第32話 君、もしかして……
突如現れた眼帯の少女、ユイハ。
彼女によってビクビクちゃんが行動不能になり、『砂』は激昂していた。
「あたしも忙しいんだ。とっとと死んでくれないかね」
「たわけ!」
退屈そうに話すユイハに、『砂』は声を荒げて返す。
そのまま『砂』は左手を掲げ、掌に収まるように旋風が巻き起こっていく。螺旋状に描かれた風に砂粒が集まっていき、バレーボールほどの大きさの塊が出来上がっていく。
「
掛け声とともに『砂』は砂の塊を投げ放った。
肉をいとも簡単に引き裂ける真空の風に、追い打ちをかけるように砂粒が大量に混じっているのだ。確かに喰らえば一溜まりもないだろう。
だが。
(こいつ……怒りのあまり狙いが一直線じゃないか)
我を見失っているのだろうか、そんな甘い狙いでは横に逸れるだけで躱せてしまう。
「なっ!?」
目の前で驚いた表情を浮かべる『砂』。
所詮、戦闘経験の浅い年相応の少女だということか。つまらない戦だな、とユイハは思いながら早々に決着を着けるべく駆け足で『砂』の元に駆け寄る。
折角技を見せてくれたのだから、こちらも得意の技を見せてやろう。そんなことを考えながらユイハは足元に風の魔力を集め、ひとっ飛びで『砂』の頭上にまで飛び上がる。
「────ぁ」
「チェックメイト」
咄嗟の動きに頭が真っ白になったのか呆けた声を上げる『砂』。
どこまでも浅い奴だな、と心の中で嘲笑してユイハはぐるんと体を回転させながら鎌を振り下ろす。
ざく、と『砂』の背中に深々と鎌が突き刺さり、ユイハの動きに合わせて肉を抉った。
とん、と華麗にユイハは着地する。
(…………?)
しかし、ユイハはそこで違和感に気が付いた。
手応えがない。刃先を見ると血が付着していなかった。
「どういうこと?」
振り返り、ユイハは『砂』の方を見やる。
確かに『砂』の背中は斬られていた。だが、その断面はピンク色の肉ではない。
空洞。
ただ穴が空き、反対側の街道を映している。
直後、体の支えを失った『砂』がよろめき。
その体が倒れ伏す直前で、全身が砂粒となって崩れていった。
「…………」
『砂』の正体が文字通り砂で出来ていた、などという馬鹿げた話ではないだろう。つまり、これは砂で自身の分身を作っていただけだ。
だとすると本体はどこに?
(してやられた、か。追いかけるのも面倒だしさっさと次見てまわ────)
殺気。
ゾクリ、と背筋に悪寒が走っていたときにはユイハは鎌の刃先を向き直し、防御の姿勢をとっていた。
直後にガン! と大きな音と共に衝撃が走る。
先程まで血を流して倒れていたビクビクちゃんがチェーンソーを鎌先にぶつけていた。
ガリガリと金属が擦れ合う音を響き渡せながら、ビクビクちゃんは紙袋に空けられた穴からギロリと赤い双眸を睨ませる。
「っ、こいつ!」
「…………!」
ビクビクちゃんは無言でチェーンソーを押し付けユイハの体を斬り落とそうとする。
その華奢な体躯に似合わないほどの力で押し付けてくるビクビクちゃんにユイハは圧倒され、牽制として鎌先から電撃を迸らせる。
「っ!?」
正面から電撃を浴び、後退るビクビクちゃん。ブンブンと頭を振り、大きな隙が生まれる。軽く牽制に出たつもりが思わぬ収穫を得た。
力はあるが所詮、経験が浅い年相応の少女といったところか。ユイハは見切りをつけ、首を刈り取ろうと鎌首をもたげた。
だが。
「はーっはっはっは!!」
上方から笑い声が響き渡る。
驚いて上を見上げると『砂』が心底悪い笑みを浮かべて、勝ち誇ったように叫んだ。
「今までの儂の怒りはぜーんぶ演技じゃよ、ばーか!!」
「はぁ……?」
子供じみた煽りに思わず面食らうユイハ。
しかし、気を取られたユイハはこの時油断を許していた。
口元に手を当て、笑いながら『砂』は告げる。
「今じゃ! センカ!!」
「っ!? まずっ────」
「────
凛と澄み渡る声がユイハの耳元で聞こえた。
はっ、と気配を捉えたときには既に桜色の髪に桜色の瞳の少女が刀を携え背を低めて、ユイハの懐に潜り込んでいた。
チャキ、と刀が鞘に収まる音。
だがユイハが彼女の姿を見つけた時、まだ刀を抜く動作に入っていたはずだ。
「チッ!!」
考える暇はなかった。
咄嗟にユイハは足に風を纏い、電流を爆発させて加速を得てその場から離れる。直後に背後でヒュン、と風切り音が鳴った。
(今の芸当は何……? あいつの魔法……? でも魔力は一切感じられなかった!)
「
「じゃ、じゃが一人で平気か!? こやつ強いぞ!」
「いいえ、何も倒すつもりはないわ。あたしもヤバいって思ったらすぐに逃げるから。ひとまず『砂』たちは逃走を優先して!」
「わ、分かった……気を付けるんじゃぞ、センカ!」
『無茶しないでね……!』
「馬鹿、無茶しないのはお前の方じゃ! 血がいっぱい垂れとるじゃろ!」
ホワイトボードでセンカに心配の言葉を投げかけるビクビクちゃんに、『砂』は叱咤しながら肩を貸してやり、その場から離れる。
その間ユイハは動くことなく、じっとセンカを見つめていた。余裕があったからではない。センカがどう動くのか見定めていたのだ。
(こいつの魔法は何だ……。身体の強化か? 刀さばきは素早い。風属性か雷属性の使い手か?)
属性は相手がどのような魔法を使うのか判断する基準になる。
火属性、と聞くと大抵の人は火炎系の魔法を思い浮かべるだろう。もちろん、大半の属性魔法は名前の通り非常に分かりやすくエネルギーを放出するものが多いのだが、その属性を応用して派生させた魔法もいくつか存在する。
たとえば火属性は広範囲攻撃や熱の操作、水属性は幻覚や傷の治療、土属性は身体の硬化や振動、風属性は気流の操作や重力の低下、雷属性は磁力の操作や俊敏力の上昇などが挙げられる。このように相手の属性を知ることはどういった魔法を使うのかいち早く推測し、対策することに繋げられるのだ。
(そして刀を抜き差しする動作のみであたしがいた空間を斬り裂いた。時間差で攻撃……ではない、あの抜き差しする動作であたしの気を引き、本命は遠距離で攻撃するのがあいつの戦法か! 恐らく属性は風、真空波による攻撃があいつの魔法だ!)
「お前……名前は?」
柄に手を伸ばし、センカが尋ねる。
一切警戒を緩めない構え。元より話を聞く気はなく、すぐさま交戦するつもりか。
すでに手が刀に触れているということは彼女の射程圏内に入っているということだ。ユイハも戦闘態勢に入れるよう、センカへの警戒を強めながら問に返す。
「ユイハ。『ガンドライド』の一人だ」
「ガンドライド……? 聞いたことない名だな」
「あたしも君たちみたいな魔法少女を見るのは初めてだね。ふふ、どうだい? ここは一つ、茶でも飲みながらゆっくり互いを知ろうじゃないか」
「残念ながらそれは無理ね。あたしの仲間に手を出したんだ。いまさら許せるとでも?」
「あらら、残念。ま、あたしも忙しいんでお互い様かな?」
ユイハがおちょくるように返し、しかし鎌の柄を握る手の力を強める。
直後、センカが鞘から刀を抜くのが見えた。
(────来る!)
次に刀を収めた時が合図。そうユイハは確信し、回避のために足を右方向へ踏み入れる。
だがセンカは予想外の行動をしてきた。足が一歩前へ踏み込まれる。
切っ先が目と鼻の先に向かっていた。
「ッ、!!!?
思考など爆ぜていた。
無意識にユイハは叫んでいた。足元から小さな電撃を纏った旋風が巻き上がり、センカに向かって飛んでいく。
「!!」
サッ、と左側へ飛び込み、回避するセンカ。
しかし、ユイハの放った風雷の方が速度が早く逃げ切れなかったセンカの左腕に直撃する。
「いっ!?」
一瞬だけ全身が痺れ、左肘から血が溢れた。そのまま倒れ込んでしまいそうになるが、
「はぁ……はぁ……っ」
だが息を荒げていたのはセンカではなく、ユイハであった。刃の向かう先は首ではなかったが、直撃すれば致命傷を免れなかっただろう。だが、それよりもユイハが焦っていたのは技を使ってしまったことだ。彼女にとって技を使うのは同等の相手と認めたときのみ。少なくとも出会って間もない少女に使われるのはプライドが許さないのだ。
思わぬ失態にユイハは苛立ちが募りそうになるが、同時に彼女の剣戟を思い出し、冷静になる。
(……また魔力を感じなかった。それに刀を抜いたと思えば、あいつがやったことはシンプルに刀を振っただけだ。にわかには信じたがたいけど、今までの攻撃は全て純粋な剣撃。だとするとこいつは……)
そこまで考え、はっと思わずユイハは笑みを浮かべる。
もし、もしも自分の考えがあっているならば。勝機はこちらが大いにある。
「君さ。ずっと気になっていたんだけど、もしかして……」
「……何?」
笑みを浮かべたまま、語りかけてくるユイハに嫌な予感を覚えたのか、センカは不安げな表情で顔を向ける。
そしてユイハは勝ち誇ったかのような気持ちが湧き上がりながら彼女にこう問いただしたのだ。
「もしかして、君、魔法が使えないんじゃないの?」
「────っ!?」
センカの目が見開かれた。
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