2. 守れない話

2-1. 部室確保と最初の依頼

「あ、カナちゃん!」

「誰がカナちゃんだ」

 登校路の途中カナちゃんの後姿を見つけ、走り寄る。振り返りもせずに言葉だけでいなされたから、彼の目の前に顔を突き出してみた。

「なんだよ、危な……はぁぁぁ?」

 反射的に頭を後ろに逸らして、一瞬後に大声を上げる。耳の近くで叫ばれたから、耳がキーンとなった。でもかなりいい反応で、にっこり笑って首を傾げてみせる。

「似合う?」

「似合うって、おまえ、その髪……」

「うん?染めてみたー」

 黒かった髪を、黄色系統の茶髪に。もとから髪が長めだからか色の変化が分かりやすいらしく、会う人会う人大きく反応される。ついでに今までかけていた伊達メガネも外したし、これで脱真面目君、だ。

「なんで」

「なんでって、今までのはカナちゃんを驚かせるためのパフォーマンスだった、みたいな?」

 それが済んだから、黒髪も伊達メガネももう必要ないわけ。

「なんだよーカナちゃん、この色ヘン?一年前まではこの格好だったじゃん」

「まあ、そうだな。そっちのがおまえらしくはある」

「どうもー」

 一年ぶりの再会サプライズに満足して、その腕を掴んで引っ張る。サプライズの他に、今日は連れていきたい場所があるんだ。たいした抵抗もなく、大人しくついてきてくれる。そのことに気をよくして、早く早くと校舎内に急いだ。

「で、ここはどこだ」

「どこって、部室」

 到着した先で聞かれた質問に端的に答えれば、大きくため息を吐かれる。質問に答えただけなのに、何その反応。

「なんの部活だ」

「オカルト研究会?」

「俺に聞くなよ」

「だって、なんて申請出したか忘れちゃったんだもん」

 アホかこいつは、という目で見られた。

「顧問は?」

「町田センセ。お願いしたら快く引き受けてくれた」

 オカルト好きって聞いたからもしやと思って掛け合ったところ、あっさり承諾をもらえた。これでありがたく、自由に使える教室をゲット。ちなみに反対した教師は、この前の廃墟の一件を出して説き伏せてくれたらしい。

「活動内容は?」

「んー、お悩み相談みたいな?」

「んだよそれ」

 考えてみたら部室と活動は一セットで、部活を立ち上げたからにはそれなりに活動しなくちゃいけない。だけどそれは面倒だ。ということで、俺たちも楽しめるお悩み相談。

「人の悩みで遊ぶなよ」

「はーい」

「でも活動記録提出とかあんだろ。それはどうすんだよ」

「えー?それはもちろん、カナちゃんよろしく!」

「あ?ふざけんな。……つか、カナちゃんじゃねえ」

 きゃー怖ーい、そして諦め悪ーい、と肩を竦める。

 だけどオカルト研究会だ。カナちゃんだって報告書書きやすいと思うんだけどなあ、と思っていたら、じとっとした視線とぶつかった。

「だから、何回言や分かんだよ。俺は霊とどうこうする力持ってるわけじゃねぇって」

「またまたぁ」

 笑って押し切る。カナちゃんはことあるごとにそう言うけれど、俺はカナちゃんには力があると思っている。廃墟のときだって、一つ足音が増えたときに霊じゃないことに気付いていた。火だってそうだ。いけしゃあしゃあとリンの自然発火とか言っていたけれど、そんなタイミングよく起こるはずがない。

 カナちゃんは霊が見えるし、コミュニケーションが取れる。そうに決まっている。

「あの火は、俺じゃねぇよ。おまえがそう願っ」

「はいはいそういうことにしておくよ」

 あくまで否定しようとするカナちゃんを軽くあしらい、部室のドアに手をかけた。

「カナちゃん授業始まっちゃうよー?早く行こ」

「自由なやつだな」

「あは、ありがと」

「誉めてねぇ」

 ちなみに部活はカナちゃんにも所属してもらうけれど、それ以外で馴れ合うつもりはさらさらない。俺ずっと見張られたくはないし、この前の埋め合わせで女の子と会う約束あるし。

 それよりも、アレだ。お悩み相談の依頼人を探さないといけない。初めてだし、この部活の知名度を上げるのを最大目標として、なかなかに影響力のある人を探してみよう。町田センセの作戦の応用だ。

 目標を決めたところで教室に戻って女の子に聞いてみれば案外簡単に候補が見つかり、さっそくコンタクトを取ってみることにした。


***


「あのー、ここ?堺の言ってた部屋って」

 放課後、授業が終わって十分ほど経ってから部室のドアがノックされた。カナちゃんがドアを開けて入るように促せば、不審そうな顔の男子生徒が顔を出す。そしてカナちゃんを見て、一瞬ビクリと反応した。気持ちは分かる。カナちゃんすごく怖いもの。内心クスクス笑いながら、いらっしゃーい、と声をかける。

「真田くん?」

「あ、うん。真田だけど。何?ミカに言われてここ来たけど、どういう用?」

「なんだ、ミカちゃん何も話してくれてないの」

 苦笑いを浮かべて椅子を勧める。ついでに机の上に、さっきカナちゃんに買いに行かせた缶コーヒーを置いてあげた。

「あ、ども。……てか、ここって何の部屋?」

 椅子と缶コーヒーに対してぺこりと頭を下げ、それからもう一度聞かれる。

 なんだかんだ言って礼儀正しくて好印象。ミカちゃんが言っていた通り、男女問わず人気があるのも頷ける。うわ、ちょっと羨ましい。

「ここ?オカルト研究部だよ?」

「研究会じゃねえの?」

「んー、そだっけ」

「おまえが申請出したんだろ。覚えとけよ」

「だから、そもそも申請出す段階から覚えてないんだからしょうがないのー」

 とりあえずオカルト研究するところ、と言って笑って誤魔化す。

「オカルト?え、何、ここ部室だったの?」

「そだよ」

「俺、オカルトとか興味ないんだけど。てかサッカー部だし」

 どうやら勧誘されていると勘違いしたのか、慌て始めた。違う違うと否定して話を続ける。

「んでね、活動はお悩み相談」

「相談?」

「そっ。なんでも相談に乗るよー」

「あ、そういうこと」

 真田くんの手が伸びて缶コーヒーに触れる。プルタブを引いて、プシュッと音がして缶が開いた。

「でも俺、特に悩みとかないんだけど」

「またまたぁ」

 もう女の子たちからいろいろ聞いちゃったんだけどな、と思いつつ、ちらりとカナちゃんに視線を向ける。何か、分かったことはない?一度合った視線がパッと逸らされる。その視線が今度は真田くんに向かった。

「最近誰かと特別なことしたか?」

 低めの声が問いかける。

 ほら。あんなに否定しておいて、やっぱりカナちゃんには俺には見えない何かが見えているんだ。そうでなければ、突然そんなことを聞いたりしない。

「え?いや、特別なことは何も。なんで?」

 特に答える話はないと肩を竦めて受け流し、真田くんが口元に笑顔を浮かべる。

 カナちゃんには何が見えているんだろう。興味はあるが、今は話が進まないから割り込ませてもらう。

「真田くんさぁ、最近きみの周りで起こっている諸々の原因はなんだろうっていう話だよ」

「なんで知ってんだ?」

「俺の情報網舐めちゃダメだよー」

「……ミカ?」

「さあ?誰だったか忘れちゃった」

 今回依頼人を探し始めてすぐに、真田くんの名前が挙がった。試しに女の子たちに詳しく聞いてみたら、出てくる出てくる。

 最近真田くんにはヘンなことが起こる。真田くんがやけにツイていない。一つ一つは大きな出来事じゃないけれど、しょうもない嫌がらせが起こる。おかげで彼女とも別れそうだとか。プライバシーなんてあったものじゃない。人気者は大変だ。

「でさ、きみだって困ってるんじゃねーの?」

「別に堺たちに心配されることじゃない」

「まあそうなんだけど、知っちゃったからには放っとけないっていうかー」

 それにここで部活を話題にしておかないと、この部の活動が見つかんなくなっちゃうし。なんて本音は隠して、強引に話を進める。

「でも、きみだけの問題ってわけでもないよね」

「どういう意味?」

「彼女と上手くいってない、っていう噂も聞いたよ」

「それが、何」

「つまりさ、それが影響を与えているのはきみだけじゃないってこと」

 小さな不幸にしろ何にしろ、それが自分にだけ降りかかるものなら別に構わない。きみはそう考えているんだろうけれど、実際にはきみと他の誰かの関係が変わっている。もしかしたら今後、きみに起こる小さな不幸によって、誰かの人生が変わってしまうかもしれない。

「そう考えたらさ、どう?」

 その誰かは、きみの知り合いかもしれないし、大切な人かもしれない。むしろ赤の他人かもしれない。だけどきっと、真田くんは後悔するんだ。だってきみは、そういう人間だ。

「ど?相談する気になった?」

 にこりと笑いかけてみれば、瞳が揺らぐ。もうひと押し。そう思って口を開こうとした瞬間、真田くんの声が聞こえた。

「……ちょっと、考えさせて」

 だいぶこちらに傾いていると思ったけれど、まだだったらしい。意外に思いつつも頷く。本人に相談するつもりがないのに、外野が何を言っても仕方がない。

「うん、いいよ。俺たち放課後は基本的にここにいるから、いつでもどーぞ」

「あぁ、ありがとう」

 律儀に会釈をして席を立つ。やっぱりいい人だ、真田くん。でもなんで、相談するのを躊躇うんだろう。彼が出て行ったドアを数秒眺めて、カナちゃんに向き直る。

 さてさて。カナちゃんの見解を聞こうか。

「なんだよ」

「んー?何が見えたのかなって」

「だから、俺にはそんな力はねえんだよ」

 はぁ、と大きくため息を吐かれる。

「まあ今はそれでもいいっかな」

 あくまで否定を貫きたいらしいから受け入れる。真田くんが正式に相談してくるまで俺たちは何もできないわけだし、カナちゃんなりの考えを温めておいてくれればいい。

「さってとー!」

 とりあえず今できることはなくて暇だから、漫画でも読むか。ドカッと音を立てて椅子に座れば、呆れたように見下ろされる。これ見よがしに掲げていた漫画の表紙を見て、引いた視線を向けられた。

「え、おまえそれ……」

「クラスの女の子が貸してくれた少女漫画?」

「読むのか」

「結構面白いよ?勉強になるし」

 読んだこともないのに批判してくるカナちゃんに、失礼だと口を尖らせ抗議する。

 確かに寒いセリフもあるけれど、推理小説とかよりは現実的だ。だって日常生活の中で女の子を口説くことはあっても、この中に犯人がいます、なんて言う場面はそうそうない。

「動機が不純だな」

「細かいことは気にしなーい」

「何も細かくねぇよ」

 カナちゃんがこちらをじーっと見てくるから、読む?と三巻を渡してみたが、振り払われた。

「あーもう、これ借り物なのに。傷ついたらどうすんの」

「傷ついたらついたで、どうせそれ口実に女子誘うんだろうが」

「バレてた?」

 カナちゃんよく分かってるーとふざけたら再び鉄拳が降ってきたから、今度はちゃんと避けてクスクスと笑ってやった。

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