第22話 たった一機の爆撃隊②

   ※


 それは敵艦隊にとって、ほとんど奇襲に近い形での爆撃であった。

 電探によって何とか爆撃前に敵機を発見する事は出来たが、悪天候で飛んでくるとは思っていなかった為に護衛戦闘機の類は一切飛ばしていない。結果として対空砲火によって撃墜を試みるしかなかった。

 もっとも悲観する者はいない。

 何しろ相手は数機だ。対してこちらは幾十隻。対空弾幕を張れば撃墜するのは赤子の手を捻るよりも簡単である。

 その筈だった。

 確かに一機は首尾よく直ぐに撃墜が出来た。撃墜された機はあっという間に火達磨になって暗い夜空に散華する。

 だが問題なのはもう一機であった。

 まるで弾など当たらないと嘲笑うかのように弾幕の中を突き進み、確実に船団へと突っ込んでくる。

 この攻撃には艦隊司令も舌を巻いた。何しろ照明弾無し、荒天の中を単機での爆撃など前代未聞だ。この機には余程の精鋭が乗っていると確信した。

 即座に回頭し、回避行動をとる様に命令を下したが、視界不良であったので艦隊間の距離を詰めていたのが災いして身動きがゆっくりとしか取れない。誰もが脂汗を掻いて焦る中、攻撃機は確実に輪形陣の上空を突き進んでくる。

 ここに至って、艦隊司令は攻撃目標が自分の乗っている空母であると判断した。

 装備されているあらゆる火砲が攻撃機を落とそうと躍起になっているが、しかし撃墜したという報告が来る気配はない。艦の回頭もゆっくりだし、早く撃墜をしてくれと願うばかりであった。

「敵機! 爆弾投下!」

 見張りより悲鳴のような報告。

「本艦到達までおよそ十五秒!」

 即座に「取舵!」と艦長が命令、艦は凶弾を回避すべくゆっくりと回頭し始めた。何しろ巨大な艦であるからじれったい程に遅い。早くしろ! と怒鳴りたくなるくらいである。

「敵機が火を噴きました!」

 嬉しそうな声で報告が入る。

 だが艦隊司令にはもはやどうでも良かった。何しろ爆弾を投下した時点で敵には攻撃する手段がない。撃墜は爆弾投下前にしなければ意味がないのだ。

「到達まで十秒!」

 見張り員が絶望的な報告をする。

 このままでは命中してしまう。

「総員、衝撃に備えろ!」

 艦長が伝声管に怒鳴り、艦橋にいた全員が手近な物に掴まる。

 だが十秒経過しても衝撃も爆音も聞こえなかった。どうやら命中するよりも前に回頭してくれたらしい。爆弾は暗い海に沈んで行ったのだ。

 安堵の溜息が艦橋全体を包んだ。


 瞬間。


 凄まじい衝撃と爆発音が艦全体を包み込んだ。

 何が起きたのか理解する暇もない。一瞬の気の緩みのせいでその場にいたほとんどの者が立っていられずに床に放り出された。

「機関部に被弾! 損害不明!」

 報告が入って来るのと同時に、艦長が「ダメージコントロール班を向かわせろ!」と怒鳴る様に命令をする。

 空母は巨大故に爆弾が一発命中した程度では沈没しない……筈であるが、今回ばかりは当たり所が悪かった。

 バンッ! という凄まじい爆音が二回ほどしたかと思うと、空母の側面から凄まじい爆炎が噴き出した。どうやら何かを巻き込んで誘爆したらしい。

 即座に周囲にいた駆逐艦も巻き込んで消火活動に徹したおかげで火は消し止められた。しかし空母はこれ以上輸送船団に続行する事は不可能な程の損傷を負っており、仕方がなく艦隊司令は他の空母に移乗し、被弾した空母は護衛艦二隻に付き添われて艦隊から離脱していく。

「やってくれたな……」

 忌々しげに艦隊司令は呟く。

 まさか攻撃機一機の爆撃で空母一隻が引き返す羽目になるとは思いもしなかった。これでは上陸作戦にも支障が出てしまうだろう。

 しかし艦隊は進み続けた。

 例え一隻空母を失っても、艦隊にはまだ勝機は十分に残されているのである。

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