第42話 僕は馬鹿だ

 ────はっきり言えばヒメコはセナのことが嫌いだった。

 いつもウジウジしていて頼りない。泣き虫で他人に縋ることしかできない。おまけに嫌がらせの如く胸が大きい。

 最初に彼女を仲間にすると咲良が言い出した時、ヒメコは耳を疑った。行き場がないから、そういう理由で咲良はセナを引き取ることにした。だが『HALF』は魔獣と戦うために出来た組織であって、決して孤児を引き取る慈善団体ではない。咲良がそんな理由だけでセナを預かるだなんて到底ヒメコには信じられなかったのだ。

 確かに彼女があのまま放り出されれば魔獣に食べられる可能性も高いし、ヒメコだってそんな訃報は聞きたくない。だけど、他にも安全に預けられる所はあっただろう。それが何故よりにもよって『HALF』なのか。

 そういった疑問点や不満点からヒメコはセナのことを疎んでいた。第一入って間もない上にそこそこ役に立っていない人間に仲間意識を持てという方が無理があると思っている。そう長々とヒメコはセナを評価して、あることに気が付いてしまった。

 ヒメコがセナに向けている感情はただの嫌悪ではない。いわゆる同族嫌悪。

 弱くて情けなくて無力で泣き虫。


 ────その姿が、自分と重なるのだ。






※※※※






「ひっ、ヒメコちゃんに手を出さないで!」


 どこからともなく現れたセナがひばりを押し倒し、震える声で叫ぶ。

 その姿を間近で見ていたヒメコが信じられないものを見るような顔で呟いた。


「せ、セナ……? 何でここに……?」


「分からないよ! わたしだって気が付いたらここにいたんだもん! ヒメコちゃん、それと隣の子……?」


「ユグドラシルといいます」


 ヒメコと手を握っている少女が無表情のまま会釈しながら名乗る。


「ユグドラシルちゃんと一緒に逃げて! この子はわたしが押さえるから!」


「ばっ、馬鹿! 何を言ってるの!? セナがそんなことできる訳ないじゃん!」


 セナの思わぬ言葉にヒメコは頭を抱えて動揺する。

 彼女が見てきたセナはいつもオドオドしていて、気を抜いたらすぐ攫われて泣きついてしまうようなそんな弱い姿ばかりだった。だから彼女が身を挺して庇った姿をヒメコは受け入れることができずに困惑する。

 

「わたしだって、無理だって分かってるよ! でも……でも、黙って見ている訳にはいかなくて!」


「ごちゃごちゃうるさいなァ」


 倒れ込んでいたひばりが不満げに声を上げながら、右手を振り上げてセナに向けて爪を薙ぎ払う。

「きゃあ!?」と悲鳴を上げながら咄嗟にセナは身を仰け反らせて躱すも、バランスを崩して尻餅をついてしまった。


「大体きみは何ィ? どう見ても魔法少女じゃないじゃん」


「うっ、確かに今は魔法少女じゃありませんが……!」


 震える足で立ち上がり、両手を広げて先へ通さないという意思表示をしてみせる。


「ここから先へは、行かせません! たっ、倒すならまずわたしを────」


「あっそ」


 一言、退屈そうにひばりはセナの言葉を遮り、右手を振るう。

 緩慢な動作とは裏腹に目に追えないほどに俊敏に振るわれ、セナの左頬が引き裂かれた。

 鋭い痛みが走り、セナは地面に倒れ伏したまま体をじたばたと暴れさせながら絶叫する。


「いっ、ああああああああああああああああああああああああっ!!!!????」


「うるさいなァ。ま、放っておいたら死ぬもんね。さァて、そこの子ちょうだい?」


「ひっ」


 顔の左半分が血に染まるセナを見たヒメコが喉を鳴らす。

 今すぐ変身すべきだ。それが出来ないならセナを見殺しにして逃げるべきだ。脳がけたたましく警鐘を鳴らしながら告げてくるが、ヒメコはそのどちらの手段を取ることもできず動けずにいた。

 にひひ、と笑いながらひばりがゆっくりと近付いてくる。今度こそもうダメだとヒメコが目を瞑り、無情にも右手の爪が振るわれ────。


「させない!」


 なかった。

 苦痛に呻きながらもセナがひばりの足を掴んだのだ。当然ながら予想外の妨害にひばりは足を崩して倒れてしまう。


「このォ……いい加減にしろ!」


「ぐああっ!?」


 掴んだ腕が衣服ごと引き裂かれ新たに血が流れていく。そしてセナに異変が起き始めた。


「はぁっ、はぁっ、何これ……すご、くっ、苦しい……」


「言ったでしょ、ひばりの爪には『もうどく』があるの。どう? もうすぐおねえさん死んじゃうと思うけど」


「はぁっ、はぁ……かはっ」


「セナ!!」


 額に玉のような汗が浮かび、顔を真っ赤にして過呼吸に陥るセナを見たヒメコの胸に痛みが走る。

 これ以上はもう見ていられなかった。自分のために誰かが犠牲になる姿を見たくなかった。

 なのに。


「ま、だ……。けほっ、まだ、わたっ、し…………倒れ、て、ませっ、ぐぅ!」


 身体の節々が痛みに襲われながらもセナは立ち上がる。両足は震えていて瞳には涙がいっぱいに浮かんでいて、誰が見ても彼女が恐怖に縛られているのは明白であったが、それでもセナはひばりに向かって走っていく。


「なん、で……もう、やめてよ……セナ」


 その姿にとうとうヒメコはぺたりと座り込み、顔を覆ってしまう。


「これ以上は死んじゃうよ! どうしてそこまでして僕のために頑張ろうとするんだよ!」


「だって、ヒメコちゃんは仲間だから!」


 セナの言葉にヒメコがハッと顔を上げる。

 セナがヒメコの方に振り返って笑っていた。

 ボロボロで、顔が引き攣っていて、本当は今すぐ泣き出したいはずなのに。

 彼女は笑っていた。


「ヒメコはわたしの仲間で、大事な『HALF』の一人だから」


「っ」


「大切な友達だから」


「せ───」


 ドサリ、とセナの体が倒れた。

 意識はまだある。だが体の方が限界を迎えてしまったのだろう。もうセナは指先一つ動かすことができなかった。

 

「ふゥ。思ったより時間が掛かったねェ、どくが効きづらいのかな?」


「……ぼ、くは」


「さァて、その子ちょーだい? アヤメ様がからの命令なの」


「僕は」


「聞いてるゥ? ダメなら殺しちゃうよ?」


「僕は、馬鹿だ」


 ギリ、と歯ぎしりして拳を痛いぐらいに握り締めながらヒメコが呟く。


「僕は、本当に馬鹿だ」


 セナのことが嫌いだった。いつもウジウジしていて頼りない。泣き虫で他人に縋ることしかできない。

 そんな彼女の姿が自分と重なって見えた。自分の力に怯え、咲良の許可を貰わないと戦わないという建前に甘えていた。

 だけど、勝手にそうやって壁を作って逃げてばかりのヒメコは大事なことを忘れていたのだ。

 ───春見彗那も、大事な仲間の一人だということを。


「ゆーちゃんは渡さない! セナもそれ以上傷付けさせない! 僕が相手だ!」


「はァ? まァいいよ、邪魔するなら殺していいってアヤメ様が言ってたし」


 にひひっ、とひばりが笑う。

 ヒメコが懐から虹色の魔石を取り出し、深呼吸する。


(大丈夫、なりたい自分を思い描くだけ。セナちゃんを絶対に守るんだ!)


 そしてヒメコは魔石を胸に突き立てて叫んだ。


「ごめん、咲良さん。……交差・渾沌こんとん!」


 直後、ヒメコの頭上から稲妻が直撃し、周囲の温度が急速に冷えていく。閃光が収まり、蒸気が引いていくと同時に。


「上手く……いったぁ!」


 フリフリのアイドル衣装に身を包み。

 身長と髪が大きく伸びた。

 15が、立っていた

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