2-2. 事情聴取と嫌がらせ

***


 結局、真田くんが部室に再びやってきたのは一週間後だった。

「あのー」

「あ、真田くんもうちょっと待ってね」

 俺が勧めた椅子に座った真田くんが困惑気味に声をかけてくるのに、笑顔で応じる。自販機に走らせているカナちゃんを待っているところである。

「……買ってきた」

「わーい、カナちゃんお帰りぃ!」

 バンという音とともにドアが開いて、はあはあと肩で息をしながらカナちゃんが入ってきた。手に握られた二本の缶。カナちゃんが俺の分まで買うはずがないから、ちゃっかり自分の分を買ってきたんだろう。プシュッと片手でプルタブを開ける。

「で、何か聞いたのか?」

「まさか!話を聞くのはカナちゃんの役目でしょ」

「ならおまえが買って来いよ」

「えー?」

 諦めたようにため息をついて、カナちゃんが真田くんに向き直る。事情聴取の始まりだ。

「じゃあ、えっと真田だっけか、おまえに起こった不幸とやらを始めっから順番に話せ」

「え、でも堺は知ってるんじゃ」

「こいつは情報通だからな。俺は何も知らねぇ」

「そうなんだ。分かった、ちゃんと話す」

 もう一度だけ迷うように視線を揺らし、口を開いた。

「初めて変なことが起こったのは、っていうか気付いたのは、去年の冬かな。雨の日だったんだけど傘持ってなくて。どうしようかなって思ってたら鞄に見覚えのない傘が入っていたんだ」

 可愛らしい柄の、女物の傘。家族のものを間違えて持ってきたのだと思ってありがたく使わせてもらい、家に帰って確認したら誰のものでもなかったのだという。

「不思議だとは思ったんだけど、気付いたらなくなってたんだ。次は、一月の初め。冬休み明けてテストがあったんだけど、筆箱を開けたら中身が全部赤ペンに変わってて」

 それからは、教科書に落書きされたり鞄に泥団子を入れられたり。

「それ、ずっと放置してたのかよ」

「ただの嫌がらせだと思ってたから。それに細々した嫌がらせなら今までもなかったわけじゃないし。でも」

「そうじゃないと気付いた」

 後を継ぐカナちゃんの言葉に、真田くんが頷く。心なしか目が泳いでいる。怖い思いでもしたのかと身構える。

「気付いたのは三月に体育でドッジボールやったとき。ボールがさ、消えたんだ。自分の方に向かってきていたボールがなくなって、クラスのみんなで探したんだけど見つからなかった。嫌がらせというよりは、神懸り的なものを感じた」

「それから?」

「それから、頻繁に視線を感じるようになった。足音も、たまに聞こえる。彼女はその視線とかを俺の知り合いの女の子だと思い込んじゃって、浮気と誤解されてる」

「うわー」

 思わず声を漏らしてしまった。恋人との不仲の原因がまさかコレだなんて。是非とも解決してあげたい。

「たまに朝起きると、窓ガラスにびっしり手形がついてることもある」

 おまえは黙っていろ、とカナちゃんに視線を向けられ、大人しく口を噤む。

「で、今その視線は?」

「……感じるよ」

「じゃあ、去年の冬に特別なことをしたか?こういうことが起こる原因に心当たりは?」

「ない、かな」

 ふう、とカナちゃんが息を吐く。グッと缶コーヒーを煽って飲み干した。目測誤ったのか、叩きつけるようにして空になった缶を机に置く。なんとなくカナちゃんの気持ちが分かって、俺は立ち上がった。

「じゃあもう帰っていいよー」

「え?何か分かったこととか」

「カナちゃんも考える時間くらい欲しいって。急かさないであげてよ、何か分かったらこっちから連絡するし」

 にっこり笑いかけ、肩を押して半ば無理やり部室の外に追い出す。振り返れば、カナちゃんが顰め面で座り込んでいた。

「どう思う?」

「……あ?何がだ」

「思った以上にイライラしてるね、カナちゃん」

 その気持ちもよく分かる。助けて欲しいと言うのに、事情も話したのに、肝心なところを明かさない。助けて欲しいと言うならば、中途半端にするべきじゃないのに。それでもカナちゃんは助けようとするんだ。優しいよね、本当に。

「ね、さっき真田くんには何も憑いてなかったんでしょ」

「ああ」

「それにきっと彼には心当たりがある。カナちゃんは、もう分かってる?」

「まあ、だいたいな」

 問いかければ頼もしい返事が返ってくる。さっすがカナちゃん、頼りになるなぁ。俺にはさっぱり分からないのに。

 だけど一つだけ、俺にも分かることがある。

「ねぇカナちゃん」

「あ?」

「随分と可愛らしい嫌がらせだよね」

「そうだな」

 それがどうつながるのかまでは、分からないけれど。

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