1-3. 廃墟探検の真意

***


「……で、どうしてこうなった」

「さあ?なんでだろ」

 次の日。朝っぱらから昨日の男たちに囲まれて、やれやれと首を振る。せっかく今日も朝早く起きたのに、校門をくぐるなり昨日と同じように声をかけられてあっという間に囲まれてしまった。その横をカナちゃんが颯爽と登校しようとしていたから、思わず鞄を掴んで引き留めたのだ。

「おまえ、カメラ持ってんだろ」

「カメラ?持ってないよー?」

 中心の男が怖い顔をして言ってくるから、こちらも引き攣った笑顔で答える。そんなに眉間に皺寄せて、取れなくなってしまわないかすごく心配だ。

「はあ?昨日確かに……」

 何かを言いかけて、はっとしたように男が言葉を止めた。取り巻きたちと話し合って恐る恐るこちらを伺ってくる。

「おまえまさか、昨日のこと覚えてなかったりしないよな」

「昨日?何のこと?」

「その、あれだよ。おまえが取り憑かれたみたくなったやつ」

「そんなことあったけ」

 笑顔でバックレて見せれば、もともと血色の悪い顔色がさらに青くなった。面白くなって、調子に乗る。

「昨日俺何かしちゃった?」

「何かって……おまえ本気かよ」

「だから、何の話だってば。あーでも」

 わざとらしく考え込んで、顔を上げる。

「そういや俺、憑かれやすいってよく言われるんだよね。もしかして昨日もやっちゃった感じ?」

 軽く言って肩を竦める。視界の隅で、呆れたようにカナちゃんがため息を吐いた。対する俺は、完全に悪ノリ。

「で、昨日の俺、どんな感じだった?」

 楽しそうに聞いてみれば、男たちが怖気づいたように顔を見合わせた。

「いや、どんなって言われても。なあ?」

「あ、あぁ」

 そこでそろりそろりと後退を始めたから、慌ててカナちゃんに目配せ。調子に乗られるのも嫌だけど、ここで逃げられたら彼らの目的が分からなくなってしまう。

「おいこら待てよ」

 カナちゃんが中心の男の腕を掴み、引き留める。男は必死でもがくが、逆にもがくほどカナちゃんの力は強まり、腕に指が食い込んでいく。思わず目を逸らして男に同情してしまった。あれは後で絶対痣になる。

「なんだよ、俺らまで憑かれたくねーんだよ」

「あ?おまえら本当に馬鹿じゃねぇの」

「はあ?昨日おまえも見ただろ?」

 あー、とカナちゃんが頭を抱える。そのまま視線だけが動いて俺を捉えたから、全部お任せします、と俺はひらひら手を振った。

「あのな、こいつにそんな能力あると思うか?」

「でも、火だって」

「あぁ?おまえら聞いたことねえの」

「何を?」

「リンの自然発火」

 そうきたか。思わず笑いを堪えるが、どこか釈然としない。カナちゃん初め、明らかに俺のこと馬鹿にしたよね。

「昔から自然に火が発生する現象は観察されてんだよ。よく聞くだろ?墓場の火の玉とかそういうやつ。火の玉に関してはちゃんと科学的に証明されてるしな。原因は解明されていないが人体の自然発火だって記録には残っている。つまりな、昨日のあれだって別に不可解な現象じゃねぇよ」

 言葉を切って、もう一度俺と視線を合わせた。一つ頷く。

「というわけで、昨日のはこいつの茶番だ」

「は?茶番?」

「おー。で、おまえらが欲しいのはこのカメラか?」

 カナちゃんが手を伸ばしてきたから、その手にカメラを乗せてあげる。それを見た瞬間に、男が騒ぎ出した。

「おま、それ、持ってたのかよ」

「いや、さっき俺が渡した」

 睨まれるけれど、嘘は吐いていない。俺が男と話しているときはカナちゃんが持ってて、カナちゃんが話すときに受け取ったから。慌てて顔の前でパタパタと手を振るけれど、カナちゃんに黙れと口パクされた。

「で、なんでこれを返して欲しい?」

「なんでって」

「おまえら実は怖いの苦手だろ」

「は?」

「昨日のこいつの茶番で青くなるくらいだ。なのになんであの場所を撮影したこのカメラを、性懲りもなく欲しがってる?」

 男たちが顔を見合わせる。

「……人のだから」

「あ?おまえらそんな柄かよ。それに、なんでこいつを連れて行った」

「こいつって」

「堺ミツ」

 俺のことを顎で示す。目が合ったから、にこっと笑ってあげた。

「目的がどうであれ、俺ならこんな使いにくい奴は連れて行かないけどな」

「だってそいつ、メガネじゃん。怖がりっぽいじゃん。それに割と人気あるし」

「うわ、まじで?ありがとー」

「おまえは口挟むな」

 嬉しくなって思わず話に割り込めば、瞬時に鉄拳を食らった。かなり痛い。頭をさすりつつ、話の行方を追う。

「つまり、廃墟から人を遠ざけたかったわけだ」

「なんで」

「人気のあるはずのこいつの言葉なら、みんなも信じる。だから廃墟内でビビらせてその話を広げてもらうつもりだった。違うか?」

「まあ」

「……で、誰の案だ」

 確かにこの男たちがそんなことまで考えられるとは思えない。この男たちに廃墟から人を遠ざけるよう頼んだ人がいるわけで、おそらくその人がカメラのことも頼んだのだろう。

 なかなか答えようとしない男たちに、カナちゃんが舌打ちする。ビクリと肩を震わせて男が口を開いた。

「先公だよ」

 少し予想外な答えに思わず聞き返す。こんな茶番みたいなことを頼む教師がいるのか。

「何先生?」

 尋ねると、隠すつもりもないらしくすぐに返事が返ってくる。

「町田ってやつ」

「町田センセイ?」

 って誰だっけ、と心の中でふざけたら、カナちゃんに頭を叩かれた。なんでわかるの。

「で、どういう理由だ」

「なんか、あの廃墟に出入りする生徒が職員会議で問題になったらしくて」

「遠ざけるための一芝居を手伝わされたのか」

 話ができすぎているような気もするけれど、納得もできるような。首を傾げた瞬間、背後でガサという物音がする。

「じゃ、カメラは?遠ざけたいがための一芝居にはそんなもの必要ないはずだろ」

「それは単純に、僕がオカルト好きだからです」

 不意に、背後から聞き覚えのない声が会話に割り込んできた。振り返れば、爽やかな男性。かけているメガネが知的で優しげな印象を与える。なんてタイミングの良い登場だろう。

「こんにちは、僕が町田です」

 見覚えがあるような気もするが、町田先生として認識するのは初めてだ。

「今の、全部町田センセが考えたの?」

「あ、はい。他の先生たちに押し付けられちゃって。でも実動部隊がうまく見つかって良かったです。この人たち成績が悪いと聞いていたので、補習一日免除でお願いしたら快く引き受けてくれました」

 さらりと腹黒いことを言われて一瞬ドキリとするが、すぐに思い直す。結構頭良さそうだしさらにオカルト好き。今回の件を引き受けたことで他の先生に恩を売ったはず。それならもしかしたら。

 何か言いたげにこちらを見ている男たちとカナちゃんにシッシッと手を振って、町田センセとがっつりと肩を組んだ。顔を近づけて囁く。

「ね、センセ。お願いがあるんだけど、聞いてくれない」

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