第51話 撤退・後編

『魔法連盟』・総司令室。

 そこに唯一人、黒いベールで顔を覆い隠した妖艶な女・シャーロットが居座っていた。何をするわけでもなく、ただ椅子に座り前方を見つめる。何もしていないのではなく、彼女がが故にこの部屋にいるのだ。

 だが、彼女のを邪魔するかのように声が前方から響き渡る。


「失礼するぜ」


 直後、何の前触れもなくアヤメとジュリア、そしてドロシーがシャーロットの目の前に現れた。


「……? おい、ドロシー。俺は咲良の所に運べって言ったはずだが?」


「うーん、おかしいなぁ。どうもここの建物、認識阻害の結界が張られているみたい」


「左様です。咲良の研究室は機密指定されており、簡単に近付けられないよう秘匿されています」


 シャーロットの答えにジュリアは素早く警戒し刀に手を伸ばそうとする。だが、ジュリアが手を伸ばし「待て」と制した。

 目の前にいる女こそが『連盟』のトップであり、『ガンドライド』にとって敵の親玉となる存在である。そんな相手を目の前にして静止をかけたアヤメを信じられないような目でジュリアは訴えた。


「アヤメ様!? 何故です! こいつは『連盟』のトップ。彼女さえ討ち倒せば我々の悲願は達成されるんですよ!」


「それは違うぞ、ジュリア。奴は確かに『連盟』のトップだが、倒した所で状況は何も変わらない。どうせすぐに替え玉が現れるだろうさ」


「中々辛辣な評価をされていますが……。ええ、事実です。私を殺した所で『連盟』の機能は停止しません。『連盟』とはそういう組織ですから」


「くっ……外道共が」


 シャーロットの言葉にジュリアは嫌悪を隠しもせずに悪態をつく。

 その様子を一瞥するアヤメだったが、彼女はもう手出しをしないと判断したのだろう。再びシャーロットの方に向き直り、口を開く。


「……お前、何故魔法少女たちにバラバラに散るよう命令した? 魔法少女を集めたのはドラゴンを倒すためだろう? それに今魔獣たちは非活性化状態で人間たちを襲うことはない。尚更わざわざ魔法少女たちを疲弊させるような命令を出す意味がない」


「…………」


「お前、初めから俺たちが来ることをな?」


 アヤメの指摘に、隣に立っていたジュリアの目が見開かれる。ドラゴン討伐作戦のために各地から魔法少女たちが寄せ集められる。その情報を聞いた『ガンドライド』は好機だと襲いにかかったのだ。しかし、実際に駆けつけてみれば魔法少女たちは散らばり戦闘の準備を整えていた。アヤメたちでもこの事態は想定外だったのだ。

 尋ねられたシャーロットは口元を綻ばせ、「ええ」と答える。


「そうです。私はあなた達が襲いにかかり、ドラゴンが目覚め、作戦が失敗する『未来』を見ました」


「……ああ、目を隠しているのはそういう理由だったのか」


 未来視、と呼ばれる異能が存在するという話はアヤメも耳にしたことがある。曰く、特徴的な色合いに瞳が輝き目の前の視界が未来の光景に覆われるというものだ。恐らく瞳を覆うベールは視界を遮断し、未来と現在の光景を混同させないようにするためのものだろう。 


「……で、何で俺たちにそんな情報を易々と伝えた?」


「その未来はすでに過去となったからです。結果として彼女らには余計な体力を使わせましたが、最悪の未来を避けることはできました」


「魔法少女の根絶を掲げる俺達を前にして最悪なんて、随分と舐められたもんだな」


「そのつもりはございません。貴女方は正義のために戦っているのでしょう?」


「…………」


 シャーロットの言葉にアヤメは眉をひそめる。

 あろうことか敵対する勢力に向かって『正義』とは。もっとも正義とは善悪を表す言葉ではないのはアヤメも承知だが、それでも敵に向かって躊躇なく言える台詞ではないはずだ。


「我々の敵は『巨悪』です。『正義』のためではなく、明確な悪意を持って人類に害をなす存在。いわば絶対悪。魔獣もまた、悪意によって生み出された敵。彼らの討伐が『巨悪』へ繋がっていくのです」


「はっ! 魔獣を倒しているのは人類を守るためじゃなく、あくまで通過点ってか? 随分と先を見据えてるねぇ! 先を見通しすぎて目先の犠牲を見落としているようだがな」


「ですが、それは貴女も同じでしょう? 貴女だって魔獣たちが及ぼす危害は周知のはずでしょう。しかし、貴女方は魔獣によって人類が追い詰められることよりも、魔獣を討つために魔法少女を運用することに憤っている。結局、お互いに許せぬ『悪』があり、自らの『正義』を信じて戦っているのです」


「そうかい。ま、確かに『連盟』の連中は馬鹿正直だ。正義のために魔法少女を作っているっていうのも本気なんだろうよ。でもな、咲良だけはそうに見えない」


「彼岸咲良が、ですか?」


咲良、という名前を出されてシャーロットは驚いたような声を上げる。その反応はアヤメにとっても予想通りであった。咲良は『連盟』から異様なまでの信頼を寄せられているという噂を耳にしていたからだ。


「ああ。彼岸咲良の研究は確かに革新的かもしれない。こんなに小さな俺でも適合したし、『連盟』の技術はここ数年でほとんど咲良が提唱したものに置き換わった。奴は間違いなく天才だ。だが、奴の研究は世界を守るために生まれたとは思えない」


「ふむ……では、何のためかと思われますか?」


「さあな。マッドサイエンティストの考えることなんか分かる訳ない。だがな、咲良のせいで『あの悲劇』が生まれた。俺たちが生まれた。だから、奴を必ず潰す。まずは咲良が一番大切にしている『HALF』を潰す。そして咲良を殺す。それで、咲良に染まったお前ら『連盟』を皆殺しにする。咲良の意思を根絶やしにさせる。それが、俺の宣戦布告だ」


「────」


 アヤメの瞳に光が灯り、激しい殺意と憎悪を顕にする。背後に立つジュリアですら、その気迫に息を呑んだ。

 しかし、対面するシャーロットは何一つ表情を崩さない。ベールで覆い隠された瞳はアヤメの姿を映していないのだろうが、シャーロットの『視線』がアヤメを見据えているのを強く肌に感じていた。やがてシャーロットの艶めかしい唇が動き始める。


「貴女を突き動かしているのは咲良への憎しみなのですね」


「ああ」


「……。宣告、確かに承りました。貴女がそう仰るのであれば我々も貴女方『ガンドライド』を壊滅させる命令をしなければなりません」


「構わない。どのみち奴を殺せなかったら俺の負けだ。目的は達成できなくなる」


「潔いですね。私は貴女のこと嫌いではありませんよ」


「あっそ。俺はお前ら含めた『連盟』が嫌いだけどな。で、ここまで話を聞いて俺たちを捕まえないのか?」


「宣戦布告をしたのでしょう? ならば我々はただ応じるだけです。それに私は『ガンドライド』によって全滅させられる未来を観測していません。そして貴女方は魔女の力を借りようとしている。貴女方を辿れば我々の敵である『巨悪』に届くかもしれないのです」


「……ろくでなしが」


 堂々と自らを利用することを宣言され、アヤメは小さく吐き捨てる。こうして易々と侵入されても彼女が余裕の姿勢を崩さないのは、未だアヤメは彼女の手中に収まっているという訳だ。本当なら嫌がらせにその目でも潰してから帰りたい所だが、そんな隙は許してもらえないだろう。捨て台詞を吐くのも負け惜しんでいるように感じて癪なので、アヤメは振り返った。


「撤退だ、ジュリア」


「はい」


「またね~、総司令官さん」


「……っ」


 ドロシーが手を振りながらシャーロットに声を掛けた途端、彼女が息を呑んだのをアヤメは耳にした。その奇妙な息遣いに疑問を覚えながらも関係ないことか、と思考を振り払いドロシーと共にその場を立ち去る。



「…………あ、れは」


 アヤメたちの気配が消えたのを認識した途端、どっと疲れが出るのをシャーロットは感じた。アヤメの前では辛うじて冷静を保てたが、あと数分でも長く居座れば意識を失っていたかもしれない。シャーロットの神経を擦り減らしていたのはアヤメではなく、その隣に立つ少女、ドロシーであった。シャーロットは普段は視界を覆い隠しているため、気配と知覚魔法で他人を認識している。そうすることでシャーロットはアヤメたちをていたのだが、ドロシーの気配を知覚した途端に前後不覚になるほどの強烈な目眩を覚えたのだ。同時にシャーロットの視界にぐちゃぐちゃの『未来』───否、『世界線』が見えた。未来、現在、過去全ての時間軸が重なり極彩色の光景となってシャーロットの網膜に叩きつけてきたのだ。あまりにも情報が混濁していて何が見えたのか理解できなかった。すぐさま気配から逃れたため、見れた時間は一秒も満たなかったが、長時間見ようとすれば誇張抜きに脳が焼き切れたかもしれなかっただろう。


「……あの、少女は。いえ、時間がない。まずは目先の問題を片付けないと」


 少女の正体は当然ながら探るべきだろう。しかし、残念ながら今はその時でない。『巨悪魔女』が残した爪痕の一つ、『六大魔獣』の一体がすぐそばで眠っているのだ。まずはその『悪』を討たねばならない。


「全ては、魔女を殺すために」


 シャーロットの決意を込めた呟きが、静かに響き渡った。





※※※※





 アヤメたちは大きな広場に現れていた。

 ここが全員の集合場所である。時間を過ぎても現れなかった場合は戦闘に敗北し、『連盟』に身柄を拘束されたと諒解して去るつもりだ。

 早速、アヤメは目の前に人影がいるのを確認する。近付くとそこには苦しそうに胸を抑えるユイハの姿があった。


「集まったのはお前だけか」


「申し訳ありません、アヤメ様……。あたし、ちょっとしくじっちゃいまして……」


「いや仕方ねえよ。元々奴らに宣戦布告するのが目的だ。ユグドラシルを連れてくるのだっておまけだしな。……でもインシンまでやられたのは予想外だったな」


「あいつは……あいつは馬鹿なだけです。あたしらより強いのは悔しいんですが、その分賢くありませんよ」


 ユイハはインシンのことをよく思っていない節があった。アヤメもそのことに気が付いていたが、ユイハが人嫌いであることを承知していた為に放っておいていた。しかし、今の発言は流石に癪に障ったのだろう。アヤメは目を細めてユイハに言う。


「ユイハ。インシンは確かに問題児だったが、それでも一時は肩を並べてくれた仲間だ。口は気を付けろよ」


「……すみません。で、気が立ってまして」


「いや、いい。手先を失ったのは惜しいが悔いても仕方がない。さっさと帰るぞ」


 アヤメの言葉に、背後のドロシーは待ってましたと言わんばかりに目を輝かせる。


「いやあ、君の熱ぅ~い思いが聞けて胸がいっぱいだよ。本来の目的は咲良の意思の根絶やし、痺れるねぇ」


「だからなんだよ」


 突然胡散臭い態度を取り始めるドロシーをアヤメは冷めた瞳で見つめ返す。


「いやいや、私が協力するのは最後だからね。せめて感想でも言いたくなって」


「勝手に協力を持ちかけてきて勝手に離れるんだな。お前マジで身勝手だな」


「酷い言い分。でも君たちと私の目的はハナから違うしね。ただ君を気に入ったのは本当。一歩離れた場所から行末を見てるよ」


「気持ち悪いな。で、結局俺らは『あの方』が欲しがってたとやらのユグドラシルを手に入れられなかった訳だがいいのか?」


「ん? ああ、それはもう大丈夫。実は『あの方』と連絡が取れてね」


 次に、ドロシーが口に出した情報。

 元々関心がなかったアヤメには衝撃を与えるほどでもなかったが、それでも聞き返したくなるような答えだった。



「ユグドラシルはもう破壊されたってさ」



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