親(義理)の心、娘知らず
「……まったくもうっ。もうったら、もうっ! 来るなら来るって、事前に報せないとダメでしょぉぉぉ……社会人の基本は、ホウ・レン・ソウ! そんな事も分からないで、三十路になるなんてっ!! この、この――馬鹿オスカーぁぁぁ!!」
「ひ、ひっでぇなぁ。お前が来いっていうから、来たんだろうが。それと、俺は、まだ二十九だっ! 三十じゃねぇ!!」
「ふーんだ。どーせ、後数日じゃない。約三十よ。やーい、やーい、おじさーん。くんくん。うわっ、汗臭い~。変な臭いがするぅ~。ねね、加齢臭? 加齢臭??」
「うぐっ……クロエ、お前なぁ……そ、そういう事を言うのは、いけないんだぞ。一寸の父親にも五分の魂がだなぁ」
「…………何よ。私を、三年前に放り出しといて。今更、父親面するつもり? 嫌だって言ったのにっ!」
「あー」
オスカーは、頭を掻く。そこを突かれると少し困るのだ。
確かに、当時クロエは嫌がった。それはそれはもう嫌がった。
……が。
膝上にいる少女の頭に手を置く。そして、わしゃわしゃと乱暴に撫で回し始めた。
周囲で様子を窺っているメイドさん達は引き攣った笑みを浮かべ、臨戦態勢。マズイ。また、御屋敷が破壊され――。
「悪かった。許せよ、な?」
「……うぅぅぅ! こ、こんな、こんな事されたくらいで、こ、この私が許すと思ったら、大間違、ひゃん」
「何だ、お前。こんなに綺麗な髪なのに結ってもらってないのか? 勿体ねぇなぁ。折角、可愛く生まれてきたんだから、より可愛くなるのは義務だぞ、義務。よし、久方ぶりに俺が結ってやるよ。わりぃ、誰か、ブラシとリボンを持ってきてくれねぇか?」
『…………』
皆、信じ難い光景に絶句中。
自分達が使える主人――千年に一人の天才、と謳われ、王国の魔法技術をこの三年で百年は進めさせたとされる、現代の魔女クロエが、男に自分の髪を触らせて頬を赤らめ、恥じらっている! しかも、その天文学的な可愛らしさといったらっ! ただでさえ、人形の如き美貌だというのに、それがここまで引き出されるとはっ! この男――出来るっ!
メイドさん達は無言で合意形成。我等は為すべきこと為さねばならぬ。
先程、正門で男と会ったメイドさんがにこやかな笑みを浮かべ、二人へ話しかけた。
「御嬢様、それと――オスカー様。髪をお結いなるとのことですが、どうせなら、その前に汗を流されては如何でしょう? 長旅でさぞ、お疲れでございましょう?」
「ち、ちょっと、レミ、な、何を……」
「(――どうせなら、綺麗な恰好で、心を鷲掴みされた方が得策なのでは? 後々の事も御考えを)」
「(! ……い、一理、あ、あるわね。す、好きにすれば)」
「(御意)」
「? 風呂があるのか??」
「はい。天然温泉でございます」
「おーそいつはありがてぇ。うし、それじゃ、ひとっ風呂浴びてくらぁ。クロエ、少し待ってろ、な?」
「べ、べ、別に待たないしっ! と、とっとと、入ってくればいいじゃないっ」
「ん? 一緒に入るか? 昔みたいに。向こうにいた時は、お前、一人で入るのが怖いって、最後まで――」
「い・い・か・らっ!! 早く入って来いっ、この……この、ば、馬鹿オスカーぁぁぁ!!」
「へーへー。よし、それじゃ案内をたのまぁ」
そう言うと、慣れた手つきでクロエを抱きかかえ、床へ降ろし、頭をぽんぽんとし、メイドさんを促す。
動揺しつつも一人が案内を買って出て、オスカーが歩いて行く。
それを、名残惜しそうに見つめていたクロエに、レミが声をかけた。
「御嬢様」
「――レミ」
「はっ!」
「手持ちのドレスでいっちばんっ、可愛いやつを用意してっ! それと、いっちばん、可愛いリボンも」
「御嬢様、ドレスはございますが、リボンは、むぐっ」
「かしこまりました。クロエ御嬢様の御為にっ!」
口を挟もうとしたメイドの口を、押えつつレミは膝をつき、頭を垂れる。
命は発せられた。ならば――それを遂行してみせるのがメイドの役目。
やらないでかっ!
※※※
クロエとメイドさん達が燃えに燃えていることなど露知らず、オスカーと案内役のメイド――ルルは会話をしつつ、長い廊下を進んでいた。
「――という訳で、御嬢様は、本当に凄い方なんですっ!」
「へーそっかぁ。クロエのやつがなぁ。大したもんだ」
相槌を打つオスカーの瞳は穏やかでとても優しく、心から喜んでいるようだ。
とても三年前、十歳の少女を一人で王都へ送り込むような鬼畜には見えない。
ルルは、意を決して尋ねた。
「あ、あのぉ」
「ん?」
「オスカー様は、どうして御嬢様を此方へよこされたんですか?」
「才能があったからな、あいつには」
「それだけですか?」
「半分はな」
「半分?」
「――嬢ちゃん、他には何も聞いてないのか?」
「? はい」
「そっか。まー隠してる話じゃねーし、教えてやってもいいんだが」
「はい」
「あいつ自身も知らねぇかもしれねぇ。この場だけの話にしてくれ。あのな――」
オスカーはルルへ囁いた。
そして「お、あれが入口だな。出たら、さっきの部屋に戻ればいいんだよな? うし、じゃ、ちょっくら綺麗になってくらぁ。案内、ありがとよ」と言い、さっさと脱衣場へ行ってしまった。
ルルは呆然とし、その場に立ち竦んだ。呟く。
「『三年前はちょいと、魔王に攻められててな。守る代わりに、あいつをこっちへ、てな取引だ。まぁ、国家機密か?』…………え? どういう事??」
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