3-2. 三色の道

***


「あ、もしかして堺ミツくん?」

「んー?うん、そうだよ?」

「お、おはよう!」

「おはよー」

 週末、待ち合わせ場所でカナちゃんと並んでミカちゃんを待っていれば、たまたま通りかかった女の子たちに声をかけられた。

「堺くん髪染めたってほんとだったんだ!めっちゃカッコいい!」

「本当にー?ありがと」

「てかメガネは?コンタクトにしたの?」

「んーん、あれ伊達だったからね」

「そっか。もうかけない?似合ってたのに」

「ならかけちゃおうかな」

「かけてかけて!」

 きゃっきゃと喜んでくれる女の子たちと一通り談笑して手を振って送り出せば、カナちゃんに耳打ちされる。

「知り合いか?今の」

「さぁ?どうだろ」

「知らねぇのかよ」

 呆れたようにため息を吐かれるけれど、声かけられた感じからして顔見知りってわけじゃないみたいだし、お互い様だ。

「知らない相手なのに、そんなニコニコしてんのか?」

「だって女の子が声かけてくれたんだよ?ちゃんと笑って返さなきゃ」

「……おまえは器用なのか何なのか」

「カナちゃんが仏頂面なだけだよ」

「おまえは軽すぎだ」

「えー?」

 ほら笑って笑って?とカナちゃんの頬を摘まんでびよーんと伸ばしてみる。女の子の頬よりも伸びなくてつまらない。

「なにひゅんだ」

「えー?なにカナちゃん。聞こえなーい」

 そんな反応されても相手カナちゃんだし全く可愛くないな。ニヤニヤ笑っていたら、カナちゃんが本気で苛立ってきたみたいだから、やめることにする。

「堺くん三村くん、お待たせ」

 と思ったところでミカちゃんの声が聞こえて、頬を引っ張ったままそちらをくるりと振り返った。

「ミカちゃんやっほー」

 女の子の私服ってあんまり見る機会ないけど、やっぱり可愛い。これからトシくんに会うからオシャレしてるんだろうな。いいな、ミカちゃん。健気なの、本当に可愛い。そんなことを思っていればカナちゃんにいきなり手を掴まれて、カナちゃんの頬から引き剥がされた。

「いい加減痛てぇんだよ」

「あ、カナちゃん頬っぺた赤くなってるー」

「……うぜぇ」

 それ以降、どんなに突いても反応してくれなくなった。残念。

「じゃあ、行こっか」

「どこで会うんだ?」

「トシくんの家。聞いてみたら親いないし大丈夫だって」

「俺たちのこと話したのか?」

「話したも何も、提案してきたのトシくんだもん」

 待ち合わせ場所からのんびり歩きつつ、ポツポツと言葉を交わす。その間、俺は二人の後ろを歩きながら女の子たちに聞いた噂話を整理する。

 トシくん。本名はトシユキくん。苗字とか漢字は必要なさそうだから省略、というか忘れた。ミカちゃんの幼馴染で、いい関係らしい。これが、生徒全体の共通認識。いいよねそういうの。憧れちゃう。

「じゃあ、そいつも学校には来たいと思っているのか」

「うん。毎朝起きて制服着てる」

 そして、トシユキくんの評判は特別悪いわけでもなく。嫌がらせを受けている様子もない。引きこもりでもない。

「あ、ここだよ、トシくん家。着いたよ」

「あぁ……って、勝手に入っていいのか?」

「伝えてあるから大丈夫!」

 つまり。

「あ、ミカ。もう来たんだ?初めまして、三村くん堺くん」

「……なんか、普通だな」

 つまり、至って普通なんだ。特別嫌われているわけでも、特別人と接するのが苦手なわけでもない。不登校になる理由がない。

「普通?」

「あぁいや、こっちの話だ」

「そう?まあ、上がって」

 お言葉に甘えて家に上がらせてもらう。リビングに通されて、お茶を出してくれた。

「わお、このお菓子高いやつじゃん?いいのーこんなのもらっちゃって」

「大丈夫。わざわざ休日に来てもらったんだから」

「じゃあ遠慮なくいただきまーす」

 お菓子と一緒にお茶にも口をつける。美味しい。感動しながら堪能していれば、トシユキくんにくすりと笑われた。お返しにニコリと笑い返してあげる。

「えっと、自己紹介いいかな」

「いいよー。俺、堺ミツ。この仏頂面が三村奏」

「うん、ミカから聞いてる」

「どんなふうに?」

「……転入生二人が面白い部活始めたって」

「あはは、違いないね」

 否定できなくて、笑顔が苦笑いに移行した。だけどそれはつまり、そんな面白い部活やってる俺たちなんかに頼りたいほど、困っているということだ。

「その二人が相談を一つ解決したらしいって聞いたから、話だけでも聞いてもらえないかなって。ミカに頼んで」

「なるほどね」

 トシユキくんを、まじまじと観察してみる。明るい表情にセンスのいい服。その感じからすると出かけていないわけでもないらしい。これは、どういうことだろう。

少し考えて、諦める。こういうときは、

「後はよろしくカナちゃん」

「やっぱりそう来るか」

 カナちゃんに丸投げして、俺はミカちゃんのお手伝いとしてキッチンに向かう。ミカちゃんから受け取った食器を洗いながら、カナちゃんの視線を追ってみた。

「とりあえず話を聞く」

「うん、ありがとう」

 ゆらりとカナちゃんの視線が動き、振れる。しばらくそうしていて、ふっと興味を失ったようにまっすぐに戻る。何か見つかったのか、それとも何もなかったのか。分からないままに二人の会話に耳を傾ける。

「まあ、だいたいミカが話してくれたのと同じ内容だけど。……自分でも分からないんだ。なんで学校に行けないのか」

 トシユキくん曰く別に嫌なことがあるわけでも、体調が悪いわけでもないらしい。

「朝起きて、あ、学校行かなきゃって思う。制服に着替えて、間に合う時間に家を出る」

 そこまでは、毎朝繰り返す。

「だけど家を出てからは、日によってどこまで行けるかが違う。無理して行こうとしてるからとかそういうのじゃなくて、動けなくなる場所が日によって違う感じかな」

 ある日は家を出てすぐに動けなくなって、ある日は普通に学校で過ごせることもある。日によって違うから、理由も分からない。

「学校に行けなくなる前、学校で倒れたって聞いたな」

「あ、うん。確かにそれ以降なんだけど、その時も理由が分からないんだ」

 カナちゃんが眉を寄せる。その様子だと、あまり解明できていないみたいだ。トシユキくんに何かが憑いているわけでもない。

「動けなくなるって、実際にはどういう感じなんだ?」

「本当に、物理的に体が動かなくなる。筋肉が硬直して自分の意思が神経を伝わらなくなるって感じ」

「筋肉が硬直……」

 カナちゃんとトシユキくんの会話を受けて、繰り返してみる。隣に立っているミカちゃんの視線を感じ、ん?と首を傾げてみせる。

「堺くん、何か分かりそう?」

「あーいや、こういうの考える担当はカナちゃんだから」

 肩を竦めて首を振る。ヘラリと笑いかければ、納得したようなしてないような表情になった。

「学校以外には行けるのか?」

「場所によるかな。行けるところもあれば、全く行けなかった場所もあるし。学校みたいに行けたり行けなかったりする場所もある」

「トシユキくん、それって具体的にどこだか教えてもらえたりするー?」

「……いきなり会話に入ってくるな」

「ひどいなカナちゃん。人を邪魔者みたいに」

 そろそろ聞いてるだけも飽きてきたから、地図を持って割り込んでみる。こんなこともあろうかと持ってきておいてよかった。

「大体でいいなら」

「うん、いーよいーよ適当で」

 ジャーンと効果音をつけてテーブルの上にそれを広げ、三色のペンを握る。カナちゃんの胡散臭そうな視線は無視。

「私も一緒に出ること多いから、覚えている範囲で答えさせて?」

「ミカちゃんもありがと」

 わらわらと地図を囲んでペンを動かす。

 朝学校に行こうと思うのと同じで、外に出かけることが普通なのか、なかなかに外出の数は多くて。曖昧ながらも地図には赤青緑の円が散らばっていく。

 あーだこーだ二人で話し合いながら円を足していくミカちゃんとトシユキくんを見て、ふと思ったことが口から飛び出した。

「二人ってほんとに仲良いんだねー」

 言った途端、二人して顔がボッと赤くなった。顔を見合わせて、気まずいご様子。そんなつもりで言ったわけじゃなかったから、予想外の反応に苦笑いで訂正を加える。

「あ、ごめんごめん語弊あったね。単純に、一緒にいることが多いんだなって思っただけ」

 だって、どこに行くにも一緒なんだ。たまに知らないことがあると、そんな話聞いてないとミカちゃんが頬を膨らます。きっと、昔からそうなんだろう。

 そういう話を聞くのも面白いかもしれない。特に、話を聞いているときのカナちゃんの反応とか。そう思って話題を振ってみる。

「そういえば二人っていつから知り合いなの?」

「え、いつだっけ」

「確か幼稚園?」

 思い付きで投げた質問に思いがけず真面目な回答が返ってきて、ここぞとばかりに質問攻めにしてみた。

「へー。じゃあずっとここに住んでるんだ?」

「うん」

「来る途中公園あったけど、そこで遊んだりした?」

「したした。でもあそこの滑り台できたのはつい最近なんだよ。昔からあったら私たちもそれで遊んだのに」

「いいなーそういうザ・地元!みたいな感じ」

「そういえば堺くんたちは転入生だもんね」

「ここ来る前はどこにいたのか聞いてもいい?」

「前は俺たち一緒に住んでたんだよー」

 ねー?とカナちゃんの肩に腕を回し、答えになっているのか微妙なラインで返す。内容が意外だったからか、目論見通り話に食いついてくれた。

「一緒に?え、家族とかじゃないよね」

「うーん、施設っていうのかな。ちょっと違うけど、そんな感じ」

「あ、ごめん変なこと聞いて」

「いやー、世間一般の施設とは違うから」

「でも一緒に住んでたのに、転入は堺くんの方が早かったんだね」

 あれ、なんかこれ俺の方が質問されてない?おっかしいな。軌道修正しようとしたら、カナちゃんに先を越された。

「それは、これが勝手に出てっただけだ」

「だってカナちゃんイビキうるさいんだもん」

「……は?」

 嘘だけど。

 肩に回した腕を手荒に振り払われ、クスクスと笑う二人に不機嫌そうに視線を向ける。本人は気付いていないが、かなり怖い顔だ。

「まあ理由はともかく、転入したばっかだからここら辺詳しくないんだよー」

「おまえはそうでもねぇだろ」

「カナちゃんうーるーさーいー」

「ちっ」

 話がずれつつあるから戻すことにする。

「やっぱりずっと同じところに住んでると詳しくなる?」

「そりゃね。ほら、子供って抜け道とか探すの好きでしょ?で、いろんな抜け道探したりとかしてた」

「まだそういう道使ったりする?」

「行くのに近ければ使うよ。あとはなんとなく気分で使う道変えることもあるけど」

「うわ、じゃあ俺絶対時間のロスしてる!えー、なんか損した気分」

「そんな変わんないと思うよ。近道って言ってもそれこそ気分だし」

 落ち込んだふりをすれば、ミカちゃんが慰めてくれた。優しい。

「どこか行きたいところある時言ってくれれば案内するよ」

「ほんとに?やった」

 なら、お言葉に甘えて。

「じゃあさっそく、ミカちゃんたちがよく使う抜け道書き込んでもらえないかなーこの地図に」

「え、別にいいけど。結構たくさんあるからぐちゃぐちゃになっちゃうかも」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

 地図にさらに線が加わって、それを見ながら大体のシミュレーションをする。けれどまあ、とりあえずは。

「はい、できたよ」

「わーい、ありがとー」

「でも、これどうするの?」

「さあ?カナちゃんが何か考えてくれるよきっと」

 にっこり笑って話題を放る。

「じゃあ、今日はこれでお暇しようかな」

「唐突だな」

「まあまあ、いいじゃないのカナちゃん。ってことで、また何かあったらミカちゃん経由で伝えるってことでいい?」

「分かった。ありがとう」

 そそくさと帰り支度をして家を出る。もしもまだ何か今日するべき作業があるなら、カナちゃんにそれを早く見つけて欲しいんだよね。

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