第39話 みぃつけた

 目の前で血飛沫が舞う。

 ジュリアの足へ目掛けて伸ばしていた右腕は綺麗に切断され、その断面からおびただしい量の血液が溢れていた。

 その光景を目にしてようやくユウは正気を取り戻す。


「────いっ」


 初めは何が起きたか分からず、混乱するままにユウの喉が奇妙な音を上げた。

 だが理性を取り戻し、目前の光景を視認することでようやくユウは己の身がどうなったのかを理解する。

 初めに膨大な熱を感じた。その熱の正体をユウは必死で悟らないように意識から逸らそうとする。心臓がバクバクと素早く脈動する。口の中が急速に乾いていく。だが、そんなユウに現実を押し付けるように弱い風が右肩の断面を撫でた。瞬間、溜まっていた熱が爆発する。


「がっ…………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 右肩を押さえ、ユウは絶叫しながら地面を転げ回る。あまりの激痛に思考は真っ白になり、ただただ口から悲鳴と血が混じった唾液を吐き出し、両目から滂沱の涙を流し続ける。いくら戦場で経験を積んできた魔法少女とはいえ、彼女は精神的にも未熟な女子高生。むしろ実力者と持て囃され、事実数々の任務をほぼ無傷でこなしてきたのが仇となった。その深い傷と痛みが彼女のプライドを粉々にし、無力な少女と化していく。

 これほどの痛みは。幼い頃の記憶、全てを焼き尽くしたあの青い炎。胸から下を焼かれ、呼吸すらままならず『死』を連想させたあの恐怖トラウマが蘇る。


「かっ、ぁ……ひゅう、ひゅぅっ…………」


 出血多量と激痛、そして恐怖に縛られ過呼吸に陥るユウ。そんな彼女を憐れむような視線をジュリアは向けていた。


「貴様のような魔法少女は幾度となく見てきた。理性を蝕まれ、人を喰う化け物へ変わっていく少女たちをな。悪く思うな。これもアヤメ様の命令だ」


 チャキ、という金属音と共にジュリアが刀を振り上げる。

 未だ激痛と恐怖に苛まれながらも、ユウは顔を上げ彼女を睨みつけた。


「……ふざ、けるな。殺す、殺してやる。お前は、許さない…………」


「……死から逃げるために己の心を憎悪で縛り付けたか。まあいい。私達は十分に地獄に堕ちる資格はある。存分に恨んで死ね」


「うる、さい。死んでたまるか。あっ、あたし、あたしは…………」


 ユウの言葉も虚しく、無情にもジュリアは刀を振り下ろそうとする。

 その直前で。



「はーい、そこまでねー」



 と場の雰囲気にそぐわない少女の声がした。

 





※※※※






「はぁ……はぁ……っ、何で僕がこんな目に遭わないといけないのさ!」


「ほんと、まだ小さい子供なのに可哀想ッスね! 大丈夫ッス! あーしが命をかけて二人を守るッスよ」


「一般的にそのセリフ死亡フラグだから!」


 鎧を纏った金髪碧眼の少女フロックがヒメコとユグドラシルの手を引っ張り、無人の街を駆け回る。

『ガンドライド』の一員を名乗っていたインシンという魔法少女。雰囲気から只者ならない気配を感じていたが、あの『紫天』のフィヨルギュンが相手しているのだ。彼女に任せて問題ないだろう。

 となると、フロックが出来るのは彼女らを保護し他の魔法少女と合流することだろう。初任務にしてかなり重大な役目を任されてしまったが、あのドラゴン退治に比べればまだ安いものだとフロックは考えていた。

 何より、彼女は正義感が熱いのである。幼い少女二人が敵の命に狙われているという状況はまさしく、彼女の正義心を燃やすのにうってつけであった。


「あの学ラン女は放っておいても大丈夫ッス。フィヨちゃんなら間違いなくやってくれるッスよ!」


「彼女は『紫天』。『六天』の中でも指折りの魔法少女」


「……そっか。そんな凄い人達も一緒に戦ってくれてるんだね」


『六天』が味方にいると聞いてヒメコは、胸にわだかまっていた不安がほんの少し取り除かれる。

 相手はテロリストとはいえ、最強の一角と称される魔法少女が味方についているのは非常に心強い。昨夜会話した『白い烏』の雪葉も『白天』だと言っていた。きっと彼女らがすぐにこの問題を解決してくれるだろう。

 ────そう思っていた矢先だった。


「!? 至急、停止!!」


「えっ!?」


「なんスか!?」


 突然ユグドラシルが大声を上げ、フロックは足を止めてしまう。

 無機質な印象の彼女が、イメージにそぐわない程の大声を張り上げたのだ。二人が驚くのも無理はなかった。何があったのかと思わず疑いの目を向けてしまう。

 しかし、彼女が停止を促した理由は嫌でも思い知ることになる。



「みぃつけた」



「ッ!?」


 ヒメコの真横から幼い少女の声が聞こえた。

フロックが立っていたはずの位置に見知らぬ幼女が立っていた。

 思わずヒメコは後退り、目の前の幼女を警戒する。


「だっ、誰!? フロックさんはどこに行ったの!?」


「にひひひっ、どうもぉ。和泉いずみひばりだよぉ。『ガンドライド』だよぉ、にひひ!」


 ひばりと名乗った少女が奇妙な笑い声を上げる。

 褐色の肌に腰ほどまでに伸びた黒い髪と淡紫色の瞳。身に付けているのは質素なワンピースのみで、靴すら履いていなかった。

 ここではごく普通の女の子といった印象しかないが、ヒメコの視界に嫌でも入る『それ』が彼女を戦慄させる。

 

 指先から異様なまでに伸びた爪。先が鋭く尖り、まさしく『鉤爪かぎづめ』と呼ぶに相応しい武器を持っていたのだ。


「がっ、ガンドライド……!? 嘘、なんでもう一人いるの!?」


「にひひっ、ドロシーちゃんがこの街にいる魔法少女をランダムで入れ替えたんだぁ。ほら、ろくてん? とかいう強いヤツに会ったら殺せないでしょ?」


「ころっ……」


 バクバクと恐怖でヒメコの心臓がうるさく脈動する。

 こんな幼い少女の口から物騒な言葉が飛び出すことを冗談だと一笑すれば良いものだが、確かに彼女は『ガンドライド』の一員と名乗ったのだ。そして何より両手の鍵爪と彼女の目が本気であることを物語っている。


「ね、分かったらその子ちょーだい? じゃないとひばりの爪で引っ掻いちゃうよ。この爪、『もうどく』があるんだから」


「こ、断ったら?」


 ヒメコは恐怖に声を上擦らせながらもユグドラシルの前に立つ。身体中が震えて涙は止まらなかったが、それでも彼女を見捨てるという選択肢は選べなかった。


「ことわる? うーん、アヤメさまの命令だからねー。殺しちゃうよ?」


「…………ッ、ゆーちゃん逃げるよ!」


「了承」


「あっ、こら!」


 ヒメコはユグドラシルの手を取り踵を返す。

 恐怖で足が吊りそうだったが、、懸命に勇気を振り絞り全力で走った。


「ゆーちゃん、魔法は出せる!?」


「私の魔力機構は『エインヘリャル』の印を授かった者にのみ与えられ、故に主であるオーディンの許可が降りなければ────」


「無理ってことね!」


息を切らしながらヒメコは別の策を考える。こうしている間にも背後の足音は徐々に大きくなっていく。


(変身、変身すればあいつを倒せる……!? で、でもダメだ。咲良さんの許可が降りてない!)


 ヒメコの『人間性』は半分の5。一回の変身で理性を失う可能性が高い。従って変身するには咲良の許可が降りないと出来ないのだ。

 だが。


「なんでっ、何でこういう時に限って繋がらないんだよ!」


 いくらスマホから発信してもコール音が虚しく返ってくるのみ。ユウもヒスイも繋がらない。いよいよ八方塞がりでヒメコは泣き叫びそうになる。

 その背後から、既にひばりが側まで迫っていた。


「遅いよ」


「まずっ……!?」



 ひばりの爪が振り下ろされる。

 ヒメコは堪らずに目を瞑った。



「うわあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 情けない絶叫が響いた。頼りない悲鳴が聞こえた。そして聞き覚えのある声だった。

 その声に驚き、ヒメコは目を開ける。

 そこには。


「ひっ、ヒメコちゃんに手を出さないで!」


 恐怖で涙を流し妙な姿勢で彼女に突進するセナの姿があった。


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