第4章 Black Frame

開幕:司令室にて

 アメリカ大合衆国、シアトルにて。






 ────叫び声が聞こえる。


 恐怖に叫ぶ者、痛みに叫ぶ者、狂気に叫ぶ者。銃声と叫声が入り混じり地獄と読んでも差し支えない程にその場は混沌としていた。


「こちらダッシュウッド中佐。状況はどうなっている? 誰でも良い、直ちに応答せよ!」


『こ、こちらサミュエル! 中佐、我々はもうダメです! このままでは全滅です!』


「ああ、そんなのは分かり切っている! どんな情報でも良い、何があったのか教えろと言っているんだ!」


『目、奴の目が開いたんです!』


「目?」


 曖昧な返事にダッシュウッド中佐と呼ばれた女性は思わず顔を顰めて聞き返す。


『あの目をガブ隊長が見た途端、急に崩れ落ちて……それから、叫び声を上げながら我々に向かって発砲してきたんです!』


「……なら、奴は目をトリガーとして幻覚を引き起こす魔法を持っているのかもしれない。おいサミュエル、まともな隊員はまだ残っているか?」


『もう俺だけです! ですが足を撃たれて動くことも出来ず────があああっ!?』


 叫び声が響いたかと思うと突如、通信が途絶えてしまった。チッ、とダッシュウッド中佐は舌打ちし乱暴に受話器を叩きつける。

 六大魔獣の一匹、『怪鳥』アンズーの調査に失敗したのはこれで三度目だ。一度目は現地に到着するなり全滅、二度目は『赤天』の不知火しらぬい火水風ひみかに協力してもらうもまさかの向こう側が尻尾を巻いて逃げ、芳しい結果を得られなかった。その際、彼女から「脅威はさほどない」と報告されたのだが……。


「こうして派遣するたびに全滅させられるような相手に対して脅威はないだと? ふざけているのか、あの女は!」


 無論、彼女の言葉を闇雲に信じて派遣させたわけではない。彼らには優れた対魔獣用兵器を武装させていたし『六大魔獣』という生ける災害である以上、正面からの戦闘は避けるべく退避行動を徹底的に訓練させていた。例え何の情報を得られなくとも確実に生還は出来る術を身に着けさせたのだ。何よりも命は大事だ。犠牲あっての勝利など出来れば避けたいに決まっている。

 だが、相手は幻覚魔法を操る怪物ときた。どれほど肉体と知識に力を備えても直接心を殺されては敵わない。拷問や脅迫などとは違う。恐怖や苦痛を直接精神に叩き込まれるのだ。到底我慢して耐えられるようなものではない。故に隊員たちもすぐに錯乱を起こし自滅に追いやられたのだろう。

 そうなるとアンズーは狡猾な性格であることが窺える。奴は火水風のような強敵相手には勝てないと悟り逃げる一方で、弱者に対しては幻覚で心を壊し一方的にいたぶりつけるのだ。こんな相手のどこが『脅威が低い』というのか。その上で災害をばらまくのだから間違いなく脅威的である。


「しかし、奴が幻覚魔法を持っているとなるとやはり対抗相手は魔法少女しかなくなるのか……」


「そうなるとアタシの出番かしらね、カレン?」


 背後から声を掛けられダッシュウッド────カレン・ダッシュウッド中佐は振り返る。

 そこには一人の少女が立っていた。


 緋色のツインテールに同じく緋色のツリ目。セーラー服を身に纏い、楓を象った髪飾りを身に着けた少女は笑みを浮かべながら口を開く。


「これで懲りたでしょう。魔法少女アタシらっていう『兵器』を使わなきゃ到底太刀打ちできないのよ」


「ダッシュウッド中佐だ。お前の言いたいことは分かるがな。でもお前たちは────」


「未成年で女の子でしょ。カレン、アナタの言い分はすごく分かる。でもアタシらだってこのまま指を加えて見ているわけにはいかないわ。これ以上、故郷をめちゃくちゃに荒らされて人が死ぬのを黙ってみているなんて出来ない」


「メイプル……」


 赤い魔法少女、メイプルの言葉にカレンは歯軋りする。

 彼女の言う通りこれ以上犠牲を出さないためにも遥かに生還率の高い魔法少女を向かわせるほうが最善なのはカレンも分かっている。だが、彼女の倫理観が未成年の少女を現場に向かわせることに躊躇させていた。無論、理由はそれだけではないのだがやはり良心が働いてしまうものだ。

 だが三度調査をしても結果は芳しくなく、犠牲者も出てしまっている。これ以上は個人の判断でメイプルたちを向かわせないことは不可能になるだろう。思わずカレンはため息をついた。

 と、そこへ着信音が響き渡る。相手はイギリスの『連盟クソッタレども』からだ。


「はい、こちら『フロンティア』のカレンです。……はい、はい。……はい?」


「?」


 疑問符で返すカレンに背後のメイプルも首を傾げる。


「あー、そうですか……。了解です、伝えておきます」


 通話が切れるなりカレンは振り返り、困惑した顔で内容を簡潔に告げた。


「ありがたいことに『連盟』が派遣してくれるんだが……『緑天』のミスティアと日本から『ユウ』って名前の魔法少女が来るらしい」


「日本から!? マジで!?」


「『六天』が来ることに驚けよ!」


 日本、という言葉を聞くなりメイプルは目を輝かせる。普段のツンケンとした態度もどこへやらだ。


「やったー、ジャ・パ・ン! ジャ・パ・ン!」


「はぁ……。あたしが一番心配しているのはそういうとこなんだぞ」


 やれやれ、とカレンはため息をつく。

 右目を眼帯で覆った茶髪のセミショートに中性的な顔立ちの女性。それがカレン・ダッシュウッド中佐。民間軍事企業でもあり、『連盟』とも連携している組織『フロンティア』の魔法少女部隊の実質的な司令官でもある。

 彼女は背後でテンションを上げているメイプルを放って司令室の席に座り、葉巻を加えて一服した。

 


 ────どうやら今回の任務も一筋では行かなそうだ。



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『HALF』 火侍 @hisamurai666

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