義理の娘を訪ねて、三千里(誇張)

七野りく

娘(義理)の心、親知らず

「……ここ……何処だ?」


 王都のメイン通り。

 多くの人が行きかう中で、男は焦った様子で地図を睨んでいた。 

 歳は二十代後半。栗色の髪。何処で何をすれば、ここまでぼさぼさになるのか分からない程、荒れている。

 お世辞にも洗練されている、とは言い難い。

 着ている物は使い古されたものだし、靴はボロボロ。腰に下げている片手剣も大量に粗製乱造された代物。

 唯一長身なのは褒められる点かもしれないが、今は背を丸め、地図と睨めっこ。


「さっき、そこの通りを曲がったら、まるで違う所へ出たんだよな……ったくっ! 下手な迷宮より難易度が高いって、どうなってんだよっ」


 悪態をつき、頭を掻きながら歩き出す男に、人々は怪訝そうな顔を向けるも、すぐさま理解。「ああ……田舎から出て来たんじゃしょうがない。王都第一の試練、頑張れっ! というか、今時、紙の地図なんだね。魔法……使おうか?」と、生暖かい視線だけを置き土産に、通り過ぎていく。世はかくも過酷である。

 地図を見つつ、大通りを進む男は十数枚の紙を取り出した。


「――にしても、あいつ、大丈夫なんだろうな。いきなり、こんな手紙を寄越すとは。この数年、なしのつぶてだったってのに。まぁ、便りがないのは何とやら。果物も野菜も、送り返して来なかったしなぁ」


 手紙は他人行儀な丁寧な挨拶から始まり、この数年、自分が頑張ってきた内容を事細かに記述し、最後に大きな丸文字で住所と本題。


『どうしても、どうしてもっ、ど~してもっ! 万難を排して、即刻王都へ来て。……じゃないと私、死んじゃうかもしれない……』


 男は幼き頃より極めて単純であった。  

 事情は皆目分からないし、具体的には何も書かれていなかったが、どうやら、自分は必要とされているらしい。 

 

 ならば――何を迷う事があろうか。

 

 その日の内に、意気揚々と出発した男は、幾多の野を、山を越え、川を渡り、湖を泳ぎ、砂漠を横断し、海を駆け――世界でも有数の危険地帯でもある、飛竜の巣を一直線に通り抜け、三日後、こうして王都までやって来たのだった。

 余りにも急いでいた為、お土産を持って来なかった事は一生の不覚だった……きっと、怒るに違いない。

 道を進んで行くと、途中から道路に使われている石材の種類が変化した。

 先程までのそれも、まともな舗装すらない路が当たり前の田舎に住んでいる男としては、感動物だったのだが……これ、いったい幾らするのだろうか。

 都会はとてもおっかない所だ、と身体を震わせる。

 

 やがて――白い屋根の大きな屋敷が見えてきた。


 思わず、声が出る。


「すっげぇなぁ、おい……あいつ、こんな所で働いてるのか」


 嬉しさが込み上げてきた。手櫛でぼさぼさの頭を少しばかり整え、いざ――正門の前で立ち止まる。

 巨大な正門は、見た事もない金属で作られており、見るからに頑丈そうだ。中へ入ろうにも、呼び出すものが見当たらない。

 腕を組み、考え込む。さて、どうしたものか。

 ヒントを求めて、再度、手紙を確認。……何も書かれていない。最後にサインが書かれているだけ。

 男が、う~んう~ん、と唸っていると、後方より戸惑い混じりの声。


「あのー」

「ん?」


 そこに立っていたのは、紛うことなきメイドさん。ただし、その眼光は極めて鋭い。背中には、もう一人、同じくメイドさん。怯えた様子で、男を窺っている。


「……当家に何か御用ですか?」

「用っていえば、用だな。お前さん達、ここに勤めてるのか? だったら、頼みがあるんだが」 

「……人に頼み事をする時は、まず、名乗るべきだと思いますが」

「おおっ! こいつはすまねぇ。何せ、田舎者でな。俺の名は」


 突如、屋敷内から爆発音が轟き、窓硝子が次々と割れ、中からは声も聞こえてきた。「お、お嬢様っ! い、行けませんっ!!」「そ、そうですっ! 手紙は届いたばかりですよ! 届いたという連絡は受けています」「ただ、そこからお急ぎになっても、王都までは、えーっと……」「はかかる」「! 馬鹿っ!」再びの爆発音。屋敷全体が心なしか震えている。

 唖然とする男を置き去りに、メイドさん達は、顔を見合わせ、ポケットから小さなコインを取り出すと、正門へかざした。

 すると、見慣れた丸文字が浮かびあがり、門が開いていき、凄い速度で駆けて行った。

 取り残された男は頭を掻き、今日何度目か分からない「……都会は進んでるんだなぁ」という言葉を零しならも、中へ。

 爆発は依然として続いており、心なしか玄関へ近付いてきているようだ。

 

 ――玄関に斜めの線が走った。


 両断され、倒れる。埃が周囲を覆う。


「けほっ、けほっ。も、も~やりすぎちゃったじゃない。ちょっと、行って帰って来るだけなのに……」


 杖が地面を叩く音。

 出てきたのは、大きな黒い帽子を被り、黒いローブを羽織っている――これぞ、『魔法使い』という格好の少女だった。

 歳は十代前半。年齢の割に幼く見えるが、恐ろしく整った容姿をしており、肌は雪のように白い。

 帽子脇から覗いている長い髪は、光で微かに翡翠色を帯びており、幻想的ですらある。

 

 ――視線が交錯。


 男は軽く片手を挙げた。


「よっ。クロエ」

「!!?!」


 からん、と音を立てて杖が地面に転がり、少女は自分の頬を押さえ、よろよろ後退。その間に、屋敷内から多数のメイドさん達が追いついて来た。

    

「お、御嬢様、お、お待ちをっ!」

「また、王様から怒られますっ」

「最速の方法で万難を排し、お義父とう様をこの地へ……御嬢様?」  


 俯き、沈黙しているクロエを取り囲む、メイドさん達。

 ……ん? 御嬢様?

 男は首を傾げる。こいつが? 普通の何処にでもいる娘なんだが。

 いやまぁ、世界で一番可愛いし、世界で一番才能あるだろうし、世界で一番――クロエが顔を上げ、指を男へ突きつけた。

 その頬は、林檎よりも赤い。



「うぅぅ……再会したら、思いっきり、数年分の文句を全部言って、散々虐め抜いて、二度と離れられないようにしてやろうと思ってたのに……こんなの、こんなのって……み、認められないんだからねっ! 初めから、やり直してっ!! この、このっ……馬鹿オスカー!!!」

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