少年の願いは叶わない

風見鶏

1. 目先の話

1-1. 転入生には積極的に絡んでいくスタイル

 歩きながら大きな欠伸を一つする。高校への登校路、朝の陽ざしが眩しくて目を細めながら腕時計で時間を確認すれば、朝のホームルームまで二十分は余裕があるらしい。

「おーい、堺クン」

 足取り軽く校門をくぐったところで、いきなりデカい図体の男に絡まれた。ゆっくりと振り返って、思わず声を漏らしてしまう。せっかくさっきまでいい気分だったのに、最悪だ。

「うわぁ」

「昨日ぶりだねェ。寂しかったァ?」

 ニヤニヤと気色悪い笑みを浮かべ、後ろには取り巻きが三人ほど並ぶ。

「え、別に」

「寂しかったよなぁ?」

「あ、はい、じゃあそういうことで」

 仕方なしに頷けば、笑みがさらに深くなる。肩を組まれて顔を近づけられて、反射的に顔を逸らす。うえ、気持ち悪い。だいたいなんで昨日の今日で会いに来るんだ。しつこい人間は好きじゃない。そんな気持ちを押し殺して、ただ黙ってメガネのブリッジを押し上げた。

「じゃあやっと会えたことだし、学校サボっちゃおうかぁ」

「え、それは、ちょっと」

「あ?なに?嫌なの?逆らうわけ?」

「逆らうとかそういうわけじゃ」

 言い淀めば、睨まれる。

「ごめんて。今日だけはカンベンしてよー」

「あ?なんだよノリ悪りーな、クソが」

 口の悪さに苦笑いを浮かべつつ、仕方がないでしょと口を尖らせる。今日は転校生が来るらしいし、楽しいこと好きな俺としてはホームルームに遅刻するなんて論外。だから今日は大人しくしていてよ。あからさまに肩を竦め、ため息をついてみせた。

「ならカード出せよ、カード。昨日言っただろ。家のカード持って来いって」

「え?あー、そういえば?」

「なんだよ持ってきてねーの?使えねー奴。ならやっぱ、仲良くサボろうぜ?」

「え、だから、サボるのだけはカンベン!ほら、渡すから」

 ざわざわと騒がしい彼らを黙らせようと、プルプル震える手でクレジットカードを差し出す。ゴールドのそれを宙にかざして、男たちが嬉しそうに笑う。緩みきって締まりのない顔。

「へへっ。サンキューな、堺。これでしばらくはほっといてやるよ。しばらくは、な」

 満足げに頷いて立ち去る男たちの背中を見つめ、今度は大きくため息をついた。あれだけバカにした態度をとっているのに、なんで自分たちが優位だと思えるんだろう。

「……つまんねーの」


***


「堺くん!」

「あ、おはよー」

 校舎内に入ると、女の子たちが声をかけてくれる。そのまま連れ立って教室へ向かう。腕時計を確認すればさっきまで二十分はあったはずの時間が残り僅かになっていた。せっかく早起きできたのに台無しだ。内心ため息を吐きつつ女の子たちにニヘラと笑って返すと、心配するような視線を向けられた。

「またあいつらに絡まれてたでしょ。大丈夫だった?」

「んー?うん、だいじょーぶ」

「堺くん途中編入だし知らないかもしれないけど、本当に質悪いから」

「そなの?まあ、俺は平気だよ」

 去年の三月に転入したばかりの俺に、口々に忠告をくれる。さっきの男に俺の何が刺さったのかは不明だが、なぜか気に入られてしまったらしく、転入して以来取り巻きを従えた彼によく絡まれる。あれかな、転入生にはとりあえず威嚇しとけ、みたいな。今のところは絡み方が面倒臭いだけだから放っておいているけれど。

「そんなことより授業始まるよ」

 いまだに何か言いたそうな視線を向ける女の子たちに安心させるよう笑顔を向ければ、パラパラと席についてくれた。よかった。ただでさえ途中転入なのに、女の子たちを侍らせているなんて理由でクラスから浮きたくない。

 大人しく座ってくれた女の子たちに感謝していると、担任の教師がやってきた。

「今日は授業の前に転入生を紹介する」

 毎朝恒例の点呼の後徐にそう言うから、思わず体を乗り出してしまう。自分もそうだけど、今までいなかった人が来るのって楽しい。わくわくする。サボるなんてとんでもない。

「じゃあ入ってきて」

 ガラッという音とともに教室のドアが開き、男が入ってくる。初めに目に付くのは、そのデカい身長。一八五はありそうだ。それから、赤に近い茶色の短髪、眉間の皺。一言で言えば、すごく怖い顔をしている。

「三村奏。よろしく」

 短い挨拶であからさまに一匹狼タイプの転入生に、逆に興味が涌く。見た目のわりに挨拶は普通で、なんだかちぐはぐな感じがして面白い。ということで。

「席は」

「はいはーいっ!センセ、ここ空いてますよー俺の隣」

「……じゃあ席は堺の隣でいいか」

 全力でアピールしてみた。若干引いている教師は気にしないことにして、面倒くさそうに歩いてくる転入生にニコリと笑顔を向ける。

「俺、堺ミツ。よろしくー」

「三村奏」

「知ってるよー」

 さっきの自己紹介でも聞いたし。そうじゃなくてもっと他に言うことはないのかと無言の圧力を加えれば、諦めたように転入生がため息を漏らした。

「……よろしく」

「うんうん、よろしくー」

 露骨に嫌そうな顔をされたが、教科書の貸し借りでこれからお近づきになれるはず。俺だって転入当時は教科書持っていなくて、隣の席の女の子にお世話になった記憶がある。

「じゃあ、カナちゃん」

「誰がカナちゃんだよ誰が」

「え、三村カナデでしょ?なら、カナちゃんじゃん」

 可愛いし、なんて笑えば、再びため息を吐く。

「カナちゃん、ため息吐くと幸せ逃げるよ」

「……うっせ」

 怒りっぽいところは見かけ通りだ。からかい甲斐があってさぞ楽しいに違いない。そんなことを考えているとカナちゃんに睨まれ、仕方なく授業で使う教科書を渡して俺も授業に集中することにした。

 そうして十分後。横からひしひしと伝わる物言いたげな視線に振り返る。授業に必要な教科書は渡したし、騒いでもいないのに何だろう。眉をひそめたところで手の中の携帯が震える。

「で、何やってんだ」

「あれ、カナちゃんから話しかけてくれるなんて」

 意外ー、と仰け反れば面倒くさそうに視線を逸らされたから、大人しく携帯の画面を傾ける。

「何って、メッセージの返信」

「授業中に?」

「だって女の子がメッセージくれたんだよ?返さなくちゃ失礼でしょ」

「……授業中に?」

「え、うん」

 信じられない、という顔をされた。見かけによらずまじめだ。つくづくよくわからない性格だなぁと首を傾げる。

「何ー?内容気になる?」

「いや、どうでもいいけどそのバイブ消せ」

 そんな会話の間にも、手のひらに振動が伝わる。さっきメッセージを送った女の子からだろうと予想をつけて画面に指を滑らせ、新しく届いたメッセージを開いた。

「……あれ」

 メッセージを読んで、思わず声を漏らして口を押さえた。危ない、吹き出すところだった。来ていたメッセージはある意味予想通りといえば予想通りで、口を押さえたまま小さく肩を震わせる。咎めるような視線を感じながら、返信を打つ。宛先は、今朝絡んできたあの男たち。

『堺、あのカード使えねぇんだけど』

『おまえどういうつもりだよ。覚えとけよ』

『今日の放課後付き合えよ』

 どういうつもり、と言われても。笑ってプルプル震えながら渡したカードが正常に使えるわけないし、今でも使えるカードだなんて言った覚えもない。

『今日女の子と遊ぶ約束してるんだよねー手早く終わる?』

 メッセージを送信すれば、すぐに返信が返ってきた。そんなすぐに返信くれるなんて、授業中なのに暇なんだなぁ。人のこと言えないけれど。

『は?すぐ終わるわけねーだろ』

 返信を打つのが面倒になり、適当に選んだ亀のスタンプを送信する。また返信が来たけれど、それ以降は無視することにした。

「終わったのか」

「んー?」

「メッセージ」

「あーうん。今日の放課後の予定決まっちゃった」

 携帯の画面をホームに戻したのを見て、カナちゃんが話しかけてくる。せっかくの放課後が台無しだと項垂れながら報告すると、過剰な反応が返ってきた。

「は?」

「は、て何が?」

「……学校の案内とか」

「えー面倒なの、俺嫌い.そもそもなんで俺なの」

 しかめっ面で返ってきた言葉を、速攻で拒否する。俺だって転入生だし、正直学校の地図把握していなくても生活できてるから問題ない。そう言っても納得していないカナちゃんを見て、とあることを思いついた。

「あ、でもそうだ。もし今日の放課後付き合ってくれたら、明日学校案内してあげてもいいよ」

 一人であの男たちのところに行くよりも楽しめそうだと提案すれば、あからさまに嫌そうな顔をする。

「何、するつもりだよ」

「えー?知らない」

「知らないって」

 授業終了とともに逃げ出しそうなカナちゃんを全力で止めようと心に決め、授業に集中することにした。


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