第4話 太陽への道筋
天使を創り、天使を食す。強欲な神は他に何をするだろう。
太陽に触れるため、足りないものは…。
食材は、料理において最も重要だ。それは上質で、新鮮でなければならない。特殊な食材となれば、尚更だ。魚を締めるように、苦痛を感じさせず、ストレスを除去 し、手早く生命活動を停止させなければならない。ストレスを感じた食肉は、酸味が増し、風味を損なう。生前の活動も重要ではあるが、最も重要なのは屠殺直前の状況だ。
「相変わらず君の料理は美味いね。丁寧な仕事が、繊細な味の裏に見え隠れするようだ。庶民的な料理を作らせても、仕上がりが一流になるのは正に、料理人の腕の素晴らしさの証左だ。」
男は、ハンバーグにナイフを入れる。途端に肉汁が溢れ出す。透明なそれに、私は無感情に魅入る。つられるように私もナイフを動かす。人は、ある対象と心理的距離を近づけようとする時、その動作を真似る。それは無意識に起こる人間の仕組みの一つだ。しかし、逆に言えば、それを利用することもできる。
「肉を加工するのはあまり性に合わないのだが。君は生肉が苦手だと聞いていたから、ステーキよりもハンバーグの方がお気に召すのじゃないかと思ってね。」
「お気遣いありがたい。生肉は野蛮だよ。あの血生臭さは、どうも僕の舌には合わない。」
男は食を進めていく。食材に敬意を払うのは、時に面倒だ。それが人間として敬意を払う相手であるかどうかは、疑問符がつくこともある。
「人間と獣は紙一重だ。君が考えているほど、人間は崇高なものではないかも知れないぞ?」
人は崇高か否か。人類に常に付き纏う、影のような命題だ。人は神の似姿ともいうが、実態は猿の近似類だ。猿は神に近いか?チンパンジーは?ゴリラは?…。
馬鹿馬鹿しい議論だ。火の通り過ぎた肉は、味気なく舌の上で解ける。確かにスパイスの風味はあるが、肝心な食材そのものの旨味が不足している。血が、足りない。
「いや、人間は神に間違いなく最も近い種族だ。獣に哲学ができるか?獣に料理の味を判別できるか?奴らは所詮、理性も知性もない本能の塊だ。神は理性と知性を司っている。それを考えれば、生命あるもののうちで最も神に近いのは人であることは疑いないだろう。」
男は饒舌に語る。
「君はどう思う?僕が思うに、君は料理の腕だけではなく、その頭脳も凄腕だろう。おお、わかるぞ。その目つき。表情。知性を持つものだけが持っている鋭敏さだ。実に人間らしく、紳士らしい。素晴らしい。僕と同じ種別の人間だ。」
私は、いい加減この男が、小煩いと感じていた。ハンバーグを切るナイフは、進まない。
「私は…そうだな。少なくとも君とは意見を異にする。この料理は、不味い。」
「謙遜を。」
「謙遜は悪徳だよ、君。」
私は椅子から立ち上がり、暖炉の上に置かれたペーパーナイフを手に取る。
「人間も獣も、食材に過ぎない。君もな。」
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