1-2. 廃墟の中の故意と故意
***
「で、カナちゃんはどこ行こうとしているのかなー」
「……だから、カナちゃんて呼ぶな」
放課後、案の定帰ろうとしているカナちゃんを捕まえる。ついでに言えば、今鞄にしまった教科書、俺が貸していたやつだからね。
「逃げないでって言ったのに」
「なんで放課後にわざわざおまえとどっか行かなきゃいけねんだよ」
「明日校内案内してほしくないの?」
「クラスの他のやつに頼む」
「賢明な判断だけど、今日は逃げないで……あ、メッセージ来た」
カナちゃんと言い合いをしていると、携帯が震えた。バイブの音に顔を顰められるけれど、無視してメッセージを開く。
「誰からだよ」
「これから会う人」
「だから、誰だよ」
「さあ?名前なんだっけ」
名乗られた覚えはないし、アカウント名があだ名なものだから本名なんてもちろん知らない。
『どこにいるんだよ』
『授業終わってんだろ』
『早く来いよ』
焦れたように何度も送り付けられるメッセージに、先ほどと同じ亀のスタンプを送り付ける。それから、逃げる隙を伺っていたらしいカナちゃんを引きずって彼らの待つ校門へ向かった。
今朝俺に声をかけてきた厳つい男の他に、取り巻きは二人。今朝いた取り巻きのうち残りの一人は留守番なのか姿は見えない。
「で、堺、そいつ誰?」
「カナちゃんだよ?」
見るなり訝しげに尋ねてきた男たちに、同じく訝しげにカナちゃんを紹介する。俺がこの男たちに目付けられたのって、転入生として目立っていたからと思っていたんだけれど。カナちゃんを知らないのならそういうわけでもないらしい。じゃあなんで俺が絡まれているのか不思議に思いながら、相手の要件を伺う。曰く、
「ちょっと付き合えよ」
らしく。訳が分からないから詳しく聞いてみると、クレジットカードが使えなかった腹いせに俺をどこかに連れていきたいらしい。
「どこ連れていかれるの俺。っていうか、暴力とかなら遠慮したいんだけど」
俺の質問に、取り巻きがにやりと笑顔を浮かべた。
「……廃墟」
つったら?だははははははは……!
下品な笑いとともに唾が飛んできて、顔を顰めて避ける。
「えー、それってもう決定済みなの?」
「なんだよ、ビビってんのか」
「いやー、そういうわけじゃないんだけどね」
俺はオカルトとか別に平気だから構わないけれど、そういうところに行きたくない人だっている。俺はともかくとして、カナちゃんを連れていくのなら俺一人じゃ決められない。なんて、俺が勝手に連れて行こうとしているだけだけれど。
「ちなみにその廃墟って」
「あぁ、おまえ来たばっかだから知らねーか。ちょっと前に事故があったんだよ。そこで二人死んでさ。それ以来変な噂が絶えねーの」
嬉々として説明してくれるが、そういう怪談は何度も聞いたことがあるから正直あまり怖くはない。ただ、言い合う俺たちを遠巻きにしていたカナちゃんがピクリと反応したのが見えて、試しに少しからかってみる。
「なになに?カナちゃんもしかして怖いの?」
「うぜ。怖くねぇよ」
「じゃ行こ」
「あ?なんで俺が付き合わなきゃいけねんだよ」
「怖くないんでしょ?」
「怖くはねぇよ」
「本当に?」
「あぁ」
「神に誓える?」
「あぁ」
「なら、行くよね?」
「あぁ……あ、いや」
「カナちゃんのオッケーもらいました!」
してやったり、と笑えばすごい目つきで睨まれる。てめ、とか、ちょっと待て、とかいろいろ言っているが無視することにして男たちを振り返ると、興味なさそうに肩を竦めた。勝手にすれば、と言われたから、やはりカナちゃんを連行することに決める。
嫌がるカナちゃんを半ば強引に引きずり、男たちの案内で廃墟へ向かう。
「で、廃墟ってここ?」
あたりを見渡して、男たちに尋ねる。
男たちから聞いた話と同様に、いかにもという風情の建物。ありきたりな風貌過ぎて逆に恐怖は感じないけれど、建物を一瞥したカナちゃんが固まっているから、世間一般で言えば結構怖いところなのだろう。
「入るぞ」
「ちゃんと写真撮っとけよ」
「そのカメラ、おまえの?」
「まさか。写真部の坂本?だっけか。とりあえずそいつのパクってきた」
「ははっ。悪ー」
騒ぐ男たちをナンセンスだと思いながら、いまだに固まったままのカナちゃんを引っ張って後に続く。カナちゃんは背も長いし体格がいいからかなり重い。ちゃんと歩いて欲しくて腕を伸ばして頭を叩けば、
「……うわ」
ようやく我に返った。
「ここ何だよ」
「何ってー?廃墟の中だよ」
「それは知ってんだよ」
尋ねられるままに返事を返すが、冷たく否定される。質問の意味が分からなくて首を傾げれば、違う質問に変えられた。
「じゃなくて、ここで起きたっつー数年前の事故。詳しく教えろよ」
「それが人にものを頼む態度?」
「……教えろ」
「教えて?」
「……ください」
どことなく優越感を感じて、前を歩く男たちの懐中電灯の光を見つめながら口を開く。
「さっきあの男たちが話していた通りだよ。正確には、二年前に二人が死ぬ事故があった。それ以来ここは心霊スポットになっちゃったわけ」
「他殺か?自殺か?」
「さぁ?どちらかといえば、他殺か心中か、だよね」
「細けぇよ」
カナちゃんとのテンポの良い会話が楽しくて、くすくすと笑う。
でも、そもそも俺が詳しく知っているはずがない。俺だって去年の三月に転入したばかりなんだから。オカルトマニアでもないしね。
「詳しく知らねぇの?」
「うーん、怖いもの見たさはあるけどわざわざ調べるほどでも。何?カナちゃん気になるの」
さっきまで固まっていた割には興味津々なカナちゃんに笑いながら聞けば、ふい、と顔を逸らされてしまった。それから返事が返ってこなくなったから、諦めたと解釈して俺も黙って歩く。
ぐるりと周りを見渡せば、そこは確かに心霊スポットにはぴったりだ。崩れかかった足場や壁の落書き。そこかしこのブルーシートに不自然な足跡。なかなかに不気味な雰囲気。そんな中をパシャパシャと音を立てて写真を撮って歩く男たちに、ため息を吐く。
「ちゃんと撮ってるか?」
「撮ってるけどよ、なんかこのカメラ使いにくい」
「写真部のだからな、本格的すぎんだろ」
しかも人のカメラでなんて、悪趣味極まりない。今はカメラで盛り上がっている場合じゃないだろう、ともう一度ため息。
足音、俺たちの人数よりも一人分多いんだけど。
ちらりとカナちゃんを伺えば、カナちゃんも気付いているようでかなり険しい顔をしていた。前の男たちに聞こえないようにこそりと話しかけてみる。
「カナちゃん聞こえてる?」
「こんなに普通について来られたらな」
「これってアレかな、幽霊?」
「いや、それは……」
「うわぁぁぁぁっ」
カナちゃんが何か言いかけた瞬間、前を歩いていた男が叫び声を上げた。
一人がもがくように暴れている。カナちゃんと顔を見合わせ、彼らのところに近づく。
「何、どしたの」
「おい!しっかりしろよ!どうしたんだよ」
「なぁ、ここって二人死んだんだよな?」
「まさか本当に出るっていうのかよ」
「無視しないでよー」
俺が声をかけても何も答えてくれないから、仕方がないから男たちを観察する。
一人が暴れる。それを他の男たちが宥めようとする。口々に声をかけて。誰一人逃げようともせず。……何かが、おかしい。
「うわっ!おまえふざけんなよ」
「は?何がだよ」
「今俺の首触っただろ」
「触ってねーよ」
「じゃあ、なんだよ今のぬるっとしたやつは」
「知らねーし俺の手は別にぬめってねーよ」
「なぁ、それって」
「……本当にいるってことかよ」
中心の男と取り巻き二人が興奮したように騒ぎ立てる。騒いで、声を上げて、そこにかすかに混ざる喜色。壁に反射した懐中電灯の光の中で見える、持ち上がった口元。
なんだ、そういうこと。気分がイライラと波立っていく。なんだろう、この茶番は。なんでこんな茶番に付き合わされないといけない。せっかく女の子との約束をキャンセルしてまで来たというのに、ものすごくつまらない。
苛立ちながら、もう一度男たちに話しかける。
「あのー、大丈夫?」
「霊が!霊がいるっ」
「えー、ほんとに?」
「おまえは何も感じないのかよ」
「残念ながら何も感じ……」
ふと、いいことを思いついて途中で言葉を切った。先に茶番を演じてきたのは男たちの方。悪く言われる筋合いはない。
不自然に言葉を切ったまま、体をふらりと弛緩させる。重力のまま地面に顔面を強打しようとしたところを、カナちゃんが支えてくれた。一瞬ぶつかった視線で、カナちゃんが肩を竦める。
「おい、どうしたんだよ」
男の不安そうな声。口元がにやけそうになるのを堪えながらたっぷり五秒数え、いきなりカッと目を見開く。
「来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るな来るなやめろやめろ痛い苦しい来るな怖いやめろ」
固まっていた男たちが顔を見合わせ、数秒。言葉が出ないようで口をバクバクと動かす。
「やめろやめろやめろやめろ来るな来るな来るな来るな……助け、て」
カクン、と首を前に落とす。全身の力を抜き、カナちゃんの腕に体を預ける。その瞬間ボッという音がして、男たちの背後にあった足場にいきなり火が点き、燃えて崩れた。
そこで、
「うわぁぁぁぁぁ!」
完全に恐怖に捕らわれたように逃げ出した。
その様子を眺めて満足し、密かに口角を上げる。そうだ、これが普通の反応のはずだ。人間、過度の恐怖では固まるほかないし、中心の男がその取り巻きと律儀に恐怖体験するなんて有り得ない。ついでに、さっき逃げた足音は四人分で、取り巻きはどうやら全員出席していたらしい。
「おいこら、いい加減起きろ馬鹿」
やれやれ、と心の中でため息を吐いていたら、カナちゃんに頭を叩かれた。そういえば俺、カナちゃんに支えてもらってたっけ。
「カナちゃんおはよー」
「誰がカナちゃんだ。……俺たちも帰るぞ」
「立たせて?」
「なんで俺が」
文句を言いつつも、手を伸ばせば掴んで引き上げてくれる。顔は怖いのになんだかんだで優しい。
「あー。制服砂付いちゃった」
パンパン、と服についた砂を払う。自業自得だろ、と鼻で笑われて少しムッとした。
それにしても。
「あの人たち、何がしたかったんだろうね」
途中からやってきた足音係の取り巻き然り、途中までの彼らなりの迫真の演技然り、俺たちを怖がらせたかったのは間違いないけれど、どうして俺たち――正確には俺に白羽の矢が立ったのか。
「俺が知るかよ」
「まあ、そりゃそうだよね」
首を傾げて、それから考えるのが面倒臭くなって出口を振り返る。その先に黒い何かが落ちているのを発見して近づいてみれば、男たちが持っていたカメラだった。どうやら驚きすぎて落として帰ってしまったようだ。仕方がないから拾い上げて預かることにした。
「帰ろっかーカナちゃん」
「さっきからそう言ってんだろうが。……あと、カナちゃんじゃねぇ」
「あ、そだ。はい、これ」
「は?カメラ?」
「重いから、カナちゃん持って帰って?」
「あ?」
きつく睨まれる。だけどほら、もしかしたら俺じゃ気付けないことに気付けちゃうかもしれないじゃない、と笑ってみせると、肩を竦めた。
転入生とわちゃわちゃするのはヒロインの役目。転入生は物語の主人公の役目。そして俺には、脇役が一番似合っている。
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