第26話 どうして、生まれ変わっているの?

 視界に、名一杯の美しい青い空が広がっている。

 背中に濡れた感触。体を起こせば地平線の彼方まで広がる水面。鏡のように空が反射して映り、地と空の境界を曖昧にしている。

 もう見慣れた光景。ここは、セナの精神世界だ。


「もや子……ううん、パンドラ」


 セナははっきりと彼女の名前を口に出す。

 どこからともなく前方に黒い靄が集まり、セナと同程度の身長ほどの大きさにまで膨れ上がっていく。


「ふわぁ……。あー、やっと目が覚めた」


 姿を現すなり靄に覆われたままのパンドラはあくびをする。伸びでもしているのだろうか、靄が大きく上方へ逸れる。まだ目覚めたばかりのようだ。

 そんな元気そうな(?)彼女の姿を見てもセナの心は晴れていなかった。


「うん……おはよう」


「どうしたの? いつにも増して落ち込んじゃって」


「あなたの記憶……。見ちゃったの」


「…………どこまで」


 一段とパンドラの声が低くなる。

 その声にセナはびくりと体を震わせながらも夢で見た内容を伝える。


「あ、あなたが魔女になるまで……」


「……はぁ。まあ同じ心に住んでいるし夢として見る可能性はありか。ええ、あれが『大災厄』の真相よ」


「あんなの酷いよ……。だってあなたの意思で起こしたわけじゃないのに」


「そう。世間ではあたしのせいってことになっているんだけどね。きっと、『新月の魔女』が始めからあたしに箱を開けさせるようにエリスを操ったのよ。パンドラなんて名前を与えられた時点であたしの命運は決められていたのね」


「そんな……」


 だとすると、夢の中で見た『魔女様』、パンドラ曰く『新月の魔女』は始めからパンドラを『災厄の魔女』になるために育てていたということになる。だとするとこの世界に起きている一連の悲劇の元凶は『新月の魔女』ということになるのではないか。

 セナの考えにパンドラは首を縦に振る。


「恐らくその通りよ。『新月の魔女』が最初の魔女。他の魔女は皆彼女から魔術を教わったわ。つまり、真の意味で彼女こそが『始まりの魔女』ね」


「でも、『大災厄』のように世界をめちゃくちゃにしたのは皆他の魔女なんでしょ? だったらパンドラみたいに『新月の魔女』が隠れて現代まで生きている可能性って」


「その可能性はないわ」


「え?」


 パンドラはきっぱりとセナの不安な憶測を否定する。


「転生の魔術。文字通り生まれ変われる魔術。あたしはその術式を使って今日まで生き延びてきたのだけれど、その魔術を開発したのは他ならぬあたし自身だし、他の魔女には教えていないの。だから彼女らが現代まで生きている可能性はほぼゼロよ。……そう言いたい所だけど、そうなるとドロシーが引っ掛かるのよね。彼女は中世時代の魔女のはずなのに、生まれ変わりどころか一切姿を変えていないのよ。……あの時久しぶりの再会だから普通に会話していたけど、冷静に考えたらまずいじゃない!? 何で普通に生きてるのよ!?」


 とパンドラの声が徐々に驚愕に満ちていく。同時に靄がゆらゆらと不安定になる。動揺しているようだ。

 どうやら重大なことに気が付いたらしいのだが、それよりもセナはさらっとパンドラの口から明かされた衝撃の事実に耳を疑った。


「え? 魔女? ドロシーが!?」


「そうよ。あの金色の目を見れば分かるでしょ。彼女は『異界の魔女』。世界を現実世界と異界に切り離した張本人。厳密に言うと彼女の能力の正体は世界の分断ではなく、いくつもの平行世界と時空を渡れること。殺しても死なないのは今いるドロシーが本来の時間軸から分岐した存在だからよ。ドロシーは魔女になった瞬間からすでに本来の自分から無数に分岐しているの」


 唐突に明かされるドロシーの正体。しかしその圧倒的な情報の羅列にセナは思わず混乱する。

 長いので要約するとつまりこういうことだ。


「え…………っと。つまり、ドロシーは倒せるの?」


「今の時点では無理ね。完全に止めるには彼女が魔女になる前の時間軸に行って殺すしかないわ。そしてドロシー以外に現状時を渡る方法を持ってる人はいない」


「そんな……ある意味不死身より厄介……」


「そうね。ましてやドロシーは他の時間軸の自分を把握することが出来る。どこかで自分が死んだ場合その死因を特定し共有することが出来るの。つまり彼女を倒そうとすればするほど学習していって倒すのが難しくなっていくわね」


「理不尽……本当に魔女だ……」


 ドロシーの恐ろしさに改めてセナは恐怖する。

 だが現状の問題はドロシーだけではない。さらにセナは他の魔女と思われる人物とも接触している。


「でも、時を渡れるドロシー以外にもレビィっていう人やその付添の緑色の女の子もいたんだけど……」


「はぁ!? 『海洋の魔女』に『呪縛の魔女』までいるの!? 何よ、ほぼ全員集まっているじゃない……」


 ため息を吐きながらパンドラが答える。

 おとぎ話によれば、『海洋の魔女』は一晩で世界を更地にするほどの巨大な津波を引き起こし、そして『呪縛の魔女』は現代でもなお解けないほどの呪いを世界に掛けたという。


「やっぱりあの二人も魔女……。というかどうして『呪縛の魔女』って分かったんですか?」


「レビィ、もとい本名はリヴァイアサン。自我に目覚め姿形を人へ変えた魔獣。それが『海洋の魔女』の正体。そして彼女に付きそう魔女が必ず『呪縛の魔女』よ」


「どうして『呪縛の魔女』を名前で呼ばないの?」


「ああ、理由は単純よ。『呪縛の魔女』は名前で呼んだら死ぬの」


「は?」


 予想外の答えに面食らうセナ。

 しかしパンドラにとっては当たり前であるかのように声音を特に変えることもなく続ける。


「あいつたくさんの呪いを掛けたんだけどね。その中の一つが『呪縛の魔女を本名で呼んだら死ぬ』っていうのがあるの。これはあたしたち魔女でも例外ではないわ」


「そ、そうなの……。じゃあ知らないでおく」


「ま、世の中には知らないほうがいいこともあるっていうのをよく体現させた存在ね」


「そんな軽く言われても」

 

 しかし、パンドラを含めれば既に四人もの『始まりの魔女』が確認されている。残りは『新月の魔女』、『生命の魔女』、『堕落の魔女』だけだ。


「そうなると残りの三人も怪しいわね……。確かに『新月の魔女』と『堕落の魔女』は死ぬ様子がまったく想像できないような化け物なのだけれど」


「そんなにやばいの……?」


「まあ、ぶっちゃけ『新月の魔女』は存在自体が理不尽ね。半ば神の領域に足を踏み込んでいるわ。ただ、単純に力が強いのが『新月の魔女』に対して『堕落の魔女』は本当に気を付けた方が良い。彼女は魔女の中でも最も危険な存在よ。」


「……どうして、さっきから魔女のことをわたしに教えるの?」


 セナの疑問は最もだ。

 先ほどからパンドラは魔女がいる前提で会話を進めているが、もしかしたら彼女らは魔女の名を騙るだけの魔法少女に過ぎない可能性の方が高い。もし本当に『始まりの魔女』が全員復活していたら再び『大災厄』のような悲劇が世界に見舞われてもおかしくないのだ。

 セナの指摘にパンドラは意表を突かれたように靄が揺らめく。


「……そうね。少し焦っていたわ。まだ彼女らがいると決まったわけではないものね」


「……それともう一つ。おとぎ話の『災厄の魔女』が酷い不評被害であることはよく分かった。それでもあなたにはまだ疑問があるの」


「何よ」


「どうして、生まれ変わっているの? あなたがこうして現代まで生き延びている理由は何?」


「────」


 セナの鋭い指摘にパンドラは無言を貫く。

 彼女は口を開くことなくゆっくりとセナの方へ歩みを進める。

 そして隣に立って一言。


「ごめん、そろそろ時間だね」


「っ、痛!?」


 直後、セナの体は水面に倒れ伏していた。

 何が起きたのか。分からない。どこを打たれたのか分からない。ただ、全身が痛い。

 首を体の方へ向けると四肢が黒い靄で地面に縫い取られているのが見えた。


「っ、パンドラ! 何する気なの!?」


「ごめん、もうそろそろあんたの体が目を覚ます。だから体を奪わせてもらうよ。あんたのことは見逃していたけどもう用済みだ」


「待って! 質問に答えて!」


 視界が白けていく。同時に意識が遠のいていく。

 まずい、パンドラに体を奪われる。

 自分の体が他の誰かに奪われる危機感もあったが、何よりセナは真意を聞きたかった。『大災厄』の罪を擦り付けられた彼女がそれでも数千年も生きてここにいる理由を。一体どんな執念が彼女をここまで突き動かしているのか。セナは純粋に彼女に興味を持ってしまったのだ。

 だがそのチャンスが叶わなくなる。セナのことを用済みだと言っていた。だとしたら、もう記憶も戻ることもなく永遠に意識を失うかもしれないというのか。


「待って!!」


「ごめん」


 必死に訴えようとするもパンドラは謝罪の言葉を口にするだけだ。

 ほとんど視界が見えなくなっている。意識を失うまであとほんのわずか。

 その直前で、パンドラが呟いた。


「────エリスが、すぐそこにいるの」


「…………!」


 パンドラがどんな感情で、どんな思考でその言葉を口に出したのか。

 その意味を理解するよりも前にセナの意識は閉ざされてしまった。


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