とある小国における独立部隊の存在証明

白野廉

戦場は、ドレスと共に


「――構え」

 深い深い闇に覆われた、人気の無くなった小さな町。その町中で、彼らは息を潜めて待っていた。

 新月を終えたばかりの、微かな月明かりと星明かりだけが光源である。だが、その暗さは彼らには関係なく、寧ろ好都合であった。夜闇に溶けるようにその身を潜ませ、ただひたすらにその時を待つ。

 遠くから、馬の駆る音が聞こえる。音は次第に大きくなり、そして。

「――射」

 号令とは何も、叫ぶ必要は無いのだ。今この瞬間に於いては、如何に素早く確実に伝えられるか。ただ一言に集約された指示は彼の部下に伝わり、サイレンサーで隠された射撃音が夜闇に吸い込まれ、直後、馬上に紅い花を咲かせた。

「よぉし、撤退だ。敵軍に見つからんようにな」

「アイリアド隊長、よろしいのですか。たった一度の射撃、それも目算では予定より二割ほど目標に命中していませんが……」

 無線機を通じて指示を出した男、アイリアドは同じポジションから狙撃をした青年の言葉に、ライフルをバラしていた手を止める。青年の言葉は間違ってはいない。通常の部隊なら間違ってはいない……の、だが。

「冥土の土産に一つ教えてやるよ。部下たちはオジサンの事を“リャード隊長”って呼ぶのさ」

 もう聞こえちゃいないだろうけどね、と呟きながら、硝煙を上げるハンドガンをガンホルスターに仕舞い、足元に転がった人間だったモノを足で横にどける。

 この部隊は、というより、ボス率いる大隊は特殊だ。部隊長はボス自らがスカウトしてきた人だけに任されているし、何より隊員の全体数が少ない。

 スナイパーは育てるのにも時間が掛かる。その為にボスが考えた作戦が、一射離脱。アイリアド率いる射撃部隊はその作戦を徹底させている。知らないという事はありえない。そう、本来ならば。

「ま、スパイって分かってて泳がせるのは好きじゃないしね。あーだらだらしたい」

 ライフルバッグを背負い、アイリアドは風吹く屋上から姿を消した。



 馬の駆る音が響く。鎧がガチャガチャと擦れる音を耳にする。息を潜めて時を待つ。

 目の前を馬が通過する。遮蔽物の陰からそれらを見送る。まだ、もう少し。

 歩兵達が目の前に差し掛かった時、夜闇に朱が散った。――今だ。

「第一、第三部隊、突撃!」

 無線機から響いた、決して大きくはないが凛と強い号令に、物陰に潜んでいた兵士達は雄叫びを上げて飛び出した。

 敵軍の騎兵である馬上の男達は何処からともなく行われた射撃の雨にパニックになっており、そのせいで後ろに続いていた歩兵達も足を止めざるを得なくなった、その瞬間の強襲。敵国、騎兵歩兵関係なく混乱の渦へと落とし込む事が出来た。

「……イケるわね。第二部隊、ミオに続いて。騎兵を一気に叩くわよ!」

「りょーかいっ! 任せなルイ姉!」

 戦場から叫んだらしいハツラツとした声を聞き、今の所何も問題は無いようだ、と彼は周囲に視線を走らせながら思う。

「ルーリア殿、我ら騎馬隊はどのように?」

「そうね……ヴァンの部隊はもう少し様子見で。ミオとその周りの子達の動きが想定より良いみたいだし…………ちょっと待って。当たってほしくない事に気が付いちゃったかもしれないわ」

 ヴァンと呼ばれた金髪碧眼の優男は、隣でしゃがみ込んで眉間を揉むルーリアをチラと見やると、どこか納得したような面持ちで頷いた。

「ふむ、ボスが暴れているようですね。ミオ嬢も心なしかイキイキとしておられる」

 彼の見やる方角には、その小さな背丈に見合わぬ大きな両刃剣を振るうミオと背を合わせる、我らがボスの姿があった。大振りの刀を手に、舞うように騎兵を潰していく。

「ボスが『騎兵については心配いらない』って言ってたけど、こういう事だったのね」

 そう言われた時点でボスが出てくる事に気付かなかった自分が悪かったのだ、とルーリアは思考を切り替える。そろそろ相手も冷静さを取り戻す頃だ。

「う、うろたえるなぁ! 敵軍に騎兵は無い! 兵力数もこちらが上なんだ!  殺せッ殺せぇ!」

 敵軍の騎兵の一人――指揮官らしき人間が声を張り上げる。が、現状を打破する為の作戦を伝えた訳では無く、怒鳴り散らしているだけの無能な指揮官だったらしい。そんな無能っぷりでは、

「ボスに刈り取られてオシマイね。……あーあ、久しぶりにスリルな戦場が楽しめると思ったのに、ツマンナイわ」

 ルーリアは物陰から立ち上がると、男にしては少し長めの深青の髪をサラリと後ろに流した。

「お帰りになるので?」

「勿論。ボスの事だから帰ることも察してるでしょうし、こんな戦場に指揮官は二人も要らないのよ」

 それにほら、とルーリアは宙を舞っているボスを指さす。

「ゴーヴァン、援護準備‼」

 敵騎兵の首を落とし、馬を奪ったボスが声を張り上げた。馬上で笑いながら刀を振るう姿から、いつもよりテンションが高い事が窺える。

「全く……仕方ありませんね。ミオ嬢の援護に参りましょう。ではルーリア殿、また後程」

 ゴーヴァンは少しばかり楽しそうにそう言うと、近くに待機させていた馬に跨り、二槍をかついで戦場へと駆けて行く。ルーリアはそれを見送ると、路地の奥へと姿を消した。



 夜の帳が降りた、少しばかり小さな町にある、とある住宅街の一角。広い大通り――騎馬が行軍するだけの余裕がある道に面した路地裏に、二人は潜んでいた。

「……で、何で居んの? 執務室で大人しくしとけば良いのに」

 薄茶の短い髪を活発そうにハネさせている女性は、傍らに座る人影を見る。

 星明かりすら無いような暗闇に染まったかのような黒い髪に、一分の先も見えないような闇色の瞳。この辺りの地域の人には無い色合いをする、コイツこそが。

「――ボス。お前が死ねばアタシ等特殊部隊は立ち行かなくなる。分かってんでしょ?」

「ボクの部下なら大丈夫。それに、今は一般兵の一人だから名前で呼んで欲しいな、ミオ隊長?」

 ボス、と呼ばれた彼女はニィと口角を上げて笑う。遠くから地響きと共に馬の駆る音が響き始めた。

「……仕方ないから、トウマにはアタシのサポートをさせてあげるよ」

「やった! ミオは今日大剣だしな。それに比べ、ボクは刀一振り。親友サマの倍は動いてあげるとしようか」

 お互いに拳をぶつけ、それきり沈黙を保つ。目の前を騎馬が通過し、歩兵が続き。

「第一、第三部隊、突撃!」

 無線機から聞こえる、決して大きくは無いけれど凛と響く声に、改めて突撃の態勢を整える。こちらが優勢の状態で混乱を極める戦場は、その実圧倒的な兵力差があるのだった。だからこその奇襲作戦であったのだが。

「第二部隊、ミオに続いて。騎兵を一気に叩くわよ!」

 ルーリアの指示を耳にした瞬間、ミオとトウマの両名は物陰から戦場へと飛び出した。

「りょーかいっ! 任せなルイ姉!」

 小柄な身体の何処から力が出てくるのか、ミオの身長の半分はあろう大きさの両刃剣を振り回し、一人、或いは数人の騎兵を纏めて屠っていく。討ちもらした敵はトウマが斬り捨てる。ピンヒールのブーツを履いている事も相まって、まるで舞っているようだった。二人の、お互いの死角を埋めるようにくるくると立ち回る姿は踊っているようにも見え、そのまま混沌とした戦場を支配していった。

 そこでようやっとパニックから平常心に立ち直ったらしい指揮官らしき男が馬上から声を張り上げた。

「う、うろたえるなぁ! 敵軍に騎兵は無い! 兵力数もこちらが上なんだ! 殺せッ殺せぇ!」

 兵力差を補う為の、この奇襲作戦と各所に仕込んだ諸々は無駄だったかもしれない、とトウマは溜め息を吐いた。指揮官が無能では“軍勢”も意味を成さ無いのだ。

「ミオ。ボクはルーリアの代わりに戦場指揮をするつもりだ。アイツ、多分帰るだろう」

「だろうな。となると、アタシのサポートにヴァンが欲しい」

 了解、と小さく答えたトウマは少しだけ助走をつけると、敵歩兵を斬りつけながらその肩を踏み台に跳び上がった。今までは馬を潰してから騎上の兵を狙っていたが、今の狙いは兵だけだ。足が欲しい。兵を斬り落とし、馬に跨る。

「ゴーヴァン、援護準備!」

 建物の陰から飛び出してきたゴーヴァンは実力のある男だ。この言葉だけでミオのサポートに回ってくれるのだから。

 トウマは湧き上がる興奮を隠さず、その全てを戦場に向ける。この場から逃げようとしていた男に迫り、一閃。

「――敵将討ち取ったぞ。この戦、我々の勝利だ!」



 北町の防衛戦線から早いもので二週間。

「それで、北の町の戦線は? ポーンbの四」

「停滞するだろうさ。だがまぁ、念の為ヴァンの部隊に見回りさせてる。ルークをdの三」

「ふぅん。西の国境も暫くは硬直だし、問題は無さそうね。キングをhの六」

 執務室には特殊部隊のボスでありこの部屋の主であるトウマと、その副官であるルーリアの二人がいた。二人の前にチェス盤は無く、各々手元にある資料に目を通している。

「そーいや伝えたっけ? 革命軍の話なんだけど。ルーク、fの六」

「革命軍……第四本隊の指揮官様のお話かしら。ポーンをbの五」

 二人が行っているのは、目隠しチェス、と言われるものだ。二人の脳内では目まぐるしく変わる駒の配置が正しく思い浮かべられているのだろう。だが、資料を捲り何かを書き付けるその手は止まらない。

「ボクらを取り込みたいらしい。ルイという女性に婚約の申し込みがあったんだ。ポーンをgの五」

「ハァ?」

「ルイ姉の番だよ」

 ルーリアは資料をローテーブルに叩きつけ、四人掛けのソファから身を乗り出すように、執務机上の書類に目を通しているトウマに食って掛かった。

「どういう事よ! ポーンをcの五!」

「さぁ? 『そのような女性は我が部下にはおりません』って断ってやった。クィーン、dの一」

「あぁ……ボスなら断ってくれると思っていたけど、私は何がどうしてそうなったのか気になるっていうか、何というか……ポーンをcの四」

 眉間を抑え考え込むルーリアを、トウマはニヤける顔を隠さずに見つめる。

「ルイ姉」

「なぁに?」

「ポーンをfの四。で、チェックメイト」

 脳内で展開されたチェス盤を思い返してみて、キングが何処にも逃げられない状態であった事に気付いたルーリアは、がっくりと肩を落とした。椅子に座るトウマは腹を抱えて笑っている。

「ちょっとボス、騙したわね。ズルいわよ」

「いや、まさかこんなんに引っかかるとは思わなかったんだって。騙された君が悪い!」

 騙す方が悪いに決まっているでしょう、というルーリアの言葉は、突然開かれた窓の音、それと共に室内へ入ってきた者の登場によって彼の心の内に留められた。

「……マスター。急ぎ報告、失礼致します」

「あら、お帰りなさいキール君。今は何処に潜ってるの?」

「革命軍、だ」

 深紅の長い髪を少し高い所でしばり、黒い衣服で全身を包んだ紅い瞳の男は、ルーリアに一瞥もくれずに答え、トウマの座る椅子の横に首を垂れるように膝をついた。

「革命軍が動きます。……先立っての目標は、特殊部隊の壊滅」

「成程。パーティーのお誘いはそういう事か……キルシュバウム、潜入は続けられそうか?」

 キルシュバウムの言葉を聞きトウマが引き出しから取り出したのは、一通の招待状だ。

「問題無く。本拠地はやはり、郊外の別荘のようです」

「分かった。無理のないように頑張ってくれ」

 ありがたきお言葉、と頭を下げ、キルシュバウムは執務室に侵入してきた時とは逆に窓へ歩み寄ると、スルリと姿を消した。

「あの子ったら相変わらずボス一筋なのね。妬けちゃうわ」

「へぇ。ボクとキール、どっちに妬くって?」

「決まってるじゃない。ボスだけに忠誠を誓えるキールに、よ」

 その綺麗な顔に微笑みを乗せながら、ルーリアは件の男が出て行った窓を閉める。

 ……と、そんな穏やかな空気を壊すように激しい音を立てて扉が開かれた。破壊せん勢いで扉を開いたのは、白衣を着たグラマラスな女性。

「珍しい。キャシーがここまで出てくるなんて、何か面倒事か?」

「キールちゃん来なかったかしらぁ? 一大事ってワケじゃないんだけど、ちょーっと困ってるのよねぇ」

 キャシーはカツカツとピンヒールの音を響かせながら執務机に向かって歩き、そのまま机に腰掛ける。更には豊満な胸を強調するようにトウマに体を寄せ、耳元でそっと囁いた。

「私お手製の麻痺毒が盗まれちゃったの」

 パチリ、眼を瞬かせるトウマの頬に手を滑らせ困った様子で眉を下げるキャシーは、同性から見ても溢れ出る色気が妖艶な女性だった。サラリと肩口から流れ落ちる銀色の髪も、その美しさに拍車をかけている。

「……キールが毒を盗んでいったから困っている、と」

 つれないわね、と先程までの空気を霧散させ、キャシーは先程ルーリアが座っていたものと向かいにあるソファに腰掛けた。

「キャシーさん、紅茶入れましょうか?」

「ありがと。でもすぐに地下に戻るから大丈夫よぉ。毒自体は改造途中って事以外は問題ないわぁ。ただ、遅効性なのよねぇ。……あとこれ、ついでに本題よぉ」

「まぁ、キールなら効果分かってて持ってったんだろうさ。で、文脈には突っ込まず聞くけど、このボイレコがどうしたんだ?」

 一体どうやって仕舞っていたのか、谷間から取り出されたボイスレコーダーを眺め、トウマは眉を顰める。近頃活発に動いているのは、先程も話をしていた革命軍だけだ。

「もう分かっているようだけど念の為、ね。革命軍所属の兵士達の会話をおバカな政治家さんたちにも分かるように編集したモノよぉ。……あと、パーティーにお呼ばれされていたようだけど、どうするつもりぃ?」

 キャシーの問いに、ニヤリ。口角を上げる。

「二週間後。当然、参加だ」



 日が経つのは早いもので、革命軍の本拠地に招待されたパーティーの当日となった。パーティーに参加する者と屋敷の外で待機する者の二手に分かれ、この機に乗じて革命軍を殲滅する作戦である。革命軍の屋敷は首都の郊外の森の中にあり、その森の中にはルーリアの罠が張り巡らされている。キルシュバウムから届いた屋敷の見取り図を頼りに、パーティーの会場であろう広間を狙える場所にはアイリアドがライフルを構えて待機している。

 トウマ率いるパーティー参加組は屋敷に向かう馬車の中にいた。パーティーに参加するのはトウマとミオ、ゴーヴァンとルーリアだ。広間に革命軍の武装部隊が直接乗り込んでくるだろうという見立てからこの人選になったのだ。

「別に作戦はコレで良いんだけどさぁ……」

 ガラガラと車輪の音が響く馬車の中で、トウマは溜め息と共に言葉を吐き出す。

「コレ、納得いかない」

「ちょっと、足開かないの」

 隣に腰掛けるルーリアに膝を叩かれ、トウマは渋々足を閉じて座り直す。彼女の今の装いは、肩から腰に掛けて二重の大きなフリルの付いた黒いワンピース。膝より少し長めのスカート丈に合わせ、いつも履いているピンヒールのブーツではなく、深い青色のミュールだ。対するルーリアは黒い燕尾服で、いつもは縛らない深青の長い髪を黒い髪飾りで緩くくくり、前髪の右半分を掻き上げてワックスで固めている。

「それで、ボスは何が納得いかないんです?」

「スカート」

 微妙な顔をするトウマに苦笑するゴーヴァンはグレーのタキシードに、敢えてオレンジのネクタイを締めていた。

「何でかしら?似合ってるわよ」

「落ち着かない……」

 ヒラヒラとスカートの裾を弄る。裾から見えるスカートの裏地は、ミュールと同じ深い青色だ。

「アタシとお揃いなんだから我慢しろって。ワンピースの方が武器仕込みやすかったし」

 トウマの向かいに座るミオの言葉通り、彼女達のワンピースはお揃いだ。ただ、ミオのスカートの裏地はクリーム色だし、履いているのはヒールの低いクリーム色のサボ。動きやすさも多少考慮した選択らしい。

 ミオはスカートの上から右太もも――ナイフを二本仕込んであるナイフケースに触れる。トウマの右腕に嵌め込まれたブレスレットにもワイヤーが仕込まれていた。キルシュバウムの情報からボディチェックは無いと分かっているから、ルーリアのベストの下にも小型のハンドガンが一丁仕込まれている。

 ボディチェックを行わないなんて間抜けにも程があるが、第四本隊指揮官殿は、自分が革命軍リーダーだとこちらに気付かれていない、と思っているのだろう。都合は良いが、侮られているようで少しばかり釈然としないのは秘密だ。

「……まぁ、態々ミオと揃いの物を作らせたんだから、大人しくしておく」


 それから暫く馬車に揺られ、辿り着いた郊外の森の洋館。案内された大広間には兵士に商人、政治家、といった様々な人が集まっていた。

 今回は立食パーティーと銘打っているので、大きなテーブルが置かれ、その上には沢山の料理が並べられている。

「あそこに居るデブ、北街で一番デカい商会の会長じゃないか?」

「そうねミオ。確か、革命軍の資金源の一つだった筈よ」

「窓際の大男は確か、革命軍の者が政府軍に入れるように手引きした元大臣……成程。まさに敵の巣穴に呼び込まれた、という訳ですね」

 分かっていたことだが、広間に居る者の殆どが革命軍に何らかの関わりのある人物で、ここまで革命軍が肥大化しているとは知らなかった。だが、それも今日まで。不自然にならない程度に、入口のすぐ近くで広間内を見回していると、一人の男がトウマ達の元へと歩み寄って来た。――指揮官殿だ。

「あぁ、指揮官殿。こちらから伺うのが礼儀だというのに、申し訳ございません。このようなお屋敷に入ったのは初めてでして……ご無礼がありましたら申し訳ありません」

「よく来てくれたね。パーティーとは言っているが、ただの交流会だから。固くならず楽しんでいってくれ」

 ありがとうございます、とトウマは一度頭を下げ、いつの間にか壁際へ寄っていたミオ達の元へと歩く。

「逃げるなんてズルい」

「ごめんって。アタシあのバカ嫌いだからつい、ね」

「ボスには悪いとは思ったけど、面倒事は避けたいじゃない?」

 ルーリアに渡された小皿に料理を取り分けながら喋っていれば、「失礼致します、お客様」とロングスカートのメイド服を着た女性に声を掛けられた。深紅の髪をツインテールで纏め、とても可愛らしい笑顔が印象的な女性だ。

「……何してんだ、キルシュバウム」

「あら、バレましたか」

 頬に片手を当てて微笑む姿もその声色も、完全に女性のソレだ。

「お客様、よろしければこちらのお飲み物をどうぞ。……他の物にはキャシーの毒を仕込んである。更に遅効性に改良した物を、な」

 驚愕で言葉も出ない様子の男二人に飲み物を押し付けてから去って行ったキルシュバウムを見送り、引きつりそうになった頬をどうにか抑え込んでから、トウマとミオは小さく溜め息をこぼす。

「アイツ一人で革命軍落とせたんじゃない?」

「ミオ、ソレは言っちゃダメだと思う」

 何で女装しているのかは、取り合えず聞かないことにした。


 革命軍が殺したいらしい招待客が全員揃ったらしく、指揮官殿が前に立つ。最後の晩餐のつもりなのか、料理に毒は仕込まれていなかったし、この広間に爆弾やその類の物が仕込まれている訳でも無い。この手の指揮官のやりそうな事など、容易に考え付く。

 耳の近くに着けてあるヘアピンを直すようにして、キャシー特製の無線機の電源をつける。

              カツカツ、カツカツ

 爪でヘアピンをタップする事で、スタンバイの合図を送る。態々パーティー用にとキャシーが作ってくれたヘアピン型の無線機はかなり小型だが、狭い範囲から拾った音声の送信しか出来ない。逆に、対の無線機――ルーリアの髪留めとして使われている物があり、こちらは受信しか出来ない。使い勝手が悪いが、今回だけの物なのだから構わないと言ってしまえば、それまでなのだが。

 チラとルーリアを見れば、心得たとばかりに、パーティーのパートナーといった風に隣に立った。逆隣にはミオとゴーヴァンが同じようにして立っている。革命軍の作戦開始の合図がすなわち、逆襲作戦開始の合図だ。

 革命軍に加担している者は扉から離れ窓際に立ち、必然的に、残された他の招待客は扉よりに立つ事となる。トウマ達も窓から離れた所に立っている。

「お集まりの皆さん。今日はご足労いただきどうもありがとう。これも、この国の未来の為。ここで死んでもらおうか。――殺れぇ!」

              カツン

 派手な音を立てて扉が開かれると同時に、一枚の窓が破られた。その窓の前に立っていた太った男が、何が起きたのか分からない、といった顔で床に倒れる。扉からは武装した集団が銃やナイフを手に侵入しており、広間は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。武装集団は近くに居た招待客に襲い掛かり、窓際に立っていた者達は窓から離れようと扉に向かって逃げるが、一人また一人と何処からか飛来する銃弾に倒れていく。運良く窓から離れることが出来た者は武装集団に襲われる。武装集団から逃げようと窓へ駆け寄った者は何が起きたのか分からず銃弾によって倒れる。

 広間は一瞬にして紅く染まった。

「まさかの同士討ちに驚きを隠せないボクだが、仕事が減るのは喜ばしい事だ、……ね!」

 革命軍に追われ、散り散りに逃げる、という風にしてトウマが駆け寄った場所は、ワイヤーの仕掛けられた危険地帯。誘われるように追いかけて来た数名の首が、トウマが右腕を引いた瞬間にあらぬ方向を向いて落ちる。続けざまにヒュン、と高い音を立てて舞ったワイヤーが銃口を落とし、刃先を落とす。武器が破壊されて慌てる者達の息の根を、ミオが二振りのナイフでもって止めていく。

「ミオ、ボス! 逃げた元指揮官を追ってちょうだい!」

「こちらは問題ありません。キール殿のおかげで彼らの動きが鈍くなってきているようで」

 子供を相手しているかのように武装した人間を放り投げるゴーヴァンの言った通り、トウマ達以外で生きている者達は皆、動きがぎこちなくなっているようだった。

 ルーリアからの援護射撃を受け、広間を出る。ミオが隠し持っていたいつもの小型無線機を取り出しセットした所で、キャシーから通信が入った。タイミングが良すぎると思ったが、ヘアピン型の無線機を着けたままだった事を思い出した。

「キャシーさんからのお知らせよぉ。ボス達は書斎に行けば元指揮官さんに会える筈。ルイちゃん達はキールちゃんが加勢してくれるから、頑張って待っててねぇ」

 言いたい事だけ言われて切れた通信に、そういえば確かにパーティーの途中からキルシュバウムを見かけていなかったと思ったが、最優先事項は書斎へと逃げているらしい元指揮官を追う事だ。トウマは意識を切り替えると、趣味の悪い照明で照らされた廊下をミオと共に駆けた。


 トラップも無く、敵の妨害も無いままに辿り着いた書斎前。扉の正面から外れるように壁に背を預け、トウマがワイヤーでドアノブを破壊すれば、小規模な爆発が起きた。小規模とは言え、人一人を戦闘不能にさせるには十分すぎる規模の爆発。だが。

「こんな粗末なトラップでボク達を殺せると思わない事だね」

 書斎に一人逃げ込んでいた元指揮官は、ほとんど傷が無いトウマ達の姿を見て、うわ言のように、何で、どうして、と繰り返すばかりだ。

「アンタお気に入りの紅髪のヤツ。アイツからの情報だよ」

「キリシュ女史、だっけ? アイツ、ボクの部下だから。残念だったね」

 道すがらキャリーから聞き出した、キルシュバウムの潜入調査の詳細を思い出しながら、ヒラリと手を振る。随分と信用されていたようで、屋敷内のトラップについても色々と聞かされていたらしい。姿が見えなかったのは、ソレを解除していたからだったようで。

 一瞬で間合いを詰めたミオに一閃され、元指揮官はカーペットに赤い染みをつくりながら倒れ伏す。

 他にも敵が潜んでいないか確認した所で、入れっぱなしにしていた無線機から状況を把握しているキャシーから通信が入った。

「ボスたちの方は無事終わったみたいねぇ。幹部格も全員落としたし、後は屋敷ごと吹っ飛ばしてオシマイよ。キールちゃんが張り切って爆弾置いてくれたし、問題は無いわねぇ。みんな、お疲れ様」

「りょーかい。あ、そーいやリャードのおっさんは平気か?」

 ナイフを一振りケースに仕舞いながらミオがそう声を掛けたワケは、スナイパーは居場所が割れれば一番危険だからだろう。

「ルーリアのトラップのお陰でどうにか、ね。敵さん、色々引っかかってたみたいだけど、おじさん取り合えず休みたい」

 今回の作戦はいつも以上にスナイパーの危険度が高く、尚且つ長距離でも外さない精密な射撃が必要だから、とアイリアド一人に任せたのだ。

「アイリアドだけに射撃を任せて悪かったな。

          ……皆、作戦完了だ。撤収する!」



 騒々しいパーティーから早数日。柔らかな日差しの穏やかな一日。トウマ率いる特殊部隊はこれからも戦場に生きる。

「ボス、応援要請よぉ。次は南の帝国ですってぇ」

「了解。ルーリアとゴーヴァンを呼べ。会議を始める!」

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とある小国における独立部隊の存在証明 白野廉 @shiranovel

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