第50話 撤退・前編

 骨折したセナを背中に抱え、ヒメコがいたという方向に向かって走りながらユウが問いかける。


「セナ、お前がヒメコと一緒にいた時どういう状況だった?」


「えっと……ユグドラシルっていう名前の女の子と一緒にいて、『ガンドライド』の一人が襲ってきました」


「はぁ!?」


 ただでさえ小学生の女の子を一人置いていったことに憤っていたユウだが、そこで『ガンドライド』まで襲ってきた報告を耳にしていよいよユウの堪忍袋の緒が切れそうになる。

 

「お前、一発ぶん殴られてみるか!?」


「落ち着いて下さい! 一応その子は撃退できたんです!」


「……は? お前らだけで?」


「はい」


 小学生のヒメコと非力なセナ。一緒にいたというユグドラシルは初耳だが、セナが女の子と呼んでいたので恐らく幼い少女だ。当然力になれないだろう。

 そんな彼女らがどうやって『ガンドライド』を退けたというのだろうか。信憑性の低い話だとユウ一蹴しようとしたが、そこである可能性に思いつく。自分よりずっと強大で、ある意味『HALF』の切り札とも言える存在の力が。


「まさかパンドラに変身したのか!?」


「いえ……。まだパンドラは眠ったままです」


「なんだよー! 結局どうやったんだよ!」


「ヒメコちゃんが変身しました」


「……は!?」


 セナの衝撃的な報告にいよいよユウは理解を放棄しそうになる。

 ヒメコはあまりにも強力な魔獣を宿しているため、変身すると『人間性』が大きく下がるリスクがある。そのため、咲良の許可が降りないと変身することが出来ないのだ。実際、ユウはヒメコが変身するところを見たことがない。


「最初にヒメコちゃんたちが『ガンドライド』の子に襲われていて、わたしが助けに行ったんです。でもわたしじゃ足止めすらできなくて。意識が朦朧とし始めた時にヒメコちゃんが変身するのを見ました。すごく強かったです」


「そうだろうな。ヒメコは力だけならあたしらより上だ」


「そうなんですか!?」


「ああ。ただ強すぎる代わりに変身するのに制限がかかってる。咲良さんの許可が降りないと変身できないんだ。それぐらいヒメコに宿ってる魔獣が危険なんだよ」


「そうだったんですか……だから姿が大きく変わってたのかな」


「あたしはヒメコが変身したところ見たことないんだけどさ。どんな姿だった?」


「えっと、かなりせいちょ────」


「あっ、ユウちゃん! セナちゃんも!」


 セナが説明しようとした所で前方から活気とした声が上がってきた。

 声のした方に目を向けると、ヒメコが大きく手を振りながらこちらに向かって走ってきていた。隣にはユウに見覚えのない少女がついてきている。恐らく彼女がセナが言っていたユグドラシルなのだろう。


「ヒメコ! 無事だったんだな!」


「うん! ユウちゃんこそ! セナちゃんはどうしたの?」


「ごめんなさい。わたし、今骨折しちゃいまして」


「骨折!? だからなんで一人で行ったのさ! 僕の所に来たときだって危ない目に遭ったじゃん!」


 ヒメコのお咎めにセナは返す言葉もない。二度も自ら窮地に飛び込み、結果的に大怪我を負ってしまっているのだ。助けるどころか大きな迷惑を被せてしまっている。セナはうなだれるしかなかった。


「うっ……。本当にすみません……」


「ヒメコ、あまり責めるなよ。セナのおかげであたしはすごく助かったんだ。それにセナが止めてくれなかったら、とんでもないやらかしをする所だったし……」


「僕も無許可で変身しちゃったから……。でもセナがいなかったら、今頃僕たちも殺されるところだったよ。ありがとうね、セナちゃん」


「へ!? そんな、わたしは迷惑かけてばかりで、何も力になれてませんし……!」


 二人して頭を下げられ、思わずセナは混乱して謙遜するどころか自己否定に陥ってしまう。すぐ自己否定に走るのは悪い癖だな、と発言してから後悔した。

 

「いや、謝らなくていいよ。あたしはマジで感謝しているんだ」


「そうだよ。こういう時ごめんなさいよりどういたしましてって言われる方が嬉しいかな」


「そ、そうですか……。どういたしまして……」


 二人の温かい言葉にセナは甘えることにする。二人とも柔らかい表情で返し、和やかな雰囲気が漂い始めた。

 しかし、状況は緊迫したままである。すぐにユウは気を取り直し、ヒメコたちを襲ったという『ガンドライド』のメンバーの所在を尋ねた。


「ヒメコが倒したっていう『ガンドライド』はどうしたんだ?」


「縄で縛ってあるよ。『連盟』に渡さなきゃ」


「だな。後は心配なのはヒスイなんだけど……」


 ユウは試しにスマホを取り出し、ヒスイに電話を掛けてみる。別れる直前に気まずい空気になったので、嫌悪されるのではないかとユウは内心怯えていたが、意外にもすぐに通話は繋がった。


『ユウ?』


「ヒスイ、無事か!?」


『え、うん……。でも怪我しちゃったから、今医療班の所にいるよ』


「大丈夫じゃないじゃん……。お前も『ガンドライド』に襲われたのか?」


『違うよ。私は…………ちょっと下手しちゃっただけだから』


「うん?」


 どこかヒスイの返事が歯切れ悪く、ユウは困惑を抱く。

 医療班にいるということは治療が必要な程の怪我を負っているということだ。『ちょっと下手をした』程度では済まないほどの事態があったことになるのだが……。


「ヒスイ、本当に大丈夫か? なんだか今日のお前の様子が────」


『私はいいから! ユウこそどうしたの、急に掛けてきて』


「あっ、えっとだな、『HALF』の全員が集まったんだ。セナも骨折しているからそっちに向かおうと思ってる」


『セナが……? 分かった。くれぐれも気を付けて』


「ああ。そっちもな」


 どこか圧のある雰囲気のヒスイにユウは尻込みながらも通話を切った。やはり彼女の様子がおかしい。ひとまず合流した方がいいだろう。

 振り返れば、先程のやり取りに不穏なものを感じたのかセナたちも表情が不安げだ。ユウは咳払いして告げた。


「じゃ、その『ガンドライド』の奴を回収して帰ろう。ひとまずヒスイに会おうぜ」


「はい!」「分かった」「承知」


 ユウの言葉に三人がそれぞれ返事をする。初めてユグドラシルの声を聞いたユウがぱちくりと瞬きし、まじまじと彼女をじっと見つめる。

 

「ゆ、ユウさん?」


「ちょっと、ゆーちゃんは僕の友達なんだけど」


 やや不審げなユウにヒメコが警戒心を顕にし、ユグドラシルに抱きつく。

 対しユウはヒメコの視線に臆することなく、わなわなと体を震わせた。

 

「……かっ」


「「「か?」」」


 突如、意味不明な発音をしたユウに三人が首を傾げ。

 ユウが勢いよく人差し指をユグドラシルに突きつけて叫んだ。


「かわいいーー!!! ヤバい、超あたし好みじゃん!!!!!!」


 ユウの爆弾発言にしばし全員が思考停止し。

 その中でもセナはユウの言葉を理解すると同時にメラメラと羨望にも似た感情が湧き、思わず叫び返してしまっていた。


「………………はぁぁぁぁああああ!?!?!?」


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