第40話 覚えておきなさい

 ────1時間ほど前。


「う、ん……あれ、ここは……?」


 意識を失っていたセナが唸りながら目を覚ます。

 冷たく柔らかい何かに体が触れている。それが人であることに気が付いたセナは驚いて身を引いた。


「うわあ! ご、ごめんなさい!!」


「これは……パンドラじゃないですね」


「ええ、どう見ても昨日見かけたハルミ=サンそのものですわね。お怪我はありませんか?」


「は、はぁ……。とりあえず大丈夫っぽいですけど、何がなんだか……」


 釈然としない顔でセナは答えるが無理もないだろう。一連の出来事は全てパンドラが体を奪っていた時に起きていたことなのだ。

 改めて周囲を見渡すと黒い服の少女が倒れ、背中から翼を生やした(この時点でセナは大きく驚いた)少女が気絶したまま縛られている。そして隣には眼鏡を掛けたシスターの魔法少女・グレイともう一人、修道服を着た青緑色の髪の少女がにこにこしながらこちらを見つめていた。


「えっと……どういう状況なんですか? そもそもあなた達は?」


「ああ、そういえば自己紹介がまだでしたわね」


 ふふ、とリリアンが微笑む。どこかその笑みが妖艶なものに見えて思わずセナはドキリとした。

 そしてリリアンは突然、グレイの方に近付き彼女の頭に手を添えて自らの胸に抱き寄せる。


「なっ!?」


「ええ!?」


「うふふ」


 グレイとセナ双方ともに驚いた声を上げる。

 リリアンは自らの豊満な胸にグレイの頭を押し付け、その頭をゆっくりと撫で始めた。撫でられるままのグレイが見る見るうちに赤く染まっていき、その様子を見ているセナも奇妙な恥ずかしさを覚えて頬が紅潮していく。


「私、『薔薇十字団』のリリアンと申します。記憶喪失の貴女がどこまでご存知なのか定かではないのですが、私は『青天』というちょっとすごい魔法少女なんですよ」


「まさか、あの『六天』の一人ですか!?」


 今回の作戦で既に『白天』が参加しているのは聞いていたが、まさかもう一人『六天』が参加していることにセナは驚きを隠せなかった。また、ミズキは元『青天』だったと語っていた。つまり、彼女はミズキの跡を継いだ最強の魔法少女の一角なのだ。


「ええ、そうです。特に私は解呪と治癒の魔法を得意とします。もちろん、水そのものを操って相手を苦しめることも出来るんですけどね。で、こちらが────」


「ぐ、グレイです! 『薔薇十字団』のリーダーですっ! 貴女とは何度かお会いしていますが、春見さんとゆっくり話すのは初めてだと思います、だからリリアン! 今すぐ離しなさい!! 恥をさらさないでください!!」


「ええー、そんなことないわよぅ。ねえ、ハルミ=サン。グレイは可愛いでしょう?」


「なっ、何を言っているんですか貴女は!!!???」


 リリアンの含みある言葉に、なぜかセナは背筋に悪寒が走って「はい!」と答えてしまう。それを聞いていたグレイは更に「貴女も何を言っているんです!?」ときゃんきゃん喚くが、構わずにリリアンはセナをじっと見つめて微笑む。……どこかその表情に黒いオーラのようなものが見えてセナは思わずたじろいだ。

 パッ、とリリアンはグレイの体を離してセナに問う。


「ねえ、ハルミ=サン。どうして貴方達はグレイの記憶を消したのかしら?」


「……そ、それは」


 言って良いのだろうか。そもそもグレイに仕込んだ『忘却剤』は『連盟』にも知れ渡っているものなのだろうか。咲良はバレなければ犯罪ではないと言っていた。つまり、一連の出来事は犯罪行為に当たってしまうのではないか、とセナは想像し顔を青ざめる。


「ご、ごめんなさい……騙すつもりはなかったんです。ただ、咲良さんの方針に従っただけで……」


「そういえば、春見さんが私の記憶を消したのではありませんでしたね。聞いた話では咲良さんが私に『忘却剤』を仕込んでいたとか。ですからリリアン、春見さんに責任を問いてもこればかりは仕方ないと思います」


「うーん……そうねぇ。ごめんなさいね、誤解していました」


「い、いえ、こちらこそ黙っててすみませ────」


「ただし!」


「ひぃ!?」


 突然グレイがセナの言葉を遮る。

 そして眼鏡をずい、と指で上げて彼女の方に顔を寄せる。


「貴女は信頼しますが、貴女の中にいるパンドラは認めません。意図は不明ですが、『連盟』から貴女及びパンドラを保護するように命令されています。なので、パンドラが現れても貴女に危害は加えませんが、妙な真似をしたらその命令は即刻無効になります。覚えておいてくださいね」


「りょ、了解です!」


 ビシ、と姿勢を正し威勢よくセナが答える。未だパンドラと会話が上手く出来ず、半ば強引に乗っ取られる形で彼女が目覚めるので、どうにかしなければならないと肝に銘じた。パンドラが悪さを働いたら被害を受けるのはセナの体なのだ。それだけは避けたいところだ。

 しかし、もう一つ気になることがある。セナは背後に縛られている少女と倒れている少女に指を指して状況を聞いた。


「この人達は誰ですか?」


「『プロメテウス』っていう魔法少女部隊の一人だったんだけど……この子、違法を犯していたことが判明した上にパンドラになっていた貴女に危害を加えていてね。それで拘束させてもらったわ。その黒い子は、というそうよ」


「!?」


 エリス、という名前に大きくセナが動揺する。

 夢で見たパンドラの記憶の中で出てきた子だ。パンドラの幼馴染。彼女もまた、転生の魔術によって現代まで生き延びていたというのか。

 セナは思わずエリスの方へ駆け寄り、その体に恐る恐る触れる。異様に冷たかった。

 背後からグレイが声を掛ける。


「……春見さん、その子はもう……」


「────


「えっ?」


 突如、セナが小さくぽつりと呟いた。

 そしてグレイたちの方へ振り返る。その表情には大きな動揺が浮かんだままだ。


「違う、この人は。どうしてか分からないんですけど、確信が持てるんです」


「どういう意味……?」


「────そうだ、そいつはエリスじゃない」


「「「!?」」」


 背後から声があった。

 三人が驚き、同時に振り返る。いつの間にか拘束されていた少女が目を覚ましていた。

 リリアンが神妙な顔で問う。


「どういうことでしょうか?」


「そいつはゴーレムだ。エリスの魔力の一部を取り込ませ、パンドラを騙すための簡単なデコイ。魔女はおろか、普通の魔法少女ですら気付く簡単な代物だったのに、焦るあまりかあっさりと騙せていたな。ははっ、あの姿は滑稽だ────」


「もういい、黙りなさい」


 リリアンの冷たい声が響く。直後、指先から高速で水を放ち、少女の脇腹に小さな穴を空けた。


「ぐっ、ぁ!?」


「ひっ!?」


「リリアン、何しているんですか! その子は『連盟』で罪を問うのであって、私達が課せられた任務は────」


「拘束と連行、でしょう? ええ、分かってるわ。命を奪いまではしない。でも、私は貴女を許さない。ゴーレムが囮ですって? ただその場限りの演出のためだけに命を捨てさせるというの? 反吐が出ますわね」


「リリアン、落ち着いてください!」


「大丈夫よ、グレイ。私は冷静でいるわ。────もし『薔薇十字団』に入っていなかったらこいつを殺していたぐらいにはね」


「リリアン!!」


 一際大きなグレイの怒号にセナはビクリと背筋を震わせる。

 ふーふー、と息を荒げながらグレイはリリアンの裾をそっと掴んで小さく話す。


「……お願いですから、殺意を覚えないでください。私達は、神の御言葉を信じてやっているのでしょう?」


「……………………そうね」


 グレイは俯いていたために気が付いてなかったが、ぽつりと答えたリリアンはまるでその願いを聞けないような悲しげな表情を浮かべていた。

 グレイとリリアンのそれぞれの信仰心には大きな溝がある。セナはそれに気が付いていながらも、口に出すことは出来なかった。


「……話は済んだか」


「まだよ。さっきも言った通り、殺しはしない。ただ、私の質問に答えなかったり妙な真似をするなら容赦なく傷付けますからね。グレイ、それだけは許してください」


「…………分かりました。リリアンを信じます」


「ありがとう。貴女の名前は?」


「ネメシスだ」


「そう。他にメンバーはいるの」


「……あと二人だ。もうこの場にはいない」


「この場にはいない? ドラゴン討伐のために来た訳ではないと?」


「ああ。初めからそこのパンドラが目的だ。全ての元凶である、『災厄の魔女』を殺すためにな」


 ネメシスの言葉にグレイとリリアンは顔を見合わせる。背後に立つセナはネメシスから発せられる殺意に体を震わせていた。


「……残念ながら、現在『災厄の魔女』には『連盟』から保護をするように義務付けられています。そもそも、貴女がたの責任者は誰なんですか? 『連盟』から聞かされていないのですか?」


「何故、その魔女を保護するのか度し難いが……。逆に質問を返そう。お前たちが口にする『連盟』とは何だ?」


「は?」


 予想外の質問の返しに思わずリリアンは面食らってしまう。


「一体全体なにの連盟なのだ? 少なくとも私にはそのような組織など聞いたことがない」


「『連盟』をご存知でないと? 貴方達は『プロメテウス』を名乗っているのでしょう? ならばそれを名付けたのは誰なの? 誰が貴方達に命令しているの?」


「……答える気はない。答えるぐらいなら命なんぞくれてやる」


「こいつ……!」


「リリアン、もういいでしょう。あとは『連盟』に身柄を引き渡して……」



「しんげつのまじょ」



「「「!?」」」


 ぽつり、とセナから漏れた呟きに二人が驚いて振り返り、ネメシスが目を見開く。

 対して注目を浴びたセナは無意識だったのか、「え!?」と驚き返した。


「なっ、なんです!? わたし何か言いました?」


「いっ、今『新月の魔女』って……」


「まさか、そんなはずは!?」


「へっ!? そんなこと言いました!? 本当に見に覚えがないんですけど!?」


「お前……」


 バチ、と電流が走るような音が聞こえた。

 その音に再びリリアンとグレイが振り返る。ネメシスが体の端々から電流を流していた。


「そうか、お前はパンドラの器か。道理で『あの方』の存在を、ふざけるな、お前、お前のせいでふざけるなふざけるな……」


「なっ、何!? 何なの!?」


 雰囲気が一変する。リリアンとグレイは一度目にしたが、初めて見るセナはその異様な変わりぶりに恐怖する。

 もう一つの人格、凶暴性と狂気を秘めた『堕天使』としての人格。『人間性』が恐ろしく下がっているのだろう、彼女から尋常ない量の魔力を感じる。魔力を無効化する縄で縛っているのだが、軽容量を超えたのか縄がブチブチと音を立てて切れていく。


「リリアン、今度は私も加勢します」


「あら、嬉しい言葉ね。でもその必要はないわ」


「どういう意味ですか?」


「あいつはゴーレムのことをデコイと呼んでいたのだけれど、多分それはあいつ自身も同じ。結局、『あの方』とやらに利用される手駒に過ぎなかったのよ。見てなさい」


「?」


 リリアンの言葉がイマイチ理解できず、首を傾げるグレイ。

 しかし、直後に彼女はその言葉の意味を思い知ることになる。

 パリ、と何かが固まるような音がした。それはネメシスの足元からだった。視線をそちらに向けるとネメシスの足先から徐々にことに気が付いた。


「!? こ、これは……!」


「ああ、ふざけるなふざけるな、憎い憎いお前たちが憎い私の人生は壊されたんだふざけるな殺してやる、殺して殺してやるパンドラを寿絶対に許さないお前らを許さない許さな


 狂気の人格と本来の人格がせめぎ合っているのだろう、口調と声音と言葉が安定しないまま彼女は喚き続ける。もう結晶化が首の下にまで伸びている。時折激しい憎悪の表情を浮かべては絶望する少女そのものの表情が浮かび上がる。

 そしてものの数秒もしない内にネメシスは全身が結晶化してしまった。無色透明なその結晶には内臓の跡すら見当たらない。ただ人の形をした鉱物と化してしまっていた。


「いやあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!????」


 目の前で人間が人間でなくなる光景を目の当たりにしたセナが悲鳴を上げながら、腰が抜けてしまう。グレイも口に手を押さえ、体を震わせて激しく動揺していた。

 セナが声を震わせながら問う。


「なんですか、あれ……。あの人に何があったんですか!?」


「結晶化。いずれ魔法少女が辿る運命の一つです」


 冷静にリリアンが答える。もう何度もそういう光景を目にしたのだろうか。視線は悲しげながらも、その表情に動揺や恐怖はなかった。

 

「魔法少女は本来人間が持つべき魔力の規定量を遥かにオーバーしています。その結果『人間性』などが下がっていくのですが……。最終的に蓄積しきれなかった魔力は等々固まり始め、体を侵食していきます」


「寿命を縮められた、とおっしゃっていましたね……。ネメシスは『あの方』からそれこそ普通の人間に耐えられない量の魔力を取り込ませたのでしょうか」


「ええ、そういうことになります」


 リリアンはセナの方に振り返る。

 その真剣な眼差しと共に、彼女は残酷なことを告げた。


「覚えておきなさい。いずれ全ての魔法少女が今のような運命を辿ります。遅くても25歳。そう、25歳までには必ず寿命が尽き、今のように結晶化するのです。それは、貴方達『HALF』も例外ではありません」

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