第44話 宣戦布告だ

「センカ! センカ! しっかりしい!」


「ぅ……あ、ゆきは?」


 必死に呼びかけてくる少女の声が耳に入り、ようやくセンカは目を覚ました。

 腹部からひんやりとした感触を覚える。朦朧としていた意識を取り戻し、センカは自分が雪葉に背負われていることに気が付いた。

 ぼうっとする頭で気を失う直前のことを思い出す。ユイハと名乗る少女と邂逅し、戦闘に勝つも魔獣化した彼女に身体を貫かれて────!?


「ッ!? 私、どうなっ────ぐぁ!?」


 傷を見ようと体を動かした途端、激痛が走りセンカは呻き声を上げて腹部を押さえる。瞬間、右手が酷く冷たい何かに触れて思わず指を離した。


「傷がえらいことになっとるさかい、応急処置で塞いどるだけよ」


「……雪葉?」


 背負ったままの雪葉がおもむろに口を開く。

 彼女の言葉通り、傷を負った腹部に目を向けると氷漬けにされていた。一時的に凍結させることで強引に傷口を塞いでいるのだろう。しかし、雪葉の言う通りこれは単なる応急処置だ。急いで治療しなければ今度は凍傷による命の危険が免れない。


「すぐに治療班の所へ運ぶさかい、じっとしてなさい」


「ふふ、京都弁が出てるよ」


「もう、茶化さんとって。喋ると傷が開いてまうで」


 独特な訛りを交えて喋る雪葉に思わずセンカは笑みを浮かべてしまう。京都弁は雪葉の素だ。身内の前でしか彼女は年頃の少女らしい一面を見せない。だからこそ、先程まで孤独に戦っていたセンカは強い安堵を覚えるのであった。


「……まったく、一人で無茶して。あんたはいつもそうなんやから」


「ごめん、ね……」


「せやから喋らんとき。ほら、もう着くで」


 雪葉の言う通り、視界を前に向けると村の小さな病院────ドラゴン討伐作戦のために貸し出してくれた魔法少女たちの治療所の元へと辿り着いていた。

 中へ入るなり金髪のショートカットに琥珀色の瞳を持つ色白のシスター、パトリシアが出てくる。

 

「はいはーい、治療はウチらに任せときぃ……ってなんやその傷!? エミリーたん、大至急!」


 どこからどう見ても西洋人なのにエセ関西弁で話す彼女は運ばれてきたセンカの傷を見るなり、すぐに奥にいるもう一人のメンバーに向けて大声を張り上げる。

 奥から出てきたのは眠気眼で両目を擦り続ける緑色のウルフカットにエメラルドグリーンの瞳のシスター、エミリーだ。


「……どうしたのパトリシア。大声上げて」


「どうしたも何も患者や患者! ウチらの力じゃどうにもならん! 急いで奥へ運んで欲しいんや!」


切羽詰まったパトリシアの声と運ばれてきたセンカの姿を見てエミリーは表情を変えることはなかったが、目に光が灯り急いで駆けつける。

 架台に寝かされたセンカは背中を向けた雪葉に声を掛ける。


「ねえ、雪葉……」


「何?」


「ありがとう……」


「いいえ、どういたしまして。後は私に任せなさい」


 それだけ返して雪葉は立ち去っていく。大事な仲間であるセンカを傷付けたのだ。感情こそ表に出ていないが彼女は怒っているだろう。

 怒った雪葉なら誰も叶わないだろうな、と静かにセンカは微笑みゆっくりと瞼を閉じていく。そのまま安堵に身を任せて意識を落としていき────。


「センカっ、無事じゃったか!?」


「いたたたたた痛い痛い!!」


 突如幼い少女の声が聞こえ、ぶんぶんと肩を揺すられて思わずセンカは目を覚ます。

 濃いクマを持つ少女、『砂』が両目に涙を浮かべてセンカの体を揺すっていた。


「ああ良かった、生きとる、生きとるよぉ……」


「こらっ! その子重体なんやから今すぐ離れなさい! 感動の再会はその後!!」


「ふふっ、良かったねぇお嬢さん」


「エミリーもほわほわしてないで手伝えや! ったく何なんや今日は……。紙袋被ったやつも大怪我しとったし……」


 ぶつぶつと文句を言いながらパトリシアは『砂』を引き剥がす。どうやら彼女の言葉によればビクビクちゃんも治療を受けたらしい。

 謎の組織『ガンドライド』。目的も素性もはっきりしない彼女らだが、一体どこまで今回の事態に関わっているのだろうか。もしやドラゴン討伐作戦の魔法少女たちを疲弊させるつもりなのか。いずれにせよ、彼女らが跋扈しているこの状況はまずい。


「パトリ、シア、さん……」


「何や!? 君は喋らん方がええって!」


「違うの……敵、が。『ガンドライド』っていう連中が、暴れてる。連絡、できな、い……かな?」


「…………」


 センカの言葉にパトリシアは血相を変える。

 冗談と一笑に付すものではない。そう判断したのだろう、神妙な顔付きで彼女は頷く。


「分かった。リリアンたんたちには伝えとく。せやから君は大人しく寝てて」


「ありがとう……」


 そう言ってセンカは今度こそ意識を手放す。

 その様子を見届けたパトリシアは静かに呟いた。



「アヤメの奴……、まだ諦めてないんか」



 静かな怒りが篭ったその呟きは、誰にも聞こえることは無かった。


「センカ!? センカ!? 嘘じゃろ、死んでないよな!?」


「って、君まだおったんかい!? はよ離れろ!」


 再び『砂』とパトリシアの取っ組み合いが始まった。






※※※※






 稲妻が落ちたかのような轟音が鳴り響く。

 紫色の甲冑に身を包み兜で顔を覆い隠した少女、『紫天』フィヨルギュンの持っている槍に電流が迸り、それが投擲されれば衝撃波を起こして大規模な爆発を起こす。

 対して対峙している学ランに銀髪の少女、銀星インシンは素手のままだ。爆音を轟かせながら迫りくる槍を見ても不敵に微笑んだまま悠長に片手を伸ばす。

 そして右手が不意に輝き出したかと思うと、ドッ!! と閃光と共に爆発が起きる。凄まじい熱と衝撃だったのか、フィヨルギュンの元へまで爆風と黒煙が立ち込めていく。

 投げられた槍が巻き戻されるかのように不自然な形でフィヨルギュンの掌に戻っていく。槍を握りしめて彼女は一言。


「今の衝撃で倒れてくれれば良かったのだが……!」


「そうともいかない、っていうのがお約束でしょ?」


 煙の奥から愉快げな声が聞こえてくる。視界が晴れれば案の定、そこには無傷のインシンが立っていた。先程からずっとそうだ。フィヨルギュンはインシンを殺さないように手加減し、インシンは攻撃の一つ一つに殺意はあるがこの戦闘を楽しむかのように手加減をしている。恐らく本気を出した時の両者の実力は互角。すなわち、インシンは『六天』にも匹敵するほどの力を持つことが伺える。

 しかしフィヨルギュンは特に表情を歪める素振りを見せることもなく(といっても兜で顔は見えないが)、顎に手を添えて言う。


「やはり貴様、相当な実力のようだ! 敵として戦うには惜しい!!」


「褒め言葉どうも。でも残念ながら私は君たちと仲良くするつもりはないよ。用があるのはユグドラシル」


「貴様らの狙いは何だ!? あの子のことを何処まで知っている!?!?」


「さあ? 『完全魔法支配術』っていうんだっけ? まあ永久機関みたいな機能を持っていることは知っているんだけど、そんなの私達にとっては


「な、に!?」


『完全魔法支配術』が目的ではない。そう聞かれてフィヨルギュンは思わず動揺する。術名の通り『完全魔法支配術』はあらゆる魔法を意のままにする魔術と言っても過言ではない代物だ。元よりユグドラシルはその機能を果たすために作られた人工人間ゴーレムなのだ。それ以外にどんな価値を見出しているというのか。


「ま、私もアヤメ様からは壊せとしか聞いてないんだけどねー。どうもあいつ、この世界において害になるみたいだし」


「意味が分からないな! まさか正義の味方だとでも!?!?」


「違うね。私達は正義ではなく大義のために戦っている。全ては魔法少女を滅ぼすため。それがこの間違った世界を正す方法さ。……ま、それとは別に私は趣味で殺しているんだけど」


「話にならないな!」


 これ以上の会話は無駄だとフィヨルギュンは判断した。彼女たちはただの狂人だ。その戯言に付き合っている暇はない。

 そう言うように彼女は再び槍に力を込める。今度はこの戦いをさっさと終わらせるために。


「これでも私なりにも戦闘狂バイキングの血は流れていてな! 貴様との戦闘はそれなりに楽しんでいたぞ!!」


「へぇー、『紫天』様からそう言ってただけるとは何とも光栄なお言葉だ」


「ただし! 今ので私は確信した!! 貴様らは戦いが好きではなく殺しが好きなのだ!!! そんな連中と馴れ合うつもりなど毛頭ない!!!! ここで終わりにしてもらうぞ!!!!!」


「そう言いたいところなんだけど。そろそろ時間なんだよね」


「何が……」


 フィヨルギュンが抱いた疑問はすぐに解消されることになった。

 瞬きした直後にはインシンの姿は消えていた。彼女の魔法という訳ではなさそうだが、どうやら彼女らの連中が逃がす手立てでもあったのだろう。完全にこちらが弄ばれていたという訳だ。


「癪にさわるが……致し方なし! フロック殿が心配だ!! 私が迎えることにしよう!!!」


 さきほどまでの戦闘を気にするわけでもなく、大きめの独り言を呟きながらフロックを探しに行く。

 

「と、その前に」


 その直前で、フィヨルギュンは唐突に振り返った。


「これはどういうつもりかな!?」


 その視線の先に立っていたのは────。





※※※※





「行くか」


 一言短く呟き、アヤメは立ち上がる。

 背後に立っていたドロシーは「おろ?」と素っ頓狂な声を上げて尋ねた。


「もう行くのかい? まだユグドラシルは連れてきてないっぽいけど」


「本当にそいつが俺達にとって有益ならば、な。はっきり言ってテメェらの話はハナから信用できねえ。そのユグドラシルとやらを連れてこいっつーのも『あの方』とやらの命令だろ?」


「ご明察。でも連れてくれば君たちの夢は一歩叶うよ?」


「それを決めるのは俺だ。大体なんで『あの方』とやらが欲しがる? 本当は『完全魔法支配術』以上の機能があるんじゃないのか。例えばテメェが探し求めてる『鍵』のような────」


「そんな訳ないでしょ」


 ぴしゃりとドロシーはアヤメの言葉を遮る。あくまでも表情には笑みを浮かべたまま、しかしその目は一切笑うことなく。


「それは君の行き過ぎた妄想に過ぎない。それに言ったでしょう、『あの方』に逆らえば私の首が飛ぶかもって」


「知ったことか。だいたいお前殺してもすぐに生き返るじゃねえか。それに、どうせ俺達の力を使わずともユグドラシルを攫うことぐらい余裕じゃないの?」


「ま、そうなんだけどここは君たちの手柄にしても良かったっていう私なりの粋な計らいよ」


「余計なお世話だ」


「信用ないね。まあ分かったよ。で、お望みの場所は?」


「『連盟』本部」


 今まで以上に決意の籠もった声でアヤメは答える。

 その目に殺意でも狂気でもない、憎悪の光を宿して。


「奴らに宣戦布告だ」


「おっけー。じゃあ『連盟』の元までご案内~」


 パチンとドロシーは指を鳴らす。

 直後、アヤメの姿がその場から消えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る