第14話
刺すような寒さで目が覚めた。
「っ……う……」
視界に真っ先に入ってきたのはざらりとした灰色の床だった。石畳をただなんとなく敷き詰めただけのような場所である。
がんがんと痛む頭を何度か振って、冷たい石に横たわっている自分の体をどうにか起こす。まだ頭がくらくらしていたが、自分がどういう状況にあるのかは少しずつ思い出していた。
迂闊だった。レオとローガンがいたからと変に気を抜いていたのが良くなかった。白昼堂々とは言わないまでも、まさか日も暮れる前にあんな大胆な誘拐犯に出会うとは。
あの二人がイドラに罰されていないことを祈るばかりである。
「……?」
しかしそこで、起き上がったアリアはとりあえず困惑した。
不可解なことに体が自由だった。縛られてもいないし、目隠しも、耳栓も、猿轡もない。そういう場合は絶対に出られない構造の部屋に閉じ込めているものだと思うのだが、その部屋にはぽっかりと外への出口が開いていた。
思わずじっと凝視する。
見た目は扉をくり抜いたような、人ひとり分ならなんなく通れそうな穴である。さすがに外というわけではないのか、向こう側は暗闇に飲まれていた。
「あ、目え覚めた?」
アリアはやや驚いて振り向いた。少し離れた場所に、若い青年が座っていた。青年というか、もはや少年の域にあるくらいに若い男である。
どうやら闇に紛れていて気が付かなかったらしい。
妙に軽薄な印象のある彼は、立ち上がったアリアを無遠慮に眺め回す。
「へえ……あの戦闘狂、こーんな可愛い奥さんもらってたのか、知らなかったな。寝てる姿も可愛かったけど、起きてるとやっぱ格別だね」
何がどう格別なのかいまいちよく分からず、アリアは眉を寄せた。
男はアリアに話しかけている
「俺さあ、さらっとこんなかび臭いところで見張りしてろとか言われてさあ? 酷くね? うちが攫ったのがあんたみたいな美人でよかったわ。じゃなきゃこんなことやってらんねーもん。あ、なんか食う? お腹空いてるかなあ、あんた五時間くらい寝てたっぽいけど。あー、でも下に降りねえと食べもんねえなー……」
がりがりと頭をかく男。
その緊張感の無さに半ば呆れた。今話した内容だけで、誘拐した本人に多大な情報を与えていることには気がついていないらしい。
「ひとつ聞きたいんだけど、いいかしら」
「おお、美人は声まで綺麗だな。何? なんでも聞いてよ」
「ここ、一体どこなのかしら。私を使って何をするつもり?」
「ひとつって言ったじゃーん、あっはは」
けらけらと笑い、しかし男は隠すこともなく答えた。
「ここはねー、俺らの拠点だよ」
「拠点?」
怪訝な顔で聞き返す。
ぐるりと石畳に覆われた部屋の中は、お世辞にも住みやすいとは思えなかったが、同時に気品溢れる雰囲気も漂っていた。おそらく壁にかかっているカーテンはベルベット製だし、貴族でないと手入れもままならないような広さでもある。
奪ったのだろうか?
「そ。俺ら盗賊とかやってんだけどさー、そうすっと、結構大変なわけよ。色んな国籍の奴らがいるとはいえ、そいつらの伝手で渡り歩くにも金がかかるし、盗んでばっかもいられないしさー」
こいつは根っからの馬鹿なのだろうかと呆れ果てた。アリアが女だからか、はたまた逃げられるわけがないと油断しているのだろうか、ぺらぺらと情報を垂れ流している。
「そしたら頭領がすげえいい拠点見つけてくれてー、もう快適快適快適祭りでさあ」
随分とふざけた祭りだなと冷めた心地で思いつつ、アリアは慎重に質問を重ねていった。
「あなた、イドラを知っているのね?」
「あったりまえじゃん。ここいらで知らない人とかいないって」
「確かにあの人は有名人だけれど。じゃあ私はあの人への人質……ということになるのかしら? なんだかしっくりこないわね」
「あんたの旦那でしょ? 一番適任じゃん。あんたみたいな綺麗な嫁さんさらわれて取り乱さないはずないって」
「そうかしら……?」
思わず素で呟いた。イドラが取り乱すところなど想像できない。彼ならばあっさりアリアを切り捨てるのではないか、と冷静に考えて、ちくりと心臓を針で刺されたような痛みが走った。
なんだろうと首を傾げる。何かの病気か?
「まあそれはいいじゃん。今は俺と話そうぜー」
間延びした声とは裏腹に素早く距離を詰められ、顔をしかめた。盗賊にしては清潔すぎる男からはふわりと甘やかな花の匂いが漂う。
「あ、もしかしてびびってる? かーわいー」
思わず極限まで目をすがめた。アリアは軽薄な男が嫌いである。
「離れなさい」
「えー、なんで?」
「貴族には貴族の流儀というものがあるということくらい、あなたなら承知しているのではない? 令嬢には無闇に近寄らないこと。いきなり触れるなんてもってのほか。そんなことも知らない? 随分と箱入りのドラ息子なのね」
嘲るように言うと、男はぴしりと表情を固めた。
詰めていた距離を離し、理解不能といった表情を向けてくる。
「……どうして分かった?」
「いくら無作法に振る舞おうとしたところで無理があると思うわ。貴族の所作は一生消えないものよ」
アリアは慎重に慎重に、男の逆鱗に触れるか触れないかの部分を撫でる。
「あなたの一挙一動は貴族のものよ。私の目を誤魔化せると思わないで」
王都で笑顔を武器に様々な貴族と渡り歩いた経験が告げていた。
「大体、そんな綺麗な身なりをして……あなた、本当に盗賊なの? だとしたら随分と日が浅いのね。そんなに簡単なものじゃないと思うわよ」
呆れ半分哀れみ半分の声で言う。アリア自身貴族だから分かる。貴族が身につける処世術は貴族間でのみ有効なものであって、日常生活では使用人の足元にも及ばないくらい出来ないことが多いのだ。アリアは様々なことを自由にやらせてもらえていると思うが、それでもやはり貴族でなくなったら生きていける自信はない。
それに何より、アリアはイドラをずっと見ていたのだ。自分と同じ貴族でありながら泥にまみれ、国境を守るために戦っている姿を見ていた。
心中はどうあれ、イドラのやっていることは誰にでもできるようなことではない。
目の前の男にはイドラと同じ行為どころか、盗賊ができているのが不思議なくらいである。
「大方子爵……いえ男爵かしら。貴族の家の息子が盗賊になんて話は聞いたことがないけれど、辺境の男爵あたりなら放蕩息子の一人や二人、いてもおかしくないわね?」
水が流れるように言い切ったアリアを呆然と見つめた男はみるみる顔を赤くする。それは恥ではなく憤怒の色だった。
「お前……調子に乗るなよ!」
乗っているのはお前のほうだと言いたいのを堪えて横に避ける。飛びかかってきた男の手は空を切ったが、瞳孔が開ききった顔でぐるんとこちらを向くと再び襲いかかってきた。
アリアは咄嗟に動けない振りをして彼に掴みかかられることにした。人質を勝手に傷つけたとなればこの男もただでは済まないだろう。この状況をなんとかできる突破口になればいい。
ぶんっと男の腕が高く掲げられる。彼の弱さにつけ込んだのは自分だが、年若い貴族の女を拳で殴るのかと少し呆れる。
まあ一発殴られるくらいなら……
無気力にそう考え、一応顔を隠すように両腕をかざして頭を守った。
「何をやっている」
しかしそのとき、音もなく声のみがすぐそばから聞こえた。
男だけでなくアリアも目を見開いて顔を上げると、すぐ隣に全身黒ずくめの男が立っていた。今にも殴りそうだった軽薄男の拳を掴んで止めている。
「やはりお前には見張りは向かないようだな」
「と、頭領! これは……」
「違うなどとは聞き飽きた。お前は戻っていろ」
ぴしゃりと言い捨てられ、ぐっと彼は押し黙った。しかし無言で頭を下げると静かに退出していく。どうやらあの穴はやはり外に通じるわけではないらしい。
「あなた……あのときの」
イドラと互角に戦っていた男だった。闇に紛れるために黒ずくめだったのかと思いきや、どうやらこれがデフォルトのようだ。
アリアは最大級の警戒心を持って話しかけた。男は宵闇に紛れるような服装のままでこちらを振り返る。
「お前、あまり人を挑発するのはやめろ」
「あら、それは悪かったわ。攫われた状況でもなければもう少し冷静だったかもしれないわね」
「何を言っている。お前は至極冷静だ。大方殴られでもして膠着状態から脱したかったのだろう?」
さらりと見透かされてアリアは目を見開く。イドラと戦える時点でこの男も大概だと思っていたが、案外話が通じそうだ。
少なくとも、あの軽薄男よりは話し方が理知的である。
「あなた……異民族を率いていたはずよね、どうして盗賊の首領なんてやっているのかしら」
「ん? ああ……そうか。お前は知らないのか。俺は元々こっちが本業だ」
「え?」
どういう意味かと眉をひそめる。男は淡々と続けた。
「イドラもどうやら勘違いをしているようだが、俺は別に異民族を率いているわけでもないし、なんなら奴らのことは何も知らない。異民族が攻めてくればイドラが出張ってくるのはいつものことだから、奴らに乗じているだけだ。俺はイドラと戦えればそれでいい。今回もそうだ。どうやらお前を攫えば本気のイドラと戦えるらしいからな」
アリアは心の中で前言を撤回した。この男、イドラと同類である。イドラと戦いたいがために異民族の振りまでするとは、正気の沙汰ではない。
しかし呆れながらも引っかかるものを覚えて問いかけた。
「らしいって何? 誰かが私のことをあなたに助言したの?」
よく考えればおかしい。いつもならアリアが街に降りるときはイドラが付いてくる。今日はたまたま来なかっただけで、そんな状態のアリアを偶然見かけたからといって咄嗟に攫うだろうか。
いやそれよりも、王都の辻馬車を引っ張ってきている時点で大いに計画的なのだ。やはりイドラが怪我をしていることを知っていなければできない芸当である。
それができるとなると……
「ああ、それは言うなと言われている」
あっさり告げて、男はアリアを静かに見た。ぞっとするほど暗い瞳だった。
「……あなた、イドラと戦ってどうしようというのよ。イドラをどうにかしたところであの街が手に入るわけでもないでしょう」
矛先を変えてみることにした。この男はイドラに似ているのだ。破壊衝動と獣のような感覚、それから芯の通った性格。
恐らく後ろについている人物のことについては話してはくれないだろう。それは別に考えられるからいいので、聞きたいことを聞くことにした。
男はことりと首をかしげた。
「お前は、生きている実感を持てているのか?」
「え?」
「その体に赤い血が流れているのだとどうして断言出来る? 自分が干からびた魂に成り果てていると考えたことはないのか? 死に肉薄せずして、生を感じられるのか?」
闇を溶かしこんだような瞳で興味深そうに彼はアリアをのぞき込む。
「俺には分からない。ぬくぬくと暖かな暮らしをして、それで生きていると言っている奴らには共感できない。血を流さなければ、血が流れているのだと実感できない」
無表情なのに熱に浮かされたような面持ちで彼は語る。
「俺はただ戦いたいだけだ。それをイドラは許した。ただ俺との戦いだけを求めてくれた。俺はずっと戦っていたい。イドラ以外にはなし得ないことだ」
まるで愛の告白のように戦いへの思いを語る口調に、少しの憐憫と嘲りが混ざっているような気がした。
お前には分からないだろうと彼の目が告げている。
アリアはじっとその瞳を見つめ返すと、少し黙考して口を開いた。
「私、川に突き落とされたことがあるのよ」
彼の片眉がぴくりと上がる。
「冷たくて……流れも早くて……服はまとわりつくし、自分の体が思うように動かない。それが私にとっての死に肉薄した瞬間だったわ」
今でもたまに夢に見る。得体のしれないものが自分の命を絡めとっているような感覚は慣れるものではない。
あのとき、アリアは少女を助けようとしていたけれど、恐怖を感じていなかったわけではないのだ。
「私にとっての『死』というのはそういうものだわ。自分から飛び込んでいくものじゃない。いつもあちらの側からやってくるものよ」
高熱を出して死にかけたときも、獰猛な犬に足を噛まれたときも。
あるのは引きずり込むような死神の手だけで、生きている実感などなかった。
「イドラもあなたも勘違いをしているわ。自分から死神に会いに行くことは本当の『死』に肉薄しているわけではないのよ。本当の『死』というのはもっと唐突で、呆気なくて、強制的なものよ。風邪をひいたら動けなくなることに鬱陶しさを感じるでしょう? 自分の意に反して思い通りにならないことを楽しめる人間というのはそうそういるわけではないわ」
その点において、彼らはひどく無知だ。彼らはわざと自分にストレスを与えて、それを乗り越えることでたち成感のようなものを得ているにすぎない。そんな子供のような残酷な勘違いを見せつけられるほうはたまったものではない。
「ならばお前は、俺たちの戦いに意味などないと?」
「それが楽しいのなら、意味はあると思うわ。無意味にしてしまうものが多いというだけよ」
彼らは自分たちの快楽を優先するが故に、他人の思いを踏みにじっているのだ。本質的には自虐が他人をも傷つけるのと同義である。
「……なるほど」
彼は少し虚を衝かれた表情で黙りこむ。首をかしげると、座り込んだアリアの目線までしゃがみこみ、少し光を宿した瞳で目を合わせてきた。
「お前がイドラの妻になった理由が分かる気がするな」
「……今そういう話だったかしら」
「お前みたいな奴が俺のそばにいたなら、楽しいのかもしれない」
「人の話を聞きなさいよ」
そういうところもイドラに似ている。
呆れてため息をつくと、彼はアリアの顎を軽く掴んで上向かせてきた。
「お前、俺と来ないか」
「嫌よ」
ぎょっとするくらいの即答でアリアは答えた。その瞳には刃物のような鋭さが宿っていた。
「私はイドラの妻よ。攫ったからといって、簡単に奪えるものだと思わないで。そこまで見くびっているような人に私の人生はあげないわ」
きっぱりと切り捨てるように言い切ると、彼は少し目を見張ってから問いかける。
「イドラがお前を気に入って手放さないとうことか?」
「……今の答えからそんな解釈になるとは思わなかったわ。どうしてどいつもこいつもそういう見方しか出来ないのかしら。私の意志のどこにイドラが介入してくる余地があると思うのよ」
顎を持つ手を振り払い、こめかみを押さえて唸る。
「イドラが強いとか、魅力的だとか、そういうことは関係ないわ。私はたとえイドラが失踪したって既にあの人の妻なのだから、そこから引く気はないわよ」
「ならばお前がイドラの妻でなければ、俺についてきたのか?」
前のめりになった男にアリアは困惑した。人生においてこれほどまでに迫られたことはない。
しかし真剣そのものの視線に言葉を飲み込む。イドラもこの男も、変なところで真面目になる。
「男の人ってたまにそういうことを言うわよね」
アリアは宙を見つめて呟いた。
たまに婚約を済ませた友人から相談されることがあった。プロポーズを受けた直後、そこそこ親しくしていた男の友人が「自分がもっと先に同じことを言っていたらどうなっていたか」というようなことを聞いてくるらしいのだ。
彼女たちの評価をして「そこそこ」親しかったという時点で察せられないものだろうか。
「『自分が先に同じことをしていたら』なんて、一番聞いてはいけないと思うわ。その結果を聞いてどうするのよ。少なくとも私だったら、そんな結果に左右されるような人と一緒になりたいとは思わないわ」
きっと彼女たちも同じ思いだったに違いない。仮に、先にプロポーズしていたら受けていたと言って、「それなら早くプロポーズしておけば良かった」なんて思われるのはひどい侮辱だ。
「女性は商品ではないわ。誰かが買ってしまったからといって、『売れてしまうなら先に買っておけば良かった』なんて、虫が良すぎるのよ」
感情が高ぶり、やや吐き捨てるような口調になってしまった。呼吸を意識して苛立ちを鎮める。
ふっとアリアの顔に影がさした。男は立ち上がっていた。
「そうか。なら、俺はお前自身と向き合えば良いわけだな」
怪訝そうな顔をしたアリアに構わず、何か納得したような様子で彼は何度か頷いた。
「俺はイドラを殺す」
明日の天気を語るような口調で彼は言った。アリアの顔がこわばる。
「それは脅しかしら」
「脅し? お前にそんなものが効きそうには思えないが」
相変わらず闇の中に存在しているような瞳だ。イドラと同じ黒の瞳だが、正直イドラのほうが綺麗な光り方をしているとアリアは思った。
「お前がイドラの元へ帰りたいと思うのなら、俺を止めてみせるか逃げるかすればいい。俺はイドラと戦えればそれでいいからな」
悠然と男の口が弧を描く。
彼は本気だ。それほどの獰猛さが目の奥に潜んでいる。来たるべき時が来たら、彼は本当にイドラを殺すかもしれない。
アリアは口を引き結んだ。イドラは、アリアを庇いつつこの男を退けたことがあるほどの実力の持ち主だ。それでも「絶対」などないということもアリアは知っている。
それなら、出来ることをするしかない。
アリアは慎重に彼の方へ向き直った。自分が出来ることなどたかがしれている。この男を力でねじ伏せるのは無理だ。
しかしアリアに武器がないわけではない。
くっと口角を上げる。
「それならせめて教えてほしいものだわ」
「何をだ?」
「決まっているでしょう? あなたの
彼はさっきと同様に目から光を消す。感情を読みにくくさせる手段の一つだ。
しかしアリアは安心させるように自分の胸に手を置いた。
「心配しないで。もう大体検討はついてるから。仮説が本当かどうかくらい教えてくれてもいいでしょう?」
男は少し目を見張って、ふっと微笑んだ。
「なるほど、人の扱いに長けているというのは本当らしい」
「……それもその人から聞いたの? なんというか……隠す気ないのかしら?」
呆れたような心地でアリアは腰に手を当てた。大体、ここまでお膳立てされたらバレることくらい、分かりそうなものだろうに……
男は肩をすくめる。
「さあ、俺にはあの方の心は分からないが。好きなように解釈すればいいんじゃないか?」
「そんなわけにもいかないでしょう、イドラの命がかかってるのよ」
イドラが死なないなどとは信じられない。彼と戦って、イドラが無事でいる保証はどこにもないのだ。
アリアがきっぱり告げた言葉に、彼は不意に沈黙して首をひねった。
「ふむ……さっきから思っていたが、お前、自分の身の安全のことはいいのか?」
「私?」
アリアはきょとんとした。それこそ愚問ではないか。
「私の予想通りなら、あなたの後ろについている人は私を最も丁重に扱うと思うわよ?」
そのとき、かつん、という音がした。
石畳を
まさかあの軽薄男が戻ってきたのではと身構えていると、彼が顎に手を当てて、ぽつりと呟くように声を落とした。
「ふむ、俺に聞く必要はなくなったな。どうやらあの方は隠す気がないらしい」
アリアはいささかぎょっとした。まさか、あの男はここに来る気でいるのか?
こんなに早く来るとは思っていなかったが、アリアはどうにか動揺を押し殺す。気をつけなければならない。目の前の彼と違って、おそらく今からここに来る男は弱さで人を害する人間だ。
かつん、という音が一際近くで聞こえた。
洞窟のような入り口が影で埋まる。
煌びやかな服装が弱く目を焼いた。
「こんなところにいても随分と美しいな、アリア嬢」
身の毛がよだつ、というのはこういうことを言うのだろうか。
アリアは気丈に微笑んだ。正直、今感じている恐怖は並のものではない。
ゆっくりと立ち上がる。暗い笑みを浮かべた男に向かって優雅に小首を傾げた。
「おはようございます、フェルナンド様。これは一体どういうことなのか説明してくださいますわね?」
くっと笑って、もちろんだ、とヴェルディ家の長兄は声高に告げた。
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