第43話 『悪』は滅ぼさないとダメなの
────魔法少女の変身姿とは、その人の深層心理が顕れる。
例えば自分が好きなもの、理想の姿、本性……そういったイメージを強く心に思い描き、魔力を増幅させることで変身を可能とする。
例えばユウは可愛いもの好きでゴシックドレス。ヒスイはSF好きでサイバースーツ。ジュリアはアヤメへの忠誠心が顕れたメイド服。
────そしてヒメコは、未来の自分。
「ひめ、こ、ちゃん…………?」
毒によって全身が麻痺し、高熱に
ヒメコが振り返り、苦しげな表情のセナを見て一瞬だけ悲痛に顔を歪めるも、すぐに笑顔を浮かべて答える。
「大丈夫、セナちゃん。ここは僕に任せて。ねぇ、ゆーちゃん」
「指令?」
「そんな大層なことじゃないけど……。セナの毒を抜くことは出来る? それも許可が降りないとダメ?」
「それは────」
一瞬、ユグドラシルが目を伏せて考えるような仕草をする。
感情を持たない、と聞かされていたがその表情は紛れもなく逡巡しているようにしか見えなかった。
「────あくまでも使用が禁じられているのは魔法のみ。セナが受けた毒が魔力によるものなら回復魔法を使わずとも解毒は可能。呪い、あるいは化合物による毒は回復魔法でないと不可」
「じゃあ魔力による毒を祈るしかないね……。お願いだからセナを見てくれる?」
「了解」
こくり、とユグドラシルが頷きセナの元へ駆け寄る。
そこまで見届けたヒメコはひばりの方へ振り返り、両手を広げて叫んだ。
「二人には絶対に触らせない! 僕が相手だ!」
「さっきからちょこまか増えてるけど結果は同じだよォ。その子を渡さないならひばりが殺しちゃうよ?」
「大体、何でゆーちゃんを狙ってくるのさ!?」
「アヤメ様がァ、そいつを壊したがってるんだよォ。何でもォ? そいつの存在がこの世界の敵そのものなんだってェ」
「……相変わらず意味が分からないよ、お前らの目的は」
ユグドラシルが何やら凄い機能を持っているらしいことはヒメコも察している。しかし、それだけで世界を敵に回すような兵器じみた存在だと思うのはいくならなんでも早合点ではないか。
そんな意味不明な彼女らの思想にヒメコは反吐が出そうなほどの嫌悪感を覚え、ひばりを睨みつける。
「……投降するなら今のうちだよ。少なくとも同い年ぐらいの子とやり合うのは僕だって躊躇するかな」
「その見た目で何を言ってるのさァ。大体、いまさら引き下がれないよォ。だって」
と言葉を置き、ひばりは笑う。
否、嗤う。
幼い顔に似つかわしくないほどに邪悪的で兇悪的で醜悪的に。
嗤う。
「ひばりは殺すのが大好きなんだもん」
直後、ひばりが身を屈めてヒメコの方へ突進してきた。
彼女の顔を目掛けて容赦なく爪を振るう。
「ッ!?」
咄嗟にヒメコは横へ転がり、自身の足元から電流と冷気を駆け巡らせてひばりが立っていた地点に氷の柱を作り上げる。
柱の表面からはバチバチと電流が弾けていて、氷塊と電撃による二重のトラップを狙った攻撃だった。
だが。
「おそい」
あっさりとひばりは躱し、第二撃として今度は左手の爪をヒメコに向けてくる。
ヒメコはポケットから二種類のヨーヨーを取り出し、糸を伸ばして器用に眼前でぐるぐると回す。
「シールドッ!」
ヒメコの掛け声と共にヨーヨーの糸から電流が走り、回転させた軌道から氷の壁が徐々に生まれてくる。そしてヒメコの前を覆うように人間一人分ほどの分厚い氷の壁が形成された。
ガキン、と甲高い音を立てて爪が氷壁に衝突する。一瞬、衝撃と痛みが走ったのか僅かにひばりが顔を顰めるが、それだけだ。余程爪が頑丈なのだろうか。
間一髪で攻撃を防いだヒメコだが、今の氷壁で魔力をかなり消費した。元々未来の姿に変身するだけで大幅な魔力を消費してしまう。まだ氷だって、自分の体一つ分の大きさまでしか作れない。そもそもヒメコは変身したのはこれで三回目だ。『渾沌』という強力な魔獣を宿していること、そしてヒメコの経験が浅すぎることが原因にあった。
故にひばりは、すぐさま氷壁を避けてヒメコの懐へ潜り込もうとする。
「ッ、アイシクル!」
「にひひっ! だァかァらァ、遅いってェ!」
再びヒメコがひばりの足元から氷柱を生やす。しかし、一歩間に合わないのかひばりがぴょんと飛び退けていとも簡単に躱されてしまう。
そうして、ひばりが爪を振り下ろし、その寸前でヒメコが氷で防ぎ、再び電流と混じった氷をひばりの足元から突き立てては躱されるという攻防がしばらく続き。
ぴたり、とひばりが動きを止めた。
「はぁ……はぁ……」
「あのさァ……。きみふざけてる? ひばりそろそろ飽きたんだけど」
「どういう、意味……。戦いにおふざけも何も────」
「さっきからきみの攻撃、ひばりに当てる気がないでしょ」
「…………」
ひばりの指摘にヒメコは思わず押し黙ってしまう。
その無言を肯定の返事だと受け取ったひばりは「はあ」とため息をつき、ヒメコを蔑んだ目で見つめる。
「せっかくの殺し合いじゃん。何をそんなにためらってるの?」
「っ、僕はお前らみたいな殺人鬼とは違う! 僕はお前を捕虜して『連盟』に渡すだけだ!」
「れんめいに渡すゥ? にひっ、にひひひひ!」
「な、何がおかしいの!?」
突然、腹を抱えて笑い出すひばりにヒメコは狼狽える。
彼女は心底嘲るような瞳でヒメコを見ながら、その長い爪を彼女に向けて言う。
「甘い、甘いねェ。本当に甘いよォ。────『悪』は滅ぼさないとダメなの」
カチリ、と。
スイッチでも押されたかのようにひばりの雰囲気が一変する。
その声を聴いたヒメコの背中にぞわっと悪寒が走った。
「ひばりたちにとって魔法少女が『悪』だから滅ぼしにかかる。ならきみたちもひばりたちが間違っているなら滅ぼすべきなんだよ。粉々に。一つ残らず。何もかも全てを!!」
「そ、んなの……」
「間違ってる? アヤメ様のその考えは間違っている? にひひっ、そうかなァ。そうだとしてもひばりたちの覚悟をきみたちは上回れるのかなァ?」
「…………」
ひばりの言っている正義は歪んでいる。第一、魔法少女が悪である根拠とは何なのだ。
そう思っていても彼女の気迫に押されるような言葉にヒメコは思わず押し黙ってしまう。
「それにひばりはどういう相手でも、本気を出さないで戦うのは失礼だと思うなァ」
「……それは、僕の力が強すぎるからだよ」
ぐっ、と拳を握りしめヒメコは呟く。
五年前、自分の力を制御できずに起こしてしまった悲劇。それを思い出してヒメコは顔を歪めながらもじっと、ひばりを見つめる。
「ここで本気を出したら、お前も、セナちゃんも、ゆーちゃんも、そして僕自身も危ない目に遭う」
「そォ!? なら見てみたいなァ、その力」
「なんでそこで食い付いてくるんだよ」
今のはある意味処刑宣告に近いものだ。なのに目を輝かせて見せてほしいとせがむのは如何なものか。
ぶんぶん、とヒメコは首を振り、自分の髪にそっと手を伸ばす。
「僕の髪を見れば分かると思うんだけどさ。氷属性のほうが圧倒的に比率が高いわけ。さっきの攻撃でも氷が中心になっていたのは見ていたでしょ?」
「は? いきなりどうしたの?」
突拍子もなく話題を変えるヒメコに思わずひばりは面食らった表情を浮かべる。
しかし誰でもいきなり脈絡のない話題をされれば困惑するに決まっているだろう。そんなひばりの様子を見ながらヒメコは話を続ける。
「だから魔力のリソースもほとんど氷に割かれてしまうわけ。で、氷魔法は作るのにもかなり集中がいるしその癖使い勝手がいいからついつい魔力を大きく消費しがちなんだよね」
「きみの話はどうでもいいよォ。飽きたからそろそろ終わりにするね?」
「つまりさ」
完全に飽きた表情でひばりはヒメコの元へ駆け出そうと一歩足を踏み入れる。
しかし、臆することなくヒメコがニヤリと不敵に微笑んだ。
「僕のもう一つの得意な雷属性は物凄く少ない魔力で出せるの。例えばこういう風に」
直後、ひばりが踏み入れた地面に電流が走り、ひばりが感電した。
「いっ────!?」
意表を突かれ、全身を電流に貫かれたひばりは地面に縫い付けられたかのようにその場から動けなくなってしまう。
全身の筋肉が硬直し、表情筋すら麻痺されて悲鳴を上げることができなかった。
「僕が今まで突き立てていた氷柱はトラップだよ。今まで積み立てていたのはアース。そこに電流を滞留させていたんだ」
パチン、と指を鳴らしてヒメコは電流を解除する。
どさ、とひばりが仰向けに倒れ込み咄嗟にヒメコは両手を合わせ氷で覆わせた。
「はい、これにて終了ー。初戦闘で無傷で勝利とは我ながらすごいね僕」
「くっ、このォ、離せ!!」
「嫌だよ、お前は大人しく捕縛されてもらいます」
そう言ってヒメコは懐から魔力遮断用の縄を取り出す。このアイテムは魔法少女が所持することを義務付けられている。魔獣をその場で殺さずに捕縛することがあるためだ。基本的に咲良の許可が下りないと変身できないヒメコだが、まさかこんな所で役に立つとは思いもしなかった。
そしてひばりを縛り上げた所で視界がぐにゃりと歪んだ。
「うっ、まずっ……!」
長期に渡る変身で魔力を思ったより消費したのだろう、途端にヒメコに莫大な負荷が掛かり始める。
このままではいつ正気を失うか、あるいはそのまま命だって落とす可能性もある。素早くヒメコは変身を解き、元の姿へと戻った。
「かはっ、はぁ……はぁ……。は、はは。僕、やったんだ……」
未だにバクバクと心臓が脈打ち、呼吸もやや安定していないが、その状態とは反してヒメコの表情には笑顔が浮かんでいた。
体が震えているのは体調不良だけではないだろう。勝利への喜びを噛みしめながら、しかし状況はそれだけではないことを思い出す。
「っ!? セナちゃんは……!?」
「あっ、おい、待って! きみィ、さっさとこれほどいて!」
「お前は後で!! それよりもこっちが先!」
静止を促すひばりに振り返らず声を掛けながらヒメコはユグドラシルとセナがいた所へ駆けつける。
だが追いついたと所でヒメコの目が見開かれた。
「え……なんで…………」
「恐縮。回復後、すぐに起立。呼び止めたものの、声を聞かず退去」
「そんな……」
ゆるゆると首を振りながら無表情にユグドラシルが答える。
彼女に治療されていたはずのセナの姿が。
────どこにもなかった。
※※※※
「で、あたしちゃんの力が必要だってことー?」
『そうよ。今すぐ戻ってきなさい』
しゃく、とリンゴを齧る音が響き渡った。
リンゴを片手にスキップしながら電話をしているのは、十代半ばほどの少女だ。セミショートのブロンドに赤のインナーカラー、緑と青と紫と白のメッシュが入り混じった奇抜な髪形。そして赤い右目と緑色の左目を持ち、両手のすべての爪に違う色が塗られたネイル。一目見て忘れられそうにない程に、特徴的すぎるギャルな少女がニューヨークを闊歩していた。
「えー、戻るってそれほどやばたにえんでもないっしょー。第一ちゃん
『それだけじゃないの! 明後日に『六天』全員が集まる会議があるのよ!』
「……マ?」
思わず少女は足を止めてしまう。
「大体今までそんなのなかったじゃん。急にどしちゃったのさ」
『さあ、「連盟」の意図は私にも分からないわ。でも戻ってこないと流石にアンタ怒られるわよ。担当になっている私だって首が飛ぶかも……!?』
「それはそれはやばたにえんだねー」
『適当な答えを返さない! 大体アンタどこにいるのよ!?』
「シドニー」
『嘘つけ!』
「分かった、分かった、分かりましたの行くしかナイトプール。でもガチでドラさん(意訳:ドラゴン)に対してはあたしちゃんの出番ナッシングだと思うよ。あたしちゃんの勘ってよく当たるし☆」
『そう、それは残念ね……。アンタほどの実力者がいればこれ以上心強いことはないのに』
そこで電話の女は区切り、彼女の名前を口にする。
『そうでしょ、『赤天』の
「やーめーてーよー、何の自慢にもならないってー。じゃ、お後がヒュイゴーで」
ピッ、と通話を切り少女────火水風はスマホをポケットにしまう。
そしてパンパンと両手を叩いたかと思うと、火水風はマーケットサイトへ顔を向けて口を開いた。
「そういう訳であたしちゃんは出て行っちゃうので元に戻していいよ、大統領ちゃん☆」
直後、大きく地面が揺れ火水風が立っていた場所が分断される。
そしてニューヨークの区間を分け隔てるように建てられていた壁が地面へと沈んでいき、分断されていた区間が本来あるべき形へと戻っていた。
街一つを作り替えるほどの防御機能。これはそれほど巨大な魔獣と戦闘することへの被害を想定して作られたものではない。
不知火火水風という少女一人がもたらす災害を防ぐためだけに作られた機能だ。
「さて、と」
火水風は屈伸運動を軽くして明るい表情で西の方へ顔を向ける。
何の悪意もない、無邪気な笑顔で彼女は告げた。
「次の目的地はロンドン! バイブスいと上がりけり!!」
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