第4話

もう1時間近くも待たせてしまった。

まだ居るかな?少し心配に思いながらも店に入る。

見回すと、カウンター席で彼女は1人日本酒を煽っていた。

「ごめん!お待たせ!店長に捕まってさ。結構待ったよね?」

「お疲れ様です。そうなんですね。大丈夫ですよ。ただ、もうこないんじゃないかと思いましたよ。」

「ほんとごめん。ここはご馳走するから。」

「やった!古谷さんは何飲みます?私はまた同じもの頼みます。」

一体何杯飲んだんだろう。

目の前にあった日本酒のグラスをくいっと空け、ふーっと息を吐くとアルコールの匂いと女性の甘い香りが混ざって不思議な感覚になる。

「すみません。僕はビールと、彼女に同じものください。」

店内にお客さんはまばらで賑やかということも静かすぎるということもない。

小林さんが僕のことを好きかどうかは別として、彼女のことが気になっているのは僕だということに僕はもうウソはつけない。なんてことをぼんやり考えていると注文した

ビールと日本酒がやってきた。

「じゃあ一先ず、お疲れ様です。」

「お疲れ様です。」

グラスを合わせた後、口にジョッキを運ぶ、上唇に泡が貼りつき、その下で出番を待っていた黄金色の液体が弾けるように喉に流れ込んでいく。

パチパチとした衝撃で僕の中の何かが少しずつ目を覚ましていく。期待に応えてくれる苦味。疲れてるとどうしてこんなにもビールはうまいのか。いや、疲れてなくてもうまいんだろうな。

この一杯のために生きているんだ!と言うほど酒好きという訳ではないが、遠からずの感情を抱くこともままある。

半分ほど一気に飲んで、ようやく息を吐き出す。

ぷはーっ。うまい。

じーっと見ていた小林さんがふふっと笑う。

「好きなんですね。」

「うん、好きなんだ。昔はてんでダメだったのになぁ、気がついたら本当に好きになってた。」

[好き]という単語とビールを飲んだ気持ちの高ぶりから僕は、自分の言葉を止められなかった。まだ一杯目だし酔ってもいない。止める気がなかっただけだろうな。

むしろお酒が進んで酔っ払いの戯言だと思われたくない。

「あのさ、初めて小林さんと会った日によく笑ういい子だなって思ってから、ずっと気になってた。だけど気に止めないようにした。夏に少しだけ小林さんの話を聞いてまた少し見る目が変わったんだ。笑顔の奥にある必死に生きている小林さんの顔を考え始めた。それでちょうど1週間くらい前のあの話があって気がついたんだ。あの日の小林さんの言葉がどうであれ、僕の感情が気持ちにようやく追いついたよ。あの、小林さん。」

「は、はい。」

1時間近く先にここに居た彼女は何杯のお酒を飲んだのかわからないが、頰の紅潮はきっとそのせいだけじゃないだろう。

少し潤んだ瞳で真っ直ぐに僕を見ている。

出会ってまだ1年と経っていない。

知らないことばかりの彼女のことをもっともっと知りたい。

頭の中が一瞬真っ白になった。

「僕と付き合ってもらえませんか?」

あんなに悩んだことなのに。

あんなに否定してたのに。

感情が気持ちに追いつくとこんなにも簡単に言葉に変わるのか。

自分でも少し驚きながら僕の言葉は宙に浮かんでいる。

彼女にもう届いたのかな?

もしかして、口にしたと思っていたのは僕だけで本当は音になっていなかったのか?

この時間が数分にも感じられるほど頭がフル回転している。

やっぱり言うべきじゃなかったのか、いや、後悔はない。後悔はないぞ。

「は、はい。こちらこそよろしくお願いします。」

ビデオのスローモーションが急に解除されたような感覚で彼女の言葉を聞いたが、理解が追い付かない。

少し考えてから聞き返した。

「え?今なんて?」

「あ、あれ?今の告白ですよね?こちらこそよろしくお願いします。って言いましたけど。あれ?」

少しの沈黙の後、顔を見合わせて2人は一斉に吹き出した。

どうやらスローモーションに入ったのは時間差こそあれ小林さんも同じようだ。

ネット社会になってもやっぱり告白はみんな面と向かってしているのだろうか。

良いか悪いかはわからないけど、今の時代なら電話やメール、果てはSNSでの告白も多いかもしれない。

味気ないような気もしないでもないがそれでも、どんなシーンでも最初に伝える「好き」という気持ちはみんな緊張するだろう。

相手がどう思うのかまったく分からないのだから。

僕はラッキーな方だ。

「良かった。うわ、やばい、めちゃくちゃ嬉しい。はぁー、告白するのって怖いもんだね。勢いつけないと出来ないや。ビール様様かも。」

「そうですね、あたしはタイミングがあったんですが出来なくて逃げちゃったんで、あ、あの日のあれはお察しの通りです。だから、今すっごく嬉しいです。」

そう言いながら苦笑いとも照れ笑いとも取れるような表情でほうれん草のおひたしを口に運んでいる。

僕らは同じお酒をもう一度注文し、違う言葉を掲げまたグラスを合わせる。

「よろしくお願いします。」

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