第2話追われる商人

 ひたっひたっと歩く音、それにぺたぺたとついてくる足音がスラム街の一角にある廃墟で響く。


 その足音の正体は、若くしてハンターをやっているアオイと、二足歩行をしている猫、マチの足音である。


「おいマチ、地面を歩くからにはそれなりの覚悟があるんだろうな?お前その汚い足で俺の肩に乗ってみろ、お前を具材にして知り合いのハンターと鍋を囲ってやるからな」


「むふふ!何を馬鹿な事を言ってるにゃあ?アオイは頭がおかしいにゃあ。オイラのおかげで女の子にモテモテなのに僕を食べたらアオイにはホモの道しか残ってないよ?」


「お前まじで捌くぞ」


 アオイは自分がモテてないとは思ってない。正確に言うならば認めてない。


 だが、マチの言う通り女達にモテたことは過去一度もない。もう一つの記憶では、彼女がいたということを認識することはできるのだが。


 地面となればスラムであろうと都会であろうと汚さはさして変わらない。だが度々無遠慮に肩に乗ってくるマチに、アオイは不快感を感じていた。


「オイラに文句があるのはわかるけど、アオイの肩に乗る時にはちゃんとお願いしますという気持ちで乗ってるよ?本当はそっちからお願いしてもらいたいのに」


「馬鹿か、気持ちでお前の足の汚さと臭いは変わんねーよ」


「ひどいにゃ!臭いって言ったら、アオイの足の方が・・・・・・そっか、なぜかアオイって足臭くないんだった。顔は臭そうなのに」


「お前最後の一言は余計だぞ。なんだよ顔が臭そうって、別に太ってもいなければそこまでブサイクでもないだろ。むしろイケてる、いやイケメンすぎるだろ」


 アオイは自分の顔がイケメンに属すると確信している。理由はない。


 この発言にマチは呆れたので無視することにした。


 なんとなく静かになる雰囲気になったが、このようなことは日常的によくあることだ。


「この依頼終わらせて、この剣の代わりが欲しいなぁ」


 アオイは腰に剣を差しているが、鞘の中にある剣は真ん中で折れている。


「えー!オイラの食事代にするか、オイラのお駄賃にしてもらうかのどっちか」


「おい、俺が戦っているんだから普通半分以上の金は俺が貰うだろ!?」


「オイラは索敵と荷物持ちに加えて戦闘補助もしてるんだよ!?」


「なら半々でいいだろ!」


 いつものように二人で雑談しているところに、歩く度にカチャカチャと音を鳴らす犬が割り込んできた。


 モンスターの大きさは大型犬と同じくらいであり、機械部分が露出している。そのモンスターに二人は雑談しながら気づいていた。そのぐらいの余裕は見せられるほど、アオイ達とモンスターには実力差があった。


「やっぱり、メカドッグか。それも量産型、余裕だな」


「オイラの方が二十秒早く見つけたけどね」


「そんなことはない。俺の方がお前より早い」


 マチと張り合うアオイだが、本当にマチの方がアオイより二十秒先にメカドッグを感知していた。


 それはアオイとマチの能力の違いによるものだ。今回はアオイも力を入れていないマチの得意分野である索敵だったため、マチに負けるのは必然であった。


「まあどうでもいいよ。あいつ倒して」


「わーてるよ。スネーク」


 アオイの異能はすでに発動済み。パッシブの異能を使いつつ、さらにスネークを発動して攻撃する。


 スネークとは、アオイの異能、ブラックフェザーの一つの能力である。


 ブラックフェザーの本質は、体の周りから黒い羽を生み出し、それらを自在に操ることである。


 生み出された鋭く硬い黒い羽を蛇のようにしなやかに動くように形態変化させ、メカドッグの首元に刺した。


 メカドッグは全ての肉体が機械でできているわけではない。足や肉体の大部分が機械だが、首元や頭の一部は生身でできている。


 アオイはスネークでその弱点とも言える肉体部分を突き刺し、一瞬で絶命させた。


「これで終わりっと。さっさとこんな依頼終わらせて帰りたいんだが、まだ商人は見つからないのか?」


 アオイとマチが探しているのはとある商人だ。


 その商人は、税金から逃れるためとある組織から独立しようとしていたが、契約書であと一ヶ月その組織で働かなければならないということになっていた。


 緊急依頼として高い金額で出されていた依頼を、金にがめついマチは見逃さなかった。すぐに気づき依頼を受けた。


 あまりの速さにアオイも引いていた。


「もう見つかったにゃ。この一つ上にいる。さっさとオイラ達の金になってもらおうにゃ」


「ああ、今日は贅沢に外食にいこうぜ」


「ジュルり」


 二人の目は獲物を逃さない狩人の目になっていた。


「まあ良くも悪くも、その商人ってのは手腕がいいんだろうな。人員の手配まではちゃんとしてたしな」


「アオイ並の戦闘能力の人間が来るなんて予想できる新人商人は多分いないにゃ」


 ただの腕がいい期待の新人を少しこえる、ベテラン達を抑える新人を捕まえるのにわざわざアオイレベルの人間を使うと予測できたのならば、その商人はスラムに逃げる必要がなかった。


 スラムは逃げるのには適しているとも言えるし、言えないとも言える。


 入り組んだ道は常に変わり続ける環境であるスラムは、距離をある程度離せば隠れやすい。


 だが、同時に周りには犯罪がたくさんある。窃盗、殺人、強姦がはびこる地域では、戦闘経験が未熟な素人ではとても危険である。


 今回アオイ達は、スラムの人達に商人が襲われないかどうかヒヤヒヤしていた。


「じゃあマチ、案内を頼む」


「こっちにゃ」


 二足歩行から四足歩行に変わり、とてとてと階段を上っていくマチにアオイがついていく。アオイが階段に視線をやると、ついさっき誰かが階段を上った足跡がくっきりと残っていた。


「確かにこの上だな」


「商人さんにゃー!もう君の命はない!大人しく捕まるにゃー!」


 マチが大きな声を張って廃墟に響き渡る声を出した。


「猫が出せる声量じゃないな」


「まあオイラは猫であって猫じゃないかんじだからにゃ」


「何言って、お・・・・・・出てきたな」


 アオイ達に向かって商人と思われる人間が歩いてきた。


 アオイの目には見た目は少しおどおどした感じの青年に映っている。


 身なりはべつに身体中に宝石などをつけているなどは見られない。むしろ質素な感じで、これが期待の新人と言われる商人なのかとアオイが疑うほどであった。


「おかしいでしょ!?頭おかしいよアンタら!」


 商人がヒステリックに叫んでいる。頭を抑えて膝まで抱える勢いだ。


「あ、えーと」


「僕はね!これでも結構真面目に商人として勉強してきたんですよ!」


「あ、はい」


 あまりの気迫に思わずアオイは押されてしまう。


「僕は確かにフィラーゲ商会で伸びに伸びてる新人です」


「自分で言っちゃうのねそれ」


「だから僕からできるだけ税金をむしり取るためにあの商会のゴミ共達がハンターを雇って僕を捕まえることはわかっていました」


 ハンターは、このユートピアにある職業の一つ。討伐や防衛を主に受け負う自営業だ。ハンターギルドという全国にあるハンターと依頼者を仲介する組織もある。ギルド専属のハンターなども存在し、固定給を貰い依頼を受けるハンターもいる。


 アオイはどこにも専属してないハンターだ。


「でも」


 商人が突然プルプル震え始めた。


「でもですね!あんたみたいな強いハンターだとは思いませんよ!僕だってそれなりのお金で用心棒雇いましたからね!?それなのに!あんたは僕のお金を無駄にするだけでなくあの商会に戻そうとする!」


 この商人には二人の用心棒がついていた。べったりついていく用心棒ではなく。周囲の警戒をさせていた。その作戦をアオイはこの商人が考えたと思っている。確かにより自分に被害が少なく、見つからないように動けるかもしれないが、用心棒の二人が分かれていたおかげでアオイは苦なく用心棒を倒した。


 倒した後はマチがちょっかいをかけ、木に縛り付けて炭でマヌケとデコに書いた。


「今回は商会が一枚上だと思うぞ?あいつらは指名でハンターを雇わず、あえて高額の緊急依頼と称し、ある程度のランクにいる金に目がないハンターを派遣した。まあ俺達だが。もしかしたら半ばお前を諦めていたかもしれない。お前が捕まらなくてもハンターは緊急依頼失敗になり、少しはお金が商会に入るからな」


 指名でハンターを雇えば、個人同士でお金の交渉などが始まる。それで時間がくわれるし、何より失敗の違約金を貰えない契約になるかもしれない。マチも金にがめついが、商会はそれ以上にがめつかった。


「僕はねぇ!商売においてある程度どのジャンルもこなせる天才なんですよ!」


「ねぇねぇ、アオイやっちゃっていいんじゃない?あいつちょっとアオイみたいだし。自慢多いとことか、あ、やめて?掴まないで埋めないで。ぷぎゃああああ!」


 アオイは鬱陶しく感じていたマチを掴み、黒い翼を作り出して地面に穴を開け、そこから思いっきり投げ飛ばした。


「お前は落ちとけ。まあわかったよ、お前が天才なのもわかった。でも俺も依頼なんでな、失敗したら何ゴル払わなきゃいけないとおもう?五十万ゴルだ。わかるか?そんなの払痛くないんだよ俺は」


 今回の成功報酬は百万ゴル。ゴルはお金の単位である。


 ご飯付き風呂付きのいい宿一日に泊まるのに大体一万ゴル。兎の串焼きや豚、牛の串焼きで大体百ゴルぐらいである。


 ある程度のお金を持っているアオイ達ではあるが、お金は沢山あって悪いことはない。二人は貯金に満足せずひたすら稼いでいる。


「だからよ、こっからは商談だ。お前名前は?俺はアオイだ」


「・・・・・・僕はルーク。商談か、大方検討はつくよ。成功報酬を上回るお金、大体百五十万ゴルプラス、僕からある程度の物資を巻き取ってさらに僕との繋がりを増やすってとこかな?」


「へぇ」


 ルークの予想は全て正しかった。アオイは正確に内容を読まれ、感心した。


「やっぱ商人だなぁ。その内容でいい。受けてくれるか?」


「断るよ」


 ルークは思考の間もなく即断した。


「僕も今回は君達からかなりの被害を受けているんだ。用心棒を雇うのに四十万。さらに物資の移動をより高速化するための手配で三十万。そこで、君がさっき提示したお金、百五十万の成功報酬から、四十万は引かせてもらい、百十万の成功報酬を渡す。さらに物資の巻き上げは勘弁して欲しい。だけど、僕は将来大きくなる。ある程度の支援はすぐにするけど、大きな支援は僕が大成してから必ずしよう。それで僕を確実に逃がしてくれないか?」


「いいぞ」


 アオイもまた、思考の間もなく返事を返した。


 ハンターは依頼を失敗すると違約金の他に、ハンターランクの減少が起きる。


 ランクは依頼をクリアすることにより上がっていくポイント制だが、失敗によるポイントの減少は成功のポイント上昇より基本多い。だから本来は失敗をするのはハンター生命に関わってくるのだが、アオイはそれよりもこの商人ルークとの関係をより良い関係で終わり、その上で報酬を貰うつもりでいた。もちろん報酬の減少は予想し、あまりに下げるようだったら連れ帰るつもりだったが、満足のいく報酬を提示されたのですぐに承諾した。


「返事が速いなぁ。ということは、僕は商談ではまたしても負けたのかな?」


「いやお前は勝ったと思うぞ?俺を雇ったんだからな」


 マチの言った通り、アオイも自分の評価がとても高い。才能がない自分など考えたこともないし、今後自分がやられる姿なども考えない。


「じゃあ商談成立でい」


「その話ちょっと待ったにゃー!」


 先ほどアオイが開けた穴から白い翼が生えたマチが飛び出してきた。


「なんだよマチ、もう話は終わったんだが?」


「いやいやおかしいにゃ。せめてもう五十万上乗せするべきだにゃん。オイラはお金が欲しいの!わかる!?」


「金臭いクソ猫だなぁ。俺は別にこの商談で」


「いいでしょう。ここは僕が譲りましょう」


「っ!本当か?」


「はい。その代わり、護衛を頼みたいです。あの商会を少し考え直しました。もしかしたらあなた達を捨て駒にして、違う人間を配備しているんじゃないかって。緊急依頼ってことは商会と顔を軽くしか合わせてませんよね?」


「ああ。それがどうかしたのか?」


「僕は優秀なんですよ。そしてその優秀な僕をあの商会が気軽に手放すとは思えない。交渉の余地を与えないためにあえてすぐにあなた達に依頼を遂行させたのもきっと一つの作戦でしかない。商会にも腕が立つ用心棒が何人かいます。僕の護衛の戦力を削り、不利益なく確実に捕まえにくるなら、あなた達に依頼を失敗してもらい、その上で用心棒が僕を回収しにくるビジョンが見えます。だから護衛料として五十万を提示します。期間は僕が次の街で独立する瞬間まで。どうですか?」


 アオイとマチの意見はすでに決まっている。


「「もちろん受ける!」」


 二人の声がシンクロし、廃墟に響く。


「あの人達には誤算がありました。それは僕が思った以上に優秀じゃないこと。そしてアオイの実力が予想以上なこと。最後にこの思考にたどり着いた僕の優秀さです」


「うわぁ、やっぱりあいつアオイに似てるよ」


「おい、それ悪口で言ってるよな?悪いが俺の方が天才だし顔もいいぞ?」


 マチは二人の近くにいて気持ち悪さを覚えた。

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この異世界で、地球を知っているのは俺しかいない テイカー @reika-marutia

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