3. 焼きついた話

3-1. 恋愛相談なんて楽しすぎる(主に反応が)

「……い」

 机に突っ伏して体を揺らす。耳元で流れるジャカジャカというリズム。

「……め……ませ、……い」

 やっぱり新しいヘッドフォン買ってよかった。見た目も大切だけど、一番は音質だ。このヘッドフォン音質さいこー。なんてまったりしていたら、いきなりそれをずらされた。

「何するのカナちゃん」

「カナちゃんじゃねぇよ。……じゃなくて、いい加減目ェ覚ませっつってんだよ」

「えー?」

 せっかく浸っていたのになぁと恨めし気に視線を送っていれば、ふとその後ろにいる小柄な女の子に気が付いた。

「あれ?どなたー?」

 まさか依頼?なんて、慌てて飛び起きる。

「その、まさかだよ」

「早く言ってよカナちゃん」

「何度も起こしただろうが。……その呼び方やめろ」

「あ、なんだ、ミカちゃんじゃん」

 言い合っている間にヒョコっと出てきた顔には見覚えがあって、思わず声を漏らす。何を隠そう、前回真田くんへの橋渡しを頼んだミカちゃんだ。

「堺くん久しぶり」

「うん、久しぶりぃ」

 小さく手を振ってくれるからそれに手を振り返してにこりと笑えば、向こうも笑ってくれて、束の間ほのぼのとしてしまった。やっぱり女の子はいいな。雰囲気がふんわりしていて柔らかくて、すごく癒される。

「こないだはありがとうねー」

「ううん、気にしないで。私は真田くんに伝えただけだから」

「今回はミカちゃんの依頼なの?」

「うん。真田くんの悩みが解決したって聞いて」

 あれから真田くんの不幸はぴたりと止まったらしく、何度か自分の手を寂しそうに見つめる姿を見かけた。半年もあの女の子と一緒にいたんだ、喪失感はあるだろう。

「じゃ、とりあえずここ座って?」

「ありがと」

 椅子に座らせ、自分は立ち上がって紅茶の缶を取りに行く。これ、カナちゃんが自分用に朝買ってきたやつだけど、まあいいよね?なんか睨まれているような気もするけれど、きっと気のせい。

 トン、と缶を置き、カナちゃんを促す。

「カナちゃーん、お仕事だよ」

「なんで俺なんだよ」

「だってカナちゃんの方が向いてるじゃない」

 はぁーとため息を吐きつつも、渋々前を向いてくれた。さすがカナちゃん、優しい。

「で、どういう話?」

「えっと、あの、カナちゃん?くん?」

「……三村奏。その呼び方はあれが勝手にしているだけだ。やめろ」

「あ、じゃあ、三村くん」

 あれってひどいなぁ、人を物みたいに。睨んだけれど無視される。自分もさっきやったことだけど、無視されるのって結構傷つく。

「こんなこと相談してもどうにもならないかもしれないんだけど、もしかしたらって思って」

「ああ」

「あのね、私」

 ここでミカちゃんが言葉を切って息を吸い込む。

 なんだろう、この気合の入り方。少し不思議に思って、すぐに思い当たる。これは、カナちゃんの苦手な話かもしれない。

「あの、私っ、好きな人がいるの!」

 ビンゴ。くるりとカナちゃんが無表情にこちらを振り返る。

「おい、代われ」

「えー」

「こういう話題は専門外だ」

「やだよ」

「おまっ」

「せめて最後まで話聞いてあげてからにしようよ」

 放置されているミカちゃんが可哀想だ、とカナちゃんを宥める。本当は八割がた、恋愛関係のカナちゃん見れたら面白いな、とか思っているけど。考えがバレたのか一睨みして、そのまま視線を戻した。

「続きを聞く」

「あ、うん。相手は幼馴染なんだけど、それが二年前くらいから様子が変で」

「変?」

 カナちゃんの目がすっと細まり、観察するような色が混ざる。

「三村くんたち知らないかな。幼馴染、不登校なの」

「いや、悪いが俺は編入して間もないし分からない。おまえは?」

「俺?俺も分かんないかなぁ」

「だよな。おまえに聞いた俺が馬鹿だった」

 諦めたようにため息。さすが、俺のことよく分かってる。

「そっか。トシくん、えっと、幼馴染ね。トシくん、二年前のいつだったか学校で急に倒れて。それから来れなくなったんだ」

 何とかしたくて。だけどどうしようもなくて。

「不登校って言っても、必ずしも来れないわけじゃないの。家を出て、通学路の途中で動けなくなることもあれば、学校まで来て途中で帰ることもあるし」

「二年前、そいつに何かあったのか?」

「ううん、本人曰く心当たりはないんだって。学校自体も行きたくないわけじゃなくて、途中でどうしても動けなくなっちゃうだけだって言ってた」

「で、おまえはそいつにどうなって欲しいんだ」

「……学校に来て欲しい」

 ポツリとミカちゃんが言って、それに反応してカナちゃんが俺を見る。

 依頼の話はカナちゃんに任せるって言っているのに。笑って肩を竦めれば、ため息を吐いて首を横に振られた。

「分かった。どうにかできるかはともかく、会うだけ会ってやる」

「本当に?ありがとう!」

「週末空いてるか?本人に会わせろ」

「うん、大丈夫。連絡しとくね」

「あぁ、頼む」

 一人で決めて、そのままミカちゃんを送り出した。

 ドアをきっちり閉めた後で、ようやくカナちゃんが振り返った。

「……これで満足か?」

「ん?何が?」

 唐突な言葉に首を傾げる。

「おまえは俺を動かしたいんだろ」

 その話か、と納得する。俺がさんざん言っていることだ。カナちゃんよろしく、と。だけど、そういうことじゃないんだよな。

「違うよカナちゃん、俺は自分が動きたくないだけ」

「ふざけんな」

 そういうことにしといてよ、と笑いかけたのにうまく伝わらなかったらしく、そうはさせないと言葉を投げられた。

「そんなおまえに仕事だ」

「えー」

「えー、じゃねぇよ。少しは働け」

「カナちゃん鬼畜ぅ」

「鬼畜じゃねえし、カナちゃんでもねぇ。週末までに、そのトシくんとやらを調べておけ」

「しょうがないなぁ」

 結局ミカちゃんの依頼だってことしか分かっていないもんね。トシくんの本名も分からないし。

「何を調べればいい?」

「任せる」

「あれ、これもしかして俺信頼されてる?」

「……黙れ」

「あはは」

 ふざけたら手を振り上げられるから、笑ってヒラリと立ち上がる。カナちゃんがやる気になっているんだもの、俺だって頑張っちゃう。そうとなったらさっそくお仕事だ。

 カナちゃんにひらひら手を振る。

「じゃあそういうことでー。じゃあね、カナちゃん」

「あ?てめ、どこ行くんだよ」

「秘密ー」

 ピコン、と女の子からのメッセージを受信した携帯を見せた。

『堺くん、今日これから暇あったりしない?』

『暇だよー遊ぶ?』

 浮かんだメッセージにカナちゃんの舌打ち。

「カナちゃんこわーい」

「なら、まじめにやれ」

「えー」

 俺はいたってまじめなのに。頬を膨らましながら部室を出る。ほら、噂は噂好きな女の子に聞くのが一番でしょ。

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