第41話 ヒメコちゃんに手を出さないで!

「二十五歳……まで?」


 リリアンから告げられた衝撃的な事実を飲み込みきれず、鸚鵡返しにセナは震える声で呟く。


「全部の魔法少女が、『HALF』すらも例外なく……じゃ、じゃあユウさんは!? ヒスイさんやヒメコちゃんだって!」


「残念ながら時間の問題です。少なくとも現状ならユウさんたちが結晶化する可能性は低いですが……。どんなに『人間性』が保たれていても、例外なく二十五歳を迎えたら結晶化してしまいます」


「────」


 リリアンの言葉にセナは絶句してしまう。

 その表情は絶望によって打ちのめされており、へたりと座り込んだままセナは動けなくなってしまった。震える唇で何とか言葉を紡ぐ。


「だって、そんな……あと十年ぐらいしか残ってないなんて……。その事実を知っててあなたたちは!」


「ええ、そうです。最初から覚悟を決めて私達はこの場に立っています。グレイだってそうです」


「…………」


 リリアンから名前を呼ばれたグレイも暗い表情を浮かべながら、わずかに頷く。

 恐らく、その反応から二人とも魔法少女になる際に聞かされたのだろう。その事実が、セナにさらなるショックを与える。

 首を横に振りながら、セナは思わず呟いていた。


「そんな……そんなの、咲良さんは教えてくれなかった……!」


「春見さん……」


「……きっと、あなたたちの身を案じてのことでしょう。彼女は過保護すぎると『連盟』の間でも評価されていますから」


 リリアンの言う通り、セナにこの事実を教えなかったのは彼女なりの優しさなのだろう。しかし、魔法少女がこんな残酷な運命を背負って戦場へ向かっているというなら教えてほしかった。ユウたちが決死な覚悟で戦っていることを知りたかった。ただでさえ無力な自分なのに、彼女らに甘えてる裏で苦心していることを知りたかったのだ。

 そこまで考えた所で、セナはある一つの可能性を思い浮かぶ。


(……でも、あの様子だとユウさんたちもこのことを知っているのかな……?)


 少なくとも、ユウたちは戦場へ立つことに何の迷いも疑問も抱いている様子はなかった。そもそもユウに至っては『人間性』に対してそこまで気にしている様子ではなかった。そうなると咲良は彼女たちにもこの事実を打ち明けていないのだろうか。

 そもそも『HALF』はお互いを家族のように接しながらも、深く関わらないようにしているような印象を受けている。もちろん、わざわざ重い過去を打ち明ける必要はないと思っているが、それにしたって関わらなすぎだ。

 ユウは気軽に接してくれているが、ヒメコもヒスイもどこか距離を置かれているような印象を受けている。果たして、このままでいいのだろうか。そこまでセナが考えていた時だった。


「────それで、貴女は一体全体誰ですか?」


「え?」


 突然リリアンがあらぬ方向を向いて声を掛ける。思わずそちらの方にグレイとセナが視線を向けて、「ひっ」と恐怖にセナが喉を震わせた。

 三編みで束ねたお下げの金髪に金色の瞳。頬にあるそばかすが、快活なイメージを与える少女。かつてセナの心臓を穿ち、彼女を誘拐したこともある『異界の魔女』ドロシーが立っていた。


「どうも、私はドロシー。本当はそこの『鍵』を持ってる子に用があるんだけどあいにく忙しくてねぇ。悪いけどすぐに済ませてもらうよ」


「鍵? 何の話をしているか分かりませんが、少なくとも協力する意思はないようですね」


「リリアン、思い出しました。こいつは先日春見さんを攫った『魔獣使い』です。魔獣の群れを呼び寄せる能力を持っています、警戒して下さい!」


 先日、セナの救出作戦に加わり、わずかな

時間であったが邂逅していたグレイが口を開く。

 そしてセナも恐怖を覚えながらも、二人にパンドラから伝えられた情報を叫ぶように言う。


「ふっ、二人とも気を付けてください! 彼女はドロシー、『異界の魔女』です!」


「!? 本当ですか!?」


「けれど『異界の魔女』の名前は誰にも伝わっていない。それに千年以上前の人物よ。ただ名乗っているだけっていう可能性だって……」


「パンドラから聞きました!」


「「!?」」


 セナの言葉に今度こそ二人が驚愕する。少なくとも本物の魔女であるパンドラから証言を得られたなら説得力が高い。二人は更に警戒心を高めてドロシーを睨み付ける。

 対してドロシーはセナの方をじっと見つめて口を開く。


「────あんた、その名であたしを呼ぶな」


「ッ!?」


 ゾッとするほどに感情がこもっていない声。堪らず向けられたセナは体を震わせる。


「今は忙しいから何もしないであげる。『鍵』もパンドラが寝てるみたいだから後回し。……でもしっかり覚えておいてね、


「ぁ……」


 名を呼ばれた。今まで彼女を『鍵』としか見ていなかったドロシーが、セナを認識した。

 心臓を鷲掴みされたような恐怖に囚われ、セナは視線すら外せなくなる。


「じゃ、もう術式は発動するから。みなさんご機嫌よう」


「待ちなさい、術式とは一体────」


「すぐに分かるよ」


 リリアンの声も待たずにドロシーはパチン、と指を鳴らす。

 直後、ドロシーとリリアンとグレイがセナの目の前から消えた。


「…………え?」


 何が起きたのか理解出来ず呆けるセナ。彼女らが消えたどころか、結晶化したネメシスの姿すら見当たらない。それどころか先程まで薄暗い部屋にいたはずが、曲がり角のある住宅街に立っていた。


 ────ドロシーたちではなく、


「えっ、あれ、何!?」


 理解ができず混乱するセナ。

 とりあえず、曲がり角の先が大通りに繋がっているようなので誰か探そうと出口を覗きに行った瞬間だった。


「みぃつけた」


「ぃっ!!!???」


 見透かされたような声に思わずセナは身震いし、悲鳴が出る寸前で咄嗟に口を押さえる。

 そこに立っていたのは異質な雰囲気の幼女だった。

 褐色の肌に腰にまで伸びた黒髪と淡紫色の瞳。質素なワンピースだけを身に付け、足は素足のままであった。

 そして何より際立たせているのは両手から伸びた爪だ。鉤爪と呼ぶにふさわしいほど長く鋭く伸びたそれに、セナは恐怖で足が竦んでしまう。

 だが、人影は一人だけではないことに気が付き、セナは怯えながらも目を凝らして確認する。


(……ヒメコちゃん!? あと、知らない子だ……)


 ヒメコの隣に立つのは、紺碧の髪に金色の瞳の少女だ。無表情で物怖じしない佇まいをしているが、ヒメコと手を繋いでいる様子から信頼関係にはあるのだろう。

 本当は今すぐ彼女らと合流すべきだ。だが、立ち塞がる異質な幼女に怖気付いてしまい、セナは物陰に身を潜めることしか出来ない。


「だっ、誰!? フロックさんはどこに行ったの!?」


「にひひっ、どうもォ。和泉ひばりだよォ。『ガンドライド』だよォ、にひひ!」


(嘘、『ガンドライド』!?)


 ひばりと名乗った少女が不気味な笑い声と共に素性を告げる。

『ガンドライド』。魔法少女殺し。全ての魔法少女の殲滅を掲げるテロリスト集団。

 予想外の『敵』の名前にいよいよセナは動くことを躊躇ってしまう。それは対峙しているヒメコも同様の様で、恐怖に顔を蒼白させ引き攣らせていた。


(でも、ヒメコちゃんは変身できる……。大丈夫なはず……)


 心の中でそう呟いてからセナは己を強く呪った。

 何を言っているのだ、彼女は自分よりずっと幼い子供なのだ、と。命を奪われるかもしれない状況で指を咥えて見ているだけでいいのか、と。


(でも、でもっ、今はパンドラが起きてないんだ! わたしは何の力も持ってないし……やっぱりダメ、助けたくても怖くて動けないよ……)


 膝が尋常じゃなく震えている。呼吸だっておぼつかない。記憶を失う前から運動しなかったのだろう、体力や体幹だってかなり悪い。何より心が恐怖に縛られている。

 そんな人間がどうやって助太刀しようというのか。行ったところで八つ裂きにされるのがオチだ。初めて目を覚ました時に何も出来ないまま、魔獣に牙を突き立てられたように。

 だが、そんな逡巡をしている時に事態が一変した。

 ────ヒメコが、踵を返して逃げ出したのだ。


(!? 変身、は……)


 名も知らない少女の手を引き、必死の形相で逃げるヒメコ。当然ひばりも彼女らの後を追う。

 そんな三人を見て、セナは。


 咄嗟に、駆け出していた。


「はぁ……はぁっ!」


 呼吸が苦しいのは運動慣れしていないだけでなく、強い恐怖に縛られているからでもあるのだろう。しかし、それでもセナは足を止めることはなかった。

 ヒメコの泣きそうな顔を見てしまったから。仲間が命の危機に瀕しているから。ユウやパンドラならきっと、そうするから。

 無力な自分では相手にかすり傷ひとつすら負わせることができないだろう。それでも、押さえ込めば逃がす時間を稼ぐことはできるはずだ。

 だから。


「うわああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 我ながらなんと情けない声だろうか。押さえ込もうと伸ばした手もぎこちなくて奇妙な姿勢になっている。恐怖のあまり、セナは目を瞑ってすらいた。

 それでも、彼女はヒメコを助けたかった。その一心でひばりの元へ辿り着く。


「ひっ、ヒメコちゃんに手を出さないで!」


 そしてひばりの背中に激突し。

 受け身を取れず地面に激突したセナの情けない悲鳴が響き渡った。

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