第2話
窓から射し込む光はずっと変わらないな。
布団に寝たままの僕は最近になりようやく立ち上がれるようになってきた。松葉杖は必須だし歩き回ることは出来ないが家の中であればゆっくりゆっくりと移動が出来る。お陰でトイレにも行けるようになった。
立ち上がり、ゆっくりとカーテンをひき窓を開ける。
近くに保育園があるため、平日は窓を開けると園児達の笑い声や歌声が聞こえてくる。
この声にクレームを入れる人がいると言うのが信じられない。
そんな人は外国ではきっとストレスで死んでしまうだろうな。
子供の歌声は自由の象徴に聞こえて仕方ない。
悩みも虚栄心もない目の前の世界全てに自ら飛び込んで行く。感情の赴くままに。
飛び出したいな。この四角い窓から。
あの事故から少し時間が経った、動けなくはないが動けるとは言い難い現状に歯噛みする毎日。
回復しているような気もするが、まったく変わっていない気もする。
もし、この先空を飛べるようになるのなら今がいいな。と、切に願ってみたりする。
彼女と話が出来ないのも辛くなってきた。
今夜彼女が帰ってきたら、手をついて謝ってまたいつものように笑ってもらえるように話をしてみよう。
初めて出会ったときドキリとさせられた君のキラキラとした笑顔にまた会いたいな。
小林さんが入ってもう4ヶ月が経つ。
「小林ちゃん!こっちにビール2つと枝豆1つ!」
「はーい!ただいまっ!」
彼女はもう常連さんとも打ち解け名指しで注文をもらったりしていた。
「もうだいぶ慣れたね。もう1人でもホールまわせそうな勢いだ。」
「いえ、それは無理です。」ピシャリと言う。
「古谷さんや岡田さんや先輩方にまだまだ教わることがたくさんありますので。」
褒めてるんだからもう少し嬉しそうにすればいいのにと思わないでもないが、まぁ向上心があるのはいいことだ。
エアコンが効いているとはいえ、火を扱うキッチンはもちろん、店内を縦横無尽に動き回るスタッフも額に汗が滲んでくる。
季節は夏。
各地で夜空に大輪の花が咲く季節だ。
ここから少し離れた河川敷でも近く花火大会がある。
僕はまたかすかに聞こえるドーンという音を聞きながらジョッキにビールを注ぐのだろう。
花火大会の日は自ずとシフトは弱くなる。
スタッフの休み希望がそこに集中してしまうのだ。
イベントの時には参加したいのが若者の心情だが、イベント時に飲食店がバタつくのも事実。
花火大会を前に店長は頭を抱えていた。
「なぁ古谷、おれとお前だけで店まわるかな?」
「まわるわけないでしょ。もっと早く手を打っておいてくださいよ。岡田も休み希望ですか?ん?小林さんも?」
「そうなんだ、岡田なんかヒマだと思ったんだけどなぁ、小林さんは実家に帰る用事があるみたいで。」
「そうなんですか、ちょっと岡田には聞いてみますね。他のスタッフには店長からお願いしますよ。」
店長は頼むよ!と手を合わせて僕を見ていた。
閉店後店内の清掃中に岡田に尋ねてみた。
「お前来週忙しいの?」
岡田はピンと来たらしくいかにも大変そうな表情を作り上げ、
「そうなんだよ、あれだよ、家族行事があるんだ。だから週末はどうしても出れない。断固拒否する。」
岡田はウソをつくとき僕の目を見ない。週末ともまだ言ってないんだけどな。
まぁ僕もバイトの身分でウソをついてまで休みたい人をどうこうするつもりはない。
「そうか。まぁ無理ならいいんだ。ありがとう。」
「来週末、人が足りてないんですか?」
近くにいた小林さんが申し訳なさそうに会話に入ってきた。
「あ、まぁ足りないと言えば足りないんだけど、小林さん実家帰るんでしょ?無理しなくても大丈夫だよ。」
「いえ、何とか出来ます。絶対帰らなくちゃ行けない訳でもないし。」
「え?大丈夫なの?」
「はい。」
「助かるよ。ありがとう。小林さんは実家はどこなの?」
「愛媛です。温泉が有名なとこですね。小さいときは地元が本当に好きで、映画の舞台になったりしてすごく賑わったんです。その名残もあったりして、今でも立派な温泉街です 。最近はあんまり帰ってないんですけどね。」
「そうなの!?なんで?なんで?」
岡田がここぞとばかりに入ってくる。
「、、、あたし、家を飛び出したんです。だから、実はあんまり帰りたくないんです。じゃあ先に上がります。来週末はでるので、シフト入れてもらって大丈夫です!お疲れ様でした!」
言い出しにくそうに切り出した小林さんの背中を見送った後岡田と2人顔を見合わせた。
デリカシーとは無縁の岡田の人生に少しだけ同情しないでもない。
翌日シフト表を確認してみると、花火大会の日の出勤は、店長、僕、小林さんに岡田も入っていた。どういう風の吹きまわしだ?
だが、問い詰めてヘソを曲げられでもしたら困るので見なかったことにした。
4人いればどうにかなるだろう。
しかし小林さん飛び出したって家出ってことかな?
進学してるのも奨学金とかなのかな?
バイトも結構入れてるし大変なのかな?
1つの言葉から色んなことを想像出来るのは僕が妄想好きなのか、誰でもこんなものなのか。
どちらにせよ軽く聞けるような内容ではない。もちろん本人からの相談ならやぶさかではないが。
週末になり花火大会がやってきた。
昨年は、天気のせいで順延や中止が相次いだが今年は天候にも恵まれた。
上空は少しだけ風もあり、絶好の花火日和だ。
イベント時に飲食店が忙しいと言うものの花火などの外のイベントであればそこまでの忙しさでもない。天気の良い晴れた日に外で飲まずに店まで我慢する理由もない。
しかし、それでも花火大会の人混みが苦手な人や、終了後にもう少し飲みたい人がちらほら現れるのでお店はそれなりに忙しくなるわけだ。
ホールでは、今はまだ少し話をするくらいの余裕はある。
岡田が小林さんに謝っている。
「この前言いたくないようなことを言わせちゃってごめんね。あんまり話をしたことなかったし、色々と気になっちゃってつい。」
「大丈夫ですよ。隠そうとしてる訳でもないし、そこに負い目があるつもりもないですし。」
「そうなんだ。じゃあ地元出てから一度も帰ってないの?」
「はい。今回は親がどうしてもってことだったんで渋々と思っていたんですが、バイトに出れてよかったです。」
「えー、すごいなー。バイトに出れて良かったなんてそんな風に思えたことないや。」
「岡田さんこそ家族行事は大丈夫なんですか?」
「あ、あぁ、家族に話して僕だけ留守番になったよ。まぁでもやっぱり親友が困ってるのを見過ごせなくてさ。」
「男の友情ってやつですね。憧れるなぁ。」岡田のにやけた顔をキッチンから見ているとわかりやすい嘘だなぁと思ったが助かったのは事実だ。後で礼を言っておこう。
店長がホールに入ってくる。
「2人とも無理を言って本当に申し訳ない。助かったよ。ありがとう!近いうちに飲みに行こうな。もちろんお礼も兼ねておれの奢りだ。」
ホールで小さく歓声が沸く。
「やった!とんでもないです。今日も頑張ります。」
「いえーい!いつにします?楽しみだなぁー!ごちになります!」
その日は想像通り少し遅めの時間からお客さんで賑わい2人が居てくれて本当に助かった。
だが、気がかりな事が1つだけある。
それは店長主催の飲み会のメンバーに僕は入っているのかどうかだ。
これは今後のモチベーションに関わる重大な話だ。
ジョッキを傾けて、ビールを注ぐ。時折賑やかな店内にまで小さく響くドーンドーンと言う音が僕の夏の終わりを告げていた。
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