第33話 たとえ力がなくたって……

 ────鮮花は忌み子として生まれた。


 亜人の中でも強大な力を誇る鬼の一族。彼らはプライドが高く、個の強さで一族の優劣を付ける傾向にある。強者は認められ弱者は排他される社会。実力主義であるが故に、種が繁栄できるはずもなく、ひっそりと山奥の秘境で集落を作って細々と暮らす日々を余儀なくされていた。過去の鬼たちは気性が荒く不満が堪えなかったそうだが、すっかりこの生活が定着した現代の鬼たちはむしろ天敵がいないと平和な日常を送れていた。

 だが、鬼は実力主義の過疎社会。鬼にとって弱者とは切り捨てるべき存在である。力を持たぬもの、心が弱い者、そんな『鬼らしくない』マイノリティな鬼は後ろ指を指されて当然。重罪でも犯さない限り追放されることはないが、この狭い集落で軽蔑される毎日が続くくらいなら、と自ら罪に走る鬼も少なくはなかった。

 そんな酷な社会でもセンカは不幸にも、最も最悪な体質で生まれ落ちてしまったのだ。


 ────『角無し』。それが、センカに貼られたレッテルであった。


 鬼にとって角とは最も重要な器官である。自らが鬼であることを証明するだけでなく、角は周囲の魔力を吸収し自身の肉体に最適化するように再錬成され、戦闘能力を大きく高めることが出来る。

 しかし、角を失えばたちまち鬼は非力な人間と何一つ変わらない存在になってしまう。鬼が持つ強大な力は全て角による魔力吸収のおかげなのだ。力を持たず外見も下劣な弱者である人間と同等になってしまえば、まさしく最も嫌われる『鬼らしくない』鬼となってしまう。種としての誇りを失った彼らを忌まれるのは当然のことであった。

 そしてセンカは始めから角を失ったまま生を受けた。これが忌み子でなくてなんといえようか。まだセンカが母のお腹の中にいた頃、両親は彼女の花開く未来を願い、『鮮花』と名付けた。だが、産声を上げる赤ん坊だった彼女を抱きかかえ、その額を目にした瞬間、二人の娘への想いは豹変した。一族の恥。お前のせいで未来が奪われた。二人はそう娘を罵り、強い嫌悪を込めて彼女の名を『千禍』と名付けた。

 そこから、センカの地獄の日々が始まった。


 血が繋がっているのに余所余所しい態度で接し続ける両親。寂しくて泣き出してしまえば「鬼のくせに度胸がない」と母が冷たく言い放ち、「そもそも鬼ですらないのだから無理だろう」と父が笑う。苛立ちが募っていた時には母はセンカに手を上げることもあった。多少の暴行では父は無視をし、過激になると流石にまずいと止めに入ったのだが、きっとセンカのためではなく面倒事になりたくない、そんな自分の保身のためだけだろう。

 むろん、鬼たちが通う小さな学校に入学しても冷遇される環境は変わらなかった。なにせ『角無し』は外見的特徴が目立ちすぎるのだ。本来あるべきはずの角が生えていないのだから。

 当然ながらいじめの対象にされ、センカの所有物はことごとくく壊され汚され、センカ自身も傷を受け汚されていった。教師たちはセンカがいじめられていることに気付いていながらも止めず、むしろ愉快そうにその様子を眺めてすらいた。

 辛い日々を送りながらも、センカはなんとか耐えることができた。一縷の望みがあったのだ。


(……魔法。あたしが、魔法を使えれば)


 弱者ではないと証明できる。

 角が無くても、魔力を吸収できないハンデがあったとしても魔法を勉強すれば。力を使えることが証明できれば、センカは仲間はずれにされなくて済む。

 果たして本当にそれで仲間入れしてもらえるのか定かではない。子供らしい浅ましい考えではあったが、センカはその考えに縋るしかなかったのだ。

 そして来たるべき魔法の授業で。


「はい、これ元素紙っていいます。その紙を持つと魔力が通って紙の色が変化します。これで自分がどの属性に適正しているのか判別できるんですよ」


 そう教師が言って渡された無色透明の紙。周囲の生徒たちは紙を持つなり、たちまち色が変化しその様子に大はしゃぎしている。

 センカもごくりと喉を鳴らし、紙を手に持った。


「………………………………………………………………あ、れ?」



 色は、変化しなかった。



 冷や汗が垂れる。

 周囲の生徒たちもセンカの様子に気付き、視線が集まってくる。

 震えるセンカに教師が訝しげに近付き、俄然色が変わらないままの元素紙を見て「ああ」と納得したように頷く。


「本当に極稀に、魔力を一切持てない体質の子が生まれるんです。外の魔力を吸収できず、体内で魔力も生成できない者が。ああ、可哀想にセンカちゃん」


 そう呟く教師の顔色に心配の表情はなかった。その瞳には軽蔑の色が浮かんでいる。

 周囲の生徒たちもセンカを見る目が変わる。教師と同じ、嘲りの目。

 

 センカは、魔法が使えない体質だった。


 生まれつき鬼とのしての力を全て喪い、そして頼みの綱であった魔法ですら使えない体であった。本当に人間と同等、いやそれ以下の存在であろう。人間ですら微弱ながらも魔法が使える。

 無能の極み。センカはどうしようもない『弱者』であった。

 それから彼女がどうなったのかは言うまでもない。

 ただただ、センカへのいじめは苛烈した。




※※※※






「はぁ……っ、はぁっ……!」


 ユイハの言葉に、センカは激しく動揺していた。

 同時に過去がフラッシュバックされる。自分は無力だ、あまりにも弱いという言葉が投げかけられ、次々と心に刺さる。


(ッ! 落ち着け、これぐらいのことがバレて何を焦ってるの! もう、あたしはあの時とは違う、これまでの魔獣戦で何度も証明してきたじゃない!)

 

 冷や汗を流し呼吸が荒れるセンカを見てユイハは内心ほくそ笑む。

 彼女の剣さばきは見事だ。彼女の操る剣技は明らかに人間の領域を超えている。ただの剣技だけで魔法にも匹敵するほどの力を得ているのだ。

 だが、いくら異次元の剣技をお見舞いした所で本物の超常現象には敵わない。

 所詮は近距離武器だ。あまり好みではないがこちらは高火力の遠距離攻撃手段をいくらでも持っている。

 愚かだな、と思わずユイハは笑みを浮かべてしまう。どうして無力なのに魔法少女になる道を選んでしまったのだろうか。確かにそれほどの剣技なら魔獣の首を狩ることも可能だろう。だが、この世界の真の敵は魔獣ではない。悪意なのだ。

 この世界を蹂躙し尽くした魔女たちも、そして正義のために戦う魔法少女たちをただ楽しむために殺すユイハたちも、そういった悪意を持つ人間こそが真に戦うべき的なのだ。センカは愚かにもそれを教わらなかったのだろうか。自分らのような存在にいつかは邂逅し、交戦する時が来るのを想像すらしなかったのだろうか。

 なんて、愚かなのだろうか。

 センカが勢いよく駆け寄ってくる。

 彼女が間合いを詰める寸前でユイハは足元から前方位にかけて暴風を巻き起こし、センカの体を吹き飛ばす。直後、ユイハのすぐ側で風切り音が響いた。


(……やっぱり)


 ユイハの読み通り、センカの斬撃が逸れる。

 いくら素早くても、いくら空間を超越する斬撃を誇ろうともそれらを放つには彼女が直接腕を振るわなければならない。

 ならば話は簡単。近付かせず狙いを逸らさせればよいのだ。

 立ち上がったセンカに電撃が飛び、後方へ回避した所へ旋風を置く。両足が真空の刃によってズタズタに裂かれ、よろめいた所に胸目掛けて稲光を投擲した。


「がはっ!?」


 一瞬だけセンカは失神し体が倒れ込んでしまう。

 もう終いだ。鎌を携えユイハは笑みを溢しながらセンカの元へ歩み寄る。


「……ッ、たとえ力がなくたって……」


 センカが何やらぶつぶつと呟く。

 遺言だけは聞いてやるか、とセンカは鎌首をもたげながら耳を傾ける。


「魔法が使えなくたって…………!」


「なっ!?」


 だがその一瞬の油断が隙を産んだ。

 気が付けば目の前からセンカの姿が消えていた。


「奇跡は起こせるんだ────!」


 背後。

 咄嗟に振り向き、ユイハは鎌先で受け止めようとする。

 カキィンと響く金属音。

 直後、ユイハの隣にセンカが着地し。


 カランカラン、と音を立てて切断された鎌先の刃が落ちていった。

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