第4話(2019/1/29 改稿)
侍女に案内されて着いた先はさすが辺境伯の家といった様子だった。木製の浴槽には綺麗な湯が張られ、美しく整えられた滝のような場所から湯が流れている。石畳の床は古めかしいが汚いというわけではない。どこを見ても完璧に磨かれていた。
「あなたたちは仕事が丁寧なのね」
湯浴みを手伝ってくれる侍女たちに微笑むと、皆頬を赤らめてしまった。どうしたのだろう、風邪だろうか。
アリアがいるのは女湯と呼ばれる場所だった。女と男で湯が分けられているらしい。あの様子ではてっきりイドラも付いて来ると思っていたので、男湯と呼ばれる場所に素直に入っていったのが少し意外ではあった。
「ここは、よく分からないけれど、異国のような雰囲気なのね。とても空気が澄んでいるし、私は好きだけれど」
「ご存知でしょうが、奥様が東洋の方なので……旦那様は奥様を非常に愛していらっしゃって、東洋風の
「そうなのね」
イドラの髪の色はこちらではあまり見ない色だ。噂に聞くヴェルディ伯爵の容姿とも違うようだし、母親の血が濃く出ているのだろう。
ヴェルディ伯爵家は国境が近いのもあってか、自分たちと異なるものに対して抵抗が少なく、異国の血を取り入れることが多い。合点がいったアリアはひとつ頷いて、侍女たちに身を任せた。
体を洗ってもらっている最中、侍女の一人が遠慮がちに問いかけてきた。
「あの……アリア様」
「なあに?」
「アリア様は、その……イドラ様が恐ろしくはないのでしょうか」
「ちょっと、あなた」
「あっ……あの、恐れ多いこととは存じていますが……」
別の侍女に窘められ、弁明するように視線をそらした彼女に柔らかく微笑みかけて、アリアは安心させるように頷いた。
「分かるわ。あの人、何をしでかすか分かったものじゃないものね。意味不明すぎるのよね」
「……」
同意をすることも出来ないのだろうが、その顔にはありありと共感の色が浮かんでいた。アリアは自分の感覚が間違っていなかったことに安堵する。
「全く、怪我してるのに私を襲おうとするあたり、特に意味不明よ。いくら痛みも感じにくくて怪我もすぐ治るからって、あの人自分の体をなんだと思っているのかしら」
「え……あの、そこですか……?」
「あら、何か間違ったこと言ったかしら」
アリアは目をしばたいた。まるで自分を道具のように扱う彼へ不満があるのは当然だ。
侍女たちは互いに目配せしあってから、困ったように笑ってアリアを見た。
「いえ……なんだか、イドラ様のことを案じる言葉を久しぶりに聞いた気がしますので……」
アリアは首をかしげた。それではまるで、ここにはイドラを案じてくれる者など誰一人いないかのようだ。
しかし、それを問うのも躊躇われて、結局アリアは戸惑いつつも口を噤んだのだった。
湯殿を出ると、不機嫌そうな顔で佇んでいるイドラとかち合った。その姿にアリアは唖然とし、後ろにいた侍女たちは総じて悲鳴をあげる。
うるさそうに顔をしかめたイドラにつかつかと近寄り、アリアは精一杯背伸びをして彼の頭を叩いた。女にしては高い身長に感謝した瞬間である。
「あなた、もう少し常識というものを持ちなさい!」
「何がだ?」
濡れた髪をかきあげ、不機嫌そうにする仕草は妙に艶っぽい。くらりとめまいを覚えながら、アリアは叫ぶ。
「その、格好を、なんとかしなさいって、言っているのよ!」
彼は上半身裸だった。ありえないほど均整の取れた、鍛え上げられた体が眼前に晒されている。痛々しい傷痕やひきつれに複雑な気分になったが、それ以上に素肌を晒すなどありえない。
脳が処理不能を訴えそうだ。
「格好……? ああ、なんだ、これか」
「これか、じゃないわ!」
アリアは周りにいた侍女たちから手近なタオルをひったくるようにして受け取り、彼の体にばさりと被せる。上背のあるイドラの上半身をすべて隠してくれるまでには至らなかったが、まだマシだろう。
この男、やることなすことおかしすぎる。
「あなた、貴族だという意識を持ちなさいよ。あるまじきことだわ。そんなに簡単に他人に肌を見せるなんて……」
「何を言っている。お前は俺の妻だろう?」
当たり前のように問われて言葉を失った。確かにアリアはイドラの妻となる女だ。
「……あなた、結婚とか恋愛とか、そういう概念あったのね」
「女に執着するなど阿呆らしくてする気にもなれないが、結婚相手がお前だというのは幸運だな。しばらく楽しめそうだ」
「妻は遊び相手じゃないわ。とりあえず髪と体を拭きなさいよ」
手を引いて、先程までいた部屋へと彼を連れ込む。そのまま手近な場所に座らせると、有無を言わさぬ勢いでアリアはイドラの頭をタオルで覆い、揉むようにして水気を取っていく。
意外にも彼はアリアに従って大人しく髪を拭かれていた。
「髪長いのね。邪魔じゃないの?」
「お前も長いだろうが」
「私は女だし、別に戦うわけでもないわ。あなたは戦うときに邪魔でしょう?」
「切るのが面倒だ」
呆れた男だ。そのまま拭いていると、イドラは黙り込んだ。
その雰囲気にはなんだかピリピリしたものが浮かんでいて、アリアは首をかしげる。
「あなた、何か不満なの? さっきから不機嫌そうにして……何かあるなら言ってほしいわ」
風呂は嫌いなのだろうか……と思っていると、彼は唐突に顔を上げた。びっくりして手を止めると、透明な表情でこちらを見てくる。
「……何?」
「いつもの癖で、普通に男湯に入ってしまった。お前の入った湯のほうに入っておけばよかったと思ってな」
にやりと笑う彼の顔をじっと見つめ、アリアは一つ嘆息する。
「言いたくないなら言わなくてもいいわ」
瞬間、彼の顔から表情が消えた。
「……そうか」
低く、脳髄を揺さぶるような声。アリアは一瞬手を止めたが、それもすぐに再開する。
「……ほら、出来たわよ」
「体はどうした?」
「馬鹿は休み休み言ってほしいわ」
艶めいた誘いにも全く動じることなく、アリアはベッドから降りると扉へ向かう。
「ちゃんと服を着たら出てきて。あなたのお父様のところへ行きましょう」
「面倒くさいな……」
「いいから行くのよ。ちゃんと服を着ることね」
しっかりと言いつけ、アリアは部屋を出る。イドラは肩を竦めた。
アリアがしばらくそこで待っていると、不意に廊下の向こうからつかつかと歩いてくる誰かがいた。その人物はアリアの前でふと足を止め、全身を舐め回すように見てくる。
気難しそうな男だった。淡いブロンドの髪に榛色の瞳。片目にモノクルをかけている。イドラと違ってきっちりと服を着こなし、尊大な雰囲気を纏わせた男に既視感を覚える。
「貴女が、アリア嬢か?」
いきなりの問いかけにもにっこりと微笑んで、アリアは頷いた。
「ええ、そうです。初めまして。オルガラン様……でしょうか」
「ああ、その通りだ」
ヴェルディ伯爵家の者が社交界ではとても有名で助かった。目の前の男はイドラの兄であり、この家の次男であるオルガランだった。彼は兄であるフェルナンドと同じ色を髪と目に宿していた。
そういえば、アリアは結構夜会やお茶会には参加していたはずなのに、イドラ・ヴェルディという人間は噂程度しか知らない。まあ戦い以外に興味を示すような人には見えなかったが……と思ったとき、オルガランがずいと身を寄せてきた。
「イドラと結婚するなど、どんな奇特な娘が来るのかと思えば……存外普通だな」
奇特な娘だと思われていたアリアは少し戸惑った。まるでアリアがイドラと進んで結婚をしたがったような言い草である。
「オルガラン様は、今回の結婚が王命だという話は聞いていらっしゃらないのですか?」
「もちろん聞いている。が、大体の令嬢はイドラを目にした途端真っ青になるか昏倒するかだからな。まさか王命とはいえこんなにすんなりと結婚を承諾するとは思わなかった」
あけすけな物言いで、オルガランは深くため息をつく。
「イドラのことは俺たちも手を焼いている。異民族と戦うことしか興味が無い。なぜあいつのような者が街の住民から好かれているのか理解できないな」
「好かれて……いるのですか?」
「ああ。女にも困っていないようだな」
挑発的に鼻を鳴らされたが、アリアは何事かを考えるように顎に手を当てて視線を下げた。その姿が癇に障ったのか、彼は大仰な手振りを見せる。
「まあ、類は友を呼ぶというやつだな。ああいうやつに嫁ぐ女はそれなり、ということか」
何を言いたいのかさっぱり分からず、アリアは首をかしげた。
その瞬間、後ろからがちゃりという音がして扉が開かれ、イドラがきっちりと服を着て現れた。髪は相変わらずざんばらだが、端正な顔立ちと相まってそれなりに真面目に見える。
「俺の妻を口説いて楽しいか? 兄上」
「……っ、イドラ……! いや、俺は別に……そういうわけでは……」
「遠慮しなくていい。この女は面白いからな。どうしてもと言うなら貸してやっても構わないが……ああ、でも兄上は気の強い女は嫌いか。お前はもう少し包容力があるほうがいいんだったか?」
「おい、イドラ……!」
「ああ、分かっている。別に吹聴するつもりはまだないぞ。まだな」
「何を本人を置いてきぼりにして話を進めているのかしら。私はあなたのものにはなってもあなたのお兄様のものになる予定はないわよ」
じろっと睨みつけると、イドラはきょとんとした後に笑みを深めた。息を潜めるように黙り込んだオルガランを見て、イドラはぐっと力をこめてアリアの手を握ってきた。
アリアはその力のこもりかたにいささか不機嫌な彼の心境を見た気がして、頭を切り替える。
オルガランに向かって軽く微笑み、頭だけで振り返ってイドラの顔を正面から見た。
「あなたのお父様のところへ案内して。もう取り次ぎはしてあるはずよ」
「……ああ、いいだろう。アリア」
はっきりと名前を呼ばれ、アリアがきょとんとしたのもつかの間、強い力で引っ張られる。
「俺の親父はこっちだ。書斎で朝から面倒そうな書類と格闘している。難儀なことだな」
どこの父親も大変だ……と思う。そう思うことも他人事じみているということにアリアは気づいていない。
イドラに素直に着いていくと、彼はある部屋へと真っ直ぐにアリアを案内した。
扉を開けた先にはいかにも実用的と言えそうな部屋が広がっている。
黒檀でできた執務机と見られる立派な机の前に座って、次々に書類を処理している男が見える。
髪と目の色は全く似ていないが、雰囲気は少しイドラに似ているな、とアリアは思った。イドラほどではないが、現当主は様々な脅威から西の国境を守りきっている人物である。それなりに戦いの匂いがするのも納得だ。
「……ああ、イドラと、アリア嬢か」
髭を蓄え、険しい顔をした男が目を上げた。
ブロンドの髪に、榛色の瞳。イドラの兄二人にはあり、イドラにはない色だ。やはりイドラの容姿は母譲りなのだろう。
アリアは静かに礼をした。辺境伯というのは、国境を守るという重要な役割を担っているからか、伯爵の名を冠しながらも扱いは侯爵家と似たようなものだ。礼を失してはならない。
「初めまして、ヴェルディ伯爵。この度嫁ぐことになりました、アリア・フォーサイスと申します」
すると苦笑したような音が聞こえて、アリアは不思議に思いながら顔を上げる。彼は予想通り小さく笑っていた。
「……あの、ヴェルディ伯爵?」
「ああ、いや……この家には礼儀正しい令嬢などいないものでね、少し面白くなってしまって。こんな家に嫁いできてくれてありがとう」
アリアはとりあえず面食らった。
長男のように尊大でもなく、次男のように無礼でもなく、三男のように得体の知れない雰囲気でもない。一発で分かる「常識人」の空気に困惑した。
どうしてこんな普通の人から、この三兄弟が生まれるのだろう……
あまりに普通すぎて、どこか薄気味悪い。ひっそりと肌が粟立つのを感じる。
さっぱり意味が分からなかったが、アリアは顔には出さずに曖昧に微笑んだ。
「いいえ。こんな立派なお屋敷に住まわせていただけるなんて光栄です。使用人のみなさんも、私にはとても良くしてくださっています」
言った瞬間、アリアの脳裏に家令であるルートの姿が思い浮かんだ。そういえば彼は無事なのだろうかと問いかけてみたところ、どうやらこの家の私兵たちに保護されたらしいと知る。
「良かったです……置いてきてしまったので、申し訳ないと思っていました」
「どうせイドラに連れていかれたのだろう。貴女は悪くないよ」
流石父親だ。息子のことを熟知している。
「親父、そういう話をしに来たのではないのだが」
面倒そうに言ったイドラに、鋭い視線が向けられた。それは本当に一瞬の変化だったが、アリアが思わず顔をこわばらせるほどには
「お前は黙っていなさい。一家の面汚しが」
低く発された声にぞわりと背が震える。先程のイドラによく似た獰猛な視線。明らかにそれはアリアに向けていたものとは異なっていた。
思わず震えた肩をイドラがさっと引き寄せた。軽々しい動きだったが、アリアには心地良い暖かさが伝わってくる。
そうだ、彼はヴェルディ伯爵なのだ。異国の侵攻を許してはならない国境で、何年もの間国民を守ってきた男だ。優しいだけのはずがない。
自分は、少し気を抜いていたのだ。
アリアは毅然と顔を上げて居住まいを正した。この家で自分は一番の新参者とはいえ、負けてはならない。貴族というのは舐められたら終わりだ。
「ヴェルディ伯爵。この度の結婚は唐突でしたし、後処理が大変なこととお見受けします。なるべくこの家に迷惑をかけないよう、善処するつもりです」
言い切って自然な動きで礼をする。ふわりと花が咲き誇ったような顔つきに、男は一瞬動きを止めた。
「ああ……すまないね。こちらとしても婚約より先に結婚などというのは避けたかったんだが……この土地では異民族の襲撃がひっきりなしにあるから、そんな余裕はなくてね」
「構いません」
明らかな嘘にもアリアは笑みを崩さなかった。そもそも三男である彼が兄たちより先に結婚するというのも中々に珍しい。普通は婚約して結婚適齢期まで待つのだ。それが急遽すっ飛ばされることになったのはイドラの特異性故である。
しかし、アリアは何も言及することなくひとつ礼をしたのみだった。
イドラは皮肉げに笑って鼻を鳴らした。
「もういいだろう? 親父、この女は連れていく」
「イドラ、その方は丁重に扱え。どんな身分であろうと、貴族ならばお前よりはるかに身分が高いものと思え」
「ああ、分かっている」
そのやりとりに一瞬目を見張ったが、イドラは有無を言わさぬ勢いで部屋の外へとアリアを連れ出した。
終始無言で手を引き、部屋へと連れ戻す。そこでようやくアリアの手は解放された。
ベッドにどっかりと座った彼を横目に、アリアは立ったままで腰に手を当てる。
「……こんなことを言っては不敬かもしれないけれど、ここの家、ちょっとおかしいわね」
「何がだ? 別に普通だろう」
「普通の家族は一人だけ蔑ろになんてしないわ。まるであなただけ罪人じゃないの」
本気で憤慨しているアリアをじっと眺め、イドラはくっと笑った。
「まあ、俺はほとんどここの家の人間ではないようなものだからな……」
寂しげでもなく、淡々とした小さな呟きに眉を寄せる。
イドラはれっきとしたこの家の三男であるはずだ。アリアはこの間社交界入りしたばかりだが、そのときから細々と噂になっていたので知っている。
そんなアリアの心境とは裏腹に、イドラはなんでもないとでもいいたげにごろりと横になった。血のように赤い髪の毛がばらりと広がる。
「どうせお前も慣れれば楽になる。まあそれまではせいぜい俺と遊べ。俺は女には困らんからな、結婚はするが、それも書面だけだ。お前も愛人なりなんなりは好きに作れ」
驚くほど透明な表情で言われ、アリアは一瞬唖然としたのち──頭の中の血が盛大に沸騰するのを感じた。
つかつかとベッドに寝転びる彼の元へ歩み寄り、力任せにその体を引き起こした。さらに思いっきり手を振りかぶる。避けることなど容易いだろうに、彼はアリアから目を逸らすことすらしなかった。
ばしっ、と盛大な音が響いた。ぐいんと彼の顔が横にねじれ、しかし瞳だけでアリアを見据えている。
「……どういうつもりだ?」
「舐めるのも大概にしてもらいたいわ。私の父と母は恋愛結婚なの。そんな冷めたやり方私は知らないのよ。そもそも、私にはここであなたとすることがあるわ」
「へえ? なんだ、子作りでもしたいのか」
「あなたを調教するのよ」
告げた瞬間、イドラは唖然として口をぽかんと開けた。やっと年相応の顔つきになって、アリアは満足げに鼻を鳴らす。
「お前……正気か?」
「あなたに言われるとはね。正気も正気よ。正直自信はないけれど、『調教姫』の名をつけられたからにはね、やるだけはやるわ」
一息に言い切る。イドラは相変わらず呆然とした顔でアリアを凝視していた。
「覚悟しなさい。女が全てあなたの思い通りになると思ったら大間違いなのよ」
居丈高に告げたアリアを、イドラは言葉もなく見つめた。
そして、唐突に俯き、口に手を当てたかと思えば。
「くっ、は、はは……はははは!」
突如腹を抱えて弾けるような声で笑い出した。アリアがぎょっとする間もなくベッドに倒れ込み、心から喜びを表す声を零している。はっきり言って異様である。
呆れ半分得体の知れない恐怖半分でその様子を見ていると、唐突に彼は動きを止めた。そのままの勢いでベッドの側に立つアリアの腕を掴む。
アリアは今度こそ驚愕に目を見開いた。あまりにも自然な動きに判断が遅れたのだ。
アリアは諸事情により他の令嬢より物理的に強いという自負がある。が、結局アリアは女であり、何より目の前にいるのは戦闘狂と名高い男だ。力の差は歴然で、彼女は次の瞬間には綺麗に彼の腕の中に収まっていた。
「ちょ……!」
「いやはや、予想以上に楽しいな、これは」
「何がよ! 離しなさい、腕捻りあげるわよ!」
「俺の妻は愛情表現が刺激的だな」
「聞きなさいよ!」
理解不能である。
くつくつと笑う彼の腕は別段力が入っているわけでもなさそうなのに、何をどう組み合わせているのかアリアの体は全く動かない。痛くないのに動かない。どこかの国の拷問器具にこんなのあったなと思い出した。
「さて、我が妻よ」
芝居めいた口調が元婚約者を想起させ、アリアは呻いた。その取り合わせは最悪である。
「……なんなのよ?」
半ば諦め、半眼でイドラを見つめる。目と鼻の先に大層整った顔が鎮座していた。
その目元が下弦の月のようにぐうっと細まった。
「晴れて今夜は初夜なわけだが、さて、どうする?」
アリアは咄嗟に思考を止めてしまった。それが良くなかったのかもしれない。アリアは理性的だと自負しているが、その理性が急停止したとき、通常ではありえないくらい本能が顔を出す。
「………………………………わよ」
「あ?」
アリアは据わった目でぐっ、と頭を最大限後ろに引く。拘束されているせいで首の筋が痛んだが、気にする理性は眠っていた。
何かに気づいたらしく、目を見張って拘束を緩めようとしたイドラ目がけて、アリアは思いっきり頭を前へ突撃させた。額と額が砕けそうな音を立てて激突する。
「ぐっ……!?」
「ふっざけんじゃないわよ、とっとと眠りなさい!!」
言った瞬間、アリアにもぐらりと頭が揺れるような衝撃が来る。やりすぎたと気づいたときはもう遅く、アリアは痛みと疲労で意識をゆっくり沈ませていったのだった。
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