3-3. ぐるぐる回る

「じゃ、俺は帰る」

「はいストップ―カナちゃん」

「……んだよ」

 家を出てすぐに、すちゃ、と帰ろうとするカナちゃんの鞄を掴んで引き留めた。

「カナちゃん、あそこのパスタ美味しいんだって」

「は?」

「カナちゃんお腹空かない?」

「空かない」

「俺お腹空いちゃった」

「俺は空いてない」

「え?なに?奢ってくれるの?」

「あ?何言ってやが……」

「きゃーカナちゃん男前!」

「聞けよ人の話」

 さらに畳みかけて、有無を言わさずパスタ屋さんに引っ張り込んだ。地図で調べたときから気になっていた店だ。机が大きくてお客さんもまばら。何かの相談にはばっちりだと思わない?

「で、何が言いたいんだ」

「んん?何のこと」

「ふざけんなよ。こんなとこ引っ張り込んどいて」

 しかもおまえどんだけ食う気だよ。パスタ三人前も頼むな。飲み物とか水でいいだろ。何デザートまで注文してんだよ。

 グチグチ言ってくるカナちゃんに、にっこり笑って一言。

「御馳になりまーす」

 震え始めた拳を横目に、ごそごそと地図を取り出す。

「さてカナちゃん、この地図を見て何か思わない?」

「あ?なんだよ、何かあんのかよ」

「それを探してもらおうと思って」

 やだなあカナちゃん、と笑いかける。何度も言ってるけれど、探偵役は俺じゃないの。諦めたようにカナちゃんが地図に視線を落とした。

「……この地図、書き込んでもいいか?」

「お好きなように」

 やる気になったカナちゃんを満足して眺めつつ、俺は運ばれてきたパスタを頬張る。熱くて一瞬肩が上がる。でも間違いなく美味しい。アツアツを食べられないカナちゃん可哀想。なんて、そうさせてるのは俺だけど。

「で、何か分かった?」

 暫くしてペンを置きパスタに手を伸ばしたカナちゃんに、声をかける。とは言っても視線はいまだに地図に向けられたままで、何か考えを巡らせているらしい。

 ん、と無造作にその紙を示され、覗き込んだ。

「これは……見事にぐちゃぐちゃだね」

 赤青緑の円が散らばる中を、同じく赤青緑の線がうねうねと這っている。どうやらその線の中心はトシユキくんの家みたいだ。

「それ食い終わったら行くぞ」

「えー、まだ食べてんだから急かさないでよ」

「あとデザートだけだろうが」

 どんだけ食うんだよ、とため息を吐かれた。美味しいんだもの、そりゃ胃袋に入るよね。

「にしても、行くってどこに?」

「分かってんだろ」

「えー?」

 分かったつもりになって間違っていたとか恥ずかしいから、とりあえず説明を求めてみる。

「この円のところだよ」

「全部行くの?大変だね」

「おまえも行くんだよアホが」

「えー」

「ったく、白々しいな相変わらず」

 カナちゃんがそう言うから、食べ終わってから仕方なく再びトシユキくんの家の前まで戻ってきた。

「行くぞ」

 カナちゃんに従って、うねうねと道を歩く。

 この道は、円とトシユキくんの家を、トシユキくんたちが使っている抜け道を含めて最短ルートで結んだものらしい。

「うぇー、本当にこんなとこ通ってるの?あの二人は」

 道が狭くうねうねしていて暗くて。なんだか酔いそうだ。

「二人一緒に動いてるみたいだし、心配はねぇだろ」

「まあね」

 何か分かることはないかと、ぐるりとあたりを見渡す。見えるものは、壁の落書き、空き地前のフェンス。遠くに廃墟。耳をすませば電車の音。あ、黒猫発見。あはは、かーわい。

「で、到着したと」

「あぁ」

「ここはどんな条件?」

 そうして辿り着いた場所はスーパーで、カナちゃんが地図に目をやって答える。

「行けたり行けなかったりするところらしいな」

「へー」

「……戻るぞ」

「えーやっと着いたのに。カナちゃんアイス食べよ。買って買って」

「勝手に買ってこい」

 諦めたように言うカナちゃんに返事をして、一人でスーパーに入る。ものがたくさんあるわけでもなく、近所の人が辛うじて使うっていうくらいの規模のスーパーだ。ふむふむと頷いて、チョコとバニラのアイスを買う。

「カナちゃんおっまたせー」

 はい、とチョコアイスを差し出せば、ぎょっとしたように顔を背けた。あ、カナちゃんチョコだめだっけ。

「嫌がらせか」

「やだなーそんなはずないでしょ。久しぶりだから間違っちゃっただけだよきっと」

 俺今すごくバニラの気分だけど。優しいから、カナちゃんに譲ってあげることにした。

 そして帰りは別の道を歩く。カナちゃん曰く、トシユキくんの家からスーパーまでの近道は、行きの道だけでなくいくつかあるらしい。せっかくだからそこでも見たものをきちんと記憶していく。閉じたシャッターに、一本だけの線路。あ、また黒猫。

「次行くぞ」

 トシユキくんの家まで戻ってくると、すぐに別の方向へ向かう。

「次は?」

「反対側の商店街」

「条件は?」

「必ず行けるところ」

 線路に空き地に学校。遠くに見える鉄塔。ちなみに商店街は若者が溢れ、なかなかに繁盛しているようだ。

「次、絶対に行けないところ」

 古い屋敷、線路、廃墟。さっきのところから繋がっているらしいフェンス。切り株のある空き地。

 帰りはまた別の道を通って、それをさらに繰り返して……。

「カナちゃん、俺もうギブー」

「あ?」

「つーかーれーたー」

 だってもう六か所以上歩き通しだ。食べ物買えたのだって初めのスーパーくらいだし。こっちはカナちゃんみたいに肉体派じゃないから、そんな体力ないの。それに、なんか、気持ち悪い。

「……それは確実に食べすぎのせいだろ」

「あ、目からウロコ」

 とりあえず俺疲れたし、まだやるならカナちゃん一人でやってよねーと駄々をこねると、諦めたようにため息を吐かれた。

「分かった、今日はやめる。暗くなってきたしな」

「よかったぁ」

「その代わり、今度から放課後に回るぞ」

 まったくもう、カナちゃんたら真面目なんだから。

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