとなしく鞄を掴んで部室を後にした。

そして十五分後。

「……迷った」

 一人グルグル歩き回っていたら、完全に迷子になった。そうだ、俺方向音痴だった。迂闊にカナちゃんのお使い引き受けるんじゃなかった。

「あ、また黒猫」

 まあ、迷ったところでどうしようもないから、諦めて適当に歩く。目の前に現れた黒猫の後ろを、なんとなく追ってみることにした。

 それにしてもこの町猫多いな。この前も二回くらいは見た気がする。猫好きだけど。あぁほら、尻尾長い。可愛い。もふもふしたい。あれだ、猫のいいところは頭が丸いところだよね。あの、手にすっぽり収まる感じが本当にいい。……と。

「消えた?」

 猫を見失った。完全に歩く方向を失って、立ち止まって周りをぐるりと見回してみる。そこで、とあるお宅の玄関の表札を発見した。

「ラッキー」

 躊躇わず呼び鈴を押し、家の人を呼び出す。家の中で響くチャイムの音。

「はい、どちら様ですか?」

 すぐに返ってきたインターホン越しの声を聞いて、確信。

「あ、町田センセー?俺、堺ミツ」

 今日は学校お休みなんだろうか。教師の仕事内容とか知らないけれど、自分の担当授業が終わったから帰ってきたのかな。

「え、あ、はい。どうしたんですか?」

「センセ、迷子になっちゃった」

「迷子?とりあえず今開けますね」

 戸惑いながらも、ドアを開けてくれる。開いたドアから、ふんわりと料理のいいにおいがする。ひょこりと顔を覗かせたセンセに、事情を説明した。

「迷っちゃってね、ちょうど町田センセの家見つけたから道聞こうと思って」

「ああ、ここら辺すごく入り組んでますからね。どこに行きたいんですか?」

 どうやら無事道を教えてくれるらしいセンセに感謝しつつ、考える。学校までの行き方を聞いたところで、どうせ条件調べにまたここら辺来なきゃいけないだろうし。とりあえず、大通りまでの道を聞いておくことにする。

「じゃあ、ここら辺で一番大きい通りに」

「分かりました。……そこの道をまっすぐ行って一つ目の角を右に曲がってください。そのあとは道なりです。細い道で不安になるかもしれませんが、ちゃんと着きますので」

「ありがとセンセ」

 そこでふと思いついて聞いてみる。

「そういえばこの匂い、夕飯作ってたの?」

「ええ、そうですよ」

「センセ、料理するんだね。彼女さんとかは?」

 たいした話題のつもりはなかったのに、ポポポとセンセの顔が赤くなる。なんだこれ。イケメンが照れてる。

「あ、やっぱり彼女さんはいるんだ。ね、どんな人?」

「……エリカさんとは、もうだいぶ会えていないんです」

 エリカさんって彼女さんの名前かな。会えてないっていうのは遠距離恋愛ってこと?よく分からないけれど、俺にそんな話を零してしまう程度には寂しいらしい。

「とりあえずセンセ、ありがと。また学校でね」

 本当はもう少し掘り下げて話を聞きたいところだけど、あいにく今はカナちゃんのお使いの途中だ。話を切り上げ、手を振って別れる。

 町田センセに言われた通りに歩けば、確かに見覚えのある大通りに出た。


***


「たっだいまーカナちゃん。……ってあれ、なんでミカちゃんがいるの」

「堺くんおかえり」

「ただいまぁ」

 部室に戻ると何故かミカちゃんがいた。見渡せば、机に頬杖をついて難しい顔をしているカナちゃん。疲れたのは俺の方だよ。さんざん歩き回ってお目当てのものを探してきてあげたっていうのに。

「カナちゃーん、俺帰ってきたんだけど。おかえりは?ねぇ、頑張った俺に感謝の言葉はー?」

 カナちゃんが手を伸ばしかけていたコーヒーの缶を、ひょい、と取り上げてみる。二、三回周りを手で探ってふと視線を上げ、ようやく俺を認識できたようだ。

「……おまえか」

「うん。で、どういう状況?」

 状況が掴めなくて純粋に尋ねたのに、質問を無視してカナちゃんが立ち上がる。歩いてミカちゃんの前に立った。

「おい」

 カナちゃんの呼びかけに、ミカちゃんが顔を上げる。

「おまえの願いは、幼馴染に学校にきて欲しい、だったな」

「うん」

「結論だ。学校に来させることはできる」

 勝手に説明を始めるカナちゃんに目配せをされたから、慌ててさっき見つけたばかりのルートを地図に書き込む。廃墟を見ずに行ける、最短ルート。それをミカちゃんに渡し、ついでに学校以外で避けた方がいい道も伝える。

「二人とも、ありがとう!」

 彼女からのお礼を胡乱な瞳で聞き、カナちゃんが口を開いた。

「ただし、あくまで学校まで来れるだけだ。もしかしたら学校でまた固まるかもしれない。それはどうしようもない」

「分かった。そこは私が気を付けて見てる」

「……あぁ、そうしてくれ」

 たぶん、カナちゃんが言っている『どうしようもない』と、ミカちゃんが解釈したそれとは意味合いが違うんだろうけれど。それは仕方ないことだ。

「本当にありがとう。トシくんにちゃんと伝えるね」

「ついでに早くくっついちゃえばー?」

「ちょっと堺くん!」

「あはは」

 出ていくミカちゃんの背中を笑って見送り、カナちゃんに話しかける。

「どしたのカナちゃん」

「あー?」

「トシユキくんには何も憑いてなかった。そうだよね?」

「あぁ」

「で、彼の不登校には廃墟が関わっている。だからそれを避ける道を伝えた。何が不満なのさ?」

 これでトシユキくんは学校に来られる。万々歳だ。それなのに浮かない顔をしているカナちゃんに、首を傾げる。

「……根本的な解決じゃねぇだろうが」

 ぶすっとした表情で言う。

「廃墟を避ける意味が分からないから?」

「あぁ。でもそこだけじゃねぇ」

「どういう意味?」

「……なかったんだよ」

「うん?」

「この学校に、廃墟が見える場所はなかった」

「じゃあ、学校で固まるときの原因は廃墟じゃないってこと?」

「たぶんな。しかも、初めて症状が出たのは学校だ」

 つまり、廃墟以外に何か原因となることがあるわけで。あぁ、もう。

「無意識は怖いねー」

 無意識によって恐怖を抱いて体が固まるというのなら、それを和らげるには自覚するほかない。

「だから、根本的な解決になってねぇんだよ」

 自嘲気味にカナちゃんが呟く。

 知らず知らず脳に焼き付いた恐怖は一体何だろう。

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